表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第二部 王太子妃は悪を目指す

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

567/595

9. 震える縒り紐 2


ビエラは、思い切り小屋の外壁にぶつけた額をさすりながら、大人しく室内へと入って行った。

ジーニーとヨルクの強い視線に晒されて怯む。だが、ビエラにも看過できない発言があったのだから、予想だにしない事態に動揺したのも仕方がないと思うのだ。

気まずそうに佇むビエラを見て、ジーニーは仕方がないと言わんばかりに苦笑を浮かべた。そして、未だに警戒心を完全には解いていないヨルクに、彼女はビエラを紹介する。


「この娘はビエラっていうのさ。これでも一応、ゼンフ神殿の神官長だったからね。一人で死にそうになってたから、助けたんだよ」

「その割には随分と気に入ってるんだな」


ヨルクは多少、警戒を解いたものの、皮肉な口調で答えた。ビエラはびくりと肩を揺らすが、ジーニーは全く気に留めない。


「働き者だからね」


あっさりと一言で片づけて、「それで」とビエラに視線を戻した。


「良いかい、ビエラ。あんたがどこから話を聞いていたのかは知らないけど、他言は無用だよ。それから、私はヨルク(こいつ)と一緒に隣国へ行くから、あんたとはここでお別れだ」


ジーニーの発言に驚いたのはビエラだけではなかった。ヨルクも、ジーニーがあっさりと同行を決めるとは思っておらず、ほんのわずかに目を瞠る。だが、ヨルクはすぐに感情を消した。

一方のビエラは両手を固く胸の前で組む。これまでのビエラなら、懇願することはあっても結局ジーニーの説得に折れただろう。だが、今の彼女は違った。


「いいえ、私も行きます」


ジーニーはビエラを責めるように片眉を上げる。ビエラが裏社会(じぶんたち)とは違うと初見で看破したヨルクは、遠慮なく鼻先で笑い飛ばした。そして、彼は横から口を挟む。


「嬢ちゃん、悪いことは言わねえから大人しくここで暮らしとけ。俺たちが今からやろうとしてることは、国をひっくり返しかねないことだ。気軽に首を突っ込んでも良いこたねえよ」


明らかに堅気ではないヨルクの迫力に、ビエラはしかし怯まなかった。これまでびくびくとしていた少女の印象とは明らかに違う。しかし、ジーニーとヨルクがその変化に気付くより早く、ビエラははっきりと断言した。


「いいえ」


普段は穏やかなビエラの声が、芯を持つ。途端に、纏う雰囲気も凛としたものに変わった。どこか気高ささえ感じる表情で、ビエラは無意識に胸元に下げたロケットを握り締める。


「私ならきっとお役に立てます」

「あ? 何言ってんだ」


ヨルクが不審そうに眉根を寄せた。ジーニーも、にわかには信じられないと言いたげだ。

だが、ジーニーはヨルクと違って、ビエラの性格を知っていた。少女はどちらかといえば自信がない性質(タイプ)で控えめだ。ただ、時折普段の様子からは想像ができないほど強く自分の意見を主張することがある。

大禍の一族の本家がゼンフ神殿に火を放った時も、ビエラを突き放そうとするジーニーに最後まで付いていくと言い張って聞かなかった。ジーニーの中にビエラに対する情が芽生えていたのも押し負けた理由だったが、確かにその時も、ビエラの妙に堂々とした態度に反論する気が失せたのだ。


「全く、この娘は。無茶言うんじゃないよ……」


苦々しくジーニーは声を漏らした。

それでも、ゼンフの町が焼けた時と今では状況が違う。

本家がジーニーの命を狙っていることは分かっていたが、前回は逃亡が目的だった。敵から姿を隠すためだったから、ビエラが一緒に来てもそれほど大きな問題ではないだろうと考えた。ジーニーとビエラが暮らしている小屋のある場所は、単なる森の中ではない。一定の範囲に人が足を踏み入れたら、ジーニーがすぐに気付けるように罠を仕掛けている。

