オーガンジーを着た白い女神
寝室の窓から見えるのは白銀の世界そのもの。
それはあまりにも白く、下絵ではない絵画のような、或いは夢でどこかの空間を彷徨っているような。
とても恍惚とした気分で、大きな何かに抱かれた感覚さえ覚えてしまう。
――もしもそれが雪の王様なら、きっと気に入られたのね。
寝台から抜け出てナイトガウンを手に引き摺り、窓に近づいてみる。
バルコニーの扉ではなく、寝室全体に太陽光が射すはめ殺しの大きな窓だ。
昨夜休む時にはカーテンを閉めていたはず、どうやら使用人が開けに来たらしい。
その窓にそっと手を当ててみる。
今の火照ったシャロットの身体には心地良い冷たさ。ずっとそうしていると冷気が手の平から伝わり、指先がジンと凍ってしまいそうな気がする。
――これでは庭で遊ぶのは無理そうね。そもそもこんな大雪、見るのも初めてよ。
「あぁ、すごい雪だな」
枕に顔を埋めて寝ていたアシュリーが目を覚ました。
「おはよう、王子様。絵本の国へようこそ」
彼の方に振り返る。
枕に肘を突き、ぼさぼさの髪をさらにくしゃくしゃに掻きながら無防備に露にする上半身の素肌。
「そうしているとまるで、城に閉じ込められたお姫様だな」
「私を認識してくれるのね」
「俺のお姫様だろ?」
「だとしたら、貴方に囚われたのかしら」
「それは俺の方さ」
出発前にサラが準備してくれた寝間着は薄手のネグリジェ。
身体を覆う肌触りの良い生地が動く度にふわりと揺れる。素肌がすっかり透けて見えるせいで、ほとんど着ている感覚がない。裸に違和感なく感じてしまうのが不思議だ。
彼女が言うには、こんな時だからこそ必要なものらしい。
『妃殿下、何をおっしゃいますか。殿下と二人きりで過ごすのですから、雰囲気を大事になさらないと』
ナイトガウンを羽織ると、アシュリーが残念そうに微笑む。
どうにか隠せているものの、もしも今この格好で執事か従者でも入って来たら、羞恥心のあまり死んでしまうだろう。
「意地悪ね」
「何の事だ?」
「これは侍女がこの日の為に用意したものよ」
「俺の指図だと言ったらどうする?」
☆ ☆ ☆
――不思議なの。悪い夢でも見ているのかしら。或いはこれが現実で、私の望んだ天国だと言うの? ここに来てからのアシュリーは私の側を離れようとしないのよ。
きっとここでも放っておかれるのだろうと思っていた。想像とはまるで逆だ。
一面が雪の外界で他にする事がないからかもしれないし、国王の命令通りに子を成す為に頑張っているのかもしれない。
――これは私にとって喜ばしい事なの? あぁ、あまりにもアシュリーとの距離が近すぎて慣れないわ。感情が複雑でどうしたらいいのかよくわからないの。結婚以来、アシュリーと閨を共にしたのはほんの数回。私はいつもあの広い寝室に一人でいたの。これが戸惑わずにいられますか。愛されているのかもなんて勘違いしそうになるのだから。もしもそうだったらいいのになんて、そんなわけないのにね。わかっているのにわかりたくないのよ。
☆ ☆ ☆
「シャロット、どこに行くんだ?」
ここに来て五日が経過。
ずっと降り続いていた雪が止んで僅かな陽射しが顔を出しても、寒さはそう簡単に和らぐ事はない。
――やっとよ? もうずっと散歩にも行けないから暇だったの。私、こんな大雪は初めて。空には降る雪が無くなったり、このまま降り続いたり、そんな心配しなくて大丈夫なのかしらとつまらない想像をしたわ。
「君は夢見る女だったのか?」
「私だって昔は子供だったのよ」
――せっかく止んだのなら外に出てみたいと思ったの。なのにアシュリーは駄目だと言うのよ。今はまだ危なく、降雪量もあるからですって。そう言われると従うしかないわよね。それでもやはりする事がなくて退屈だったから、別荘内の図書室の場所を聞いた。すると、彼が自分も一緒に行くと言うの。どうしてかしら、場所を教えてくれれば行けるのに。侍女も連れて行くのだから一人ではないのよ。なのにどうしても行くと言って聞かないの。
シャロットは何も気づいていなかった。
まるで監視でもされているようなそんな雰囲気だったのに、彼が本当は何を考えて何を隠していたのかなんて。




