嘘つきは夫婦の始まり
修正した箇所があります。
ただし、ストーリーに変更はありません。
それは、今から二ヶ月前の事。
この男のあんな口車に乗せられた浅はかな自分を今も恨んでいる。
あの時に嫌だと言っていたら、こんな想いをせずにすんだのに。
☆ ☆ ☆
『シャロット嬢を妻にしたいのです』
ハリス伯爵家の応接間は、このクラスの貴族にありがちな広さと室内装飾を誇っている。この豪華なソファーもそうだ。
紅茶の茶葉がいくら値が張るからといっても、運んで来た女中の手がガタガタと震える理由にはならない。
お客様が女たらしの嫌な男アシュリー、この国の第三王子だからだ。
そんな男が突然現れて腰を抜かす失態を犯さなかっただけ、まだ良かったと言える。
そもそもこうして私的な会話を交わすのは初めてのはずで、粗相をしてはいけないと身なりも態度もきちんと改まっている。
だから両親はもちろん、執事や侍女を筆頭に使用人も勢揃い。二歳年下の妹スタシアと七歳年下の弟ルイもそうだ。
――なのに、どうして?
ひょっとして空気にでもなってしまったのだろうか。或いは魔女に口を縫いつけられて喋れなくなってしまったとか。シャロットとアシュリー以外の時間が止まってしまったとでも言うのだろうか。
『あの……お父様、お母様?』
思わず両手をパンッと打ち鳴らしたくなった。
そうすれば皆が戻って来そうな気がしたのだ。
『え、え……?』
『けっ、こん……?』
ようやく息ができるようになったかと思えば、この有り様。
『えぇ、妻というのは結婚相手を差すものです。愛人ではありません』
全ての男から奪ったかのような、その自信と輝き。
シャロットはヒールの踵で彼の磨かれた高価な靴を踏み潰したい衝動に駆られた。許されるなら、許されなくても頬を張り倒し、鏡でその顔を見せてやりたい。
そう思ったのは間違いない。
――ご覧なさいな。お父様とお母様の、心をどこかに置き忘れたような呆けた顔。
――あぁ、ごめんなさい。スタシアが泣きそうなのは王子の相手に選ばれなかったせいね。
本当ならスタシアの方が似合うのかもしれない。だが彼女はシャロットを妬み蔑んでいたから、それだけではないのだろう。
唯一の救いはルイの笑顔だ。
あの天使は嬉しそうに手を叩いている。
クリクリの巻き毛とほんのりピンク色の頬。
――なんて可愛いのかしら。
『あの……失礼ながら。アシュリー殿下に申し上げたい事が……』
『はい、何でしょう?』
父親は両手を握り締め、緊張した面持ちだ。
『我が伯爵家には娘が二人おります。シャロットは十七の年で、今までどこからも縁談の話はございません。容姿や見た目については娘ながら卑下するところは無くても、その……はしたないというか、お転婆と申しますか……。もう一人はシャロットより二つ下でスタシアと申します。これはシャロットと違い、どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘です。縁談もひっきりなしに届いておりまして、アシュリー殿下にはスタシアの方が……』
『ハリス伯爵』
アシュリーの張りついたような笑みは真向かいに座る彼に凄味を与えた。
『僕は女性が大好きで、 今まで多くの方と浮き名を流して参りました。おそらく今後もそれは変わらず、外に子供だって無いとは言いません。そんな男に妹さんは似合わない。国王も女好きな僕を心配して他国の王女との縁談を用意した事があります。そんな時でした、城下を歩いていた僕がシャロット嬢に出会ったのは。世の中にこんなにも美しい女性がいるのかとすっかり一目惚れしてしまったのです』
――よくもこんな嘘が。私に一目惚れ?
シャロットはそんな風に感じた事は一度もなかった。
『ですが、アシュリー殿下とシャロットが結婚というのは果たして国王がお許しになるかどうか……』
――そうよ、国王が許さないわ。
父親なら誰もがシャロットとは正反対の、堅苦しい女を息子の伴侶に考えるだろう。
ただ国王の好みはシャロットのような女で、できるなら愛人にしたかったのが本音。
前に国王に会った時、シャロットの豊満な部分をチラチラと目に焼きつけていたのを覚えている。その後で王妃にこっそり背中をつねられていたのも。
――あら、アシュリーが私に一目惚れというのは国王と同じなのかしら?
親子の好みは似ると言う。