だが、今回は敵陣に自ら突っ込んで行くようなものだ。

大禍の一族に因縁のあるジーニーとヨルクなら華々しく散っても良いと思えるが、何ら関係のないビエラを巻き込む気にはなれなかった。


一方のヨルクは、ジーニーとは違う意味でビエラの発言に反論する。


「俺たちは遊びに行くわけじゃねえんだ。貴族がするような派手な戦じゃねえが、命が幾つあっても足りねえ。お前みたいな素人が居ると足手まといなんだよ」

「それでも、手掛かりが必要なはずです」


確信に満ちた表情で、ビエラははっきりと主張した。

ヨルクは胡乱に問う。


「お前みたいなガキが、一体何の手掛かりを知ってるっていうんだよ」


ビエラは一瞬、沈黙した。その様子を、ジーニーは疑心に満ちて、そしてヨルクは馬鹿にするような顔で見やる。それでも、ビエラは引かなかった。


「逆五芒星(ペンタグラム)です」

「あ?」


意を決したように、ビエラはもう一度、今度は少しだけ声を張り上げた。


「ヴェルクの逆五芒星(ペンタグラム)を、探してるんですよね。それを、私は知っていると──思います」


思います、という言葉は少し自信なさそうに付け加えられた。

だが、ヨルクにとっては些細なことだった。一番の衝撃は、彼が長年かけてようやく突き止めた一族の秘密の端緒──ヴェルクの逆五芒星(ペンタグラム)を、一族とは何の関係もなさそうな少女が知っているという、その事実だった。



*****



ヴェルクの高級宿泊施設で、貴人と呼ばれる彼女は上機嫌だった。

ようやく、待ちに待った相手と会えるのだ。


「この私をここまで待たせるとは。全く、不敬な男だ」


口では文句を零すが、口角には笑みを浮かべている。これから会う人間が自分の命運を左右するのだと、彼女は信じていた。


「第一皇女殿下。頭取が面通りを願っております」

「通せ」


ヴァネサ・ユナカイティスが許可を出すと、侍従は恭しく首を垂れて部屋を出る。少しして、侍従は男を一人連れて戻って来た。商人でありながら、その身のこなしには隙がない。

どうやらある程度は剣も使えるようだと、自らも剣を取るヴァネサは目を眇めた。


「お前がグスタフだな」

「御意。皇女殿下、お初お目にかかります」


最低限でありながらも、グスタフは堂々と商人に相応しい礼を取る。ヴァネサは、第二皇子ローランドほどではないが、それほど他者の無礼を気に留める性質ではなかった。それよりも、今の彼女が関心を持っているのはグスタフが隠し持っている()そのものだ。


「ああ。まさか、ヴェルク一の商人がここまで多忙だとは私も思っていなかった」

「──お待たせしてしまい、誠に申し訳なく」


ヴァネサの発言にグスタフは謝罪する。だが、ヴァネサの発言は純粋に事実を述べただけだった。第三皇子のマティアスとは違って、第一皇女は自分の発言に裏の意図を含ませることは滅多にない。良くも悪くも、ヴァネサは直情型だった。

彼女は意に介した様子もない。機嫌よく「まあ良い」と言って手を振ると、さっそく本題に入った。

着席を進められないグスタフは立ったままだが、皇族を相手にしたときは良くあることだ。


「お前に依頼したいことがある。この国の未来がかかっているのだ」

「この国の未来、ですか」


予想だにしない台詞に、グスタフは目を瞬かせる。だが、彼は本気にはしていなかった。

貴人が口にする「国が亡ぶ」や「一大事」は、一般人にとっては大したことでないことが多い。彼らにとっての大事とは自分の名誉にかかわることが大半で、グスタフにとっては眉唾物だった。

