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凍える暖炉

 ――浮かれすぎていたのね。ここに来てからのアシュリーの優しさが私に向いている気がしていたの。楽しかったのよ。それが一時的なものだと知ったのは一週間を過ぎてからだったわ。


 彼はシャロットと閨を共にしなくなった。

 まるで役割は果たしたはずだと言わんばかりに毎日どこかへと消えるのだ。

 こんな雪深い所で誰と一緒なのか想像しなかったシャロットは情けない気持ちになった。

 まさかあの女も連れて来ているだなんて、考えてもいなかったのだから。


 夢から醒めたようだ。


 ――何も知らなかった。知らされていなかったのだから当然よね。アシュリーが私の側を離れなかったのは、あの女と会わせたくなかったからなのね。


「馬鹿な女」


 居間の暖炉には、パチパチと夕焼け空のような火が燃え上がっている。

 まだ明るい昼間なのに暖炉の前から動きたくないのは寒いからだけでもない。

 シャロットは雪の王様に愛されているらしい。どれだけ暖まってもすぐに凍えてしまう。

 まるで似合わない、許さないと言われているような、冷たい氷が相応しいと言われているような、そんな気がしたのだ。


 ――そうよね、アシュリーが私を愛するはずがないもの。他の女の存在が消えるはずがないのはわかっていたのに、とんでもない勘違いね。どんなに装ってもグレース様には敵わない。あの気高く気品溢れる存在は聖母なのだわ。私のような、ちっぽけで醜い女とは違う。


 一人で考えていると、嫌な事ばかり浮かんで来てしまう。

 悪女が情けない醜態だ。堂々と私らしくしていればいいのに。

 こんな女には暖かな温もりも、求める日々も似合わない。


「あぁ、もう! 気分が良くないわ!」


 シャロットは突如、大声で叫んだ。


 すると、近くにいた女中が下げる途中のティーカップを驚きのあまり落として割ってしまった。


「も、申し訳ありません。妃殿下」


「いいのよ。それより、サラはどこにいるかしら」


 今のこの最悪な気分は輝く白銀の世界ではきっと、時折の陽射しが目に突いて刺すだろう。


 ――その方が寝惚けた頭にはちょうど良さそうね。


「サラ、外に出るわ」


「妃殿下、この天気では足元が不安定で危険でございます。まだ雪掻きも途中のようですし」


 植物は姿を隠し、段差も危うい平たさの降雪量は、雪に馴染みの少ない人間なら一歩を踏み出そうとはあまり考えないだろう。

 シャロットは別に無謀で無計画なのでも、周りを振り回す我が儘なのでもない。ただ正直なだけだ。貴族令嬢にありがちな建前論は持ち合わせていないし、お飾り人形の座は妹のスタシアの方が相応しい。それはシャロット自身も自覚している事ではある。


「大丈夫よ、危ない所には行かないわ」


 サラの心配は侍女としてのそれだけではない。

 妻を置き去りにするアシュリーへの不快感と怒りが、過度な形として明白に表れているのだ。

 そんな彼女の感情を更に悪化させるつもりはシャロットには全くなく、とにかく気晴らしがしたい、その一心だけで。


 ――このドレスでは歩けないわね。だからと言って、妃殿下らしくない格好はサラを余計に困らせてしまうわ。


 とりあえずそのまま、別荘の下働きが掻いた箇所を注意しながらおそるおそる歩を進める。


「あぁ、滑るわ……」


 迂闊に歩けば転倒してひっくり返りそうだ。


「それも私らしいかも」


「妃殿下……危な、危ないのでお気をつけて……」


「サラ、危ないから貴方は来なくていいのよ」


「いいえ、そんなわけにはいきません」


 サラは転倒しそうになるのを必死に堪えながら、後方からついて来る。

 本当に献身的な侍女なのだ、サラという女性は。


 ――私もサラもこんな雪深い所は初めてなのよ、上手く動けなくて当然だわ。


 玄関ポーチを数歩、たったそれだけで足の動かし方がわからなくなった。

 階段の位置さえ所々わからない。踏み外したら怪我は間違いなしだろう。


「洒落にならないわね……」


 それでもどういうわけか、どこまでも真っ白なその先が自分を求めているような気がして、立ち止まる事も引き返す事さえ頭に浮かばない。


『ここまで来い』


 そう言われているような、誰かの声が聞こえた気がした。


 だからサラの止める声が聞こえなかった。アシュリーの声にも。

 そして目の前の視界は白から黒へと染まって行った。

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