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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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79. 鹵獲 4


しばらく闇の力を結界内に流し続けたレピドライトは、やがて亀裂から手を離した。


『そろそろか』


その言葉と同時に、結界全体に亀裂が走り、見事に破壊された。細かい破片になった結界が、綺麗に輝きながら落ちて消えていく。そして現れたのは、なんの変哲もない部屋だった。

結界は壁の内側と外側に張られていたらしく、レピドライトたちは外壁に向き合っている形になる。


『徹底していたらしいな』


他人事のようにつぶやいたレピドライトは、そこに壁がないかのように歩き、室内へと入った。もし室内にいるオルガとベン・ドラコが起きていれば、壁から突如現れた人影に警戒を露わにしただろう。

しかし実際のところ、ベン・ドラコもオルガもレピドライトの術によって眠らされ、床に倒れ伏していた。

レピドライトはそんな二人を見ると、足を止める。すぐさま寝台に寝かされたリリアナの元に向かうのかと思っていたアスタロスとベルゼビュートは、内心で小首をかしげたままレピドライトの行動を見守った。


レピドライトは何を考えたか、おもむろにベン・ドラコの体を乗り越えるとオルガに近づく。そして床に倒れたオルガの体を抱え起こし、近くにあったソファーへと優しくおろした。


『へ――陛下?』


まさか魔王レピドライトがそのようなことをするとは思わず、ベルゼビュートが間抜けな声を漏らす。アスタロスも、言葉を失ったままレピドライトの行動を凝視していた。

しかしレピドライトはベルゼビュートたちの反応を全く気に留めることなく、軽くオルガの頬を撫でる。そして今度こそ寝台の方に向かうと、眠るリリアナの体を見下ろした。


一体自分たちは何を見たのだろうと、ベルゼビュートとアスタロスは忙しなく視線を交わす。しかし、二人ともなんの答えも持っていなかった。

アスタロスも、レピドライトがリリアナを殺そうとした場合は命に代えても阻止しようと考えていたにも関わらず、レピドライトの行動が予想外過ぎて冷静さを失いかけている。


『なるほど。一部は()()()()()()()()()か』


そんな独り言を漏らしたレピドライトは、無造作に手を出し、リリアナの体に手をかざした。なんの詠唱もなく、レピドライトはリリアナの体内に眠っている闇の力を解きほぐしていく。


『なんだこの奇怪な術は……』


眉間に皺を寄せて、レピドライトはぼやきながらも淡々と闇の力を回収していった。

邪魔をしてはならぬと黙っているベルゼビュートは、アスタロスに視線を向ける。その目は雄弁に『奇怪な術とはなんだ』と問うていた。当然、アスタロスにわかるわけもない。アスタロスは小刻みに首を横に振った。

ベルゼビュートは小さく舌打ちする。言葉にはされていないが、『わからないとは使えない奴め』という文句である。それを受けたアスタロスはわざとらしく溜息を吐いた。すなわち『お前に言われたくはない、この無能』という意思表示であった。


この場に二人だけならば、怒りのあまり膨大な魔力が漏れ出るところだったが、今は彼らの主レピドライトが闇の力を回収しているところである。下手に動けば、他ならぬレピドライトから叱責が飛ぶ。もしかしたら暫くは外に出られないほどの攻撃を受けるかもしれない、と思えば、おとなしくしている他なかった。


側近二人が物騒なやり取りをしていると気が付いているのかいないのか、レピドライトは淡々と仕事を進めた。


彼が言う“奇怪な術”とは、ベラスタが仕掛けた“時間停止の術”のことである。本来であれば人間が禁術と呼ぶ類だが、人間程度でもかろうじて使える水準の術に変更されていた。この術を考え出した者はずいぶんと優れた術者らしいと、レピドライトは判断する。しかし、だからと言ってレピドライトに匹敵する術者ではない。所詮は人間だ。つまり、レピドライトの前では簡単に解術できる程度のものだった。


とはいえ、術を構成する魔力はレピドライトにとっては天敵だ。下手に触れてしまえば、レピドライト自身が有している魔力も凍結されてしまう。そうなってしまえばレピドライトはせっかく取り戻した力を封じられることになる。

そこでレピドライトは、リリアナの体内に眠る風の魔力を使うことにした。一部の闇の力が風の魔力と癒着しているため、レピドライトも扱うことができる。


『まぁ確かにこの術を編み出した者は褒めてしかるべきかもしれん。風の魔力には効力を発揮していないとみえる』


レピドライトは薄っすらと笑みを浮かべて一人呟いた。

術者は、闇の力にのみ限定して奇怪な術を発動させたようだった。恐らくは“()()()()()()()()()()()()”だとか、そういった文言を術式に組み込んだに違いない。

