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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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81. 戦地での巡り逢い 2



ライリーとリリアナは連れ立って天幕に入った。オースティンたちは天幕の外に控える。王太子を出迎えたケニス辺境伯は、ライリーに伴われているリリアナを見て目を瞠った。

本陣に控えていても王太子の参戦を示す旗は見えていたから、ライリーや王立騎士団が援軍に駆け付けてくれたことは気が付いていたに違いない。しかし、三大公爵家の一角を為すクラーク公爵家の令嬢が、戦場での経験がないにも関わらず一軍に加わっているとは思いも寄らなかったようだ。


しかし、ケニス辺境伯は驚愕を一旦押し隠し、ライリーに対して丁寧に臣下の礼を取った。


「殿下、此度は御自ら辺境の果てまでお越しくださいました事、誠に感謝の念に堪えませぬ」


ケニス辺境伯の言葉に、ライリーは穏やかな笑みを浮かべる。


「国境の護りは貴殿に一任しているが、国を護るのは我々王族の役目でもあるからね」


当然のことだと、ライリーは言う。その言葉に、ケニス辺境伯は更に首を垂れた。

そしてライリーは時間を無駄にするようなことはしなかった。


「一旦敵は退けたけれど、まだ向こうには余力がある状態だ。まだ第一皇女も出て来ていない。早く決着を付けたいからね。次の作戦を練るとしようじゃないか」


ライリーの言葉に、ケニス辺境伯は顔を上げる。既に彼の態度は平素のそれへと戻り、雰囲気も百戦錬磨の武将そのものになっていた。


「懸念点は二つ。一つはこれまでになく威力の高い兵器を、持ち込んでいること。二つは、敵軍には魔術が効かぬ者たちがいることです。その相手はトシュテンたちに任せておりますが、そちらもいつまで保つことか」


苦々しい口調で、ケニス辺境伯が言う。その言葉だけでライリーは敵軍に“北の移民”が居るのだと悟った。

リリアナは無言で二人の会話を聞く。口を挟むつもりはなかったが、一つ言っておかねばならない事に気が付いた。


「殿下。恐らく件の部隊は、もうすぐ本隊に合流致しますわ」

「――なに?」


ライリーは眉根を寄せてリリアナを見下ろす。さすがに信じ難いことだった。だが、リリアナは当然冗談を言っているわけではない。真剣な表情を前に、ライリーは再びケニス辺境伯を見る。


「辺境伯。あまり猶予はないようだね」

「――いかさま。本陣(ここ)に奇襲を掛けられては堪りませんな」


ケニス辺境伯の言葉に頷いたライリーは、振り向いて天幕の外に待つオースティンを呼んだ。


「オースティン」

「お呼びですか、殿下」


二人きりであれば気安い口調を崩さないオースティンだが、ケニス辺境伯の手前、臣下の立場を守ったらしい。しかしケニス辺境伯はそんなオースティンに気が付いたのか、含み笑いを漏らしている。

