14. クリムゾンと商人 11
クラーク公爵家の別荘に滞在した三日目の昼過ぎ、リリアナは呼びつけた裁縫師にマリアンヌの採寸をさせていた。ライリーとクライドもクリムゾン染色の布で衣服を仕立てたいというので、併せて採寸をお願いしている。リリアナの分は既に終わらせ、今は採寸するマリアンヌの隣でドレスのデザインを考えていた。
〈マリアンヌは体が引き締まっているから、体の線が出るドレスが良いと思いますわ〉
勿論マリアンヌの希望が最優先だが、彼女が好むのは保守的な――つまり体の線を隠すデザインばかりだ。似合わなくはないのだが、どうしても野暮ったく見えてしまう。かといって体の線を強調しすぎては下品になってしまうし、マリアンヌの純朴さと美しさを絶妙に引き立たせるデザインを考えるのは楽しかった。
「お、お嬢様――っ!」
裁縫師の女性に見せられたデザイン画の斬新なスタイルに、マリアンヌは恥ずかしいのか頬を染め上げ抗議の声を上げる。だが、リリアナはにっこりと笑ってマリアンヌの声を無視した。
本気で嫌ならば無理を通す気はない。しかし、照れているだけだというのが明らかである以上、リリアナは遠慮する気もなかった。もし万が一、社交界で口さがないことを言われるのであれば、三大公爵家令嬢からの贈り物だと言えば十分相手を黙らせることができる。
そんなリリアナの考えが分かっているのか、マリアンヌはやがて諦めたように何も言わなくなった。
「――二の腕さえ見えないようにしていただければ、それで宜しいです……」
どうやらマリアンヌは二の腕が逞しいと思っているらしい。リリアナから見れば引き締まっていて美しいのだが、本当に見せたくないと思っているマリアンヌに無理強いをするつもりはなかった。それに、今の流行を考えればあまり二の腕を露出することも避けた方が無難ではある。数枚、二の腕を露出したデザインも考えてはいたが、リリアナはあっさりとそのデザイン画を“却下”の山に分けた。
*****
採寸が終わった後、街中の施設を幾つか見学したリリアナたちは少し早めに別荘へ戻った。翌日の出立に備えなければならない。だが、リリアナは出立前夜に最後の一仕事を終えるつもりだった。
明日に備えて早く休むとマリアンヌには告げ、一人部屋に入ると結界を張る。自分の姿が見えないように術を掛けた後、何の躊躇もなく転移の術を使った。
次の瞬間、リリアナの視界に映ったのは大きな執務机と書類の山だった。フォティア領にある屋敷の執務室である。幸いにもそこに人はいなかった。
(移民の状況を知るには――租税台帳が一番手っ取り早いかしら)
租税台帳は書棚に保管されている。非常に分厚いが、リリアナは構わずに一冊目を手にした。最初の方に公爵領の概要が記されており、この三年間の変遷に関して簡潔に纏めてあった。それを見る限り、人口の大幅な増減はなさそうだ。“北の移民”に関しても特に記載はない。だが、農地と居住地区の面積の増大は著しかった。
(この三年間で農地改革はそれほど進んでいないのに――妙ですわ)
スリベグランディア王国が建国された時には、既に一年を三つの時期に区分する三圃制が始まっていた。夏と冬に大麦や燕麦、そしてライ麦等の穀物を育て、それ以外の時期を放牧で活用する。家畜に引かせる農工具が、鉄製の車輪が付いた大型の犂に変わったのは近年になってからのことだ。だが、クラーク公爵領で普及した時期は他の領地と比べても早かった。鍛冶職人の元に魔術を使える職人を増やしたことで、より頑丈な鉄車輪を使った犂が量産できるようになったのだ。だが、その普及活動も十年近く前に終わったはずだった。それに伴い、農地拡大も中止された。道具があったとしても使う人がいなければ、増やした農地を管理しきれない。
訝しく思いながら、リリアナは収支報告書を手に取った。確認すると、領地外に輸出されている農作物の売り上げは若干増加傾向にある程度だ。概算でしかないが、農地の増加と比べて、輸出物の売り上げと人口増加率は不釣り合いだった。
(どういうことでしょう。脱税――ということかしら)
普通に考えれば、粉飾決算を疑うべきだった。税金は、一人当たりに対して課せられる人頭税と土地単位に課せられる地代の二つから成る。脱税しようと思えば、その双方の収支報告を誤魔化すのが定石である。だが、仮に粉飾決算であることが確かだとしても、リリアナが見ている記録では人頭税しか脱税できていない。地代はむしろ増えている。仮に農地の生産量が他の農地と同程度であると仮定すれば、差し引きしても多少利益は増えている。だが、脱税という危険を冒してまで手に入れたい金額ではない。
(それに、脱税したお金をどうなさっているの?)
