雪解けの春に降る
馬車の窓から見えるのは名残惜しくも感じる雪原と眩しいほどの反射光。
ついこの間まではどこまでも真っ白な絨毯のようだったはずなのに、今はもう土色の、まるであちこちを土足で踏み荒らしたかのようにも見える。
シャロットは外を眺めながら言う。
「ねぇ、アシュリー」
「何だ?」
「……いえ、なんでもないわ」
「急にどうした?」
「別に」
「過ぎた事は忘れろ」
「そうね」
☆ ☆ ☆
季節の移ろいはあっという間だ。
今年の春は例年より早く訪れようとしているのかもしれない。
雪の王様はやはり妖精を好むのだろうか。だとしたらシャロットはどこに居場所を求めたら良いのか。
ここに来て一ヶ月余りだというのに、既に雪は溶け始めている。当初は植物が帽子を被り始めたばかりだったのに。
確かに避寒地、それでも雪解けには早い気がする。
――魔女が魔法でも使ったのかしら、この地域の雪は遅く、少なかったらしいもの。おかげで早く帰れるのだから助かったのかもしれないわ。あの女がいるとわかっていても尚、休暇だなんて楽しめるわけがない。アシュリーが自責の念から側を離れないのも落ち着かないわ。いつあの女が乗り込んで来るかと思うと、眠れなくなるもの。
☆ ☆ ☆
雪解けは先が見えず、雪道の馬への負担はシャロットにも簡単に想像できる。
それはつまり本来なら、春までの長期滞在を意味していた。
国王は最初からそのつもりで、この別荘での休暇を命令したのだろう。その分、ウィリアムやレオンの執務が増える事も承知で。
――それだけの配慮を頂いたのに、無駄になったのは本当に申し訳ないわ。悪いのは俺だから気にするな、アシュリーがそう言ってもね。
春が近いとはいえ、まだまだ悪すぎる馬車道。来た時より更なる時間を掛けて帰る事になったのだ。
――その理由の一つは私の怪我、本当に悪い事をしたわ。
帰りの馬車での左足は、足元に置いた荷物の上で真っ直ぐに投げ出した状態。
気候が原因なのか、治りが遅い。赤みや腫れは引いたものの、痛みがなかなか治まらない。歩くのにも差し障りがあり、手を借りないと難しい。
その為、早々に発つ事を提案してくれたアシュリーに罪悪感を抱くのは当然なのだ。
「シャロット、痛むか?」
向かい側で心配そうに足を撫でる。
「大丈夫よ。本当に平気だから」
「こんな時くらい、甘えろ」
素直になれないシャロットを気遣うアシュリーは寝室から馬車まで抱き上げて運ぶ夫らしさを見せた。
足が痛まないように荷物を支えにしたのもそう。甘える隙もないくらいに労ってくれるのだ、これ以上何を望めと言うのだろうか。
「これだけして頂いたのだから、もうじゅうぶんよ」
「いい加減にしろ」
卑屈だとわかっている。それでも迷惑を掛けておきながら平気な顔で第三王子の妃だなんて言えない気がしたのだ。
――いくら厚顔な私でもね。アシュリーがもしも望むなら、アイザックは了承して下さるはずよ。せっかくの好意を台無しにしたのだもの。
☆ ☆ ☆
「……ット」
――私の名を呼ぶ声がする。あぁ、王宮に着いたのね。それにしてもあの別荘と比べてこんなにも気温の差があるのかしら、ポカポカするの。なのにどうして? 気持ちの良い暖かさではなく、熱くて痛くてたまらない。私を抱く腕の温もりの方が寧ろ、冷たくて安心するくらいよ。いつの間にか、その心地良さからまた眠ってしまったらしいわ。だから知らなかったのよ、アシュリーとウィルが険悪な雰囲気になっていたなんて。




