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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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86. 戦勝式典 4


凱旋式の後、それほど時間を置かずして戦勝式典が開催される。凱旋式に参加した者たちは流れるように式典会場へ移動し、恙なく褒賞の授与が行われた。授与式が終われば、そのまま夜会へと続く。

戦勝式典から参加する者たちは、凱旋式で何があったのかを知人から聞き出すことに余念がなかった。何より式典の時は時間がなく、ベン・ドラコが魔導士として勲功を賜ったことや、リリアナ・アレクサンドラ・クラークが叙勲されたことは彼らの度肝を抜いたのだった。

だが、凱旋式の参加者たちから齎された話題の中で、最も注目された話は、王太子ライリーとリリアナの婚姻時期が具体的に決まったことだった。


そんな周囲の話には興味がない素振りで、王国外からの賓客二人は気配を消したまま会話を交わしていた。気配を消すと言っても魔術や呪術を使うのではなく、単純に周囲から注目を浴びないように埋没するよう、気配を抑えているだけだ。それだけで十分、二人は周囲から殆ど気が付かれずに済んでいた。

二人の存在に気が付く者がいても、直ぐに注意は逸れ記憶から薄れていく。


参加者全員にまず配られる葡萄酒の入った杯を片手に、北連合国から外交官として訪れているオルヴァー・オーケセンは感謝の言葉を隣人へ投げかける。


「貴殿のお陰で、無事ここまで来ることが出来ました。心より感謝申し上げます、バトラー殿」

「お気になさらず。ローランド殿下(わが主)は王国と我が国の関係性をより良いものにしたいとお考えですから――寧ろこちらの方が、貴殿を理由に王国へ来ることが叶ったとも言えます」

「なるほど」


それは“お互い様”というやつですね、とオルヴァー・オーケセンは笑う。ドルミル・バトラーも、その通りだと言うように頷いた。


「それにしても」


オルヴァーは視線を周囲に巡らせた。そして声を潜める。


「次から次へと客が来るのですね。それも、明らかに貴族ではない者も招待されているようだ」

「彼らは恐らく騎士なのでしょう。今回の戦に参戦し、それなりの功労が認められた者だと思いますよ」


バトラーはあっさりと招待客たちの正体を看破していた。皇国ではあり得ないことが、王国ではあり得るらしい。

だが、勿論貴族と貴族でない者が一堂に会することはない。会場は二つに分けられ、一方が貴族やその血縁、もう一方が爵位のない者と分けられていた。

騎士の中には爵位を持つ者や血縁者も居るが、彼らは貴族が集められた部屋に入っている。バトラーは葡萄酒に口をつけた後、ふと思い至ったように口を開いた。


「もしかしたら、もう一方の部屋に貴方の同胞が居るかもしれませんね」

「――私の?」

「いかにも。この国の王太子殿下は“北の移民”を盛り立てる施策をお考えになられているようですから。今回の戦にも、当然参戦しているでしょう」


オルヴァーは、直接王太子からその話を聞いている。しかしながら、バトラーが聞く機会があるとは思えなかった。もしかしたらライリーが話をしているのかもしれないと思い直すが、皇国と王国は表面上友好的な関係を保っていても、実際は対立している。特に皇国は虎視眈々と王国を狙っているはずで、そのことを王太子ライリーが知らないはずはない。

それであれば、バトラーは独自の情報網を使って王太子の施策を知ったに違いないと、オルヴァーは見当をつけた。


「なるほど。それは耳よりの情報ですね」


全く何も知らなかったという体を保って、オルヴァーは如才なく言葉を返す。

バトラーもまた、内心の読めぬ表情でにこやかに「それならば宜しゅうございました」と答えた。当然、バトラーもある程度オルヴァーが情報を把握していると悟っているだろう。オルヴァーが何故皇国を訪れたのか、バトラーが知らないはずはない。王国や皇国に同胞の地位向上と同盟の締結を目的としているオルヴァーが皇国を出て王国に入り王太子との謁見を望むには、何かしらの理由があると確信しているはずだ。


その時、国王と王太子の入室が告げられる。王族が入室するのは、当然貴族たちが集まっている部屋だ。爵位を持たない騎士たちが集まる部屋からは、王族の姿は非常に小さくしか見えないことだろう。それでも、彼らにとって王族をそれほど近くで見る機会は生涯ないはずだった。さすがに歓声は抑えたものの、抑えきれない声が騒めきとなる。


