踏み出した一歩
「本当に無茶をするものだ」
「雪が二面性を持った生き物だなんて動物図鑑には載っていなかったわ」
「滑るのだから気をつけないと」
「悪かったわ。大丈夫だと思ったのよ」
寝室の寝台に横たわり、殊勝な返答のシャロットがこんなにも大人しいのは当然といえば当然。
あの時うっかり足を踏み外したせいで転倒し、その衝撃で捻挫してしまった。その後の事はよく覚えていないが、どうやら寝台まで抱えられて寝かされたようだ。
そしてシャロットの左足首は今、赤く腫れてズキズキと疼き、悲鳴を上げている。
遠退く意識の中で伝わって来たのは、苦痛に歪むシャロットを大切そうに抱える温もりと切羽詰まったアシュリーの焦る声だった。
「大変だったのはわかるよな。医師の手配だけでなく、色々と立ち回ってくれた執事のおかげで大事にならずに済んだのだぞ」
「えぇ、ごめんなさい」
「それで、どこに行こうとしていた?」
「ただの散歩よ」
「あの時の君は確かに意思を持ってどこかに向かっていたようだが」
――あの女の部屋から眺めていたのかしら。
「窓から見下ろした私がどう見えていたとしても、それは貴方には関係ないわ」
――そうよ、私と貴方は形だけの夫婦だもの。
「君を一人にしてすまなかった」
「どうして謝るの? 貴方には貴方のやるべき事があるでしょう」
「だが、俺のせいなのは事実だ」
「私が勝手に怪我したの」
――サラも執事も危ないからと反対していたわ。なのに甘く見たのは私。
そこへ、寝室のドアをノックする音。
侍女のサラが湯の入った水差しを持って来てくれた。
彼女はアシュリーの方を一切見る事なく、言う。
「殿下、ここは私が妃殿下の世話を致しますので」
サラはアシュリーを追い出し始める。
「俺はシャロットの夫だ。側にいる」
もしも責任を感じて自らを罰しようとしているのなら、そんなのは愛でも優しさでもない。私は望んでいないのだから。
「私は大丈夫よ」
一人には慣れている。怪我で動けない今なら、その方がいい。
「俺達の寝室だ」
ところが、その言葉は許さないとでも言いたげな冷めた表情でサラが横から口出しする。
「殿下には他に待つ方がおありでしょう」
「サラ、失礼だぞ」
「申し訳ありません」
侍女とはいえ、これは出過ぎた行為だ。本来なら罰を与えて然るべきなのだが。
「君にどう見えているのか知らないが、シャロットの夫はこの国の第三王子だ」
「そのようですね。失念しておりました」
「侍女の立場も忘れていたわけではあるまいな」
「いいえ、私は妃殿下の侍女です。その立場から言わせて頂きますと、他の使用人から不満が出ております」
「不満?」
「はい」
黙っていられない、そんな口調だ。
だからこそ水差しに入った湯を器に移したり、シャロットのドレスを片づけたりと手を止められないのだろう。
サラはその先を続けていいのかどうか、躊躇いがちな目でシャロットに視線を寄越す。
「続けて」
彼女は大きく息を吸い込み、そして言った。
「私達を自分の使用人のように扱うのです。そして、あの……妃殿下に会わせろ、と」
「私に?」
「殿下が連れて来たのですよね」
「あぁ、そうだ」
サラは続けて言った。
もしもシャロットがアシュリーの子を宿せば、その時は秘密を暴露すると。
「妃殿下に会わせるわけにはいきませんので、代わりに私が伺いました」
あの女からどんな言葉を投げられたのか、口にしないのでわからないが、平気で笑みを溢す神経を疑ったと言うから悪辣な何かだったのだろう。
「サラ、嫌な思いをさせてしまってごめんなさいね」
「私にはあの人の考えも何もわかりません。ですが、妃殿下や王室を揺るがす発言だけは許せないのです」
そう言ってサラは頭を下げ、寝室を出て行った。




