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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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14. クリムゾンと商人 1


薄暗い部屋の中、ローブを纏った男は全身から冷や汗を流し直立不動の姿勢を保っていた。豪奢な室内には香が焚かれ、立派な一人掛けのソファーには男が座っている。仕立ての良い衣服に身を包んだ男はローブの男を前に平然としていた。


「君には期待していたんだがね」

「――――は、」


室温は適度に保たれているにもかかわらず、ローブの男の顔は汗にまみれ恐怖に引き攣っている。一方、ソファーに腰かけた男は明日の天気を話すような口振りだった。


「記憶にある限りでは、君も自信満々に請け負っていたと思うが」

「は――、あの、閣下、それは誠に――」

「私が言い訳は好かないと知っているかな?」


途端にローブの男は口を噤む。先ほどからしきりに手でローブの裾を掴むのは、汗を拭っているのかもしれない。それを見た男は、詰まらなさそうに鼻を鳴らす。


「あれから魔物襲撃(スタンピード)の話もそうそう聞かない。まさかとは思うが、せっかく提供した材料を無駄にしたということか」

「は、いえ、勿論そんなことは、」


必死に首を振って否定するローブの男を「それなら良い」と一瞥し、男は最後通牒を突き付ける。


「最後の仕上げは()()()()()()()。――挽回の機会はそうそう巡って来ないと思え」


低く凍てつくような声音に、ローブの男は蒼白になりながらも最敬礼を取った。

もう良い、というように振られた手を合図に、ローブの男は這う這うの体で部屋を出て行く。何の感情も浮かばない目でそれを見送った男は、指を鳴らした。途端に背後から初老の執事が姿を現す。執事は無言でホットワインを淹れ、主に差し出した。


「地下の仕掛けはどうなっている」

「順調に緩んでおります」


執事は淡々と答える。男は頷いた。


「そうか。一度、魔導士の若造が余計なことをしたと聞いた時はどうなる事かと思ったが――」

「人為的なものだとは疑っていないとの報告が上がっております」


満足したように男は頷く。ワイングラスをくゆらせ香りを楽しみながら、男は機嫌良く呟いた。


「長かった。まだ最後の舞台を仕上げるには時間が掛かるが――ようやく英雄を復活させる時が来る」


独り言に執事は答えない。主が一人の世界を好み、そこに他者が介入することを嫌うと彼は良く知っていた。気配を消し、給仕に徹する。


「そのためには――邪魔者には全て消えて貰わねばならん」


低い声は、暗い部屋の中で不気味に響いた。



*****



リリアナ・アレクサンドラ・クラーク公爵令嬢は、受け取った手紙を読んで目を瞬かせた。


(まあ、珍しい――ではなく、これは()()と申し上げるべきですわね)


王太子(ライリー)から送られて来た手紙を開けば、普段であれば最近の出来事やお茶会の日時が書かれているところ、視察に付き合わないかというお誘いだった。視察先はクラーク公爵領であり、同行者はライリーとリリアナの兄であるクライドだ。そこにリリアナも加わらないか、という提案だった。どうやら事前に父であるクラーク公爵の了解も得ているらしい。抜かりがない。


(宿泊場所は我が公爵領の屋敷――お祖父さまとお祖母さまが良く滞在してらっしゃる場所ですわね。お父様がご存知というのが気にかかりますけれど)


父と最後に会ったのは、フォティア領でクライドのお披露目をした帰り道だ。魔物襲撃(スタンピード)に遭った矢先、クラーク公爵は馬車の中からリリアナを垣間見て「なんだ、無事だったか」と言った。お陰で、リリアナの中で父親の心証は最悪だ。だが、父親に関しては今考えても仕方がないと、リリアナは再度手紙に目を通す。


