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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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14. クリムゾンと商人 6


オルガとジルド、そして数人の護衛が到着した村は、領主の屋敷がある場所と比べるとこぢんまりとしていたが、畑や小屋、家の位置からしてここ最近に開墾された場所なのだろうと推測できた。出迎えのために小さな家から出て来たのはこの村で長をしているという男性で、年は三十代前半のように見えた。筋骨逞しく、剣技ではなく肉体労働で鍛えられた肉体だ。恐らく他の村人たちと共に山に分け入り、獲物を狩ったり柴刈りをしたりしているのだろう。

簡単に用件を述べ、コイラード子爵からも了承を貰っていることを手紙と共に見せたところ、長は爽やかな笑みを浮かべて「分かりました」と快諾してくれた。


「元気が有り余っている連中ばかりですからね。幾らでも連れて行ってください――おい、チビ! 若い奴ら呼んできてくれ!」


長は振り返って、近くで薪を積んでいた少年に呼びかける。チビと呼ばれた少年は頷くと、村の奥の方へと走って行った。立ち話もなんだからと、長に言われるままオルガたちは長の家の前にある小綺麗な庭に案内された。庭というにはこぢんまりとしているが、木で作られた簡素なテーブルと椅子はある。全員分には足りないが、特にオルガとジルドは気にするタイプではない。

しばらく雑談をしながら待つと、チビと呼ばれた少年に連れられた数人の若人がやって来た。十代から二十代前半の者たちばかりだが、日に焼けた顔は快活で裏表もなさそうだ。村人たちへの説明は長がしてくれた。簡潔に纏め、余計なことは言わない。頭の良い人だとオルガは内心で長を評価する。


ライリーが連れて来た護衛とオルガ、そしてジルドは四手に分かれ、それぞれに一人の案内役を付けた。地図で各チームの捜索範囲を決める。オルガとジルドはそれぞれ別のチームに入った。オルガのチームとジルドのチームは隣接した範囲を捜索することになる。それは、コイラード子爵領の中でも南方側――少し進めば街道に出られる場所だった。近いとはいっても、その道は非常に険しい。途中には崖があり、その崖を避ければ沼地が続く。

その場所を通るだけの自信が犯人にあれば、リリアナたちを街道に連れて行く心算なのだろうと、オルガもジルドも考えていた。


道なき道を進む。途中までは、オルガとジルドのチームは同じ道を進む。山に慣れた者たちであれば平気な道も、慣れない者にとっては酷く歩き辛い。オルガやジルドは先導する村人に遅れず進むが、護衛たちは徐々に歩みが遅れ始める。だが、時間はあまり残されていない。気が急くジルドたちだったが、ふとジルドとオルガは歩調を緩めた。


「音がする」

「音?」


首を傾げたのは案内役の村人二人だ。少し遅れて追いついた護衛たちは、何故立ち止まっているのかと訝し気な表情を浮かべたが、少し安堵したような顔で息を整えている。一方のジルドとオルガは、前方から迫る音に警戒を高め、先頭を歩いていた村人を背後に庇うようにして立った。

様子を窺うジルドとオルガだったが、やがて姿を現した影に警戒を緩めた。


「お嬢様――!」


オルガが安堵の声を漏らす。姿を現したのは、馬に乗ったライリーとリリアナだった。木の枝に引っかけたのか、髪は乱れ衣服も所々汚れているが、二人とも元気そうだ。特にリリアナはライリーに庇われたのか、服や顔の汚れもライリーに比べだいぶマシである。

オルガとジルドの顔を見たライリーの表情が明るくなる。リリアナはわずかに目を瞠り微笑を浮かべた。


「申し訳ない、探しに来てくれたのか」


ライリーがオルガたちに声を掛ける。オルガとジルド、そして村人の後ろで息を整えていた護衛の一人が、息せき切ってオルガたちを押しのけた。


「殿下! ご無事でしたか!」

「ああ、怪我はない。小屋に一味を捕えて来たのだが――」

「それならば、我らで連れて参りましょう」


ここまでの慣れない山道に疲弊していたとは思えない口振りだ。ジルドはうんざりとした表情を浮かべるが、オルガは双眸に面白がるような光を浮かべて護衛を見やった。ライリーは首を傾げ、護衛を馬上から見下ろす。


「それは良いが、結構な距離があるぞ。随分と疲れているように見えるが――」

「あ、いえ、それは問題ございません」


まさか自分より遥かに年下の王太子に看破されるとは思っていなかったのか、一瞬護衛は言葉に詰まる。だが、ライリーは純粋に気遣っただけのつもりらしく「そうか」と頷くに留めた。


