表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
75/563

15. 生誕祭の罠 2


王宮に到着したリリアナとクライドは、真っ直ぐに生誕祭の会場に向かった。既に貴族たちは集まっていて、思い思いの場所で語り合っている。会場となる広間は王宮の中でも特に見晴らしが良い場所で、既に扉は開いている。だが、まだ食事は運び込まれていない。中庭を囲むように造られている回廊は景観が良く、客たちは基本的にそちらでウェルカム・ドリンクを片手に雑談を楽しんでいた。


「先に寄るところがあるんだ。一緒に行こう」


リリアナの耳元でクライドが囁く。頷いたリリアナはクライドにエスコートされるに任せ足を運んだ。クライドが向かうのは会場とは反対方向だ。回廊を進んで階段を上る。向かったのは控室と銘打たれた一室だった。


「失礼致します、クライド・ベニート・クラークです」

「入れ」


クライドが声を掛けて入室する。室内にはライリーとオースティンが座っていた。二人はリリアナの装いを見て目を瞠る。ライリーは破顔して立ち上がると、リリアナに手を差し出した。


「久しぶりだね。とても良く似合っているよ、リリアナ。まるで妖精姫(フィオンディ)だ」

『まあ――勿体ないお言葉ですわ。殿下もとても良くお似合いです』


ライリーは王太子としての正装に身を包んでいる。白を基調とし金糸と銀糸が施され、赤いマントには色とりどりの宝石が縫い付けられてあった。一方のオースティンはまだ騎士見習いであるため、騎士団の正装は身に着けられない。そのため、ライリーほどではないが公爵家に相応しく貴公子然とした格好だ。

リリアナの小さな手を包んだライリーは手の甲に唇で触れ、ソファーに誘う。ライリーがリリアナの隣に座ったため、クライドはオースティンの隣に腰かけた。ライリーが防音の結界を部屋に張る。その上で、「あの布の件だが、何か分かったか」と口を開いた。


ライリーが尋ねたのは、クラーク公爵領で入手した、ユナティアン皇国の商人が持ち込んだ布のことだった。既にあの布はペトラに手渡し、解析が完了している。リリアナが推測した通り、施された刺繍は呪術だった。東方式のものだったため解析が難航した上に詳細までは分析しきれなかったが、“何かを探す”ことを目的とした術だということまでは突き止めた。何らかの条件が付されていることは確実だが、その仔細までは分からない。だが、特定の“もの”ではなく一定の条件を満たした“もの”を探すための術ではないかというのがペトラの見立てだ。


その結果をリリアナがライリーに告げた時、ライリーは仕事の速さに驚いていた。だが、すぐに険しい表情になり更なる調査を決定したのだ。それも、顧問会議には一切通さず秘密裏にである。実際に秘密裏の調査などできるのかと疑わしく思ったリリアナだったが、ライリーは「勿論、手は借りるよ」と小さく笑った。そして、ライリーはオースティンとクライドと手分けして、実際に親交のある貴族令息と令嬢を通じ、似た文様の布が売られていないか確認を取った。勿論、他言無用と言い添えている。その約束がどの程度まで守られるのかリリアナは疑問だったが、幸いにも現時点ではライリーの行動が広く知れるような事態にはなっていない様子だった。どうやら十歳になる前にライリーは父親の“影”をそのまま譲り受けたらしく、彼らにも一働きして貰ったらしい。


「やはり、中立派の貴族が治めている領地での販売が活発です。現状、ケニス辺境伯領とカルヴァート辺境伯領で最も多く売られているようですね」


ライリーに答えたのはクライドだった。オースティンも頷く。


「ああ、俺も同じような報告を受けている。アルカシア地方でも商売はしていたようだが、少し立ち寄っただけなのか買った人間は確認できなかった」


ライリーは眉根を寄せて聞いていた。そして「確証はないが」と声を潜めた。


「最近問題になっている“北の移民”の連続誘拐事件とその呪術に関連があるのではないかと、疑っているんだ」


把握できている情報に偏りはあるが、“北の移民”の誘拐事件が頻発している場所と件の布が出回っている地域に共通点がある。それはリリアナも考えていたことだった。クライドが静かな目をライリーに向ける。