クラーク公爵家の羽振りは分不相応に良いわけではない。フォティア領でも使用人の数だけは妙に多かったが、その他の面では特に散財している様子はなかった。リリアナがクライドたちと滞在している別荘も同様である。
眉根を寄せて考え込んだリリアナは、ふと扉の鍵が開けられる音に慌てて書棚に書類を戻した。念のため姿を消す術を使っておいてよかったと思いながら、書棚の影にそっと姿を隠す。部屋に入って来たのは、執事のフィリップだった。背後には一人の男が付き従っている。その姿を目にしたリリアナは目を丸くした。
(あれは――)
フィリップの背後に居る男――それは、別荘にいるはずの侍従だった。何故彼が、フォティア領の屋敷にいるのか。リリアナと同様に転移の術を使ったのでなければ説明が付かない。
扉を閉めたフィリップは、畏まる侍従を前に「なるほど」と呟いた。
「殿下が“北の移民”に関して興味を持っていると。面倒なことに首を突っ込む方ですね」
「はい。クライド様に、フィリップ様に訊くよう助言をされていました」
「私に、ですか」
侍従の密告に、フィリップは苛立たし気に溜息を吐く。明らかにライリーの行動を煩わしいと思っている様子だった。だが、特に言及することはない。目を細めて侍従に「他には?」と尋ねる。
「明日の朝にあちらを発つ予定のようです。視察は順調に進みまして、リリアナ様は布を何枚かお買い上げになり、更に侍女のドレスを仕立てられました。殿下とクライド様も服を仕立てられております」
「布、ですか」
「はい。染色特区で立ち寄った店で購入したと聞いております」
「――それならば問題はないでしょう」
何が問題ないのかリリアナには分からなかったが、フィリップは考え込みながら頷く。
「別荘から持ち帰りそうなものはありますか?」
「いえ、それはないと思います」
「それなら宜しい」
以上です、と締めくくった侍従にフィリップは満足気な顔をしてみせた。この調子で頼みますよ、と言って侍従を送り出す。フィリップは部屋に一人残り、溜息を吐いた。先ほどまでとは打って変わって不機嫌な表情だ。舌打ちを漏らし、「全く」と低く唸った。
「――――あまりにも目に余るようなら、閣下に奏上せねばならないでしょうね」
フィリップはリリアナが隠れている書棚の近くに歩み寄った。書棚に置かれている時計の針を動かす。時計の針が緑色に光った。魔力に反応しているらしい。カチリと音がして、書棚の反対側に置かれている飾り棚が揺れた。
凝視するリリアナには気が付かず、フィリップは飾り棚に手を掛ける。ゆっくりと腕を動かせば、飾り棚は動きその向こうに闇が広がった。どうやら飾り棚は隠し扉になっていたらしい。リリアナは逡巡すらせず、素早く動いてフィリップの後に付いて隠し部屋に入った。背後で扉が閉まる。
フィリップが壁に手を翳すと明かりが灯った。どうやら、屋敷の他の部分とは異なり、この隠し部屋は全体に魔術と呪術が施されているようだ。執務室よりも書物が多く、天井も低い。壁には様々な珍品が飾られた飾り棚もあり、一種異様な雰囲気で満ちていた。見慣れないものも多くあるが、恐らく珍品の大部分は魔道具だ。
陰になった部分に身を潜めて物珍しさに周囲を眺めていたリリアナは、フィリップが難しい顔で動いたことに気が付いた。彼は書類の束の中から一冊のノートを取り出し、何事かを書きつける。だが、リリアナの位置からではフィリップが何を書いているのかは分からなかった。近づいても構わないが、万が一気配に気が付かれても不味い。代わりに、リリアナは飾られている魔道具を一つずつ見て回った。呪術に関しては学び始めている段階だからか、見たことがないものも多くある。
(これはお父様が集められたものなのかしら。武術に関してはお好きでないと思っておりましたけれど、魔術や呪術にはご興味がおありなの?)
