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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第二部 王太子妃は悪を目指す

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9. 震える縒り紐 4


スリベグランディア王国の王都ヒュドール。

平生と変わらない日常が営まれている中、王宮の一室には緊迫したような、そして同時に呆れ返るような、相反する空気が流れていた。


「本気か……?」


思わずといったように口を開いたのは、王太子ライリーの近衛騎士を務めるオースティンだ。王族を前に不敬な口調だが、いつものことだと誰も気に留めない。ただ一人、王太子妃リリアナの近衛騎士の一人エミリアだけはオースティンを責めるように見つめるが、彼女は口を開かなかった。

部屋の中央にはライリーとリリアナ、そしてクライドが腰掛けている。オースティンとエミリア、そしてオルガはすぐ脇に控えていた。護衛としては部屋の隅に立つべきだが、今は護衛としての役目よりも話し合いの方が重要だ。


「伯母上がここまで書いていらっしゃるということは、確度は高いだろうね」


ライリーは、指先で綺麗な便箋を摘まむ。

それは、ユナティアン皇国のブロムベルク公爵に嫁いだライリーの伯母ヘンリエッタから送られて来た私信だった。普通に読めば他愛のない内容だが、潜まされた暗号を解読すれば、表に見える内容とは全く違う情報が手に入る。

定期的に送られて来る手紙は、これまで皇国内部の情報を伝えることが多く、ライリーやリリアナに直接的な利害が加わるような目立っていなかった。だが、今回送られて来た書簡の主な内容はライリーとリリアナに対する()()だ。


「第一皇女が大禍の一族に接触──スリベグランディア王国の王太子夫妻──つまり私とサーシャを標的とする意向。とはいえ、一族(かれら)はつい最近、失敗しているんだけどね」


ヘンリエッタが報せた内容は、第一皇女ヴァネサが大禍の一族にライリーとリリアナの誅殺を依頼したという情報だった。まだ確定ではないとしながらも、ヘンリエッタは半ば以上、確信しているようだった。

オースティンは訝しげに口を開く。


「ゼンフの視察に行った帰り、襲って来たのは連中だろう? あの時とは違う話か? 今回は王太子殿下と王太子妃殿下が標的だというが、あの時は王太子妃殿下が狙われていたよな」


彼の疑問はもっともだが、ライリーもリリアナも答えは持ち合わせていなかった。自然と、全員の視線がオルガに向く。今いる面子の中で、大禍の一族について一番詳しいのはオルガだと皆が認識していた。

ずっと気配を消すように立っていたオルガは、小さく頷く。


「私も奴らの内情に詳しいわけではありませんが、恐らくは。一族は皇国に根城を張る本家と、スリベグランディア王国に拠点を置く分家に分かれていますが、その内部は更に細分化されていると聞きます。指揮系統も別であることが多く、標的が重なったと思しき事例も見聞きしたことがあります」

「なるほどね。推測で構わないが、オルガ。君は、ゼンフの帰途に我々を──サーシャを襲った連中の目論見は何だと思う?」


考え込みながらライリーが尋ねた。オルガは首を振る。想像が付かないと言いたいのだろう。

だが──と、彼女は少し考えて「あくまでも推測にすぎませんが」と前置きした。


「ゼンフ炎上の原因を捜査させたくなかったのかもしれません。これ以上自分たちに関わるとろくなことにならないから手を引けという脅迫の可能性もあります」

「つまり、サーシャが真の狙いだったわけではないと?」


ライリーは眉間に薄っすらと皺を寄せる。

結果的に無事だったとはいえ、実際にリリアナは拐かされたのだ。リリアナが本当の狙いでないとすれば一体何なのかと、ライリーは問うた。

オルガは小さく頷く。


「王太子殿下よりも王太子妃殿下の方が、万が一の可能性を考えても国交問題になりにくい──そう考えたのかもしれませんが、単純に、警備が薄く抵抗もされにくいとして標的としたとも考えられます」


どれほど原因を考えても、結局は単なる推測の羅列にしかならない。

ライリーは喉の奥で小さく唸った。オルガの推測は理に適っているように思えた。

溜息を吐いて、ライリーはぐるりと一同を見回す。


「これは、早まったかもしれないね。こちらが(オルガ)を準備しなくとも、連中は勝手に誘き出されてくれたかもしれない」


ゼンフからの帰途、転移の術で連れ去られたリリアナが戻った後、ライリーたちは大禍の一族を潰す決断を下した。そのために今、一族の本家と敵対する分家を取り込むため、ジルドがゼンフに単身向かっている。彼らを取り込み次第、ライリーたちはユナティアン皇国第二の都市ヴェルクに居る商人に情報を流し、大禍の一族を誘き出す想定だった。

だが、ヘンリエッタの書簡によれば、一族は誘き出すまでもなくライリーとリリアナの命を奪おうと動き始めるはずだ。

オースティンが難しい表情になる。


「ゼンフからジルドを呼び戻すか? 王太子妃殿下の護衛も、エミリアとオルガだけだと不安だろう」

「──いえ、わたくしたちの計画はそのまま取り進めるべきでしょう」


これまで沈黙を保っていたリリアナが、口を開いた。誰もが、リリアナに注目する。

リリアナは全く変わらぬ微笑を浮かべたまま、静かにライリーに視線を向けた。


ライリーたちの計画は、オルガの案に乗って大禍の一族を誘き出し潰すことだ。だが、リリアナにはもう一つの目的がある。その目的を達成するためにも、ジルドにはゼンフの生き残りに会って貰わなければならなかった。

