表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
91/563

16. 黒い風 3


騎士団長トーマス・ヘガティは、八番隊副隊長カーティス・パーシングを前に厳しい表情を浮かべていた。人払いをしてるため付近に人はいないが、念のために部屋には防音の結界を張り、その上で声を潜めている。


「それは誠か」

「相違ありません。ユナティアン皇国の商人に紛れ込んだ間諜は、皇都トゥテラリィまで行き宮殿に入ったことが確認されています」

「一介の商人が宮殿に入るはずはないな」


ヘガティの溜息混じりの低い声にカーティスは頷く。

ユナティアン皇国からスリベグランディア王国にやって来る商人はそれほど多くない。他国からやって来た商人たちがスリベグランディア王国内で商売をするときは許可証が必要だが、許可証を得た商人の中で疑わしい行動をしている者がいるという報告が上がって来たのがおよそ半年前。謀反等の反乱分子の監視と摘発、拘束が主な任務である八番隊が、調査を続けていた。


「探っているのは何だと思う?」

「短絡的に考えれば、今上陛下の容体と我が国の趨勢に関してかと」

「深読みすれば?」

「我が国の国政に関与する機会を狙っているのだと思います」


ヘガティの問いに対しても、カーティスは無表情のまま淡々と答える。全く感情を漏らさない彼は、八番隊副隊長としても非常に優秀だった。子爵家の出自でありながら、その能力と努力で副隊長まで登り詰めた実力者だ。ヘガティはカーティスの推測を否定しなかった。可能性は否定できない――それどころか、可能性は高いと彼自身も思っていた。


「今の皇帝は野心家だからな」


カーティスは答えなかったが、ぼやくようなヘガティの言葉を否定もしなかった。一度だけ瞬いた瞳に、同意の色が浮かぶ。

ユナティアン皇国の皇帝カルヴィン・ゲイン・ユナカイティスは、事あるごとにスリベグランディア王国を含めた周辺国に対して自国に有利な条約を締結するよう迫っていた。同時に、少しでも自国に対する歯向かう気配があると見做せば問答無用で武力を行使する。ユナティアン皇国は魔の三百年の時代から存在している唯一の大国だ。その歴史に根差した自尊心は非常に強く、他国に対して常に優越していなければ気が済まない男――それが、カルヴィン皇帝に対する評価だった。


「他にはあるか」

「いえ、現時点では以上です」

「分かった。引き続き調査は続けてくれ」


カーティスは一礼すると、気配を消して部屋を出る。

ヘガティは無言で出て行く部下の後姿を見送り、険しい表情で黙り込んだ。カーティスの報告はきな臭いが、それだけであればすぐにユナティアン皇国が動く可能性は低いし、引き続き間諜を潜り込ませれば良いだけだ。だが、ヘガティは別筋からの情報を得ていた。


――およそ半年後に、ユナティアン皇国の第二皇子が外遊に来るという。


ローランド・ディル・ユナカイティス皇子は十六歳になったばかりだが、見目麗しいだけの“馬鹿皇子”だという噂だ。我が儘で高慢、父である皇帝の悪いところばかりを引き継いだと揶揄されている。外遊とはいっても、実りあるものにはならないだろう。本気でユナティアン皇国が視察を目的としているのであれば、重要なのは皇子に随行して来るであろう隣国の有識者である。まだ確定はしていないが、恐らく宰相を伴って来るのではないかと予想されていた。


ヘガティは、彼にしては珍しく苦々しく舌打ちを漏らす。面倒事が重なりすぎていた。

隣国がスリベグランディア王国に対し秘密裏に何かを企んでいることは明白だ。詳細は明らかでないものの、どれほど好意的に考えてもスリベグランディア王国に害を為さない思惑であるはずはない。そのような情勢での外遊は、迎える側も神経を使う。皇子には怪我の一つもあってはならないし、同時にスリベグランディア王国の機密情報を漏らさないよう細心の注意を払わなければならない。更には、ユナティアン皇国と内通する国内貴族や有力者の炙り出しも必要だ。

一方で、魔物襲撃(スタンピード)の時にはっきりと感じた、今の騎士団に害意を持つ者の存在。一体誰が騎士団を煩わしく思っているのか分からないが、国王派――つまりライリーを次期国王に擁立しようとしている派閥は除外しても良いはずだ。だが、決してそれは朗報ではない。

現時点でライリー・ウィリアムズ・スリベグラードは十歳。本当に次期国王として相応しいか、見定めるために傍観しているものも含めれば、国王派ではない貴族の方が多数派だ。はっきりと別の派閥に与していることが分かっている貴族だけに絞れば数は減るが、状況によって態度を変える優柔不断な者もいる。そういった貴族たちに対しては、疑惑を払拭できない。


頭の痛い問題ばかりだが、取り敢えずはユナティアン皇国のローランド皇子の外遊に合わせて騎士団の配置を考える必要がある。王族の護衛を担う一番隊はローランド皇子の近くに配置するとして、戦闘能力が最も高い七番隊をどう扱うかが一番悩ましい問題だ。不足分は視察先の領主に騎士団を借りる必要がある。