グスタフがそんなことを思っているとは露ほども気付かず、第一皇女は表情を引き締める。そして、彼女は重々しく述べた。


「お前は、スリベグランディア王国の王太子と王太子妃を知っているか」

「お目に掛かったことはありませんが」

「当然だろう。一介の商人でしかないお前が会えるとは思っていない」


皇女はグスタフの返答を鼻先で笑い飛ばす。そして、彼女は物騒に目を光らせた。

彼女にとって、グスタフのような平民は取るに足らない存在だ。今回は自らの野望を達成するために接触しただけで、本来であれば一生関わることもない。だからこそ、ヴァネサは思うが儘に振る舞い、グスタフの心持ちや機嫌を顧みる必要性も感じていなかった。


「あの二人は偉大なる我がユナティアン皇国を軽んじているのだ。身の程というものを知らしめてやらねば、我が国の威信が揺らぐ」


ヴァネサは堂々と断言する。グスタフは表情一つ変えなかったが、内心では少しばかりの呆れが過っていた。


第一皇女がスリベグランディア王国に戦を仕掛け、敗退したことはグスタフも把握している。

その時に、戦好きで剣に覚えのある皇女は王太子ライリーと王太子妃リリアナの反撃にあって大怪我を負った。その結果の、皇位継承権争い脱落だ。


確かに、彼女にとっては一大事だったのだろう。だが、グスタフたち平民にとっては皇位継承争いなど大した問題ではなかった。特に第一皇女と第三皇子に大差はない。いずれもスリベグランディア王国に戦を仕掛けようとすることは目に見えていて、自分に(ゆかり)のある土地が戦場にならず、かつ徴兵されない限りは似たり寄ったりだ。

武器商人であれば王国との戦も嬉しいのだろうが、グスタフの表の商売は高価な品々の取引だ。むしろ、戦は利益にならない。唯一、第二皇子ローランドだけが和平路線で、商人としては有難い存在だった。


グスタフが何を商売道具にしているかも興味がないヴァネサは、険しい表情で言葉を続ける。

スリベグランディア王国の王太子ライリーと王太子妃リリアナを思い出すにつけ、腹が立って仕方がない。部下だけが居る場では感情が昂るままに声を荒げる皇女だが、グスタフの前では辛うじて体面を保とうとしていた。


「だが、あの二人は王都(ヒュドール)の王宮からなかなか出て来ない。引きずり出すために戦を仕掛けるにしても、今の皇都(トゥテラリィ)にはその覚悟がある者が居ないのだ」


全くもって忌々しいと、第一皇女は皇族の軟弱さを嘆く。

直情型で好戦的なヴァネサにとっては、確かに残虐だが陰湿な性質の第三皇子マティアスのやり方は性に合わないだろう。グスタフは無言を貫くが、無意識下で平民を見下す第一皇女は全く気に留めなかった。

彼女にとって、グスタフは自らの野心を満たすための存在でしかない。


「私自身、今は自由に動ける軍勢を持っていない。だからこそ、他の皇族が持たない力が必要なのだ」


やっぱりか、とグスタフは内心で溜息を吐いた。

落ちぶれ始めた皇族が自分に会いたいと言っている──部下からそれを聞いた時から、薄々嫌な予感はしていた。普通の貴族であればともかく、皇族であればグスタフの()()()()を把握していてもおかしくはない。

高位貴族は身の程をわきまえて無茶を言わないが、皇族ならば皇帝の力を自らも持てるのだと過信してもおかしな話ではなかった。


第一皇女ヴァネサは、これ以上時間を無駄にしようとはしなかった。

率直に、自らの望みを口にする。


「グスタフ。大禍の一族の力を、私に貸せ」


その命令は確信に満ちていて、拒絶など一切、念頭に置いていないかのようだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


第1巻~第5巻(オーバーラップ文庫)好評発売中!

書影 書影 書影 書影 書影
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