7. 露わになる種子 7
ゼンフを巻き込め、と言うジルドの発案は、その場に居た全員の意表を突いた。
ライリーとリリアナが顔を見合わせる中、クライドが首を傾げる。
「ゼンフの町は全焼しましたが──」
「生き残りが居るだろ?」
ジルドは平然としたものだ。
一方、オースティンとエミリアは何かに気が付いたように、頬を引きつらせた。
「ジルド、その言い方だと──ゼンフが大禍の一族のように聞こえるぞ。なあ、エミリア」
「はい、その──私もそう聞こえました」
ああそうかと、ジルドは意外そうに言う。
「気付いてなかったのか?」
だが、ジルドは少し考えて、それはそうかと思い直した。
大禍の一族は、正体が知られていない。ジルドは傭兵稼業が長く、裏社会に顔の利く知り合いも居る。だから情報が入って来るが、普通に暮らしていれば知ることのない事実だ。
リリアナという、自分以上に情報網が広い主に長らく仕えていたせいで、ジルドはライリーやオースティン、クライドを同じように考えていた。
クライドやライリーは頭を抱えている。リリアナは相変わらず表情の読めない顔で、一見したところは困ったような雰囲気を漂わせていた。
だが、ジルドも長年リリアナを間近で見て来た。あれは知っていた顔だな、と内心で呟く。
少しして、真っ先に衝撃から立ち直ったのはライリーだった。確かに、ゼンフの町に大禍の一族がいるのではないかと疑ったこともあると、亡き王たちの手記を読んだ日をぼんやりと思い出す。ゆっくりと額に当てていた手を外し、苦笑を浮かべた。
「なるほど。以前、ゼンフの町を視察した時、立ち寄った魔道具屋がどうも臭いと思っていたけど──」
もしかしてそこも、一族の関係者だったのかな、とライリーはジルドに問うた。ジルドは首を傾げる。
「あんたがどこの魔道具屋のことを言ってるのか知らねえし、俺も詳しくは知らねえが、その可能性はあるんじゃねえか?」
ゼンフの住人全員が一族ではないが、大半は関係者だ。
特に、ゼンフ神殿は大禍の一族分家の本丸である。ジルドがテンレックから聞いた話を踏まえると、ゼンフの町が燃えた原因は一族の内部抗争だ。
ジルドが皆まで言わずとも、ライリーは理解した。
内部抗争が激化していることは知らずとも、町を燃やすほど派閥同士の対立は強いものになっていると、誰でも想像は付くだろう。そして、当然燃やされた側は燃やした側に憤りと恨みを募らせているはずだ。
ただ、一つ気に掛かる点はあった。
ライリーは、今度はオルガに尋ねる。
「一族の中枢を誘き出す要はオルガ、貴方だ。仮にゼンフの人々を巻き込んだとして、その計画に影響はあるだろうか?」
大禍の一族にとってオルガが逆鱗となり得るなら、たとえ敵対していたとしても、ゼンフの人々にとってもオルガは脅威であるはずだ。
当然の指摘だったが、オルガは微笑を浮かべて首を振った。
「その可能性は低いでしょう。先ほども申し上げました通り、原始の呪術は一族の中でも最上級の機密事項です。ゼンフに住まう者たちが一族だったとしても、原始の呪術を使いこなす者の存在どころか、原始の呪術自体を知る者が居るとは考え辛いと思います」
「確かに、それはその通りか」
ライリーは納得した。それならば、ゼンフの住人の内、大禍の一族に連なる者を抱き込む利点は大きい。
だが、それでも懸念点はある。ライリーの代わりに、クライドが口を開いた。
「大禍の一族は原始の呪術を用いて配下の刺客を支配していると、先ほどオルガが言っていた。それが事実だとするのなら、ゼンフに居る一族を抱き込んだところで、身の内に敵を引き入れることになるのではないか?」
心の中でどれほど一族に対する恨みを募らせようが、一族は手下が裏切らないように原始の呪術で彼らの行動を支配しているのだ。ライリーたちに協力を申し出たところで、肝心な場面で一族に寝返らないとは限らない。
ジルドは、途端に「知らねえよ」とでも言いたげな顔になった。実際に、原始の呪術についても彼は今回初めて聞いたのだ。ジルドが知っているオルガの秘密は、彼女自身がかなり古い特別な術を使えること、本来の髪と目が金色であること、この二つだけだった。
