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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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13. 失踪者 3


リリアナは静かに呟く。


「“北の移民”ばかり狙われているとは、気にかかりますわね」

「ええ。移民とはいっても我が辺境伯領に入り手続きを踏めば我が領民です。我々は彼らを守る責務がある」


ケニス辺境伯は頷く。彼が本心から領民たちのことを想っているのは明白だった。王太子妃教育の一環でリリアナは各領地に関する知識も一通り学んでいるが、ケニス辺境伯が他の領地と比べても富んでいる理由の一端に、辺境伯のこの性質が絡んでいるようにも思えた。


「辺境伯領だけでなく王都でも狙われたとなると、確かに組織的な犯罪の匂いしか致しません。見当はついていらっしゃいますの?」

「こちらで掴めたのは、比較的大規模な組織が絡んでいるということだけです。尻尾を掴むために王都まで来たが、向こうの方が上手のようでしてな」


即ち囮まで用意したものの、すんでのところで取り逃したということだろう。そのためリリアナの申し出も様子見をしつつ受ける気になった――というところか。

リリアナは辺境伯の真意を探りながら、小首を傾げる。更に問いを重ねようとしたところで、人の気配がしてリリアナは口を噤む。防音の結界を解除したと同時に、マリアンヌとビリー・ケニスが戻って来た。

辺境伯がジルドとオルガと共に入室の許可を出すと、四人が順番に入って来る。最初と同じ場所に座ったビリーの顔は多少、晴れていた。久し振りにマリアンヌと会話をすることで気持ちが前向きになったのだろう。マリアンヌも元気を取り戻したようで顔色が明るい。


ビリーが手にしていたのは、リリアナが貸してくれるように依頼した、失踪者であるイェオリの持ち物だった。その人が常日頃から身に着けている物や長く所持している物には、その人の魔力が定着しやすい。リリアナが狙っていたのは、その残留魔力を利用して本人の居場所を呪術で突き止めることだった。


「イェオリの革帯です。王都では持ち歩くと衛兵に睨まれるかもしれないというので置いていましたが、辺境伯領では常に帯剣しておりました」


ありがとう、とリリアナは笑顔で受け取る。差し出された革帯はシンプルだった。正式な騎士であれば、肩から斜めに掛けたストラップで幅広の腰帯を支持するベルトを用いることもある。だが、差し出された革帯にはストラップ部分がなく、代わりに鞘を吊るすスリングがあった。スリングの部分には毛糸で編まれた幅広の布が絡ませてあり、その布には縄編みの柄が浮き出すように入っていた。


剣本体であれば差しさわりがあるが、革帯であれば問題なく本人の魔力のみが残留している可能性が高い。実際、受け取って確認した限りではイェオリの魔力と思しきものが残っている。

リリアナは持参した紙を広げた。呪術に用いる六芒星の文様が描かれている。中心に革帯を置き、リリアナは自分と紙に認識阻害の術を掛けた。これで、リリアナが魔力を使っていることは認識できなくなる。その上で、リリアナは六芒星の角にそれぞれ石を置く。火、水、風、土、光、そして闇を意味する文字を刻んだ天然石だ。置くと同時に魔力を流した瞬間、紙に記された六芒星が光を放つ。


「――!」


周囲で息を飲む気配がした。六芒星が光ったのはリリアナの魔力に反応し術が発動したからだが、他人からは石を置くことによって術が完成したように見えるだろう。

光が天井近くまで照らし出し、徐々に晴れて行く。残されたのは、六芒星の上に薄っすらと広がる白い霧と、その中に揺らめく金色の文字だった。その文字は全員がはっきりと読み取れる。


「青い屋根、風見鶏、港、水車」


声を上げて読み上げたのはマリアンヌだった。


「暗号のようだな」

「はい。この四つの単語から連想される場所にいるということでしょうか?」


辺境伯の言葉を受けてマリアンヌが首を傾げ、リリアナを見る。リリアナははっきりと頷いた。マリアンヌが指摘した通り、四つの単語は捜索対象者がいる場所を暗示している。既に丸一日半経過しているため、王都から出た可能性も視野に入れる必要がある。だが捜索範囲は王都中心部から徐々に広げた方が良いだろう。

