鉢の底
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おー、トンネル栽培だ! 久々に見た気がするな。
一人暮らしをしているところだと、場所がら畑が少なくてね。地元じゃないと、なかなか見られないんだ。あの畑の「うね」を覆うビニールのカバー。個人的にあれを見ないと、どうにも冬がやってきたような気がしない。
そんで、ビニールにはたいてい穴が開いてるんだよねえ。ほら、ここのものも。
ビニールが不良、というわけじゃないみたいだね。寒さから野菜を守るためのビニールカバーだけど、植物にとっては寒さから身を守るのと同時に、十分な換気も求められるらしい。ビニールで閉じっぱなしだと、やがてその内部の暑さは40度にも達してしまうのだとか。
野菜のお世話の仕方って、なんとも不思議なものだと、僕は思う。
このビニールの栽培ひとつをとったって、野菜の体調を気にかけているけれど、最終的に作物は僕たちの口へ運ばれる。いわば、「非業の最期」を遂げさせるために、手を加えてあげているわけだ。
どうにも、本来の生涯をいじくり回している感があってね。飼育とか農業とか、他人がやるのはいいけど、あまり自分でやりたくないと思う理由だ。けれども栽培もまた、義務教育で経験しないといけないことのひとつなんだよねえ。
その育て方について、たまたま僕たちの学年では、奇妙な方法に出くわしたことがあったんだ。どうだい、聞いてみないかい?
つぶらやくんは、「鉢底石」を知っているだろうか。おそらく覚えがあるだろうけど、プランターで植物を育てる際、底に敷く小石たちのことだ。
役割を知ったのはだいぶ後になってからだけど、あの石には水はけをよくする役割があるらしい。根腐れを抑える意味でも重要なものなのだとか。
僕たちがアサガオを育てる段でも、使われた。確か小学校の2年か3年かで、初めて植物を育てる授業でのことだったと思う。
で、このときのプランターなのだけど、少し様子がおかしかった。
正方形の角型プランターで、一人分ずつきっちり分けで育てるのだけど、渡された時点ですでに底に、何かが貼られているのが分かった。
セロハンテープをわずかに白く濁らせたような、プランターの底の穴から向こうが透けて見えるくらいの、薄い膜だ。実際に指を突っ込んで確かめようとしたら、先生が僕の手をぐっと押さえて、「やめなさい」とばかりに首を横に振る。
このときは無知ながらに、いけないことだと思ったんだ。他にもいじろうとする生徒が出るたび、先生は止める。けれども理由については語ってくれず、気づかない、動かない生徒には、さもなんともないとばかりに、平然と敷石を詰めるように指示を出していく。
そのまま土入れ、種植えもトントン拍子に進んでしまい、その日の帰りには、昇降口の脇の壁にずらりと、個々人のプランターが並ぶことになっていたよ。
アサガオを育てるのは、夏場のこと。土も乾きやすくて、朝と夕方の2回にたっぷりと水をやった方がいいと聞く。
僕もそれを忠実に守り、さっそく次の日の朝からじょうろで水をやったのだけど、やはりというか、おかしなことになった。
水をやる時は、プランターの底から漏れ出すくらい、たっぷりやるようにというお達しを受けている。それを忠実に守るも、僕が確認した通りなら、底の穴はあの膜のようなもので塞がれていたはずだ。
予想通り、水はなかなか底を抜け出さず、どうにか漏れ出す時にはもう、土の上にたっぷりと海ができ上ってしまうほど。水のやり過ぎがよくないことはすでに知っていたし、本当にこれで良いのか、首をかしげる子も多かったよ。
実際、成長も遅かった。一週間もすれば、葉もたっぷり茂って、支柱の心配をするものも出てくる頃合いだろう。それが、一番に早い子でもせいぜい地面の中から双葉が頭をのぞかせるあたり。目が出ていない事態も珍しくない。
――どう考えても、先生の指導ミスだろ。
僕たちはひそひそとウワサしたけれど、当の先生は気にしていない様子だった。
このちまちまとした育ちは、実に3週間ほどまで変わらなかったよ。でも、そこから先は急転直下ともいうべき、劇的な変わりようを見せる。
双葉がようやく開いた状態から、一晩で本葉が開き、もう一晩でツルが伸び、さらに一晩で花をつけた……などという、信じがたいスピード。僕のアサガオも似通った育ちの道を歩み、これもまたみんなの間でざわつかれる話題となる。
僕はもしやと思い、成長しきった自分のプランターに、水を注いでみたよ。すると、これまではなかなか漏れなかった水が、あっという間に下の地面を濡らし始める。プランターの底の穴へ手をやると、その指はすぐさま敷石に触れた。
あの配布時に貼られていたはずの膜は、きれいに取り去られていたんだよ。
アサガオたちは、育ちきったはしから、次々に力尽きて枯れていく。そして見る影もなくなった彼らを土から引っこ抜いてみると、ほとんど抵抗なく離れてしまうのさ。
彼らの根は、花を咲かせた植物のものとは思えないほどの、哀れな短さしかなかったからだ。これでは、土の上によそから切り取って持ってきたアサガオを、くっつけた場合と大差がない。
そして、アサガオたちが慌ただしい生を終えたあと。学校中の壁やシートのひびの上に、セロテープらしきもので補修された跡が増えたんだ。そのテープのほとんどは青黒く汚れていたけど、残ったわずかな部分には、あの鉢の底で見たような、かすかな白い濁りが見受けられた。
何人かはいたずら心にはがそうとしたみたいだけど、まったく歯が立たない。爪は引っかかったと思うと、つるりとすべって踏ん張りがきかなかった。道具を使おうとすれば、そもそも手ごたえがなく、傷をつけることもままならない。
気味悪がった大半の生徒が近寄らなくなるのに前後して、今度はそのテープを貼ったところから、水音らしきものがする、という話が出てきた。
僕も実際に、耳にしたことがあるけれど、食事でみそ汁をすする音に近かったかなあ。一回一回は短くて、気にしなければ空耳と勘違いされるようなレベルだよ。
アサガオたちをいじってまで、こしらえられたあのテープたち。壁の向こうにいる何かの、食事として用意されたんじゃないかな。




