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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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15. 生誕祭の罠 1


新月のその日、スリベグランディア王国王太子の生誕十周年を祝う準備が王都のそこかしこで行われている中、その男は()()からの報告を苛立たし気に聞いていた。


「もう一年だぞ。何で連絡が取れない」

「残念ながら、()()()がつい先日落馬事故に遭いまして」


男は痛烈な舌打ちを漏らす。落馬事故と言われて額面通りに受け取る馬鹿はいない。即ち協力者は事故に見せかけて殺されたということだ。


「一族が動き出したのに、死の虫(デス・ワーム)が見つからないってことはないだろ。林檎でもぶら下げてりゃ来るんじゃねえのか」

「――テンレック様の名前を出せば、炙り出せる可能性はあるかと思いますが」

「そんな危険(リスク)は取りたくねえよ」


子鼠の控え目な提案を一蹴し、テンレックは顔を顰めた。

金になる仕事は諸手を挙げて歓迎するが、自らの身に危険が迫る仕事は極力避けて来た。だからこそ情報屋などという仕事をしている。商売相手は基本的に裏社会の人間だ。裏社会に馴染みのある貴族連中であれば、話を聞くだけは聞いてやる。裏社会と縁のない堅気の貴族は、テンレックの顧客にはなり得なかった。表の連中は利権が複雑に絡み合いすぎて、政治情勢やら自尊心、権力の変化で簡単に裏切る。だから、堅気の連中は“一族”に仕事を依頼する。表では“大禍の一族”と大層な名前で呼ばれているが、裏社会では単に“一族”とだけ呼ばれていた。恐らく大仰な看板があった方が、貴族連中には受けが良いのだろうとテンレックは思っている。


対する裏社会の人間関係は単純だった。裏表があっても、テンレックの身に馴染んだ理屈に考え方が似ているだけあって直ぐに理解できる。貴族のようにこちらを見下したりもしない。対等の関係というのは、テンレックにとって非常に仕事がしやすかった。

今回の客は常連であり金払いも良い上客だった。たいていの場合、こちらの言い値を支払ってくれる。身分を偽っているものの、物腰から貴族だろうとテンレックは見当をつけていた。依頼遂行の期限は区切られていないものの、経験から考えるにそろそろ結果を求められる時期だと分かっている。


「デス・ワームは諦めて、ココエフキなら見つかりそうか」

「ココエフキであれば、一ヶ月前までの足取りを掴んでいます」


それならばすぐにでも連絡が取れそうだと、テンレックは頷いた。

依頼人は“最高の技術を持った暗殺者”が欲しいと言っていた。テンレックの知る中で最高の暗殺者はデス・ワームだが、ココエフキも悪くはない。デス・ワームには及ばないものの、彼であればたいていの依頼を難なくこなすだろう。それに、デス・ワームほど扱い難くもない。

同じことを思ったのか、子鼠は小さく頷いた。


「あと一年ほど仕事が残っているようですが、その後は特に予定も入っていないと確認が取れています。今のうちに予約しておくと良いかと」

「そうだな、そうしとくか。延長有りで前払い、客の要望は二年契約だ」


子鼠は「承知しました」と頷くが、訝し気な表情だ。それも当然だとテンレックは苦く思う。

二年契約で暗殺者を契約したいというのは、即ち専属契約ということだ。その客のように、専属の暗殺者を雇うような物好きは滅多にいない。支払金額も膨大になるし、暗殺者のようにいつ命を落とすか分からない職業の者を前払いで長期間確保しようなど酔狂にもほどがある。


「客の方で始末するつもりではありませんか」

「だから、デス・ワームかココエフキなんだろ」


子鼠の懸念に頷きながらも、テンレックは吐き捨てるように答えた。子鼠は納得したように頷いた。

通常は前金は全額の一部であり、残額は契約が終了した時点で支払う。だが、上客は迷いなく全額を前払いにすると言い切った。その裏を読めば、仕事を終えた暗殺者を最終的に口封じのため殺すつもりではないかと推察できる。金を払うから、派遣された暗殺者のその後については一切触れるなという言外の脅しである。