「つまり、例の布の呪術は“もの”ではなく“人間”を探すためのものだったということですか」

「ああ、私はそう考えている」

「確かに――傾向は合致します。クラーク公爵領に関しては記録がなかったので確実なことを言えないのが歯痒いですが」


クライドは悔しそうに付け加えた。執事のフィリップにも確認したようだが、案の定のらりくらりと躱されたらしい。

仮にライリーの推測が当たっているとして、問題はその首謀者だ。ユナティアン皇国の商人が噛んでいることから考えるに、隣国が何かしらを企んでいると考えるべきだろう。


「――侵略を考えていると思うか?」


懸念を口にしたのはオースティンだった。ライリーもクライドも表情が暗い。ライリーは厳しい表情で「分からない」と答えた。


「国境に怪しい動きはないとは聞いていますが――陛下の状況が漏れている可能性を考えれば、少なくとも彼の国が様子を探っているとしてもおかしくはありません」


クライドの指摘を聞いたライリーが「クライドの言う通りだ」と頷く。オースティンはライリーに顔を向けた。


「皇帝のお人柄は知っているか?」

「いや、残念ながら大したことは知らない。非常に野心に溢れた豪傑で、ご自身の意見に反する部下は全て切り捨てたとか、そういう噂話程度のことだ」


ユナティアン皇国とスリベグランディア王国はあまり王家同士の交流がない。元々スリベグランディア王国もユナティアン皇国の領土であり、魔の三百年後に独立した過去がある。そのため不可侵条約を結んではいるものの、ユナティアン皇国はスリベグランディア王国を属国のように捉えている節がある。スリベグランディア王国も友好を示すために王族をユナティアン皇国の貴族に嫁がせているものの、積極的に関わり合いたいとは考えていない。


「彼の国に潜らせている間諜の情報を集められたら、より分かるんだろうがな」


ライリーは苦々しく呟く。オースティンとクライドは顔を見合わせた。エアルドレッド公爵家とクラーク公爵家もそれぞれに間諜を隣国へ放っている可能性が高いのだろう。だが、二人ともまだその情報を手にできる立ち位置にはいない。


(もう少し本格的に調べた方が宜しいでしょうか)


リリアナは一人無言のまま三人の会話を聞いていたが、そんなことを思う。仮にライリーの推測が正しければ、隣国は隙を突いてスリベグランディア王国に戦を仕掛けて来る可能性がある。そうなれば、リリアナも婚約者候補から外れる努力だけにかまけている場合ではない。“勝てば官軍負ければ賊軍”という言葉にも示される通り、ユナティアン皇国との戦に負け真の属国に下れば、王族は勿論のこと、高位貴族など一族郎党処刑されるだろう。

簡単な情報ならば入手できるよう、現在は王宮内に呪術で操った鼠を忍び込ませている。一見したところ普通の鼠だが、呪術で創った存在であるためリリアナの思う場所へ好きな時に潜入できる。だが入手できる情報は断片的だ。かといって、リリアナは現在も自身の手足となる“影”を見つけることが出来ないでいた。そのような人材を手に入れることができる裏社会の情報屋に接触しようとしても、リリアナが貴族であるせいか約束の場所に彼らが現れない。


(貧民街で拾おうにも、その後の教育が最難関ですわ)


さすがのリリアナも間諜や暗殺といった裏仕事を教えることはできないし、教師を付けようにも探す伝手がない。以前リリアナが教えを乞うたカマキリという男は暗殺専門で間諜は門外漢だということだった。それに、仮に教育を授けられたとしても、その子供が物になるかは教育が終わるまで確定しない。そこまで時間と金を掛ける余裕は、リリアナにはなかった。


「隣国が戦を仕掛けて来る可能性に関しては顧問会議も把握しているのか?」

「ああ――恐らくは。あまり俎上には載らないけどね。これまで通りだ」


オースティンの質問にライリーが答える。つまり、有力貴族たちは隣国の動きを気にしながらも現在は重視していない、ということだろう。ライリーは苦笑する。


「それよりも、最近はずっと魔物の件で王宮中が右往左往しているよ。頻度も増え規模も拡大しているし、発生場所の範囲も広がって来た。恐らく一番割を食っているのが魔導省じゃないかな」


何気なくライリーに視線を向けられ、リリアナは小さく頷く。

ユナティアン皇国の商人が持ち込んだ布のせいで、リリアナが魔導省副長官とその部下と親交があるとは知れてしまっている。リリアナの反応を見て、「やはりな」とライリーは肩を竦めた。


