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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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3. 王宮 5

ライリーの婚約者であるリリアナ・アレクサンドラ・クラーク公爵令嬢を見送った後、ライリーはオースティンを中庭に誘った。自室よりも中庭の方が、()()()()()()()()()()()


「せっかく婚約者殿と二人きりだったのに、邪魔して悪かったな」

「まだ()()だ。別に構わない。急ぎなんだろう?」


オースティンが謝れば、ライリーは気にするなと言わんばかりに首を振る。気遣うようなライリーの言葉を受けて、オースティンは肩を竦めた。


「まあな。この後、午後から兵舎に行かないといけないんだ」

「兵舎? ああそうか、年明けに入団試験を受けるんだったな」

「それが一番の近道だからな」


ライリーが納得したように頷く。オースティンは「だから、それまで遊び倒そうと思ってな」と悪そうな笑みを浮かべた。親友のふざけた様子に、思わずライリーは苦虫を噛み潰したような表情になる。


「お前は――本当はそんな性質(たち)じゃないくせに、ふざけるのはいい加減にしろ。まだ年齢が年齢だから可愛らしい噂で済んでいるが、社交界に出ればそんなもんじゃ済まないぞ」

「ご婦人方からの情報は捨てたものじゃないぞ。俺は次男だから、兄上より融通が利くしな。時々、ご婦人方の閑話はエアルドレッド(我が)公爵家の影より優秀なんじゃないかと思うほどだ」


オースティンは悪びれない。ライリーは苦笑して首を振る。


「誰の教えか想像はつくがな」

「叔父上だ」


これ以上言っても無駄だと判じたライリーは、溜息を吐いて「それで?」と尋ねた。オースティンが急ぎでライリーに会いに来た理由には見当がついていた様子だ。


「領地はどうだった」


リリアナと話していた時とは打って変わった低い声でライリーは尋ねる。オースティンは苦い顔を隠し切れずに、「参った」と一言返した。


「父上も頭を悩ましている。敵と味方の選別すら困難だ」

「今日の味方は明日の敵――か」

「良く分かってるじゃないか」


ライリーの呟きをからかうように肯定し、オースティンは更に声を低めた。


「状況が渾沌としすぎている。表立って俺たちの味方をしている奴らが、裏ではアルカシア派だったりするから厄介だ」


オースティンの声は苦々しい。

アルカシア派の“アルカシア”は、エアルドレッド公爵家が統括しているスリベグランディア王国の西部から北西部にかけた地域を指す。それを(もじ)って、アルカシア派と呼ばれている一大派閥が、スリベグランディア王国には存在していた。


「本人の意向は無視か」


ライリーが揶揄するように口角を上げる。オースティンは小さく首を振った。


「権力に目が眩んだ連中のすることは、古今東西そう変わらない。それに、父上も“プレイステッド卿”を無碍にはできないからな」

「頭の痛い問題だな。――陛下がまだご健勝であられたら、事態は違っただろうに」


思わずライリーの口から深い溜息が漏れる。オースティンは眉根を寄せた。


「最近のご様子はどうなんだ。一進一退だと父上も仰っていたが――」

「ここ数日は多少、お元気でいらっしゃる。だが、やはり以前のようには戻らないようだ」

「そうか――」


二人の間に重い沈黙が落ちる。ここ半年ほど、国王の容体が思わしくない。それを機に、これまで国王が抑えつけていた貴族たちの動きが活発化している。


「一つ――陛下の件で、気になっている噂がある」

「噂?」

「ああ。――医者は何と言っている?」

「気鬱と、それから心の臓の病だと言っていたが――」


ライリーの言葉をしばらく黙って咀嚼していたオースティンだが、一歩ライリーに近づくと耳元に顔を寄せた。ぼそりと小さな声で一言告げる。聞いた途端、ライリーの両眼は驚愕に見開かれた。


「それは――本当か」

「噂だ」


オースティンはライリーを押し留めた。未来の国王は一つ深呼吸し自身を落ち着かせると、「――分かった」と低く呟く。


「その可能性も踏まえて陛下に進言しよう。お前も他言は無用だ」

「分かってる。だが、お前も深入りはするな」


ライリーはオースティンに返事をせず黙り込む。オースティンは眉根を寄せたが、それ以上言及しても無意味だと悟ったのか話題を変えた。


「それで、リリアナ嬢は? 声が出ないというのに王宮に来たんだろ。呼び出したのか?」


ライリーは一瞬言葉に詰まったが、「ああ」と頷いた。


「体が悪いわけではない。流行り病に罹って高熱が出た後、体は回復したが声が出なくなったようだ」

「それは――災難だな。治るのか」

「治って欲しいところだな」


ライリーの意味深な言葉に、オースティンは「ふうん」と興味が失せたような言葉を返した。ライリーは横目でオースティンの様子を窺う。

しかし、オースティンの表情は変わらなかった。


「――声が出ないということは、無頼漢に襲われても助けを呼べないということだ」


更に低い声で、オースティンが囁く。ライリーは苦い顔で頷いた。


「分かっている。だが、婚約者ではなく婚約者()()だ。私も表立っては何もできない」

「婚約者候補筆頭の時点で、既に婚約者と同等だがな」

「それを言うな」


ライリーが眉間に皺を寄せる。オースティンは呆れたような目をライリーに向けた。だが、その口は笑みを浮かべている。


「他にお前に言ってくれる奴がいるか?」

「――いないな」


皮肉な幼馴染の物言いに、ライリーは苦笑して肩を竦めた。オースティンは励ますようにライリーの肩を叩くと、友を激励した。


「お前も気をつけろよ、ライリー。色々ときな臭いからな。次に会った時にはお前の死体とご対面なんてご免だぞ」

「誰に言っている? 私は昔から毒に体を慣らしている。お前こそ、身辺に気をつけろ」

「言われるまでもない」


オースティンは不敵な笑みを浮かべて言い放った。



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