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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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15. 生誕祭の罠 7


オースティン・エアルドレッドは先頭で馬を疾走させる騎士団長の背中を追いかけて、二番隊の仲間たちと共に必死に馬を駆っていた。二人ほど魔導省から派遣された魔導士も随行しているが、彼らは騎士たちと同じようには馬に乗れないため、二番隊の騎士の馬に同乗している。年長の魔導士は文句を垂れていたから置いて行こうとしたが、どうやらきつく言い含められているらしく、不承不承ながら馬に乗ることに同意した。

今回、騎士見習いとして付き従っているのはオースティンだけだった。魔導騎士としての素質があるのが、今いる見習いの中ではオースティンのみだからだろう。


数匹の魔物を倒すのであれば、剣さえあれば良い。だが魔物襲撃(スタンピード)を制圧する場合、剣だけでは不十分だった。別に控えた魔導士が瘴気から身を守る結界を張ったとしても、戦闘を開始すればあっという間に結界から離れることになり、自らの身を守れなければ瘴気にやられ力尽きてしまう。魔導士が倒されてしまってもそこで終わりだ。更に魔物の数が増えれば増えるほど、剣技だけで倒すことは困難になる。制圧する前に体力が尽きてしまいかねない。

そのため、魔術と剣術を組み合わせて闘える魔導騎士が魔物討伐には重用されていた。彼らは攻撃魔術に特化しているが、最低限の防御魔術は使えるし、当然瘴気から身を守るための結界を自身の周辺に張ることができる。しかし、ただでさえ防御結界を張るためには繊細な魔力調整が必要だ。魔物と激しく闘いながら結界を張るためには天性の才能と厳しい訓練を重ねる必要がある。そのため、魔導騎士ばかりを集めた二番隊に入隊するには、実力部隊と名高い七番隊と同等様かそれ以上に狭き門を通過しなければならない。つまり、今オースティンが行動を共にしている騎士たちは皆、王立騎士団きっての精鋭たちだった。


オースティンは、知らず生唾を飲み込んでいた。初めての実戦が史上最大規模の魔物襲撃(スタンピード)であることが、彼の緊張に拍車をかける。

王都から見えた瘴気は十分濃いと思っていたが、近付けば更にその大きさと濃さを実感する。未だ瘴気の中に入ってはいないのに、圧倒的な威圧感と自然に湧き起こる恐怖のせいで呼吸すら難しくなりそうだった。


「オースティン、あんまり気負うな」

「っ、はい」


不機嫌な様子ながらも馬を寄せ、励ましてくれたのは副隊長イーデンだった。隊長のダンヒル・カルヴァートよりも老齢でありながら、実力はダンヒルを凌ぐ猛者である。彼が隊長ではなく副隊長の座に甘んじているのは、出自が平民だからだ。実力主義を掲げる七番隊隊長のブレンドン・ケアリーは平民出身だが、彼は王立騎士団の中でも異例の存在だった。


「結界は馬から降りたところで魔導士が張る。だが、信用はするな。俺か隊長、それか団長の傍に居ろ」

「承知いたしました」

「本当だったら、お前を連れて来ることもなかったんだがな」


本来であれば魔物襲撃(スタンピード)に見習いを連れて行くことはないが、今回は別だった。一人でも多くの魔導騎士が必要だった。聖魔導士の派遣を魔導省が拒否したせいだ。王都を守るために彼らを現場には派遣しないという魔導省の主張に、騎士団長以下、全員が怒りの目を向けた。王都だけを守っても魔物襲撃(スタンピード)を制圧しなければ根本的な解決にはならない。それを理解していないとしか思えなかった。

しかし、魔導省の決定は騎士団の要請を上回る。聖魔導士の派遣は諦める他なかったが、それでも派遣する魔導士の数を増やしてくれたら勝機が見える。そう主張すれば、人手があれば良いのだろうと冷たく言い放たれ、見習い騎士が居るではないかとけんもほろろに門前払いを食わされた。