「道も悪い上、賊の一人は重体だ。連れ帰るのも一苦労だとは思うが、領主に引き渡し裁判に掛ける必要があるだろう。ここの領主は誰だ?」

「は、コイラード子爵でございます」


ライリーの質問に答えたのは王太子付きの護衛だった。オルガとジルド、そして村人二人は完全に蚊帳の外である。王族の警護が主要任務である王立騎士団一番隊から選抜された彼らにとって、傭兵上がりのオルガやジルド、そして村人二人は取るに足らぬ存在だ。婚約者候補であるリリアナの護衛が傭兵上がりの二人であることに眉を顰める者も居るが、王太子が何も言わないのに口を出すことはできないと、仲間内で雑談する程度に留められていた。そして勿論、オルガやジルドもその程度のことを気に掛ける性質ではない。

明らかに軽視されていると分かっていてもオルガとジルドにとってはいつもの事で何も言わなかったし、リリアナも完全に護衛たちの醸し出す空気を無視している。ライリーも悟ってはいるだろうが、リリアナたちが何も言わない以上、わざわざ取り沙汰すほどのものでもないと判断しているのだろう。


「分かった。ここまでは徒歩で来たのだな? それなら、私たちはここで降りよう。馬を一頭――もし借りられるなら、近場の村でもう一頭借りて山小屋に行ってくれ。賊は三人、重体はその内の一人だ」

「かしこまりました」


護衛たちは自分たちで行く気だ。ライリーはオルガに合図をし、リリアナを馬上から下ろす。自分も地面に降り立つと、リリアナを気遣いながらも村人の一人に声を掛けた。自分たちが居た山小屋の具体的な位置を説明し、護衛二人と向かうように依頼する。村人二人は顔を見合わせたが、若い方が護衛を先導することにしたようだ。一旦村に戻った一行は山小屋に向かう三人と別れ、領主の屋敷に戻る。


途中、オルガとジルドは一瞬だけ視線を交わした。オルガは小さく首を振る。それに頷き、ジルドも前を向いた。捕えた賊から黒幕を聞き出せるのか、二人が気に掛けていることは同じだった。

だが、無言で交わされた会話に気付く者はいない。


オルガもジルドも、ライリーの為人(ひととなり)を知らない。賊を捕えた時に賊を尋問し黒幕を聞き出していれば良いが、縛り上げる以外に何もしていない可能性が高かった。だが、いずれにしてもライリーが捕えた賊が本当の黒幕を知っている可能性は低いだろう。

馬車を襲った賊は玄人だった。そして、馬車に結界が張られている可能性も考慮に入れた作戦を練っていたし、間違いなくリリアナだけを誘拐しようと策を弄していた。これまで屋敷に押し入り秘密裏に処分された暗殺者たちより、今回の賊の方が能力も技術も高い。だが、彼らが使っている武器は裏社会では知られた物だった――即ち、特定の誰かの子飼いではなく、雇われた裏稼業の専門集団だ。彼らを幾ら尋問しようと、依頼主は分からない。依頼主が分からない限り、全てはいたちごっこだ。

仮に、賊を取り戻しに山小屋へ向かった護衛と村人が賊の一味だったとしても、オルガとジルドには関係がなかった。



*****



リリアナたちがコイラード子爵の屋敷に戻った後、夕刻も迫る時刻になってから他の護衛たちも帰還した。クライドが懸念したように賊が逃げるような事態にもならず、ライリーが縛り上げた男たちは、内一人が死亡していたものの、コイラード子爵領の牢に繋がれることとなった。


「リリー、疲れただろう? 今日は早く休むんだよ。ちゃんと護衛は部屋の前に控えさせるんだ」


夕食を終えた後、クライドに優しく微笑まれたリリアナは大人しく頷いて綺麗な礼を見せた。そして部屋に戻る。誘拐された当人であるリリアナよりも青白い顔をしたマリアンヌは、湯あみを終えた後もリリアナから離れたくない様子だったが、どうにか宥めて部屋に一人になる。オルガとジルドも部屋の外に待機し、警戒することにしたようだ。


(長い一日でしたわね)


誘拐されたのが朝早かったから良かったのだろう。そうでなければ捜索は日付を跨いでいただろうし、ライリーとリリアナも山の中で一晩過ごす羽目になっていた。十分な装備もない中で野営とは、あまり有難くない。ライリーの目の前で魔術を使う覚悟を決めれば、ある程度は快適な空間を確保できる。しかし、万が一足を踏み外して大怪我をした場合は無事に帰れる保証もなくなる。


(そうなった場合は、やはり転移魔術を使った方が良いのでしょうかしら)