ライリーの目当てはクラーク公爵領最南端にある染色特区のようだった。この世界では、衣服に使う布を染めるには綺麗な川を必要とする。しかし、青と赤を同じ川で染めることはできない。青い染料を使えば川は青色に、赤い染料を使えば川は赤色に染まる。クラーク公爵領最南端にある染色特区は、他の地域では許可されていない染色を担う地区だった。一部では黄色の染色も行っているが、特産は赤い染色だ。紫がかった濃い紅色はクリムゾンと名付けられ、非常に美しいと王国内だけでなく国外でも人気が高い。原料はケルメスと呼ばれる、スリベグランディア王国でも希少なカイガラムシの一種である。


さらに言えば、クラーク公爵領の別の地域で明礬(みょうばん)が手に入るのも大きい。明礬は染料を布に定着させる際に用いられるが、これもまたケルメスと同様入手が難しいものだった。そのため、クラーク公爵領の特産であるクリムゾンの染色は更に価値を高めている。尤も、価値を高める必要のない染色に関しては明礬を用いることはない。酒石や石灰、木灰で十分対応できる。


(ケルメス自体は南方の国では良く見られるようですけれど、国内で生産した方が輸入するよりも遥かに安いですものね)


安いとはいっても他の染色と比べるとどうしても高価だ。クラーク公爵領の収入にもなっているが、スリベグランディア王国としても保護すべき産業であることに変わりはない。実際に、クラーク公爵領で染められたクリムゾンの布は金と真珠で豪奢な刺繍が施され、王家にも献上されたことがある。

それを考えると、ライリーが視察を申し出るというのもそれほどおかしな話ではない。宰相であるクラーク公爵本人ではなく次期公爵であるクライドが同行するのも、王宮の現状を慮った結果なのだろう。しかし、そこにリリアナが加わるというのが解せないのである。


(何を考えてらっしゃるのかしらね――ああ、でも)


リリアナはふと思い付く。マリアンヌは今年十六歳になった。社交界デビューを迎える年である。ドレスは実家で仕立てるのだろうが、布はどうするのだろうか――もし、まだ決まっていないのであれば。


(本人が喜ぶのであれば、クリムゾン染色の布地をプレゼントしても良いかもしれませんわね)


王太子と兄と共に行く視察は気が重い提案だったが、マリアンヌのことを思えば多少心は浮つく。

染色特区はクラーク公爵領最南端にあるためかなりの長旅だ。リリアナはマリアンヌを呼びつけ、視察に同行する準備をすることにした。



*****



ライリー・ウィリアムズ・スリベグラード王太子とは半月程度前に会ったばかりだったが、兄であるクライド・ベニート・クラークとは実に一年振りだった。クライドも王都に居たらしく、ライリーと馬車を同じくして来たようだ。子供の頃の一年は長く、十二歳になったクライドの背は延び幾分か大人びた顔つきになっている。それはクライドも同様に思ったようで、リリアナを見て頬を綻ばせた。


「綺麗になったね、リリー」


リリアナはにっこりと微笑んでみせる。まだ二人ともリリアナの声が戻ったことを知らない。クライドの隣に立つライリーの頬が一瞬痙攣したように見えたが、態度は変わらない。リリアナは違和感を覚えて首を傾げたが、気にしない事にした。

マリアンヌとジルド、オルガが馬車に荷物を積み込む。リリアナは遠慮しようとしたが、結局最初はライリーとクライドの三人で同じ馬車に乗ることになってしまった。ライリーと二人きりは問題だが、実兄のクライドが同乗しているから良いという判断なのだろう。


「殿下、リリーの隣には私が座ります」


リリアナはライリーに続いて馬車に乗り込む。ライリーは隣に座るようリリアナを促すが、それをクライドは制止した。にこやかな表情だったが、頑として譲る気がない様子だった。対するライリーは不服そうに眉根を寄せる。


「婚約者に譲る気はないのか?」

「婚約者()()です、殿下」


変わらぬ笑みに折れたのはライリーだ。わざとらしい溜息を吐いて、ライリーはリリアナに顔を向ける。


「分かった、今回は折れるよ。リリアナ、次こそは私の隣に座ってくれるね?」


最後に乗り込んだクライドは変わらずにこやかだったが、目が笑っていない。リリアナは曖昧な笑みを浮かべたまま、クライドの隣に座る。しかし、きちんと膝の上に両手を置いたリリアナの左腕に念話用のブレスレットが嵌っているのを確認したライリーは、満足気に口角を上げた。クライドが居るから不要かと思ったが、どうやら着けて来て良かったらしい。