確かに、普通程度の暗殺者であれば口封じのために命を落とすかもしれない。だがデス・ワームかココエフキであれば、自力で逃げることも可能だろう。金の成る木である暗殺者をみすみす客の手に掛けて死なすつもりは、テンレックにはなかった。


それに問題は他にもあった。契約した二年間は、その暗殺者は他の仕事を請け負えなくなる。徐々にきな臭さが増しているこの大陸で、有能な暗殺者を一人の顧客に縛りつけることは本来であれば避けるべきだった。史実には登場しない影の存在が歴史を動かすことは、過去に何度もあった。だが、テンレックにとっては国の趨勢などどうでも良い。肝心なのはその客の金払いが非常に良いことであり、そして懸念はココエフキが引き受けた場合、この先二年間は彼に仕事を依頼できないということだけだった。


「デス・ワームだったら気にしなくて良いんだけどな」


溜息混じりにテンレックはぼやく。

デス・ワームであれば、他の仕事を引き受けてはならないという制限など一切気に掛けないだろう。彼の気まぐれにはテンレックだけでなく多くの人間が振り回されている。だが、ココエフキは真面目な男だ。契約に署名したが最後、専属任務を全うするまでこちらの言葉には一切耳を貸さないに違いない。


「もういいぞ」


テンレックが言えば、子鼠は一礼してその場から姿を消す。ココエフキがもしこの仕事を引き受けるのであれば、裏社会の重鎮たちには話を通しておくべきだろう。テンレックは小さく溜息を吐いた。


「――根回しもしとくか」


面倒だが、後始末に追われるよりはマシだ。テンレックは支払いに必要な金額をざっと計算し、依頼人へ出す契約書に金額を付け加えた。



*****



ライリーが十歳になる。生誕祭当日には、リリアナも着飾って誕生会出席のため王宮へ上がらなければならない。他の婚約候補者たちとも顔を合わせることになる。リリアナは張り切っているマリアンヌを尻目に一人憂鬱だった。王宮に上がって生誕祭に参加することも面倒だが、何よりも王都にあるクラーク公爵家の邸宅に泊っていることが気鬱さに拍車をかけている。

生誕祭が一日中開かれているため致し方ないとはいえ、ほとんど足を踏み入れたことのない屋敷は居心地が悪い。父親が居ないことだけが救いだった。


それに、国王の容体は思わしくないまま月日だけが流れている。その状況で生誕祭を開くなどさすがに不謹慎なのではないかと思うのだが、有力貴族たちの大部分が開催に賛成しているらしい。数日前に王宮で会ったライリーが、げんなりとした表情を隠しもせずに教えてくれた。クラーク公爵領の視察以来、ライリーのリリアナに対する態度が打ち解け距離も近くなっている気が強くしているが、止めてくれとも言えず今日に至っている。


「お似合いですわ、お嬢様!」


喜々としているマリアンヌの視界には、清楚と可憐さを併せ持ったリリアナのドレス姿が映っているに違いない。マリアンヌ曰く、今回の主題(テーマ)は“神秘的な妖精”だそうだ。リリアナの瞳に合わせた薄い緑色のドレスは胸元にフリルがあしらわれ、胸元から腰を通り裾に掛けて色とりどりの小花が散らされている。ドレスは下に行くほど広がり、重ねられたレースが透けて軽やかさを演出していた。


「さすが、妖精姫(フィオンディ)に勝るとも劣らない美しさであらせられますわ」

〈――さすがにそれは、言いすぎではないかしら〉


感動したようなマリアンヌの言葉に、リリアナは困ったように首を傾げた。

フィオンディは最も有名なおとぎ話の妖精だ。別の物語では精霊とも言われるが、その美しさは地上でも天上でも他に比べるものがないほどだという。フィオンディはただのおとぎ話に止まらず、様々な物語に形を変えて姿を現す。だが、全ての物語で悲劇の妖精姫として扱われていることだけは共通していた。