「外遊するにしても、訪問先と訪問日程を確定して貰わんとな……」


思わず口から洩れた溜息は、酷く重苦しかった。



*****



久し振りに王太子のライリーと王宮でお茶を楽しんでいたリリアナは、目を瞬かせた。


『ユナティアン皇国のローランド皇子が外遊でいらっしゃるのですか?』

「うん。まだ先のことだけどね。今は訪問先と訪問日程の調整をしているよ。クラーク公爵領にも寄って貰う予定だ」


一瞬だけ顔色を変えたリリアナには気付かず、ライリーは笑みを浮かべ頷く。リリアナは苦々しい気持ちを抑え、顔には微笑を浮かべた。

ローランド・ディル・ユナカイティス第二皇子――現時点ではまだ皇太子ではないが、将来的にはユナティアン皇国の皇位継承者となるとリリアナは知っていた。まだ皇太子が決まっていない理由は、父である皇帝の意向だ。対外的には皇帝に相応しい者がまだ見定められていないとされているが、実際は皇帝がその地位を手放したくないせいだと目されている。

そして、このローランド・ディル・ユナカイティスこそ、()()()()()()()()だ。隠しキャラクターはいるものの、ゲームのように何度もプレイできないこの現実世界で隠しキャラクターは現れないはずだった。リリアナが思い出した前世のゲームでは、全てのキャラクターを攻略しなければ最後の攻略対象者は出現しない。つまり事実上、ローランドと会えばリリアナは自身を破滅に導く全ての攻略対象者と面識を持つことになる。


ライリーは少し楽しそうな雰囲気で、外遊の準備について話している。どうやら視察の行程は、リリアナの父親であるクラーク公爵ではなく兄のクライドが主導で考えているらしい。

クラーク公爵領を視察するといえば、目的は一つしか思いつかない。リリアナは素直に尋ねた。


『クリムゾン染色でしょうか?』

「クラーク公爵領では、それが一番の目的だね」


ライリーは頷く。そして思い出したように、「そういえば」と口調を変えた。


「貴方が前に言っていた、発明を保護する特許だけどね、その権利を授与する準備が整ったよ。ちゃんと法整備したから、スリベグランディア王国内では新規性の高い発明は一定期間だけ保護されることになった」

『素晴らしゅうございますわね』


発明者に特許を与え金銭的な保障を行うことで、スリベグランディア王国内の産業は活発になるだろう。より良いものを開発しようという意欲も煽れるし、特許を得た発明で金が入れば次の発明の資金となる。

そして何より、“特許”に関する法整備はライリーが王太子として初めて手掛けた成果だった。リリアナは表向きは知らないことになっているが、一部の貴族の間ではライリーの能力を再評価する流れが生まれているらしい。どうやら、特許という概念は彼らの中では斬新かつ魅力的なものだったようだ。

あまりにも革新的過ぎると反発を招くが、ライリーは上手く受け入れられるように調整したらしい。リリアナは笑みを深める。

ライリーはにこやかに言った。


「我が国初の特許の授与式を、ローランド皇子が外遊でいらしている時に執り行おうかという話になっているんだ。そして記念すべき第一弾は、クリムゾン染色の開発者だ」

『まあ、あの館長様ですか?』

「うん。彼が適任じゃないかという話になっている」


クリムゾン博物館の館長は、ライリーが視察で訪れた時にクリムゾン染色の歴史や研究内容を解説してくれた研究者だ。庶民の出でありながら、その知識と意欲は卓越していた。ライリーが言う通り、彼であれば特許の第一号授与者として適任だろう。非常に難しいクリムゾン染色を自国で行えるようにした功績は勿論、産業としても形にした。今後、スリベグランディア王国の産業の発展にも貢献してくれるだろう。

リリアナは一も二もなく頷いた。否やがあろうはずもない。すると、ライリーは更に言葉を続けた。


「授与式には、ぜひ貴方も参列して欲しいんだ」


予想外の言葉だった。リリアナは目を瞬かせる。

リリアナが王太子妃だったり、もしくは王太子の婚約者であれば同席してもおかしくはない。だが、未だにリリアナは王太子の婚約者候補でしかないのだ。他の候補者たちが参席しないにもかかわらずリリアナだけが席を連ねれば、人はリリアナこそが婚約者なのだと確信を持って噂するだに違いない。困ったように僅かに眉を寄せたリリアナは首を振ろうとしたが、ライリーはそれを遮った。


「私の婚約者候補としてではなく、クラーク公爵家の一員としてクライドと共に列席して欲しいんだ。クリムゾン染色はクラーク公爵領の特産品だし、それほどおかしなことではないよ。それに正直に言えば、特許という考え方を最初に教えてくれたのはリリアナ――貴方だ。だから、新たな法を制定したと公表する席にはぜひ、貴方も居て欲しい」


ライリーは真摯に訴えかける。心の底からリリアナに感謝し、そして栄えある最初の授与式をリリアナの居る場で執り行いたいと本気で思っていることが伝わって来る。さすがにここまで言われては、リリアナも嫌だと断れなかった。

小さく息を零し瞬きをする。真っ直ぐに自分を注視するライリーを静かに見返し、リリアナはゆっくりと頷いた。


『――謹んでお受けいたしますわ、ライリー様』


その言葉を聞いたライリーは、彼にしては非常に珍しく、年相応に破顔する。リリアナは苦笑を隠すように、紅茶を一口飲んだ。


14-8

14-9

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


第1巻~第5巻(オーバーラップ文庫)好評発売中!

書影 書影 書影 書影 書影
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