知らなかったわ、とリリアナは内心で呟く。この数日は父親の予想外な一面に気付かされているように思えてならない。だからといって、リリアナにとって警戒対象であることに変わりはないのだが、多少は人間味があるような気がしてきた。
そんなことを思っていると、フィリップが立ち上がって部屋を出る。転移の術で出ることもできるだろうが、これほど魔道具が充実していたら魔術の行使が上手くいかない可能性もあった。リリアナはフィリップに着いて隠し部屋を後にする。幸いにも、リリアナが出た後に隠し扉は閉まった。
そのままフィリップは執務室の椅子に腰かけて、仕事を始めてしまう。すでに夜も遅いのに、相当な仕事人間だ。思わず呆れたリリアナだったが、フィリップがいる以上執務室で調査を進めることはできない。転移の術で帰ろうと考えたところで、ふとフィリップが動いた。眉根を寄せて卓上の砂時計を見る――砂時計だと思っていたものは魔道具だった。色が黄土色から紫色に変わり初めている。
「全く、今日は千客万来ですね。煩わしい――」
ぼやきながら、フィリップは砂時計の隣に置いてあった小さな笛を手に取った。そして鋭く一吹きする。しかし音は聞こえない。何をしたのかと首を傾げたリリアナだったが、フィリップは何事もなかったかのように書類に没頭し始めた。
一体何を――と視線を彷徨わせたリリアナは、外から響く音に目を細めた。
(――――あれは、犬?)
どうやらフィリップが吹いたのは犬笛だったらしい。だが、音は聞こえなかった。犬の聴覚は人間よりも鋭いが、人間が聞こえないほど高い音は遠くまで届かない上に壁などの障害物に弱い。そのため、犬笛であっても人に聞こえる程度の音が使われるはずだ。疑念を抱いたリリアナは、念のため物陰に姿を隠して転移の術を使った。向かう先は犬の咆哮が聞こえた庭だ。
一瞬にして視界が暗闇に染まった。リリアナは目を瞬かせ、視界を暗闇に慣れさせる。闇の中で犬の目が紫色に光っていた。全身が総毛立つ。あれは危険だと、リリアナの本能が警告を発している。
だが、犬らしき数頭の動物はリリアナを省みない。犬であれば、たとえリリアナが姿を消していたとしても嗅覚でその存在に気が付くはずだ。だが、犬は庭の端を睨み据えて少しずつ前進していた。リリアナの姿に気が付いていないのか、それとも睨み据えている“何か”の方が彼らの注意を引いているのか、判断は付かない。
凝視するリリアナの前で、黒い塊が動いた。犬たちが更に唸る。次の瞬間、瘴気が巻き起こり犬たちを取り巻く。その瘴気は黒い塊から発せられていた。だが、犬たちの瞳から紫色の光が失せた途端に瘴気は霧散する。先ほどまで唸り声を上げて黒い塊を威嚇していた犬たちは戦闘意欲が失せたらしく、情けない鳴き声を漏らして尻尾を丸めながら這う這うの体でその場から走り去った。
(瘴気――ということは、魔物?)