風の魔力にも効力を発揮していたら面倒なことになっていたと思いながら、レピドライトは風の魔力に絡んだ闇の力を動かすことで、風の魔力を使おうとした。その時、違和感を覚えて彼は眉根を寄せる。


『――力が、変質している……』


風の魔力に絡んだ闇の力は殆ど融合し、レピドライトが本来持っていた力とは性質を異にしていた。レピドライトの持つ闇の力よりも柔らかく、器にとって負担のないものへと変化している。

奇怪な術に組み込まれた術式では、闇の力を変質させることなど出来はしない。普通であれば一体何が起こったのかと悩むところだったが、レピドライトにとっては自明だった。


『破魔の剣か』


他に考えられることはない。闇の力に干渉できるのは、破魔の剣くらいのものだった。

恐らく今の使い手が、(リリアナ)を護りたいと強く願ったことで、破魔の剣が()()()()()()必要最小限の処置を施したのだろう。尤も、そのためには使い手が相応の対価を差し出す必要がある。この場合は莫大な魔力だ。人間であれば、自身の体を破魔の剣で貫く程度のことをしなければ、効力は発揮されない。


『まあ良い』


思わず眉間の皺を深くしたレピドライトだったが、気を取り直して自分の仕事を続けることにした。風の魔力に解術の術式を使わせて、内側から凍結された闇の力を開放する。

本来の器がすぐ傍にあれば、闇の力は本来の器の方に戻っていく。その性質を利用すれば、解術されたことで自由になった闇の力は、続々とレピドライトの体内に戻っていった。


最初はレピドライトの行動に戸惑い、互いに目で喧嘩のような会話を繰り広げていたベルゼビュートやアスタロスも、息を飲んでその様子を見守る。特にベルゼビュートは、あともう少しで魔王レピドライトの完全復活を迎えることになるのだという喜色に満ちていた。


やがて、レピドライトはリリアナの体にかざしていた手を下す。すると、闇の力の流出が止まった。どうやら、レピドライトはリリアナの体内から闇の力を奪うことをやめたらしい。しかし、まだリリアナの体内に闇の力は残っている。一体どうしたのかと、ベルゼビュートは眉根を寄せた。アスタロスもまた、安堵しながらも胡乱な視線を隠せない。


『陛下。一体如何なされたのです? あともう少しで、ほぼ完全に力を取り戻せるではありませんか』


本来レピドライトが持っていた力は、スリベグランディア王国に散らばってはいない。王国に散らばって行ったのはレピドライトが持っていた力に触発されて生み出された、非常に濃い瘴気である。勿論それらの瘴気を吸収すればレピドライト自身の魔力に出来るものの、本来の力を取り戻すのであれば、後はリリアナの体内に存在している闇の力を根こそぎ奪えば済む話だった。

しかし、レピドライトがリリアナの体から根こそぎ闇の力を奪えば、リリアナの体は崩れ去る。


『残りの魔力を私が奪えば、この娘はどうなると思う』


レピドライトが唐突に尋ねる。

闇の力を残せば、器の生殺与奪権を握ったも同然である。しかし、その力は変質してしまい、最早レピドライトの手を逃れた。即ち、破魔の剣と同程度の力を持つ、レピドライトに対抗し得る存在が一つ増えた、ということでもあった。

とはいえ、闇の力が既に変質していると、レピドライトは言うつもりがなかった。そもそも、変質していなくとも闇の力全てを奪う気は()()()ない。

予想だにしない質問を耳にして、ベルゼビュートは首を傾げた。


『それは――当然、その娘の魔力も陛下のものとなりますから――耐え切れず器として消え去るでしょう』

『そうだ』


ベルゼビュートの回答に、何を考えているのかレピドライトは頷いた。


魔王復活の際に器が崩れ消え去るのは、闇の力が体内から奪われるからではなく、元々存在していた魔力と融合した闇の力を奪う時に器本来の魔力も奪われるからだ。そして、今リリアナの体内に残っている闇の力は全て、リリアナ本来の魔力に融合している。

つまり、これ以上レピドライトがリリアナから魔力を奪い返そうとすれば、必然的にリリアナの体は崩落し消失することになる。


アスタロスは、レピドライトが最後まで力を取り戻そうとしてリリアナの体が壊れるのであれば、その時に手を出そうと決めていた。だが、アスタロスが手を出すまでもなく、レピドライトは闇の力を取り戻す行為を中断している。