フィオンディは天空の支配者たる王に愛されたが、その命は悪魔によって散らされた。王は酷く嘆き悲しみ、空は常に暗く澱み、そして彼は永遠に愛する姫を探し彷徨い続ける。おとぎ話や歌劇ではそこで話が終わる。だが、一部の歴史書には続きが記されていた。愛するフィオンディを失った天空の王の悲しみで、世界は太陽を失った。地上には悪が蔓延り、人や生物は疫病に苦しみ、植物は枯れ果てた。絶望に満ちた時代を迎え、暗黒の時代は三百年続いた。その時代を歴史家は“魔の三百年”と呼んだ。


――魔の三百年を打ち破った英雄たちの物語の次に、スリベグランディア王国で有名な存在がフィオンディだった。


(確かに、女性たちは一度は憧れる存在だと聞きますけれど――)


フィオンディのことを描いた物語や歌劇はどれも悲劇ではあるものの、誰にも心を開かない王とひたむきなフィオンディの純愛は女性たちにとって魅力的であるらしい。夜会では頻繁にフィオンディをイメージした装いが見られる。だが、悪役令嬢(リリアナ)にとっては正反対の存在だ。

その時、タイミング良く扉を叩く音が聞こえた。どうやら兄のクライドが出発のため迎えに来たらしい。入室の許可を問う声にマリアンヌが答えれば、扉を開いてクライドが入って来た。


「――見違えた」


クライドは目を丸くして相好を崩す。リリアナに近寄り、その右手を取って軽く手の甲に口づける。微笑を浮かべるリリアナを優しく見つめ、クライドは嬉しそうに告げた。


「綺麗だよ、リリー。とても似合ってる。こんな可愛らしい人をエスコートできるなんて、兄として誇らしいよ」


リリアナは礼を言う代わりに微笑を浮かべて軽く礼を取る。間違いなくリリアナの意図を読んだクライドは更に笑みを深め、「もうそろそろ時間だけど、準備は良いかな?」とマリアンヌに尋ねた。マリアンヌははっきりと頷き、「万全です」と断言する。リリアナはクライドにエスコートされて、屋敷の前に停められていた公爵家の馬車に乗り込んだ。

王都内を移動するといっても、護衛の数が多い。最近は出現する魔物の数が多く、更には出現場所も街道以外へと拡大している。そのため、王都内でも警戒する貴族が増えていた。魔物襲撃(スタンピード)ですら一人で対処できるリリアナにとっては窮屈この上ないのだが、文句を言うわけにもいかず大人しく受け入れている。


「今日の流れは聞いてるかな?」

〈ええ、立食形式と伺っておりますわ〉

「そう。最初に王族に挨拶をすることになっているけど、陛下の容体が思わしくないから実際に挨拶する相手は殿下と大公だけだ。その後は立食形式で歓談することになるけど、それなりの人数が居るから、パーティーの間は殿下とは話せないだろう。殿下はリリーとお話になりたいご様子だったけれどね」


クライドの言葉に、リリアナは微笑を苦笑に変えた。

ライリーはリリアナと話したいらしい――といっても、普段から頻繁に茶会で活発な議論を交わしている。今回の生誕祭で話したいと望んでいるのは、リリアナが婚約者の有力候補だと貴族たちに見せつけたいと考えているからだろう。だが、それはクラーク公爵が許さないはずだ。リリアナの父は、リリアナが王太子の婚約者候補から外れることを未だに望んでいる。十歳までに声が戻らなければ婚約者候補から外れるという密約は未だに有効だ。それに、リリアナも婚約者として確定したと周囲に知らしめるような行動は避けたかった。


無意識にリリアナは腕に付けたブレスレットに触れる。それは、ライリーからもらった念話用の魔道具だった。今回の生誕祭には付けて来るようにライリーから言われたのだが、このブレスレットはリリアナの声をライリーに届けるためのものであって、その逆では使えない。ライリーがリリアナの傍に来ない限りリリアナは彼の声を聞くことができないのだが、それをすれば周囲の者たちはリリアナがどうやってライリーに返事をしているのか気にするだろう。ライリーは魔道具の存在を隠したいと考えている様子だった。

一体ライリーは何を考えているのか。リリアナには未だに分からなかった。




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