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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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10. 魔導士と謎 3


リリアナが入ったのは、非常に広い部屋だった。屋敷の外観から考えると、あり得ないほどの広さだ。書物や魔道具などが壁際に天井近くまで積み上げられているし、部屋の半分は荷物で埋まっているのではないかと思われるほどだが、それでも百人程度が収容できる講堂程の面積が自由に使えるようになっている。ベン・ドラコは、さっさと部屋の鍵を閉めた。そして、リリアナたちに広いテーブルの前に立つように促す。


「ここ、魔術で拡張してるから、屋敷の広さの割には異様に広いんだよね。この部屋に入れるのは魔力を持ってて、かつ僕が許可した相手だけだよ。ちなみに、魔力がなくても僕が許可してなくても、この部屋の扉自体が見えない仕様になってる」


便利でしょ、とベンはにこやかに告げた。どうやら渾身の作品(へや)らしい。


「ええ、驚きました」


リリアナは素直に頷く。ベンは満足したように頷くと、さっそく魔術でテーブルの上に大きな地図を広げた。スリベグランディア王国の地図だ。そして、その隣には王都と周辺を拡大した地図を広げる。地図の上には十数ヵ所に親指程度の矢と、更に一回り大きな矢が四本ほど突き立ててある。恐らく矢は魔術だろうと見当をつけたが、一体何を意味しているのかは推測できず、リリアナはベンの説明を待った。


「この小さな矢で示したのは、ここ一年で本来現れないはずの魔物が出現した場所。大きな矢は、魔物襲撃(スタンピード)が発生した場所を示している」


あっさりとした説明に、リリアナはわずかに目を瞠った。確かに、およそ半年前にリリアナが魔物襲撃(スタンピード)に遭遇した街にも大きな矢が突き刺さっている。

発生場所を見たが、共通点は見当たらない。街道か街道沿いの街と言うことまでは確かだが、それで確定するのは“往来の激しい場所”もしくは“不特定多数が集まる場所”、そして“深い森が近くにある場所”のいずれかだろう、という程度だ。

ペトラは無表情のままベンの話の続きを待つ。ベンは更に魔術で、地図の上に数冊の書物を出現させる。それは呪術と魔術に関するものだった。だが、酷く古い上にスリベグランディア王国で使われていない言語も含まれている。


「それで、今回の授業はコレ。授業といっても、ほとんど研究みたいなものだけどね」

「――研究、でございますか」


リリアナは首を傾げる。ここ一年ほどで増えている魔物襲撃(スタンピード)と呪術の講義がどう重なるのか、見当がつかなかった。頷いたのはペトラだった。


「そう。あんたの発想力って面白いからさ。あたしたちが思い付かないことに気が付くかもしれないし、それに魔物襲撃(スタンピード)の現場にも居たから」


最後の言葉は実に意味深だった。直接目撃していないものの、恐らくペトラはリリアナが魔物を光の最高位魔術で消失させたことに気が付いているのだろう。つまり、リリアナは最も間近で魔物を目撃し生き残った一人ということになる。ジルドとオルガも該当するが、二人は魔術や呪術を専門的に学んでいるわけではない。リリアナもまだ素人に毛が生えたようなものだが、二人よりは知識があるはずだ。

納得したと頷くリリアナを見て、ベンが口を開いた。


「ここ一年、魔物の出現数は異様だ。本来ならば現れないはずの場所にも出て来ているし、魔物襲撃(スタンピード)の数も規模もスリベグランディア王国建国以来、悪化の一途を辿っている」


異質な出来事には何かしらの原因がある。そこで、魔導省は魔物退治と合わせて原因究明に乗り出したそうだ。だが、芳しい成果は出なかった。


「その上、何も見つからなかった故にこれは自然発生的なものである、って結論出して報告して、終わり」


ベンは珍しくはっきりと侮蔑の表情を浮かべる。リリアナは目を瞬かせた。


「つまり、対症療法で凌ぐと――そういう結論に至ったのでございましょうか?」

「その通り」


馬鹿だよねー、と笑いながら告げるが、目が全く笑んでいない。


「対症療法で済むなら、あの街だって王国史上最大規模の魔物襲撃(スタンピード)を受けてあんな壊滅状態に至るわけがないだろって話だよね。対処療法にしたって、光の最高位魔術以外で何かしら手を打てないか検討するべきなのに、その提言は現状無視されてる状態なんだ、本当頭が悪いったらないよ。若い連中は研究しようと仕事終わりに自主的に集まってるみたいだけど」