辺境伯に言われたビリー・ケニスが王都と近郊の地図を持って来て卓上に広げる。リリアナはもう不要と判断し、呪術の道具一式を全て片付けた。ついでに認識阻害の術も解除する。


残念ながら、王都をあまり出歩かないリリアナは役に立たない。辺境伯もリリアナと同じく、王都で出歩く地区は限られているため心当たりはない様子だった。もっぱらビリー・ケニスとジルド、オルガ、マリアンヌが心当たりを口にしては地図に印をつけていく。


「風見鶏が曲者ですね。風見鶏のある建物は基本的に教会ですし、それ以外では限られています。教会の中に屋根が青い建物はない。となるとそれ以外の建物ということになりますが――」

「青い屋根は特徴的ですからね。青い屋根で絞れば、どの建物にも風見鶏はついていない」


マリアンヌが呟けばオルガも首を振る。全ての条件を満たした場所はなかなか思い付かない。辺境伯とリリアナは皆の議論を傍から眺めていたが、一人ジルドだけが何事かを考え込んでいた。おもむろに彼は顔を上げ、ぽつりと呟く。


「風見鶏ってなァ、元々は魔除けだったよな」

「ああ、そうだ」


オルガが頷く。リリアナもジルドを見上げた。風見鶏は風の方向を示す役割を果たしているが、元は魔除けだ。


「じゃあ、昔は教会だった場所はどうだ?」


全員が目を瞬かせ、ジルドの言葉の意味を考える。ジルドの目は鋭く光っていた。


「昔は教会だったが今は違う。だから、風見鶏は()()()()()()()()()。俺ァ一度しか行ったことがねェが、港から運んで来た物資を貯蔵できる場所、ついでに小麦も保管している倉庫だ」


最後まで聞いた辺境伯が、ピンと来たように唸った。


「アントルポ地区か!」


アントルポ地区は王都西部の地域を指し、そこにはスリベグランディア王国西部の港町から運ばれた物資が一時貯蔵されている。その中には青い屋根の倉庫もあった。そして、小麦は水車で作られる。

皆納得した様子だったが、一人リリアナだけはどうにも納得できず無言で座っていた。


(小麦をわざわざ水車と言うかしら――?)


一見したところジルドの言葉は理に適っている。反論しても良かったが、ジルドの横顔に妙な決意を感じたリリアナは成り行きに任せることにした。

他に候補が思い浮かばないと結論に至り、件の地区には辺境伯が自らの手の者を向かわせると言う。リリアナは微笑を浮かべたまま、辺境伯に礼を伝えた。


〈突然押しかけたにも関わらず、また差し出口を申しましたにも関わらず、寛大な御心を賜り有難うございました〉

「いや、こちらこそ光明が差したような心持ちですよ。無論、お手伝い頂いたことは内密に致しますが、これを機に今後とも好誼を頂けると有難い」

〈勿体ないお言葉ですわ。こちらともご厚誼賜りますようお願い申し上げます〉


如才なくリリアナは辺境伯邸を辞する。馬車に乗り込んだ直後、リリアナはポケットから小さな紙を数枚取り出す。それは鳥の形をしていた。


(【追尾(フェアフォルゲン)】)


リリアナの魔術と共に、紙は透明な鳥となり空を羽ばたく。その鳥は一羽を除いてケニス辺境伯の邸宅に舞い戻り、イェオリの捜索に当たるであろう辺境伯の影に張り付いた。



*****



リリアナたちは、ケニス辺境伯の邸宅から屋敷に戻った。その日は予定がなかったため、リリアナも夕食を摂った後に寝る支度を整える。マリアンヌが部屋を辞した後も、リリアナは部屋で本を読みながら起きていた。

そしてしばらく――夜半過ぎ。リリアナは何かに気が付いたように本から顔を上げた。


「あらあら」


どうしましょうね、というように小首を傾げながらも、リリアナは素早く洋服を部屋着から外出着へと着替える。外出着と言っても普段着ているような上等なものではなく、使用人が着るような質素な麻のワンピースだ。そして、眼前に追跡している人物の周囲を表示する。