それを視界の端に捉えながらも、ライリーはオースティンに告げた。


「いつ奇襲が掛かってもおかしくないと騎士たちに周知してくれ。彼らはどこから現れるか分からない」

「御意」


オースティンは一礼し、踵を返すと天幕から離れた。騎士たちに指示を出すのだろう。

再びケニス辺境伯に向き直ったライリーは、言葉を続けた。


「常時、警戒態勢を取り続けてしまえば騎士たちも疲弊する。ここは早いところ決着をつけてしまいたいが――何か良い案はあるか?」

「第一皇女を前線に誘き出す、ということでしょうか」

「そうだ」


ふむとケニス辺境伯は考え込む。

このまま戦い続けて居れば、いずれ耐え切れなくなった第一皇女は自ら前線に出て来るに違いない。しかし、それまで粘り続けることが出来るかどうかが問題だった。


「第一皇女の性格を考えれば、未だ本陣に引っ込んでいるという方が妙なのです。恐らく何者かが裏で糸を引いているのではないか、と思うのですが」


ケニス辺境伯の言葉に、ライリーは納得して頷く。


「つまり、その黒幕の意図を無視してでも前線に出たいと思わせれば、第一皇女は出陣してくるということだね」

「そう考えても良いのではないかと思いますな」


ライリーが簡単に纏めれば、ケニス辺境伯は頷いた。

即ち、第一皇女に色々と知恵を吹き込んでいる人物が誰なのかは分からないが、第一皇女が理性を手放すほど腹を立てれば、側近たちの制止も振り切って戦いに出て来るだろう、ということだ。第一皇女の性格に付け込んだ策だが、上手く行けば効果的だろう。暴走する司令官を止めることほど、部下にとって大変なことはない。途端に指揮系統が崩れ、付け入る隙が産まれるはずだ。


「前線に出て来たところを叩きのめして、そのまま捕らえずに皇国へ戻って貰うのが良いのではないかと思うんだ。捕虜にすれば相応の扱いが求められて面倒だ。皇女は苛烈な性格だというからね。それに、首級を上げたとしても、皇国に付け入る隙を与えないようにするのがまた手間がかかる」


ケニス辺境伯も難しい顔で頷いている。

そもそも、ユナティアン皇国の皇帝カルヴィンが第一皇女の死を悼むとは到底思えない。王国の落ち度を見つけてそこを突けないか、考えるだろう。

もしくは、死んだのは第一皇女ではないと言って首を受け取ることを拒否する可能性もあった。そうなると、王国で葬儀を上げねばならず、これまた手間と金がかかる。文句を付けられて外交問題にならないだけ幾分かマシだが、できれば避けたいことだった。


最善策は、第一皇女が自ら皇国に逃げ帰り、皇帝の怒りを買うことだ。王国はただ自国の領土を守っただけであり、そして第一皇女に対して色々と気を使う必要もない。


ケニス辺境伯もライリーも考え込んでいる。リリアナはそんな二人を眺めていたが、やおら口を開いた。


「本陣が戦場になってしまえば宜しいのではないでしょうか」


柔らかな声とは裏腹の過激な内容だ。思わず、ケニス辺境伯はまじまじとリリアナを凝視した。本当にこの少女が言っているのだろうか、とでも言いたげだ。しかし、ケニス辺境伯は比較的、リリアナのことを良く知っていた。お陰で冷静さは保てている。


一方、ライリーは辺境伯のような驚きはなかった。真面目な表情で、リリアナの言葉を受け止める。そして、リリアナが何を意図しているのか直ぐに理解すると、戦場には不釣り合いなほど柔らかな笑みを浮かべた。


「もしかして、本陣に奇襲をかけるということかな」

「ええ」


その通りだとリリアナは頷く。ライリーは楽し気に口角を上げる。そして僅かにリリアナに近づき、その顔を覗き込むようにして尋ねた。


「サーシャの案では、奇襲をかけるのはトシュテンやジルドたちの部隊? それとも――サーシャ自身かな?」

「殿下?」


リリアナ自身が奇襲をかけるのか、という問いを聞き咎めたケニス辺境伯が声を上げる。しかし、リリアナはケニス辺境伯のことは一瞥もしなかった。


「わたくしですわ。ジルドたちは、敵軍のお相手でお忙しいでしょう」

「まさかとは思うけど、一人で行くつもり?」


ライリーは相変わらず楽し気な口調で質問を重ねる。しかし、その双眸は全く笑っていない。

一般的な貴族であれば王太子の不興を買ったと震えるところだが、リリアナは例外だった。にっこりと笑みを浮かべてみせる。


「少数精鋭で、直ぐに戻って参りますわ」

「オルガだけを連れて行くんだね?」


確認するように尋ねられて、リリアナは頷いた。さすがに、二人だけで行くと気が付かれているとは思わなかったが、誤魔化してもいつかはバレることだ。少数精鋭、と言うにはさすがに心許ない人数だが、リリアナは十分だと思っていた。