まだ若い奴らの方が見所があるね、とベンは珍しくも吐き捨てるように文句を垂れる。

ベンが言うのはリリアナが魔物襲撃(スタンピード)に遭遇した街の話だ。確かに、この一年の間でも最も激しい被害を受けた街だとその後、耳にした。

光の最高位魔術以外で対処できるよう調査を進めるべきだという意見にも、リリアナは賛成だった。聖魔導士の数は限られているから、彼らに頼らずとも魔物に対抗できる術を早急に確立すべきだ。できれば、魔力がない者にも使える呪術の方が良いだろう。

ペトラも同様の結論に至ったようだった。二人の反応を見たベンは頷く。


「この一年間の被害状況を見ても、徐々に魔物襲撃(スタンピード)は大規模になってるし、被害状況も悪化している。だけど、魔導省はこれ以上の調査をしないと決定したんだよ。だから、これは僕の趣味で研究しようと思ってたところに、君の呪術に関する知識が一定レベルに達したってわけ。研究って一人でも十分楽しいけど、優秀な人間とやると思いも寄らない成果が出て来るからね」


ベン・ドラコはここ一年の魔物の増加や魔物襲撃(スタンピード)の規模の拡大に懸念を抱いている。だが、魔導省が調査を中断したために個人で調査を開始することにしたのだろう。魔導省が“自然発生的なもの”と報告したことには組織的、もしくは権力的な何かしらが関わっているような気がとてもするが、今ここで重要なことは原因の究明だ。若手の魔導士たちが自主的に調査と研究を開始したといっても、組織に属している以上はどうしても制約が生まれる。


「承知いたしましたわ。できるだけ早急に、何かしらの原因を探求することが重要ですわね」


そうでない限り、これからの被害が更に拡大する可能性が高い。その時に苦しむのは、魔物襲撃(スタンピード)が起きた場所に住む力のない庶民たちだ。

ベン・ドラコは頷いた。


「そう。一応、可能性としては既にいくつか見当をつけている。一つは、魔王復活の予兆。魔王が王都に封印されてるって話、知ってる?」

「えっと――おとぎ話だと、思っておりましたが――?」


リリアナは一瞬頬を引き攣らせたが、すぐに微笑を浮かべる。

(突然、重大な秘密を打ち明けて来ましたわね……)


魔王が王都に封印されているという話は、あくまでも噂というレベルで一般には知られていた。それこそ魔の三百年を終わらせた三人の英雄のように、伝承に近い内容だと認識されている。ただし、史実として扱われている三傑とは違い、魔王の封印に関してはおとぎ話だと理解している人が大半だ。

ただし、リリアナはそれが事実だと知っている。前世の記憶にあるゲームで、魔王が封印されているという事実は一つの重要な要素(ファクター)だった。


(でも、タイミングが早すぎますわ)


内心でリリアナは首を傾げる。この時期に魔王の封印が解けるのは、いくら何でも早すぎた。未だヒロインが表舞台に出て来ていないのだ。少なくともあと六年は経たないと、()()()()()()


「うん、そう思うよね。でも事実なんだよ。あ、国家機密だから誰にも言わないでね」

「え、ええ、勿論――申し上げませんけれども」


それをわたくしに言ってどうしますの、とリリアナは戸惑う。横目でペトラを窺うと、ペトラは苦笑交じりにベンを見ていたが、特にそれ以上の反応はない。どうやらペトラは既に知っていたらしい。


「魔王復活の予兆って、つまりは封印が弱まっているっていうことなんだよね。封印が弱まれば、魔の源となる“気”――これが濃くなると瘴気って呼ばれるわけだけど、その“気”が世界に充満し始める。その“気”が一定の濃度を越えると魔物が生まれるんだよ」


ただし、とベンは告げた。


「実際に魔王が封印されているところに行ってみたんだけど、どうやら封印が原因ではなかったみたいなんだよね。経年劣化で所々、術に綻びは見られたけど魔物が異常発生するような状態じゃなかった。だから、恐らく他の要因だと思う。例えば――人為的な」