『以前より更に忙しくなっているご様子ですが、仕事の割り振りには大きな偏りがあるようですわ』


ブレスレットで教えると、ライリーは目を細めて続きを促す。オースティンとクライドはリリアナの声が聞こえない。「確かに、魔導省は忙しそうだな」とオースティンが頷いている。


『副長官とその部下――ユナティアン皇国の商人が持ち込んだ布の解析を頼んだお二方に、異常な量と内容の仕事が振り当てられていると聞きます』


これはペトラから聞いた愚痴だ。魔導省長官のニコラス・バーグソンが、どう考えても無理な仕事を振って来ると口汚く罵っていた。ぎっちりとスケジュールが詰められ、移動も転移の術が必要になるような距離。体力だけでなく魔力も尽きさせるつもりかと言っていたが、さすがに二人とも“天才”なだけあって、呪術で必要以上に魔力を消費しないよう調整しているらしい。


ライリーは眉根を寄せた。口を開いて何かを言おうとし、慌てて閉じる。リリアナの発言は気になるが、ここで質問をすればオースティンとクライドに念話用ブレスレットのことが気付かれてしまうと思ったのだろう。


「――――魔導省の動向も注視しておくべきだな」


結果的にライリーが絞り出したのはそんな台詞だった。リリアナの声が聞こえていなくとも違和感のない、しかしリリアナの発言を受けての言葉だと分かる。さすがに聡明だとリリアナは微笑を深めた。

オースティンが首を傾げる。


「魔導省にも、何かあるって?」

「以前も言った、魔物の異常発生の原因だ。自然発生しているという結論に異議を唱えたが、未だ再調査されていない」

「ああ――その話」


ライリーの説明は多少言い訳がましかったが、オースティンもクライドも納得した様子だった。ライリーは苦い表情で溜息を吐く。


「本当は今日の生誕祭も、私は反対していたんだ。他に数人の貴族も異議を唱えていた。父上もあのような状況だし、魔物襲撃(スタンピード)がいつどこで起こるかも分からない状況で、騎士団と魔導士たちを警護と称し王宮に留め置くのも望ましくない」

「魔導省も、今回の生誕祭に割く人員は最低限で良いという指示に反発したそうですね」


ライリーだけでなく、クライドも頭が痛いと言うように顔を顰めている。反発したのは特に特権意識の高い上位の魔導士たちだったという。彼らは、王太子の生誕十周年を祝う宴に出ることを誇りと考えている様子だった。ただしその本心は、生誕祭で高位貴族に取り入りたいという欲望だろう。

結果的に、魔導省の長官と副長官を含めた大半の魔導士が生誕祭に集まる予定だ。


「一昨日の深夜に、王都から少し離れた街道で魔物襲撃(スタンピード)が発生したっていうのにな」


オースティンも苦々しく吐き捨てる。街道で発生した魔物襲撃(スタンピード)はそれなりに規模が大きく、一つの街が機能不全に陥った。そのため、今日の生誕祭に参加予定だった遠方の貴族も足止めを食らい、参加できなくなったと連絡が来ている。それでも王太子に献上する品だけは持って行きたいと、街道の整理がある程度付いたところで進もうと考えている貴族もあるようだ。

だが、その状況でも魔導士たちは王宮から動こうとしない。騎士団も上から指示がなく、更には王侯貴族の護衛という任務の重要性から現場には駆け付けられない。恐らく、そのせいで街の復興は遅れるだろう。重苦しい沈黙が部屋に落ちた。


(――ああ、そういうことでしたか)


リリアナはふと、ゲームのシナリオを思い出した。

ヒロインであるエミリア・ネイビーが暮らすネイビー男爵領は遠方にある。本来であれば、彼女も王太子の生誕十周年を祝う宴に来るはずだった。だが、シナリオでは彼女が十三歳の時、初めて攻略対象者たちに会うとなっていた。恐らくエミリアは、一昨日の深夜に発生した魔物襲撃(スタンピード)の影響で生誕祭に出席できなくなったのだろう。

現実とゲームは違うと分かっているが、どうしようもない強制力のような存在を感じて、リリアナは小さく震えた。




14-9

14-11

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


第1巻~第5巻(オーバーラップ文庫)好評発売中!

書影 書影 書影 書影 書影
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