リリアナは、辺境伯だけでなくジルドも透明な鳥で監視していた。どうやらジルドは馬に乗って屋敷の裏手から夜闇に紛れて何処かへ行こうとしているらしい。彼のことだから、逃げようとしている訳ではないだろう――結果的にそうなったとしても、現時点で彼はそこまで考えていないはずだ。


(目的地で合流するのが一番宜しいわよね)


リリアナは悪戯っぽく笑う。柄もなくわくわくして頬が緩んでいることに気が付き、リリアナは頬を両手で押さえた。

ジルドが何をするつもりでいるのか、リリアナは予想が付いている。理由は分からないが、彼の行動からおおよその想像はできた。そして、リリアナはその手助けをするつもりでいる。ジルドがどこまで承知しているのかは分からないが、リリアナの推測が正しければジルド一人で太刀打ちできる相手ではない。少なくとも、今回は乗り切れても長期的な対策にはならないはずだった。


(ケニス辺境伯の影も、どうやら今日動くようですわね。そちらはお任せ致しましょう)


念のため透明な鳥で様子を窺いつつも、リリアナの興味はジルドの目的地にある。そうして待つこと数十分、ジルドは移動を止めた。馬から飛び降り手近な木に手綱を結び付けると、単身動き始める。どうやら彼が居るのは王都の東部にある最下層地区の傍らしい。徒歩で行くには遠く、だからといって馬で乗り入れたら馬を奪われるか殺される。最下層地区では馬は良い金になると、リリアナはオルガから聞いて知っていた。


(最下層地区――?)


そんなところにジルドが目指すものがあるのだろうか、とリリアナは首を傾げる。だが、彼は自信があるに違いない。しばらく様子を窺っていると、ジルドは荒れ果てた教会の裏手に辿り着いた。尖塔の上には風見鶏がついている。だが、青い屋根ではない。


(頃合いかしらね)


見計らったリリアナは念のため姿を消し、ジルドの元に転移する。景色が変わり、()えた臭いとアンモニア臭が鼻を付く。吐きそうな香りに耐えられず、リリアナは自分の周りだけ清浄になるよう浄化の術を掛ける。そして、リリアナは間合いに入らないよう気を付けながら姿を現した。

気配に気が付いたジルドが腰に帯びた剣に手を掛け、リリアナを見てぎょっと目を見開く。


「な――っ!」


絶句し言葉を失ったジルドだが、すぐに立ち直って声を潜めリリアナに詰め寄った。


「てめェこんなところで何してやがる!」


元々得意でない敬語が崩れているが、リリアナは咎めなかった。にこにこと微笑んだままジルドを見つめている。ジルドは焦ったように周囲を見回した。


「おい、まさか一人ってことはねェよな?」

「あら、貴方がいらっしゃるじゃありませんか」


リリアナは嫣然と微笑み答える。ここまで来て、声が出ない振りをするのは逆に悪手だった。声が出ないのに魔術が使えるという異常性よりも、声が出るにもかかわらず出ない振りをしていると知られる方が良い。無詠唱で魔術が使えるというリリアナの特異性は、間違いなく今後リリアナにとって切り札となる能力だ。


ジルドは妙な表情でリリアナを凝視する。どうやらリリアナが話したことが俄かには信じられない様子だった。そして、深い溜息を吐く。ぼりぼりと苛立ったように頭を掻いて、ジルドは恨めし気な視線をリリアナに向けた。


「――声が出ねェってのは、嘘だったんだな?」

「昨年、声が出なくなったのは本当でございますわ。その後、声は取り戻しましたが、身を守るために声が出ないままであるということに致しましたの」

「身を守るため?」

「ええ」


あっさりとリリアナが口にした言葉を聞き咎めたジルドは眉根を寄せた。だが、リリアナは詳細を説明する気はない。


「このことをご存知なのはペトラとその上司くらいですから、他言はなさらないでくださいね」

「ペトラ――ああ、あの魔導士か」


どうやらジルドはペトラのことを覚えているらしい。意外に思いながらも、リリアナは「それよりも、貴方がここにいらっしゃる件ですが」と半ば強引に話題を戻した。



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