「人為的に魔物を生み出すことができるのですか?」


リリアナは尋ねる。人為的に魔物を生み出すことができるとは初耳だった。先ほどの話を聞けば、魔物は瘴気の元となる“気”が存在しなければ発生しない。だが、その“気”は普通に暮らしていれば発生するはずのないものだ。

それを口にすれば、ベンは満足そうに頷いた。


「さすが僕とミューリュライネンが見込んだだけのことはあるね。その通りだよ。普通なら、そんな“気”なんて作り出せるはずがないんだ。全く不可能と言うわけじゃないけど、()()()()()()なんだよね」

「事実上、不可能とは――?」

「瘴気が元々何から生まれるか、知ってる?」


問われたリリアナは少し考える。考えたこともなかったが、これまでのベンの話を聞けばおおよそは想像できる。だから、一つの推測を口にした。


「魔物、でしょうか」

「半分正解で、半分ハズレ」


ベンは首を振って淡々と言葉を作る。


「憎悪、悲哀、絶望――人間の負の感情が行き過ぎた時に、瘴気の元となる“気”が生まれると言われている」

「負の感情――」


リリアナはベンの言葉を反芻した。東方では、怨恨や憤怒によって邪気を患い、人が鬼となるとする話が数多ある。ベンが話している魔物の誕生も似たようなものなのだろうと心中で納得していると、ベンは小さく頷き首を傾げた。


「ただ、現実的じゃないと言っているのは、負の感情がかなり強くないと瘴気の元となる“気”は生まれないからなんだ。“呪い殺したい”という気持ち程度だったら足りないんだよ。魔力が多ければ可能性は高まるけど、普通の人間程度の魔力じゃ全く足りない。その上、瘴気が足りなければ魔物ではなくスライムになってしまう」


スライムも魔物ではあるけど脅威ではないからね、と言うベンに続けてペトラが言った。


「だから、瘴気を発生させるために何らかの呪術か魔術が媒体となってるんじゃないか、って考えたワケ」


リリアナは「そういうことですのね」と頷く。

つまり、これからリリアナはベン・ドラコとペトラと共に、何が原因で魔物を発生させる瘴気が出て来たのかを明らかにすることになるのだろう。そして、まだ具体的な原因に心当たりはないものの、二人とも呪術と魔術の介在を疑っている――ということだ。


(魔導省での調査が終了したということは、政治的な背景もありそうですしね)


恐らくそれが、二人が大々的に調査を行わない理由に違いない。ある程度信頼のおける人間を少数選んだ結果、今ここにいる三人が集うことになったのだろう。


「呪術と魔術と仰いますが、見当はついていらっしゃるのですか?」

「いや、全然」


ペトラが首を振る。リリアナがペトラとベンを順に眺めると、ベンが種明かしをした。


「魔物が発生したのは森の中だと考えられてるんだけど、そこに呪術の反応はなかったんだよね。元々なかったのか、それとも発見される前に撤去されたのかは分からない」


リリアナは一番近くにあった書物を手に取る。呪術に関する情報が載ったその書物は、東方から取り寄せられたものらしい。呪術に関しては、スリベグランディア王国よりも東方諸国の方が発達しているとペトラに教えられた。だからこそ、今回の調査でも多くが東方の書物を参考としているのだろう。二人のことだから、スリベグランディア王国で周知の呪術は全て調べ終えた後に違いない。

ざっと分厚い書物に目を通し、リリアナは顎に指先を添える。


「――例えば、呪術と魔術を組み合わせたと考えることはできますでしょうか?」

「たとえば?」


テーブルの上に積まれた本は、ベン・ドラコは全て頭に内容を叩きこんでいるらしい。腕を組んでリリアナに尋ねた。一方、ペトラは書物の中から読んだことがないものを選んで開いている。