二人の会話を聞いていたケニス辺境伯は流石に渋面を作る。しかし、ライリーはしっかりと握り締めたリリアナの手を見下ろしながら、何事かを考えていた。


どうやらリリアナが逃げないようにしているつもりらしいと思いながら、リリアナはそんなライリーを見つめている。しばらくライリーは悩み続けるのかとリリアナは思っていたが、それほど時間も掛からずに、ライリーは何かしらの結論を出したようだった。

顔を上げると、どこか楽し気な雰囲気を醸し出しながらリリアナに向けて口を開く。


「せっかく奇襲をかけるなら、最大の効果が出るようにしたいと思わないかい?」

「最大の効果、ですか?」


一体ライリーが何を思いついたのか分からず、リリアナは小首を傾げる。ケニス辺境伯もまた、ライリーが企んでいることは分かれど具体的な内容に思い至らず、困惑している様子だった。

ライリーはそんな中でも楽しむように、口角を上げたまま優しくリリアナを見つめている。


「そう。本来居るはずではない人間が、居るべきでない場所に現れて、想定していない強さを見せつければ――たとえ上官が戦闘を指示しても、騎士や兵士たちは動かないと思うんだよね」


多少迂遠な言い回しだったが、ケニス辺境伯もリリアナも、そのような言葉には慣れている。二人共難なくライリーの意図を汲み取った。

目を瞠ったケニス辺境伯は、次の瞬間吹き出した。さすがに王族相手に不敬だと思ったのか、一応の謝罪は口にしたものの、笑いは抑えきれない様子だ。

リリアナもライリーの意図を理解したものの、無茶なことを言うなと怒りはしない。そもそも、常識外れのことを言い出した張本人だ。


「――つまり」


一頻り笑ったケニス辺境伯が、呼吸を整えて話を纏める。しかし、皺の寄った目には未だ笑いが残っていた。


「殿下もリリアナ嬢と共に敵の本陣に行かれると、そういうことですかな?」

「ついでに、向こうでひと暴れして来ようかと思うんだ。さすがに敵も、背後から攻撃されるとは思っていないと思うんだけれど」


ライリーは何気なく言いながら、腰に提げたままの破魔の剣を撫でる。その威力は、ケニス辺境伯も遠目ながら確認していた。一般的な魔導騎士よりも遥かに破壊力のある攻撃を仕掛けることが出来ると、十二分に理解している。


「騎士としては、褒められたことではありませんな」


ケニス辺境伯の言葉に、ライリーは肩を竦めた。


「私は王太子だからね」


つまり騎士ではない、ということだ。そしてライリーはリリアナを横目で一瞥すると、握った手に僅かな力を込めて、辺境伯へと告げた。


「そして、サーシャは魔導士だ」

「なるほどなるほど」


何が気に入ったのか、ケニス辺境伯はしきりに頷いている。

そして、辺境伯はしたり顔で言ってのけた。


「殿下の将来の側近殿は、四角四面に物事を考えがちのようですからな。今後の戦略に関しては私に御一任願えますか。上手く采配してご覧にいれましょうぞ」


ライリーとリリアナの計画を、クライドやオースティンが聞けば反対するに違いない。本来であればケニス辺境伯もライリーたちを諫めなければならない立場ではあったが、彼はそうはしなかった。寧ろ、二人の計画を後押しするつもりしかない。自分たちに不利な形で膠着状態となり始めた戦況に梃入れをするためには、多少――否、かなり常識外れなことであったとしても、やってみる価値がある。

そう考えてのことだった。


恐らくクライドやオースティンが事実を知れば、怒るだろう。王立騎士団長ヘガティも、表立って苦言は呈さなくとも、刺すような視線をケニス辺境伯に向けるに違いない。

しかし、ケニス辺境伯はそれでも構わなかった。

辺境伯が知っていて、他の者たちが知らないこと――それは何よりも、リリアナが稀有な魔導士であること、その一点だった。



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