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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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3. 王宮 4

「殿下」


フィンチ侯爵夫人に声を掛けられて、リリアナとライリー殿下はそちらに顔を向けた。ライリーは不機嫌に眉根を寄せてフィンチ侯爵夫人に声を掛ける。


「――フィンチ夫人。まだ時間はあるはずだが?」

「申し訳ございません、殿下。恐れながら、オースティン様がいらっしゃいましたので」

「オースティンが?」


リリアナはライリーから一歩下がったところで目を瞬かせる。

恐らく、オースティン・エアルドレッド――ライリーの幼馴染であり近衛騎士の彼のことだろう。ゲームの中では攻略対象の一人だ。ライリーと同い年のオースティンはまだ近衛騎士ではないだろうが、将来はライリーにとって唯一無二の片腕になるはずである。


(この時期には既に、リリアナとも顔見知りだったのかしら)


リリアナはまだオースティンと出会ったことがない。今回が初対面だ。だが、できれば会いたくなかった。


(オースティンルートでも、ゲームのリリアナ(わたくし)は死ぬんだもの)


オースティンルートのハッピーエンドで、リリアナはオースティンの手で刺し殺された。バッドエンドでは国外追放だったと記憶しているが、魔術を使えないように魔力を封じられ、着の身着のままで追い出されたリリアナが生き延びられる可能性は限りなく低い。最終的に、リリアナは天寿を迎えることなく死んだと考えるべきだ。


複雑な心中を押し隠し、リリアナは品の良い微笑を浮かべ続ける。どうやらライリーはオースティンを迎えることにしたらしい。


(仕方がないわね。わたくしはお暇いたしましょう――三十六計逃げるに如かず、ですわ)


オースティンがこの場に来る前に、さっさと退散してしまいたい。そう思ってリリアナは手早く手持ちの紙にその旨を書くが、それをライリーに渡す前に、ライリーがにこやかに口を開いた。


「せっかくだから、リリアナ嬢も会っていかれると良い。オースティンは良い奴だ、必ずや助けになる日が来るだろう」

(――助けになるどころか、わたくし、オースティン(その方)に殺されるのですけれど)


ゲームのオースティンルートでのリリアナは、ハッピーエンドだろうがバッドエンドだろうが、オースティン自身に手を下されてしまう。助けになるどころか、リリアナにとってはオースティン自身が敵である。尤も、攻略対象者全員がリリアナにとっては敵になるのだが。

だからといって、今この段階でそれを明かすことはできない。

リリアナは辛うじて頬を引き攣らせないよう、顔の筋肉を総動員させ、――退避を諦めた。

オースティンが姿を現す。それを見届けて、フィンチ侯爵夫人はその場を辞した。


「やあ、オースティン。久しぶりだな。しばらく領地に戻っていたと聞いていたが」

「お久しぶりです、殿下。領地にて父の手伝いをしておりました」

「そんなに畏まるな、これまで通りで良い」


礼を尽くすオースティンに、ライリーは煩わしそうに手を振る。


(エアルドレッド公爵家の領地は北西部にあったはずだけれど、遠方よね。アルカシア地方だったと記憶しているけれど――)


スリベグランディア王国はいくつかの領地にわかれ、貴族が統括している。しかし国が広いため、更にその貴族たちを統括する役目を担っているのが三大公爵だ。リリアナのクラーク家は王家直轄地が多く存在する王都以南を、そしてオースティンのエアルドレッド公爵家はアルカシア地方と呼ばれる西部から北西部にかけてを統括している。そのアルカシア地方の最大面積を占める領地が、エアルドレッド公爵家の管理する土地だった。