元々魔術を使えない上に影響も受けないジルドは、魔術や呪術に対して一般人以上に疎い。その彼に、魔術と呪術の区別を付けろというのは土台無理な話だった。辛うじて、現在は使う者が居ない呪術を使える、という程度の理解が限界だ。
リリアナは、黙って皆の会話を聞いている。
彼女自身も原始の呪術とやらは初耳だったし、大禍の一族が隷属に似た、より強力な支配を受けていることも知らなかった。だが、それでもリリアナにはライリーたちの知らない事実を知っているという強みがあった。
(シディが居れば、随分と話は早かったのですけれど──“強制停止措置”を施してから、行方不明ですものねえ)
オブシディアンは大禍の一族だが、恐らくオルガが言うような呪術の影響は受けていない。彼は一族の中でも異質な存在だ。
だが、オブシディアンが居るということは、同じように強力な支配下にはない人間が居る可能性も僅かながらにあった。
(乙女ゲームでは、どうだったかしら。主人公のビエラが仇討ちのためにゼンフの町を出て、大禍の一族とは知らぬままに彼らの本拠地を目指す話だったのですけれど──)
二作目の攻略対象者たちは、一作目とは違って高位貴族は居なかった。
貴族は伯爵くらいのもので、あとは神父や盗賊団の頭領、商人、そして刺客である。
物語の初期に分岐がおおよそ決まるが、主人公はその内の誰かと協力して恩人の敵を討つ。つまり、彼女は恐らく、大禍の一族の長を倒すのだ。
(冷静に考えると荒唐無稽のようにも思いますけれど、記憶にある限りでは、一族の長とやらは普通のお屋敷にお住まいだったような)
長を倒したからといって、大禍の一族が壊滅したとは限らない。だが、少なくとも、頭領を倒すことはできるのだろう。
(乙女ゲームでは存在していなかったスリベグランディア王国とユナティアン皇国は今もなお、ありますから、もしかしたら現実よりも大禍の一族を保護する力が弱かった可能性もありますけれど──同じ状況でしたら、わたくしたちにとっては朗報ですわね)
いずれにせよ、乙女ゲームの主人公でもできたということは、今のリリアナたちにもできないことではないのだろう。
リリアナの推測が正しければ、乙女ゲームと違って、主人公は町を旅立ってはいないはずだ。だが、彼女を起点にして一族を破滅に追い込む人脈が手に入る可能性はある。
ジルドが示唆し、ライリーたちが考えているゼンフの住民は大禍の一族だが、リリアナが賭けようと思った相手は一族ではない者たちだった。
(乙女ゲームの攻略対象者たちは、刺客以外は大禍の一族ではありませんでしたけれど、一族を討つために必要な情報と力を持つ者たちでした。上手く繋ぎを付けて彼らを取り込むことができたなら、わたくしたちに有利に働くことでしょう)
ひっそりと、リリアナは内心で笑う。
改めて部屋を見回せば、クライドの発言で誰もが難しい表情のまま考え込んでいる。硬直状態のまま、時が過ぎる。
リリアナは、わずかに首を傾げて、静かに自分の考えを告げた。
「いずれにせよ、ゼンフに住まう者たちの居場所を調べても良いのではないでしょうか。お兄様が訪問なさる前に、既に避難した者たちも居たと言いますから──どれほどの人が無事でいらっしゃるのか、彼らが今後生活をしていけるのか、補償が必要か、どのみち調査が必要ですわ」
ライリーは真剣な表情でリリアナの発言を聞いていたが、やがて頷く。
「そうだね。近隣領主に任せたけど、途中経過の確認という体で関わることにしよう。その中で、引きこめそうな相手を選別したい。協力を頼めるかな、オルガ、ジルド」
「御意」
オルガは即答するが、ジルドは答えない。だが、拒否もしない。
心底面倒だと言いたげに、しかし協力しない気はないようだった。そして、その双眸は何かを考えているようでもある。だが、どこか野性味のあるジルドの表情は、リリアナやライリーと違った意味で他者に本心を悟らせない。
そして、発案者のリリアナは、ライリーやジルドとはまた違うことを考えていた。
燃えた、魔道具屋。
そこで働いていたという、少女──乙女ゲームの主人公ビエラを、仲間に引き込むつもりだった。
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