だが、黒い塊は動かないままそこに止まっている。リリアナは悩んだが、どうしても黒い塊が魔物のようには見えなかった。そっと近づくと、黒い塊の姿かたちがはっきりとする。黒い塊は、小さな獅子のようだった。体毛は全て黒い。
(でも、普通の獅子ではないわよね)
この近辺に獅子は生息していないはずだし、そもそも普通の獅子であれば瘴気は使えない。黒い獅子は丸くなっていたが、リリアナに向けて顔を擡げた。視線が空中で交差する。獅子は目を細める。
『――人間か?』
そういえば姿を消したままだったと思い至り、リリアナは術を解いて姿を現す。そして、鼻で笑うような仕草を見せた黒獅子に尋ねた。
「貴方、言葉を話せますの?」
『言葉を話せる動物は、おかしいか?』
「見たことはございませんわね」
そうか、と黒獅子は答えたが、一切動じた様子を見せない。その上、リリアナと対峙しているにも関わらず逃げようという素振りさえ見えなかった。
リリアナは少し考える。黒獅子は念話を使っているが、ペトラも言っていた通り、念話には膨大な魔力が必要となるはずだ。少なくとも、魔物は勿論人間も使えないとされている。その念話を軽々と使う目の前の存在が普通の動物であるはずはなかった。
「――貴方、魔物ではございませんわよね?」
一般的な定義から外れる動物は魔物の可能性がある。だが、魔物は普通、意志を持って人間と会話することなどできない。最近は知能が高いと思われる魔物も出現しているが、未だ人間と意思疎通できる魔物が現れたという報告は上がっていない。だが、おとぎ話に出て来る精霊のようにも見えない。そもそも、スリベグランディア王国のあるこの大陸で精霊が目撃されたという話は聞いたことがなかった。となれば、消去法で目の前の不可思議な生物は魔物ということになる。
だが、黒獅子はリリアナの問いが心外だったようで、思い切り顔を顰めた。
『あんな下等生物と一緒にしないで貰えるか』
「ごめんなさい。貴方のような獅子を見たことがなかったの」
素直にリリアナが謝れば、黒獅子は不服そうながらも多少機嫌を直した様子だった。『そうそう居て堪るか』とぼやいたが、顔を上げてリリアナに尋ねる。
『お前はここの屋敷の人間か?』
「そうとも言えるけど、違うとも言えますわ」
『ふうん』
途端に興味を失ったように、黒獅子は鼻を鳴らした。リリアナは一歩、黒獅子に近づく。黒獅子は静かにリリアナの動向を眺めていた。
「怪我をなさっているのかしら?」
『いや、魔力不足だ』
予想外の言葉に、リリアナは首を傾げる。説明を求めるリリアナの表情を正確に読み取って、黒獅子は『体力が尽きたって言えば分かるか?』と付け加える。
黒獅子曰く、彼は魔力が足りなければ動けなくなるそうだ。その魔力が十分でないため、この場所で休んでいるのだという。
「――念話が使えるのでしたら、魔力は十分なのではなくて?」
思わずリリアナは疑問を口にした。念話を使わなければそれ以上魔力を消費することもないはずだ。だが、黒い獅子は呆れたと言わんばかりの口調でリリアナを見上げた。
『念話など、大した労力でもない。人間、お前は少しばかり話すのに体力を使うのか?』
「普通の状態では使いませんわね」
『だから、そういうことだ』
リリアナは首を傾げた。だが反論はしない。どうやら目の前の生物は最初の印象通り、リリアナたち人間とは違う常識で生きているということは分かった。それに、リリアナも念話を使って大量の魔力を消費することはない。普通の会話と同じように使える。それを考えるとリリアナも人間の常識から外れている。尤も人間は普通念話を使えないのだが、その前提はリリアナの頭から抜け落ちていた。
獅子は鼻を鳴らす。
『さっきの犬共は呪術で操られてたからな。ちょっと毒を中てて目を覚まさせてやったのだが、今の俺の体力で出来ることはそれくらいだ』
ついでに言えばそのせいでまた魔力が減った、と黒獅子は渋い表情だ。獅子の顔はそれほど表情豊かでもないはずなのに、リリアナの目にははっきりと変化が分かった。思わず小さく笑みを零す。本当であれば警戒すべき相手なのだろうが、不思議と排除する気持ちは失せていた。
黒獅子はリリアナを見極めようとするかのように凝視していたが、やがて僅かに口角を上げた。
『――ものは相談だが、人間。随分と潤沢な魔力を持っているようだな』
「まあ。そう見えまして?」
『ああ。俺が本来持つ魔力と同程度は持っているように見える――いや、まだ余地があるか』
首を傾げるリリアナに頷いた後、黒獅子は呟くように付け加えた。
(――余地?)