前世の乙女ゲーム二作目の主人公ビエラ──彼女こそが、一族の命運を握っている。その存在を手中にして初めて、リリアナはスリベグランディア王国を守り切ることができるはずだった。


だが、リリアナは真の狙いを打ち明けるつもりはなかった。あくまでも、ビエラの存在はリリアナの推測でしかない。乙女ゲームとはずいぶんと状況が変わってしまった今、本当にビエラが居るのかも分からないし、ビエラが大禍の一族を潰せる存在であるかも確証がなかった。

変わりに、リリアナは別の理由を引き合いに出す。


「わたくしたちの目的は彼の一族を壊滅させることでしょう。オルガの言う通り、内部が細分化されているのでしたら、複数の方面から可能な限り人員を誘き出した方が宜しいのではないかしら」

「それも一理あるね」


ライリーが納得したように頷いた。だが、エミリアとオースティンは複雑そうな表情だ。クライドも、何とも言えない様子である。

ライリーとリリアナは理詰めで考えているが、近衛騎士や臣下にとっては全く有難くない提案だ。複数の刺客集団が別々に襲い掛かって来るなど、護衛の観点からは全く有難くない話だった。


「それはそうかもしれませんが──王太子妃殿下は一度、連中の術中にはまっております。今一度、護衛の在り方を見直した方が宜しいのではありませんか」


ずっと無言でいたクライドが、控えめに進言する。ライリーはもっともなことだと頷いた。


「確かにその通りだ。優秀な近衛騎士も居るしサーシャは優れた魔導士だけれど、警戒するに越したことはない」


そして、ライリーの腰には破魔の剣がある。たとえ大禍の一族が妙な魔術を使って来ても、この剣があればどうにかなる可能性がある。ゼンフに赴いた時は昔から使っていた愛剣を携え、破魔の剣は王宮に置いていた。だが、大禍の一族の襲撃を受けて、ライリーは破魔の剣を常に傍に置くことにしたのだ。

とはいえ、破魔の剣の可能性は未知数だ。一族の中枢が使うという原始の呪術にどの程度対抗できるかは分からない。


オースティンもまた、王太子の近衛騎士として口を開いた。


「連中が攻撃を仕掛けて来る道筋をこちらが管理したいところだ。そうすれば、護衛の計画も立てやすくなるし、こちらの被害も最小限に抑えられる」


妥当な指摘だ。エミリアも、王太子妃の近衛騎士として頷き同意を示す。そして、彼女は控えめに指摘した。


「もし一族の内部で敵対している状況があるのでしたら、一族同士をぶつけて共倒れを狙うという手もありそうですね」

「良い指摘ですね、エミリア嬢。その手を使えるようであれば、こちらの人的、そして物質的資源も失わずに済みます」


エミリアに答えたのはクライドだった。

だが、問題はどのようにして姿の見えない敵をこちらで動かすことができるのか、ということだった。通常の戦ならば定石がある。敵軍の陽動も作戦の内だ。だが、影で暗躍する刺客集団を相手にどのような戦略を取れば良いのかは未知数である。

特に、帝王学や戦術書で正攻法を学んできたライリーやオースティン、クライドは頭を悩ませるばかりだ。やはり頼りになるのは、傭兵稼業の長いオルガ、そしてこの場には居ないジルドである。


自然と集まる全員の視線を受けて、オルガは少し困ったように口を開いた。


「大禍の一族の中でも、恐らく第一皇女が動かせる者は一族の中でも末端の者だけでしょう。噂に聞く性格から推測すれば、皇女は一族の中枢に接触したいと考えるでしょうが──既に権力争いから脱落した皇族に、一族が干渉を許すとは思えません。連中を潰すのであれば、末端ではなく中枢を叩くべきです。そう考えれば、末端の連中を自滅させ、ジルドが繋ぎを付ける道筋から誘き出した連中を本丸とした方が良いのではないでしょうか」


オルガの発言は、納得感があった。全員が頷く。


「まずは、ジルドの連絡を待った方が良さそうだね」


ライリーの言葉に、誰もが頷く。リリアナも、その点には否やがなかった。

ジルドはゼンフの町に行って同胞を募った後に、王都に戻ることなくユナティアン皇国のヴェルクに行く予定だ。だから、直接進捗の報告を聞く機会はない。ただ、状況が分からなければライリーたちも計画を進めようがない。

そこで、ジルドは進捗を手紙で報告することになっていた。魔力を持たないジルドは、魔道具を持っていても使いこなせない。魔力がない者のために魔導石を動力源とした魔道具も存在しているが、ジルド本人が難色を示した。


「とはいえ、準備を進めておくに越したことはない。ジルドが一族に繋ぎを付けたらすぐに動けるようにしておこう。それに、第一皇女の依頼に応じた刺客はすぐに来るかもしれない」

「御意」


真剣な表情で、オースティンとエミリアが頷く。

特にエミリアとオルガは、近衛騎士の名に懸けて、二度とリリアナを奪われまいと強く誓っていた。



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