ライリーとリリアナは凱旋式とは衣装を変えて並び立ち、国王も服装を変えていた。凱旋式の時よりも、身を飾っていた勲章や称号を示す装飾品が減っている。代わりに、リリアナは夜会に相応しい身なりへと変貌を遂げていた。

本来であれば社交界デビュー(デビュタント)を経てから夜会に出ることが一般的だが、今回は特例とされたらしいと、貴族たちは理解した。


国王は壇上に立つ。エアルドレッド公爵ユリシーズが、その様子を見て一歩前に出た。


「今宵は宸宴にお招きいただき、この上なく光栄なことと存じます。スリベグランディア王国の栄えある未来を祝し、畏くも陛下の玉音を賜ることが出来ましたならば幸甚に存じます」


鷹揚に頷いた国王は、侍従から葡萄酒の入った杯を受け取る。


「皆の者、此度は誠にご苦労であった。今日は式典の後、馳走と酒を十分に用意している。疲れを癒し、そして明日からに備え活力を蓄えて欲しい」


そう告げて、軽く杯を上げる。それに応えるようにして、参加者たちも杯を掲げた。その後は思い思いに会話を始める。だが、高位貴族から順に国王と王太子に挨拶をすることは可能だ。当然、誰もがこの機会を逃すまいと順に挨拶へと訪れる。

だが、今回は北連合国の外交官であるオルヴァー・オーケセンと、皇国第二皇子の側近であるドルミル・バトラーも参加している。地位から言えば三大公爵家当主であるユリシーズやクライドのほうが高いが、賓客という扱いの彼らは最初に挨拶を許された。

オルヴァー・オーケセンとドルミル・バトラーは、人波を縫うようにして国王と王太子、そしてその婚約者であるリリアナ・アレクサンドラのいる方へと向かう。

遠目にリリアナと目があったバトラーは、そっと微笑んだ。



*****



リリアナは、視線を感じて顔を上げた。事前に話には聞いていたものの、本当に来るとは思っていなかった――というのが正直なところである。

その上、リリアナと目が合ったその人物は堂々と笑みさえ浮かべていた。驚くというよりも、呆れが勝る。しかし、リリアナはそんなことはおくびにも出さずに、静かに椅子に腰を下ろしていた。


「陛下に御挨拶申し上げます」


オルヴァー・オーケセンとドルミル・バトラーであれば、第二皇子の側近であるバトラーよりも、国を代表しているオルヴァー・オーケセンの方が地位は高い。そのため、先に口を開いたのはオルヴァー・オーケセンだった。

国王は朗らかに、そして鷹揚に頷く。


「王太子から話は簡単に聞いている。其方の同胞はこの式典に二名ほど招いているが、いずれも平民(あちら)の部屋にいるはずだ。良ければ後程、お会いになられると良い」

「お心遣い、誠に感謝申し上げます」


国王の言葉に謝意を示し、オルヴァー・オーケセンは王太子に向き直った。オルヴァーよりも先に、ライリーが口を開く。


「久しいな。またこうして見えられたことを、嬉しく思う」


以前オルヴァーと会った時とは違い、王族然とした口調だ。オルヴァーは笑みを深め、「有難きお言葉」と首を垂れた。ライリーは機嫌良く言葉を続けた。


「先だってお会いした時に、貴殿から北連合国の要望を聞いたが、その内の一つについては既に動けるよう準備が整っている。故に、また時間を作って話をしたい。構わないだろうか?」

「それこそ望外の喜びにございます。是非お願い申し上げたく」


オルヴァーは頬を綻ばせる。そして、ライリーは隣に座るリリアナを紹介することにしたらしい。

どうしてもオルヴァーの斜め後ろに居るバトラーが気になっていたリリアナは、ゆったりとした仕草で意識をオルヴァーに向けた。

ライリーは愛おしそうな視線を一瞬リリアナに向け、リリアナの手袋に包まれた右手に自らの手を重ねる。


「紹介しよう。私の婚約者リリアナ・アレクサンドラ嬢だ。リリアナ嬢、こちらは北連合国の外交官を務めるオルヴァー・オーケセン殿だ」


ライリーの紹介を受けて、オルヴァーは改めて深々と頭を下げた。


「お初お目に掛かります。この度は御婚姻が決定なされたとのこと、心よりお慶び申し上げます」

「ありがとう」


リリアナはにっこりと微笑んでみせる。そして顔を上げたオルヴァーは、リリアナを見て一瞬不思議そうな表情を浮かべた。しかし、直ぐに表情を元に戻す。そして彼はそれ以上口を開くことなく、一歩下がる。