見習い騎士はあくまでも見習いであって叙任された正式な騎士ではない。正式な騎士でもなく訓練も不十分な騎士を連れて行けば、彼ら自身の命が失われてしまう。それだけではなく、他の騎士たちも危険に晒されかねない。苦渋の決断を迫られ悩みに悩みぬいた結果、魔導騎士としての素質が見込まれていたオースティンに声を掛けた。

断っても良いと言う団長と二番隊隊長に、オースティンは一も二もなく行くと答えた。三大公爵家の嫡男が同行するという事実を盾に再度魔導省に迫り、随行する魔導士が一人増えた。まだ新人の魔導士だったが、老齢の魔導士一人よりはマシだとヘガティ団長は苦い顔だった。


イーデンはどのような戦況でも冷静沈着に敵を屠る剛腕は騎士たちの憧れであり、同時にそこに在るだけで闘争心を鼓舞する稀有な存在でもある。だが、彼の告げた“魔導士を信用するな”という言葉に、オースティンは眉根を寄せた。ちらりとイーデンを見るが、彼は涼しい顔で正面を見据えている。

てっきり、オースティンは実戦経験のなさから一人で突っ走るような真似をするなと言われるのだと思っていた。軽はずみな行動で自身だけでなく、仲間を危険に晒す可能性はいつ何時でもあり得る。だが、魔導士を信用するなと言われるとは思わなかった。

尋ねても答えないかと思ったオースティンだったが、どうやら前を駆けながらも二人の様子を窺っていたらしいダンヒルが馬を調整してオースティンに並ぶ。同時にイーデンがオースティンの前に出る。


「この規模なら、副長官かその部下殿に出て来て欲しかったんだけどね。今回ついて来てるの、あれ一人は新人だし、年長の方も“腰かけ組”だ。新人の方はまだ見込みがあるけど」

「――は?」


“腰かけ組”――つまり、魔導士としての能力は高くないが、箔をつけるために魔導省に在籍している貴族という意味だ。今回の討伐隊に随行している二人の魔導士は外れだと、ダンヒルは躊躇いなく言い捨てた。目を瞬かせるオースティンに、ダンヒルは皮肉な笑みを浮かべてみせる。


「だから団長が来たんだよ、魔術の()()だけで言えば騎士団の中でも一、二を争うほどだからね」


どうやら今回の討伐隊の上位三人は魔導士を一切信用していないらしい。勿論、二番隊の他の騎士たちもその事実を承知しているのだろう。そこまで察して、オースティンは痛む頭を堪え溜息を吐いた。ダンヒルは「ドラコくんが居たのは知ってたから、彼が来るものだと思ってたけど――何かあったかな」などとぼやいている。

今回の討伐隊に随行する魔導士を選んだのは魔導省だ。魔物襲撃(スタンピード)発生の報告を受けてからの対応の遅さや指示系統の混乱、そういった全てがオースティンの心に不審と違和感を呼び起こす。だが、それは今考えることではないとオースティンは頭を振った。

目の前にある敵に集中しなければ、今回の現場では間違いなく真っ先に命を落とすだろう。


王都を抜け、街道を疾走する。瘴気が近づくほど馬の速度が落ちる。やがて、団長のヘガティが手綱を引いた。


「馬を捨てろ!」

「はっ!」


騎士たちは直ぐに馬から降りると、街道沿いの森に入った。馬を木に括り付け、魔導士が盗難防止用の結界を張る。そして全員が揃って走り出した。まだ視認できないが、瘴気が薄っすらと漂って来ているのだろう。息が徐々に苦しくなり目や鼻がひりひりと痛くなる。やがて瘴気で視界が霞み始めた時、ダンヒルが最後尾の魔導士に向けて叫んだ。


