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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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3. 王宮 2

スリベグランディア王国の王太子、ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードはまさに物語の王子さまだ。金髪碧眼で眉目秀麗な彼は、八歳という年齢でありながらも、全国の令嬢たちの視線を集める。その婚約者候補筆頭という立場でありながら、リリアナは素直に嬉しいとは思えなかった。ただ面倒、それだけである。

だが、そんな思いはおくびにも出さず、リリアナは綺麗に淑女の礼を取った。


「久しぶりだな、リリアナ嬢。流行り病にかかったと聞いたが、大丈夫か?」

(声が出ないという話は聞いていらっしゃらないのかしら)


もしリリアナの声が出ないことを知って言っているのだとしたら、頭が悪いか底意地が悪いかのどちらかだ。しかし、リリアナは既に準備を整えていた。傍に置いていた小さな鞄から紙を取り出し、ライリーに差し出す。ライリーは片眉を上げて受け取ると、紙に書かれた文字を一瞥して微笑を口角に浮かべた。

手紙には、声が出ないことを詫びる文言を記していた。


「いや、気にしなくて良い。むしろ、その状態で呼び出して悪かったな」


お気になさらず、勿体ないお言葉に存じます――というように、リリアナは軽く頭を下げる。

ライリーは気にした様子もなくリリアナをテーブルに誘い椅子に座らせると、自分も対面に座った。侍女がすかさず二人のコップに紅茶を注ぐ。

侍女が脇に控えたところで、ライリーは再び先ほどの紙を見た。その隙に、リリアナは鞄から小さく切りそろえた紙の束とペンを取り出してテーブルの隅に置いた。


「流麗な文字だな。たくさん練習をしたのか?」


これまでもリリアナとライリーは手紙を交換してきている。それでもなお今尋ねるということは、リリアナがずっと代筆に頼って来たと思っているのかもしれない。確かに、二歳の時に婚約者となってから最初の数通はリリアナも代筆を頼んでいた。さすがに文字を習い始めた頃は、王太子に見せられるような文字は書けない。だが、三歳になった頃には、リリアナは既に自ら手紙を書くようになっていた。即ち、自分で書く内容を決められるようになった時には、リリアナは代筆を必要としていなかったのだ。

だが、声が出ない今、そのことを告げる必要性もなく手間も惜しい。

だから、リリアナは微笑を浮かべたまま肯定するように頷いてみせた。


「なるほど。私も練習をしているが、どうにもバランスを取りにくい文字がある」

〈殿下の文字もお綺麗と存じます〉


リリアナは手早く手元の紙に書いてライリーに差し出す。ライリーは少し驚いたようにその紙を見て、笑みを深めた。今までにリリアナが見たことのない、わずかに素が垣間見れる表情だった。


「ほう――リリアナ嬢は速記もできるのか」

〈いまだ慣れぬ身ではございますが〉

「速記で流麗さを損ねないとは、さすがだな」

〈勿体ないお言葉にございます〉

「本心だ」


しばらくリリアナとライリーは会話を続けていたが、筆記で答えるしかないリリアナは食事の手も進まない。それに気が付いたライリーは、苦笑と共に「会話していては、食事もできないな」と呟いた。リリアナは微笑みを浮かべたまま、困ったように小首を傾げる。ライリーは用意された菓子を示して、「これはユナティアン皇国に嫁いだ伯母上から送られて来たものなんだ」と説明した。

マフィンのようにも見えるその菓子は、どうやらユナティアン皇国の特産品らしい。ドライフルーツが入っていて、甘さの中にも酸味が混じっていておいしい。目を丸くして驚きを、頬をほころばせて美味しさを表現したリリアナに、ライリーは満足そうな笑みを浮かべた。

その後も、和やかに二人だけの茶会は進んで行く。

リリアナが二歳でライリーの婚約者候補になってから、初めて二人が過ごした穏やかな時間だった。


菓子が半分ほど無くなった時、ふとリリアナは人の気配を感じて顔を上げた。中庭を挟んだサロンの反対側の回廊に、見覚えのある少女が立っている。彼女は侍女を一人後ろに率いていた。その美しい瞳は憤怒と嫉妬に染まり、リリアナを睨みつけている。


(まあ、タナー侯爵令嬢ではございませんの)


橙色の美しい髪を持つ彼女は、ライリーの婚約者候補の一人、マルヴィナ・タナーだった。クラーク公爵家よりも格は劣るが、長くスリベグランディア王国に仕えてきた忠臣の家系と名高い。彼女の祖父母や父母は堅実な人柄だが、マルヴィナやその兄である次期侯爵は野心家と噂されている。マルヴィナが婚約者候補になったのは、既に成人を迎え実務を父から引き継いだ兄の影響も大きいらしい。だが同時に、マルヴィナはライリーに対して恋情を覚えているのも確かなようだった。


(ことあるごとに、わたくしに敵対心をむき出しにしていらっしゃいましたものね)


リリアナは内心で溜息を吐く。ライリーと二人でお茶をしているリリアナを見たマルヴィナが何を考えているかなど、リリアナには容易く想像がついた。これまでも散々、マルヴィナはリリアナに文句を付けてきたのだ。これから先も、リリアナが婚約者候補を外れない限り態度を変えないに違いない。


(――婚約者候補から外れたら外れたで、わたくしを見下げたように色々と仰られるのでしょうけれど)


そんな様も想像できてしまう。しかし、洩れそうになった苦笑は鉄壁に微笑の下に隠す。ライリーを窺えば、彼はリリアナの変化には気が付いていない様子だった。安堵する反面、未来の国王としては少し鈍すぎるのではないかと不安も頭をもたげる。だが、まだライリーは幼い。


(これからの努力次第でございましょうね)


自分よりも年上の少年に対し家庭教師のような感想を抱いたリリアナは、目があったライリーににっこりと微笑を向ける。一瞬ライリーの耳が赤く染まったように見えたが、次の瞬間には消え失せる。リリアナは最後の一口を食べ終え、再び回廊に目を向ける。そこには、既にマルヴィナの姿はなかった。




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