入れ替わるようにしてドルミル・バトラーがオルヴァーと同じような口上を述べた。だが、バトラーはオルヴァーとは違い、ユナティアン皇国の人間だ。当然、周囲の目も厳しくなる。しかし彼は一切頓着せず、堂々としたものだった。


「此度は両国の和平を乱すような惨事があったこと、誠に遺憾に思っております。我が主である第二皇子ローランド殿下も、心を痛めていらっしゃいます」


暗にバトラーは、今回の戦に第二皇子は無関係であることを告げた。尤も、だからといって周囲の目が柔らかくなるわけではない。しかし、ライリーもリリアナもローランドとは親交がある。彼の血の繋がった妹であるイーディス皇女もまた、ライリーたちがコンラート・ヘルツベルク大公から逃れられるよう手を貸してくれた。

隣国の後継者争いを知っている者であれば、バトラーの言葉にもある程度の信憑性を感じるはずだった。


リリアナは内心で感心する。バトラーは既に、以前のバトラーではない。闇の力を大部分取り戻し、魔王レピドライトの記憶や感情もほぼ完全に戻ったはずだ。嘗てユナティアン帝国の頂点に立っていた男が、見事に皇子の側近としての態度を貫けているのがいっそ不思議だった。

特にリリアナは、バトラーのアジュライトやベルゼビュートに対する、支配者としての態度を目の当たりにしているから、余計違和感が強い。

しかし、リリアナもリリアナ・アレクサンドラ・クラークとして以外の記憶を持ってはいるが、立ち居振る舞いはそれほど大きく変わっていない。それと同じ事なのだろうと、リリアナは納得した。それに、レピドライトとして振る舞っていた時に感じられた覇気も、今は綺麗に消し去っている。バトラーのことを疑う者はいないだろう。


国王ホレイシオは、バトラーを見下ろし目を細めた。しかし、先ほどオルヴァーに見せていた表情よりは厳しさが滲んでいる。


「左様。此度は貴国にとっては残念な結果となったが、私としては是非、今後も貴国との友好関係は続けていきたいと考えている」

「誠に慈悲深きお言葉、感謝の念に堪えませぬ」


バトラーは深く首を垂れると、今度はライリーとリリアナに向き直った。改めて口上を述べると、バトラーは再び第二皇子ローランドからの伝言として言葉を伝える。


「我が主であります第二皇子ローランド殿下も、また是非お二人とお会いしたいと申し上げておりました」

「そうか。なかなか難しいこともあるかもしれないが、また是非機会を設けたいと伝えておいてくれ」

「違いなくお伝え申し上げます」


ライリーが穏やかに答えると、バトラーは恭しく答えた。一瞬、バトラーの視線がリリアナに向けられる。その刹那、バトラーの口角が笑みの形に上がったのを、リリアナは見逃さなかった。


『その際は是非、我が最愛を護衛として伴ってくれ』


リリアナの脳裏に、そんな言葉が直接伝わって来る。どうやらバトラーは、アジュライトがリリアナに話し掛ける時と同じ方法を使ったらしい。便利だが、言葉で直接答えられないのは不便だ。

片眉を上げたリリアナを見て、バトラーは満足気な様子でその場を立ち去る。


「サーシャ?」


リリアナの様子に違和感を覚えたのか、ライリーが小さな声で名を呼んだ。しかし、リリアナは何でもないと言うように微笑んでみせる。本当はライリーはもう少し話を聞きたかったのだろうが、オルヴァー・オーケセンとドルミル・バトラーがその場を立ち去れば、次々と貴族たちが挨拶に集まって来た。その相手をしている内に機会を逸したのか、ライリーはリリアナに疑問をぶつけることもなかった。




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