リリアナは人前では極力魔術を使わないようにしている。ケニス辺境伯の王都の屋敷でイェオリの行方を探った時も、魔術ではなく呪術を使ったように見せかけた――結局は、辺境伯には看破されてしまったが。一般論として、魔力が高い方が呪術も上手く使えると言われているが、実際は魔力がなくとも呪術は使える。ケニス辺境伯に質問されなければ、あの時も魔術を使えるとは言う気がなかった。


(――いいえ、やはり使わないほうが宜しいでしょう。魔術を使わずに乗り切れる可能性がある限り、わたくしは人前で魔術は使いませんわ)


結論が出たところで、リリアナは「【索敵(ズーハ)】」と呟く。屋敷内の地図と照らし合わせ、クライドとライリー、コイラード子爵、そして子爵の執事が一ヵ所に集まっていることを確認した。恐らく今後の方針や捕えた賊に関する情報を交換しているのだろう。


(狙われたのはわたくしですのに、張本人を排除した話し合いをするなど失礼ではございませんか)


リリアナは眉根を寄せた。自分がまだ七歳であり、それ故に気遣われたのだと理性では理解している。だが、今後自分の身に降りかかる災厄を避けるためにも情報は必要だった。

呼ばれていないのだから、堂々と姿を現すわけにはいかない。となれば、姿を消して同じ部屋に転移し、気配を消したまま同席すれば良いのである。リリアナはそうと決めるとすぐに姿と気配を消し、ライリーたちの居る執務室へと転移を果たした。


コイラード子爵の執務室は非常に簡素だった。恐らく私室と執務室を共有しているのだろう。衝立で仕切られているもののベッドもすぐ傍にある。危機が起こった時にすぐ出撃できるようにと考えているのか、ベッドの近くには騎士服だけでなく、剣や槍が壁に飾ってあった。

ライリーたちは執務机の周囲に集まっていたため、リリアナは衝立のベッド側に立つ。その耳に、執事の声が聞こえて来た。


「賊は一名死亡したため二名を尋問しましたが、大した情報は持っていない様子でしたね。客は貴族らしい、王都の魔導士に協力させると言っていた、仕事はリリアナ様を誘拐し指定された相手に引き渡すこと。その際に追加料金を請求し、拒否されたらリリアナ様を自分の馴染み客に売るつもりだったと言っていました」

「つまり、最初の依頼を反故にするつもりだったということか?」

「そういうことですね」


尋ねた子爵に執事は頷く。子爵は不思議そうに「契約違反ではないのか――?」と呟いている。随分と素直な御仁らしい。執事は苦笑を含んだ声音で答えた。


「破落戸とは、たいていそういうものですよ」

「そういうものなのか――騎士の風上にも置けんな」

「騎士ではありませんから」

「ああ、そうだった。破落戸だったな」


子爵は納得したのか、頷いて口を噤む。次に声を出したのはライリーだった。


「山小屋に来た男たちと、馬車を襲った者たちは仲間だったのかな? 随分と雰囲気が違うものだと思ったんだが」


その指摘にクライドも同意を示す。


「確かに、そうですね。馬車を襲った者たちは、いうなれば玄人のように見えました。使っていた武器こそ騎士とは異なりましたが、動きが洗練されていたように思います」

「その通りだ。だが、山小屋に現れた男たちは単なる破落戸だった。もし馬車を襲った者たちほどの腕があれば、私とリリアナは今、こうして屋敷に戻って来ることはできなかっただろう」


もし山小屋を訪れたのが馬車の襲撃者たちであれば、ライリーが一人で三人を相手にはできなかった可能性が高い。冷静に告げるライリーは、一方でどこか口惜しさも滲ませているように聞こえた。山小屋に来たのが単なる破落戸で良かったと安堵する反面、馬車を襲った者たちを相手に存分に戦えない己の力量に腹が立っているのだろう。

クライドは溜息と共に呟いた。


「それなら、これ以上その二人を尋問しても目新しい情報は出て来ないでしょうね」

「ええ、私もそう思いますよ」


執事も同意した。

馬車の襲撃者たちの内、捕えることが出来た者は全員、息をしていなかった。大怪我を負っても生きていた者たちは全員、現場から忽然と姿を消していたのだ。仲間の手を借りて逃走したのか、それとも逃げられないと覚悟して自ら命を絶ったのかは分からない。いずれにせよ、襲撃者たちの尋問はできなかった。


「それでは、賊の裁判はお任せしても?」

「勿論、それが仕事ですからね」


ライリーの問いには子爵本人がしっかりと応じる。

その後は滞在期間や期間中の対応について話し合いが行われ、四人は解散した。リリアナも転移の術で部屋に戻る。そして、今度こそリリアナはベッドに潜り込み、夢を見ることなく深い眠りに入った。




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