「具合が悪くなったら早く言うんだよ、リリー」


クライドはリリアナを気遣う。体力がないわけではないが、教育の一環として剣術と武術を嗜んでいる二人と比べればひ弱に見えるのも仕方がないのだろうと、リリアナは微笑みながら頷いた。

最近も変わらず魔物が出ると言うし、道中何事もないようにと祈る。最悪の場合はリリアナが魔術を使えば事なきを得るだろうが、ライリーとクライドに要らぬ疑いを抱かせたくはない。

先の長い旅路に、リリアナは内心で嘆息する。転移を使えば一瞬だが、馬車での旅は長く果てしないように思えた。


馬車が動き出して少し経った時、ライリーがリリアナに顔を向けた。


「手紙にも書いたけど、今回の視察の目的はクラーク公爵領の染色特区だ。貴方のことだから、ケルメスが特産でありクリムゾンの染色が非常に高い評価を得ていることは知っているね」


リリアナが知っているとライリーは疑っていない様子だった。頷いたリリアナを見て満足気に頷き、ライリーは言葉を重ねる。


「第一の目的は、王太子である私が視察することで王国の威信を示し重用していることを示すこと。第二の目的は――最近出入りしているユナティアン皇国の商人について調査することだ」


一つ目の目的は直ぐに理解できたが、二つ目の目的は曖昧だ。目を瞬かせ小首を傾げるリリアナに、ライリーは優しく微笑みながら説明を加えた。


「前にオースティンも加えて三人で話したユナティアン皇国の商人の話、覚えているかい? タナー侯爵領に出入りしていたという彼だよ」


なるほど、と合点がいく。リリアナも疑問に思い、ジルドに頼んで調査して貰った。ユナティアン皇国の商人はスリベグランディア王国内での活動に対する許可証を取得していたが、中立派と呼ばれる貴族にばかり繋がりを付けていたことが妙だと言われていた。中立派――つまり、ケニス辺境伯やカルヴァート辺境伯を中心とした一部の貴族だ。商売を広げたいのであれば、中立派は選ばない。だが、それ以外におかしな話は現時点ではなかった。


『ええ、覚えていますわ。その商人が、我がクラーク公爵領の――しかも染色特区に出入りしているのですか?』


思わずブレスレット経由で尋ねたリリアナは、はたとクライドには聞こえないことを思い出す。ライリーの目に楽しむような光が浮かんだが、彼は何事もなかったかのように言葉を紡いだ。


「その商人が、クラーク公爵領の染色特区に出入りしていると聞いたんだ。許可証は持っているようだが、許可証の取得なんて――信頼のおける後見か保証人が付いていて、手続きを踏んでいれば問題ないからね。誰でもできる。だから、実際にこの目で確認してみなければならない」


その説明で、リリアナはライリーの懸念を正確に理解した。つまり、ライリーは染色技術の流出を懸念しているのだ。もしくは、ケルメス自体の横流しもあり得る。ただしクリムゾンの染色は独特だから、安全を期するのであれば明礬に目を付けた可能性も高い。明礬であれば、染色だけでなく消火剤、皮なめし剤、沈殿剤などの用途にも応用できる。


「ちなみに――」


そう、口を開いたのはクライドだった。リリアナは顔を横に向ける。わずかに青年の顔を見せるようになってきたクライドは、悪戯っぽく笑ってみせた。


「二つ目の目的は父上もご存知ないからね。誰にも教えてはいけないよ、リリー」


リリアナは返答の代わりにしっかりと頷く。どうやら、ライリーだけでなくクライドも――クラーク公爵の手から飛び立とうとしているようだった。




9-2

11-1

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