「結界を張れ!」

「は、はい!」


答えたのは新人だった。きらきらと光を散らしながら、騎士たちの周囲に膜が張られる。多少呼吸が楽になる。騎士たちは走るのを止め、しかし極力早足で街道を進む。瘴気の中心部は既に森の中から街の方へと移動していた。周囲の様子を警戒しながら、騎士と魔導士たちは中心部に向かう。魔物襲撃(スタンピード)を制圧するためには、中心部で浄化の術を発動させるのが最も効率的であり定石だ。だが、既に魔物は瘴気の満ちた一帯に跋扈している。簡単には進ませて貰えなかった。

少し進んだところで、黒い瘴気の中に無数の赤い目が浮かび上がる。こちらの出方を窺っている魔物たちの気配に、オースティンは全身の毛が逆立つのを感じた。


「不味いな」


ダンヒルが呟く。聞き咎めたのはオースティンだけだった。魔物への警戒を怠らないまま、「何がですか」と尋ねる。ダンヒルもまた腰から抜いた剣を構えいつでも攻撃できる体勢を整えた。


「魔物がこちらの様子を窺っている。知能がある証拠だ」

「奴らに知能はなかったのでは――」

「最近、知能がある魔物がいるらしいという報告が届き始めたんだよ。半信半疑だったけど、その報告は本当だったみたいだね」


ダンヒルの声は緊張のせいか、わずかに硬い。オースティンは顔を顰めた。

攻撃力が高いだけでなく、知能が高い存在は非常に厄介だ。どの程度の知能があるかによるが、戦略的にこちらの壊滅を狙われては被害が拡大する。ただでさえ人間は魔物の攻撃力を前に純粋な力では太刀打ちできない。聖魔導士ですら数人、そして魔導騎士であれば一部隊居なければ魔物襲撃(スタンピード)を制圧することはできないのだ。今回の魔物襲撃(スタンピード)の規模であれば、勝率は限りなく低かった。


「それでは、こちらから仕掛けるのは悪手ですね」

「ああ、だが後手に回れば被害は拡大する」


先制攻撃で不意を突くのも重要だが、今オースティンたちが居る場所は瘴気の真っ只中――いうなれば、魔物たちの独壇場である。


「各自、身は守れよ」

「な、なんだと!?」


ヘガティ団長が低く呟く。目を剥いたのは、年長の魔導士一人だけだった。

騎士たちは全員、自らの体に結界を張る。魔導士が張ったものと違い、体の表面を覆う膜のようなものだ。少なくとも、この膜があれば魔導士が張った結界の外に出ても瘴気に中ってすぐに昏倒するようなことにはならない。

魔物たちの気配を窺っていた二番隊隊長ダンヒルだったが、やがて戦法を決定したらしい。とはいっても、今取れる戦略はそれほど数も多くなかった。


「場を整え追い込み罠を張れ」


それを聞いた団長は一瞬ダンヒルを見やり、わずかにニヤリと笑った。どうやら合格らしい。団長はオースティンを手招き、ダンヒルに向かって告げた。


「援護は任せろ。オースティン、お前も俺と一緒に後衛だ」

「承知しました」


オースティンが頷いた、次の瞬間――取り囲んでいた結界が消滅する。どうやら新人の魔導士は、詳細な説明なしにすべきことが分かるらしい。事前にダンヒルと打ち合わせをしていたのかもしれないが、いずれにせよ将来性は高いと彼が言った理由は分かった。

団長とオースティン、一人の騎士、そして二人の魔導士を残して、その場に居た騎士たちが一瞬にして掻き消える。


「わ、儂を守る奴はおらんのか!」


状況が分かっていないのか、顔を赤くして魔導士が怒鳴った。だが、相手にする者はこの場にはいない。彼の感情を乗せた声とは裏腹に、落ち着いて良く通る声が響いた。


「【我が名に於いて命じる、火の理の元に我が剣よ、燃え盛れ】」


残った騎士が右手に持った剣の切っ先を天に向け詠唱を口にする。剣を起点とて発生した複数の火球が円状に騎士を囲み、次の瞬間遥か頭上へと浮かび上がる。そして一瞬にして彼らを囲む魔物の頭上へと移動し、火の雨を降らした。次から次へと降る火の雨は、魔物だけでなく木々も燃やし始める。