オースティンはすぐには頷かず、気に掛けるようにライリーの後ろに控えるリリアナへ視線を向ける。ライリーは「ああ」と声を上げた。


「彼女はリリアナ嬢だ。クラーク公爵のご息女で、私の婚約者候補だ――リリアナ嬢、彼はオースティン・エアルドレッド。私の幼馴染で、近衛騎士になる予定だ」

「殿下」


ライリーの紹介を聞いたオースティンが咎める声を出す。近衛騎士になる予定、というのは恐らく極秘だったのだろう。だがライリーは気に留めない。


「気にするな、彼女は他言しないだろう」


多少横柄な態度は、見方を変えれば堂に入るともとれる。将来、国王になることを考えれば多少尊大な態度を取れる方が良いのかもしれないが、先ほどまでの態度との違いに、リリアナは内心で瞠目した。

そして同時に、リリアナを信頼する口ぶりにわずか戸惑う。

しかし、心の内は押し隠し、しとやかに淑女の礼を取った。

オースティンも挨拶をしたが、声の出ないリリアナは答えることができない。訝し気に眉を寄せたオースティンに、ライリーが「リリアナ嬢は喉を痛めていてね」と釈明した。


「残念ながら、話すことができないんだ」

「へえ。それは気の毒にな」


気楽な口調になったオースティンがリリアナへと視線を移す。


「俺のことはオースティンと呼んでくれ。君のことは――リリアナ嬢と呼んでも?」


リリアナは頷いて呼び名を許す。ライリーはわずかに眉間に皺を寄せ、オースティンは友の変化に微笑を洩らした。オースティンは視線を再びリリアナに戻してにっこりと笑みを浮かべる。


「美しい人だな。君が殿下の婚約者候補でなければ、俺が立候補するところだった。残念だよ」

「おい、オースティン」

「本心だよ、リリアナ嬢。その美しい容姿にも、聡明そうな瞳にも惹かれる。――もし婚約者候補から外れることがあればすぐに教えてくれ、即座に婚約を整えよう」


不敬にも当たるオースティンの発言だったが、ライリーは咎めない。不快そうに顔を顰めているが、それだけだ。

リリアナは驚いたが、それは表情に表さず、戸惑うように首を傾げてみせた。ライリーに視線を向けると、それに気が付いたライリーが苦笑を浮かべる。


「申し訳ない、リリアナ嬢。オースティンは随時この調子なんだ」

「随時とはなんだ、ライリー。俺は相手を選んでいる」


お前と違ってな、と告げるオースティンに、ライリーは今度こそ不快を露わにして「おい」と低い声を出した。


「それだと俺が軟派な男のように聞こえるだろう。撤回しろ」

「騎士に二言はない」

「まだお前は騎士じゃないだろうが」


ふ、とオースティンはライリーの反論を鼻で笑う。しかし、ライリーは呆れたように溜息を吐くだけだった。リリアナに向き合い、「申し訳ない、リリアナ嬢」と告げる。


「良かったらこのまま三人で――とも思ったんだが、私はどうやら狭量だったようだ」


ライリーの言葉は明快だ。オースティンの軽快な言葉に嫉妬するからこの場は辞してくれ――という意味だ。どうやら、リリアナはこのまま帰宅することを許されたらしい。


(淑女を快くさせる術を十分に心得ている時点で、ライリー殿下もオースティン様もそれほど違いはございませんでしょうに)


リリアナも、二人の誉め言葉を本気で受け取るほどお目出度くはない。

承知いたしました、と言うように小さく頷き華麗に一礼する。ライリーとオースティンはリリアナを送り届けるべく、馬車の乗り場まで同行してくれた。

屋敷に帰るよう、御者に言いつける。


(――なんだか、妙な雰囲気だったわね)


ゲームはまだ始まっていない。開始時期よりも前にどのような出来事が起こっていたのか、リリアナに知る術はない。だが、違和感がしこりのように心の中に残っている。


(まあ、良いでしょう。いずれにしても、四年後までにわたくしの声が出ないままであれば、わたくしの婚約は白紙撤回されますもの)


他にもいくつか気にかかることはあるが、()()()()()()()()一番重要なことは死亡フラグの回避である。リリアナの思考は、帰宅後に読む予定の本へと移っていった。



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