後日談 1
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。
仕事が忙しくて放置してたら永遠に更新しなさそうだな…と思ったので、後日談からのんびり再開します。後日談が終われば第二部を開始します。
更新頻度は不定期です。一部の時ほど更新頻度は高くならないと思いますが、ご了承ください。
少しでも皆様の日々の楽しみになれば幸いです。
王都を焦がす、瘴気に満ちた雨が降ってから早半年――まだ手が回っていない土地はあるものの、スリベグランディア王国の大部分はその殆どが復興した。大公派の主だった貴族たちは粛清され、余った土地は功労者たちに振り分けられ、それでもなお余った土地は王家の所有する領として役人が派遣されている。
そして当然のことながら、強大な魔力同士がぶつかり合い半壊した王宮の庭園も、再びその美しさを取り戻していた――とはいえ、その象徴とも言えた美しい噴水の姿はない。その代わりに、季節とりどりの花が庭師の手によってシンメトリーに植え付けられ、その華やかさを一層増していた。
「それでさ、サーシャ」
おもむろに口を開いたのは、王宮の私室でゆったりと長椅子に腰かけている王太子ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードだった。
名を呼ばれた王太子妃リリアナ・アレクサンドラは、その印象的な目を瞬かせて、書物から顔を上げた。夫となったライリーを見やる。そんなリリアナの様子を見てくすりと笑みを零したライリーは、わずかに体をリリアナの方に向け直した。
「ジルドのことなんだけど、何が良いと思う?」
「爵位も領地も、嫌がりますわねえ――」
「そうなんだよ」
僅かに眉根を寄せて呟いたリリアナに、ライリーもまた困ったように頷く。
大公派との対立の際に大きく戦力を欠いた王立騎士団は“北の移民”という新たな戦力を加え、以前よりも強大になっている。とはいえ“北の移民”は独特な文化や価値観を持ち、簡単には臣下に下らない。そのため、リリアナに傾倒しているジルド――本人は絶対に認めないだろうが――を隊長とし、特別部隊として“北の移民”部隊を組織した。幸いにもジルド自身に求心力があるため、当初ライリーたちが考えていたよりも結束は強い。
「本音を言えば、どうにかして受け取らせたい」
真剣な表情でライリーが言えば、リリアナも更に考え込む。
どれほどジルド率いる“北の移民”部隊がその実力を示そうと、「所詮は北の下賤民」と蔑む貴族は居る。平時はそれほど問題にならない程度だが、緊急事態にそのような声が足を引っ張るようなことになっては敵わない。そして勿論、大公派との争いの中で助けてくれたジルドたちが悪しざまに言われるのは腹が立つ、というのも理由の一つにあった。
「そのためには、何かしらの理由が必要になりますでしょう」
「理由? 功績を立てたという?」
リリアナの提案に、ライリーは首を傾げる。功績を立てたから領地と爵位を与えると言ってもジルドは拒むだろう、寧ろ「馬鹿にしてんのか」と怒り狂いそうだ、というのが相談の発端だったはずだ。だが、リリアナのような才女が言うはずはないとライリーは確信していた。少し考えて「なるほど」と頷く。
「彼が受け取ろうと思えるだけの理由か」
「ええ。そうですわね、たとえば」
そこまで言って、リリアナはちらりと部屋の外に意識を向けた。王太子と王太子妃の私室を護るため、扉の前に立っている二つの気配。
一つはオースティン・エアルドレッドであり、もう一つは王太子妃専属の護衛となったエミリア・カルヴァートだった。
リリアナの魂の一部を形成している異世界の記憶に残っていた“乙女ゲーム”のヒロインであったエミリア・ネイビーは、その後カルヴァート辺境伯の養女として迎えられ、本人たっての希望とその実力を理由に騎士として身を立てるようになったのだ。
一見、それは近衛騎士ルートに入ったようにも見えるが、わずかにゲームの内容とは違う。ゲームのヒロインが近衛騎士ルートに進んだ時、エミリアはカルヴァート辺境伯の養女となった。ただし彼女は家庭に入り、騎士にはならなかった。
そして最悪の場合、処刑されるはずだったリリアナも、結局生きて王太子妃となっている。
随分とゲームの記憶も薄れはしたものの、妙な感慨を覚えることはあった。そんな感傷に似た感覚を振り払うように、リリアナは説明を続けた。
「ケニス辺境伯領やエアルドレッド公爵領のような、一部の奇矯な領を除けば、未だ“北の移民”は迫害されておりますもの。今回、王立騎士団に所属できた者はごく一部、体力に自信のある者とその縁者だけですわ」
ライリーは得心したと頷いた。他の誰も理解しない段階であっても、ライリーはリリアナの考えを直ぐに良く理解した。いっそ末恐ろしさを感じさせるほどだったが、ライリーもリリアナも自覚はない。
むしろ、元々他者に説明する経験に乏しかったリリアナにとっては、たいていの場合望ましいものだった。
「それ以外の“北の移民”たちも保護できるような場所を、つまり彼らにとっての理想郷を創ることができるというわけだね。そのための資源はこちらで用意をすれば良いし、確かに魅力的だろう」
「一つ懸念があるとすれば、トシュテンですわ」
トシュテンは“北の移民”の一人であり、元々ケニス辺境伯領でケニス騎士団に所属していた。だが、ジルドを隊長とした“北の移民”部隊を王立騎士団に設けることになった際、ジルドが隊長になるならばと志願した切れ者だ。そして今の彼は副隊長となり、ジルドの右腕としてその辣腕を奮っている。
「――確かに。『俺は良いからトシュテンに振ってくれ』とか言い出しそうだ」
「それでは道理が通りませんものねえ」
「まあ、そこの理論武装はどうにかなりそうだ」
ジルドは、自分が肉体派でトシュテンが頭脳派なのだと言って憚らない。故に、爵位と領地を褒美として取らすという話になれば、自分ではなくトシュテンの方がお貴族様のお付き合いには打って付けだと逃げる可能性がある。
「まぁ、力強いお言葉ですわね」
「僕たちには先達がいるから」
リリアナの前では取り繕わずに“僕”と言うようになったライリーは、肩を竦めて不敵に笑った。その表情に、リリアナもライリーが何を企んでいるか悟る。笑みを深め、リリアナは目の前に置いてあったカップを手に取り、茶を一口飲んだ。
「ヘガティ団長であれば、うまく山狼を捕まえてくれるでしょう」
「力強い援軍だ」
しれっとライリーも頷く。二人は共犯のように、目を合わせて微笑んだ。
王立騎士団長トーマス・ヘガティはかつて、通信機と入舎許可証を兼ねた魔道具のペンダントを、嫌がるジルドにあっさり受け入れさせたことがある。その時の団長は、そのペンダントを持つことによるジルドのメリットを実に明快に示してみせた。
今回、ライリーたちがジルドに与えようとしている爵位と領地は、ペンダントの時と違ってジルドの理解を得られる理由を作り辛い。リリアナの提案を土台に、どのような仕掛けであれば上手くいくのか、ヘガティに相談するのは非常に理に適っているように思えた。
――そしてそのさらに数ヶ月後。
王都の一角にあるとある酒場で、徽章を正装の胸元につけたジルドが、仏頂面で仲間に揶揄われながらも祝われている場面が目撃されたのは、また別の話である。
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