「瘴気の元となるもの――例えば、恐怖を覚えた存在を集めて、わずかに生まれた“気”を増幅させる方法ですわ」

「恐怖を生み出すのが呪術で、増幅させるのが魔術ってこと?」

「ええ。もしくは、その逆でも」


それはあり得るね、とペトラも頷いた。どうやらそこまではベンも考えていたらしく、異論はないらしい。右手の指を三本立てて、ベンは纏めた。


「それなら考えるべき事柄は大まかに三つだな。負の感情をどの程度、どうやって集めたのか。増幅させた方法は? そして、それをどうやって魔物に変化させたのか」


リリアナとペトラは顔を見合わせる。

手元には一切具体的な証拠がない。情報元は限られた書物のみ。ここから推論を組み立てるのはできるかもしれないが、真相に辿り着くのは難しいだろう。


「今後、魔物襲撃がありましたら即座に実地調査へ向かうべきですわね。魔導省や騎士団の方々よりも、先に」

「同感」


情報が足りなければ集めれば良いが、他に邪魔が入らないことが条件だ。

そう判断したリリアナに、ペトラも同意を示す。ベン・ドラコはにっこりと、我が意を得たりと言わんばかりの笑みを浮かべた。そしてポケットから小さな石を取り出し、ペトラとリリアナに差し出す。


「そう言うだろうと思ってね。これを僕たち三人で持つことにしよう」

「これは?」


リリアナは首を傾げた。宝石にも見えるが、宝飾品ではない。ベンは「魔導石だよ」と答えた。


「厳密にいえば、普通の宝石に魔術式を組み込んだものだけど。これを使えば、遠方でも連絡が取り合える。この三人の魔力にだけ反応するようにしてるから失くしても良いけど、また作るの面倒だから失くさないでね」

「――分かりましたわ」


ベンの説明にリリアナは頷く。つまり、三人の間だけで使える携帯電話のようなものだろう。魔物襲撃(スタンピード)が発生し調査を行いたい時や必要な時に互いに連絡を取り合い連携することが目的だ。特に魔導省副長官であるベン・ドラコは、政治的な臭いがぷんぷんする魔物襲撃(スタンピード)の原因調査終了の件では本人の思う通りに動けない可能性が高い。だが、ペトラにとっては上司が好きな時に連絡を取って指示できるという状況になる。ちらりとリリアナが横目でペトラを見ると、彼女はうんざりとした表情を晒していた。仕事後も上司から連絡が来ると考えただけで嫌なのだろう。


魔物襲撃(スタンピード)があったかどうかは、魔導省ではどのように把握しているのでしょう?」

「基本的に事後報告だね。国土全体を常時監視出来たら良いんだけど、そのためには膨大な魔力が必要だから現実的じゃない。規則性もないから予測することも難しい」


魔物襲撃(スタンピード)が発生してもたまたまその現場に居なければ即座に対処できないということだ。リリアナは頷いた。

つまるところ、魔物襲撃(スタンピード)を予測する仕組みを構築すれば、話は早いのだ。だが、残念なことにその技術がない。


「本当なら、発生時期と発生場所、それから規模が分かれば良いんだけど。場所と規模は瘴気の発生場所と濃さである程度は把握できるわけだけど、時期を予測するのはまず無理なんだよね。魔物が発生すると分かる頃には瘴気が濃くなりすぎているから、予測というには直前にすぎる」


ベンの説明にリリアナは頷いた。確かに、現状では打つ手はなさそうだ。だが、一つ気になることがあった。

――瘴気に中てられた生物は死に、そして食物は食べられない、という事実。それはつまり、瘴気とは空気中に毒素が蔓延した状態のことを指すのではないだろうか。


(もしそうでしたら、空気中の成分を測定できれば宜しいと思うのですが――窒素や酸素といった元素の存在は認識されておりませんし、元素を基礎とした観測は難しいのかしら)


瘴気のない場所の空気の構成成分と、瘴気の構成成分を比較すれば、通常の空気に含まれていない毒素を検出できるかもしれない。その毒素を感知すれば、瘴気の発生を予知できる可能性はある。その毒素の増加速度に規則性が認められたら、予知も可能となるだろう。だが、それには一度リリアナが空気中の毒素の割合を魔術で検出し、術式を構築する必要がある。その術式を今度はベンやペトラに解析して貰い、一般に使えるよう修正を加えて貰わねばならない。

思い付いた提案をリリアナは直ぐには口にしなかった。説明を求められても解説に困るというのが一番の理由だ。魔物に出会わなければリリアナが術式を組み立てるのも困難だが、急いては事を仕損じる。

リリアナが黙っていると、話は進んで行く。目下の懸念は魔物発生の原因解明と予測、その二つだった。



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