ベルゼビュートとしては、全く信じ難い行為だ。そのまま感情を表情に乗せ、ベルゼビュートはきつい口調で魔王レピドライトに迫った。


『何故すぐにでも奪ってしまわないのですか。陛下が完全に復活する、またとない機会だと申しますのに』


その時、ようやくレピドライトは視線をベルゼビュートとアスタロスに向けた。その深紅に光る瞳は冷酷に光っている。その迫力に、ベルゼビュートとアスタロスは息を飲んだ。


『ベルゼビュート、お前は私の為すことに反対しないと言ったな。それは嘘か』

『まさか! 決して、決して嘘などではございません!』


ひんやりとした問いを、ベルゼビュートは慌てて否定する。だが、ベルゼビュートは自分の何がレピドライトの機嫌を損ねたのか分からない。冷や汗を掻きながら、ベルゼビュートはそっと主の様子を窺った。レピドライトは眼前に寝ているリリアナから、興味を失ったように視線を外した。そして再びベン・ドラコの体を跨ぎ、ソファーに寝かしたオルガに近づく。


『それでは、この女は何に見える』


やはりレピドライトの問いの意味が分からない。ベルゼビュートが言葉に詰まる一方、その隣で、アスタロスが眉根を寄せてレピドライトとソファーに寝ているオルガを観察していた。そして、ハッとしたように目を見開く。


『まさか――』


レピドライトがちらりと視線をアスタロスに向ける。しかし、再び直ぐにオルガを見下ろした。

その様子に、アスタロスは確信を抱く。しかし、主を怒らせたと思っているベルゼビュートは焦るあまり、冷静にその様子を観察できないでいた。


『陛下』


アスタロスが居住まいを正してレピドライトに問う。まさか、という思いはあるものの、アスタロスは半ば確信を抱いていた。


『もしやその傭兵――彼女が、フィオンディ様ですか』


アスタロスはアジュライトとしてリリアナの傍にいる間、幾度となくオルガを目にする機会があった。だが、見た目も雰囲気も、何から何まで記憶にあるフィオンディとは違う。オルガの性格を詳しく知るような機会はなかったが、オルガとレピドライトの最愛(フィオンディ)を結び付けて考えるようなことはしなかった。


何より、仮にオルガの性格をつぶさに見る機会があったとしても、オルガがフィオンディではないかと疑う日は決して来なかっただろう。

フィオンディが生まれ変わったのだとしても、レピドライト以外はそのことに気が付くこともない。当然、ベルゼビュートやアスタロスも例外ではなかった。


レピドライトはオルガを寝かせているソファーに腰掛けると、慈しむようにその額を撫でた。


『そうだ。まさかここに生まれ変わっているとは思わなかった。彼女に記憶はないし、使っている魔術も当時とは全く違うものだ――だが、魂は変わらぬ』


フィオンディとレピドライトは、嘗て婚姻を結んでいる。それは当時の習慣に則ったもので、人間の結婚とは全く趣を異にした。そしてその中で、レピドライトとフィオンディは魂を結んだ。死してしまえば記憶は残らないが、相手の存在を認識することは出来る。フィオンディにその能力は弱いが、少なくともレピドライトはフィオンディを直ぐに認識できた。


『そこに寝ている娘は』


レピドライトは、そう口にする。その視線は一切オルガから逸らされることはなかったが、彼がリリアナの事を言っているのは間違いなかった。


我が最愛(フィオンディ)が大切に想う娘だ。助けたいと奔走し辺境まで向かうほどにな。その上、寝食を忘れるほどに焦燥を抱くほどだった』


それだけではない、とレピドライトは言う。その笑みは普段彼が浮かべるものとは全く異なり、相手を愛し慈しむものだった。


『その娘は、フィオンディの命を助けたのだという。その娘が居なければフィオンディは今ここに居ることはなく、私に会うこともなかった』


一体何のことを言っているのかと、ベルゼビュートは眉根を寄せる。年端も行かない娘が、自分よりも年上の傭兵を助けることなどあるはずがないと、彼はそう思っていた。しかし、そんな本心を口にして主の怒りを買うほど愚かではない。

ベルゼビュートは疑問を口にする代わりに、問い質したそうな視線をアスタロスに向けた。アスタロスはベルゼビュートの視線を横顔に感じながら、曖昧に頷く。


アスタロスには、レピドライトが一体何の話をしているのか、薄々察していた。

昔、リリアナは魔物襲撃(スタンピード)に遭遇したことがあると言う。そして、その時にオルガと知り合い、オルガがリリアナの護衛として雇われたという経緯を耳にしたことがあった。恐らくその魔物襲撃の時に、オルガはリリアナに命を拾われたのだろう。


『陛下は、随分と前からフィオンディ様の存在に気付いていらしたのですか』


ベルゼビュートは掠れた声でレピドライトに尋ねる。しかし、レピドライトは『いや』と小さく首を振った。


『フィオンディに関する記憶は残っていなかったからな。気に掛かる存在ではあったが、それだけだ』


オルガがフィオンディだと気が付いたのは、つい先ほど中庭で封じられていた記憶と感情を取り戻した時だと、レピドライトは言う。その時に全ての知識に辻褄が合ったのだと囁くレピドライトは、酷く幸福そうに、オルガの寝顔を見つめていた。




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