火の雨から逃れた魔物たちは怒り狂った様子でオースティンたちに牙と爪を向けた。


「ひっ!」


蒼白な顔で年長の魔導士が悲鳴を上げる。新人の魔導士も血の気の失せた顔をしていたものの、援護しようと防御の魔術を繰り出す。真面目な性質なのか、騎士たちの動きを良く見ていた。完璧ではないものの、初仕事としては及第点だ。


団長が先頭の一体を一太刀の元に斬り捨てる。剣はほのかに光っていた。どうやら魔術で剣自体を強化しているらしい。火の魔導騎士は剣を振るいながらも、手の届かない場所にいる魔物たちを次々と火球で燃やす。オースティンもまた、剣に風魔術を乗せた。振るった剣は触れた魔物を肉塊に変え、そして同時に更に遠方の魔物を見えざる風の牙で屠る。中には毒の霧を吐き出す魔物も居たが、結界によって阻まれた。

だが、何よりも魔物の数が多い。そして知能を持った魔物たちは、ただ攻撃するだけでは分が悪いと踏んだのか、一瞬攻撃の手を休め互いの位置を見ながら陣形を組む。異形の魔物は視界が広いため、円陣を組まずとも全方位を確認できる。

その中央を引き裂くように、火球が巨大な矢となり貫いた。魔物たちの咆哮が響く。一ヵ所に追い込むように、火と風が魔物を追い立てる。逃れた魔物は剣で斬り捨てた。だが、それでも魔物は減らない。戦っている最中にも新たな魔物が生まれているのではないかという恐怖すら湧き起こる。

しかし、鍛えられた騎士たちはただ目の前の敵を倒すことに力を注いだ。


「【我が名に於いて命じる、土の理の元に我が剣よ、漆黒の穴を穿て】」


詠唱が瘴気の中で響く。轟音を立てて、魔物たちが集まった場所の土が崩れ落ちる。巨大な穴の中に、魔物たちは為す術もなく落ちていく。それでも辛うじて穴から逃れた魔物には火と土の矢が放たれ、藻掻き苦しみながら穴に落ちた。


「【我が名に於いて命じる、風の理の元に我が剣よ、吹き荒べ】」


穴の周辺に風が巻き起こり、這い上がろうとする魔物は風の壁に遮られ穴に再び落ちていく。


「【我が名に於いて命じる、光の理の元に我が剣よ、悪しき闇を駆逐せよ】」


巻き起こる風に塞がれている穴に白い光が満ちる。魔物たちの断末魔が響く。周辺に散っていた騎士たちが姿を現した。やがて、白い光が消える。多少、瘴気は薄くなっていた。穴を取り巻く風が止んでも、魔物は穴から這い上がって来ない。オースティンは安堵の息を漏らした。騎士たちも僅かに緊張を解く。それでも、まだ魔物を駆逐できたわけではない。警戒は続けなければならない。


「【我が名に於いて命じる、水の理の元に我が剣よ、恵みなる雨を降らせ】」


騎士の一人が囁けば、周囲で燃え盛っていた木々の上に雨が降り鎮火していく。それを横目に、騎士たちはすぐさま一ヵ所に集まった。魔物を相手にするときは、単独行動は適さない。常に集団で行動することが、身を守ることに繋がる。


「行こう」


ヘガティ団長の言葉に、騎士たちは無言で頷く。緊張と警戒に表情はこわばっているが、同時に疲労は蓄積していた。死線で戦うことに慣れている彼らも、今回の魔物襲撃(スタンピード)で生じている瘴気の濃さには慣れていない。結界で身を守っても限界はある。酸素濃度が低い高所で激しい運動を続けているようなものだった。徐々に彼らの精神力と体力は蝕まれていく。

だが、その時、ヘガティ団長の腕を乱暴に掴む男が居た――ダンヒルに“腰かけ”と揶揄された、年嵩の魔導士だった。



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