一体何の余地があるというのか。
リリアナは眉を顰めたが、黒獅子は答える気がない様子だった。面白いものを見つけたと言わんばかりの雰囲気で、リリアナの全身を眺めている。
『それほどの魔力持ちなら問題ないだろう。どうだ、俺に少し魔力を分けないか』
「魔力を?」
黒獅子の発言は突拍子もないものだった。予想外の言葉に、さすがのリリアナも目を瞬かせる。咄嗟に理解できなかったが、すぐに黒獅子の言いたいことを察した。幸いにも魔力量は多いし、多少であれば譲り渡しても問題はないだろう。転移に必要な分を残せば良いし、寝れば回復する程度でも十分黒獅子の体力回復にも役立つかもしれない。だが、これまで他人に自分の魔力を移譲したことはなかった。
これまでに読んだことのある魔術書の記述を思い返す。
(できないことはありませんけれど――確か、副作用がございましたわね)
治癒も治癒者の魔力を対象者に流す魔術だが、それと魔力の譲渡は違う。治癒であれば対象者の体を流れる魔力は治癒が完了次第消失する。だが、魔力を譲渡するとその魔力は相手の体内で生き続ける。つまり、黒獅子とリリアナの間に一種の繋がりができることになるのだ。
「――そう致しましたら、わたくしは貴方の居場所をいつでも知ることができるようになりますわよ」
『その逆も然りだな』
リリアナは指摘するが、黒獅子は意に介した様子がない。その可能性は承知した上で依頼を持ちかけたらしい。リリアナは呆れた。
「それほどまでに切羽詰まっていますの?」
『――――できればここには居たくないのだ』
苦々しい口調は嘘には聞こえなかった。何故だろうと思うが、黒獅子が口を割る様子はない。
少し考えて、リリアナは一つの方法を試してみた。両手で水を掬う時のような形を作り、掌に魔力を集める。球状になるよう魔力を循環させると、一ヵ所に魔力が固まった。球体になった魔力を、ふわりと浮かせて黒獅子の口元に移動させる。
無表情で一連の動作を眺めていた黒獅子は、魔力の塊が眼前に来た時がぱりと口を開けた。そしてリリアナが作った魔力の球体を一飲みする。様子を窺うリリアナの前で、黒獅子はふわりと立ち上がった。
『――うん、美味かった。人間にしては見所があるな。また今度必要な時に呼ぶが良い。礼はしてやる』
にやりと笑って黒獅子は身震いする。すると、背中に竜の翼が生えた。目を瞠るリリアナの前で、黒獅子は翼をばさりと動かし宙に浮く。そのままリリアナを見返すことなく、黒獅子は空へと飛び立ちあっという間に小さな点になって見えなくなった。
その場に立ち竦んだまま黒獅子を見送ったリリアナはしばらく呆然としていたが、慌てて再び姿を消す。
「呼ぶって――名前も存じませんのに」
狐につままれたような気分になりながらも、転移の術で染色特区近くにあるクラーク公爵家の別荘へと舞い戻った。