その瞳に揺らされるから
「シャロット、何を考えておいでですか?」
正面に座るレオンが物思いに耽るシャロットを見つめて言った。
彼の穏やかで柔らかいトーンの声が心を落ち着かせてくれる気がする。
「本当は羨ましかったの。自分に正直で真っ直ぐで、ひねくれた私とは大違い。ウィルだってジェシカが好きだったのよ。だからあんなに怒って……」
ジェシカの姿に自身を重ね合わせたところで、この言い様のない寂しさはどうにもならない。彼女が心配で元気で幸せに暮らして欲しいのに。
――決して仲良くなかったわ。それでもね……。
もしもアシュリーと結ばれる事なく、今も愛人でいたならシャロットはどんな感情を抱えていただろうか。
「兄上のシャロットへの気持ちは変わらないと思いますよ」
「どうしてわかるの?」
レオンは口に出して答えない代わりに、ウィリアムと良く似た瞳が無言で伝える。
だが、シャロットはそれを受け取ろうとはしなかった。
「貴方がアシュリーとの婚姻を決めた時、兄上は喜んでいましたよね」
「えぇ」
「ですがそれは無関心だったからではない。貴方と繋がっていられるからですよ」
「どういう事?」
「シャロットが立場的に辛さを覚えているのは気づいていましたからね。それならせめて同じ王宮内で近い存在になりたいと思ったのでしょう」
愛されている自覚は確かにある。グレースとは別の意味で大切にされていた事も。
――それでも、だから私は……。
「この国では愛人は愛人の立場のまま。その間に誕生した子供については別ですが」
「隣国同士なのに違うものですね」
もしもウィリアムの子だったなら、きっとグレースを更に苦しめていただろう。
それがジェシカでなく、シャロットだったとしても。そう思うと、何とも言えない気持ちになる。
「覚えていますか? 貴方が兄上の愛人だった頃に……」
「えぇ、もちろん。レオン様はウィルがグレース様と他国への視察で留守の間、私が寂しくないように気に掛けて下さっていましたね」
「貴方と過ごす時間はとても楽しかった」
「馬車で遠出したり、王宮内を散歩したり。図書室で読んだ書物には王家の男女の秘密が書かれた物があってドギマギしたり。球投げもしましたね。レオン様といると時間の経つのが早く感じたわ」
「その図書室でこっそり貴方の頬に口づけをした事もありました」
「あら、それは初耳です」
「シャロットが本に埋もれて寝てしまった時ですからね」
「貴方はいつも私に配慮を下さる方だわ」
「一度聞いてみたいと思った事があります」
「何でしょう?」
「兄上の子供が欲しくはなかったのですか?」
「愛情を試す道具ではないもの」
「俺は悔しかったのです。兄上にとって大切な存在のはずなのに、どうして寂しくさせるのかと」
――えぇ、知っているわ。貴方は私を妃にしたいとウィルに願い出たのよね。
シャロットにはわからなかった。
彼のその気持ちが愛情なのか同情なのか、それともどこか別の何かなのか。
そこへアシュリーとの婚姻話だ。誰もが寝耳に水の二人の関係だっただろう。
もしもアシュリーとの件がなければ、或いはそうなっていたかもしれない。
――きっとそうね。今だってこんなに素敵な方だもの。
「シャロット、貴方の虜になった男は数知れない」
レオンはそう言うが、自覚のないシャロットは何と答えたら良いのかわからない。
――初めて言われたわ。レオン様の目は大丈夫かしら。
そんな会話の最中、空気を遮断するかのように馬車が大きく揺れた。
「な、何?」
バランスを崩して前につんのめる形になったシャロットを咄嗟にレオンの手が伸びて支えた事で、どうにか体勢を保てたのだが。
「大丈夫ですか?」
――この体勢では、まるで抱き合っているようだわ。
「だ、大丈夫……です」
――この体勢はまるで……。
彼の瞳はウィリアムやアシュリーと同じブルー。そしてほんの少しブラウンが混ざった金髪。なのに初めて見るレオンの思い詰めた表情に胸が高まるのはどうしてなのだろう。
――レオン様が近いわ。離れないといけないのに……。
「どうやら慣れない御者のせいらしい」
そう言って笑い、レオンが離れる。互いに前のめりになっていた身体を元に戻せば、心臓の鼓動が聞こえそうで胸に手を当てる。
どうやらいつもの御者に加えて見習い御者までいるらしい。
――この高鳴りはきっとそのせいね。
「騎士団を同行させるのならウィルも来れば良かったのに。これでは丸投げだわ」
誤魔化しながら呟くと、レオンが微笑んだ。
「いますよ」
「え?」
いつの間にか馬車が停まっていた。
そして扉が開き……。




