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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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79. 鹵獲 2


騎士たちの大半が戦に出向いたものの、王宮の警備は決して弱まることはない。少数精鋭という言葉に相応しい騎士たちが要所を守っている。そのため、見知らぬ者が闊歩していれば直ぐに不審者として発見され誰何された後、捕らえられる。

しかし、全く人目を気にしない二つの影が王宮の中庭を歩いていた。


『綺麗だった中庭が見事に朽ち果てたようだな』


尊大な口調の男を、隣に立つ細身の人物は嬉しそうに目を細めて眺めている。


『陛下の代わりに用意された器が、暴走致しましたようですね』

『なるほど。ベルゼビュート、お前は以前、()は複数あると言っていたな』

()()()()()()()()。やはり只人には、陛下の御力は過ぎたものだったという事なのでしょう』


さらりと、ベルゼビュートは答える。

ベルゼビュートと共に居る男は手を前方に掲げた。すると、中庭に漂っていた闇の力や、それに混在するように存在していた煌めく欠片が男の手を通じて体内に入っていく。膨大な量があるため直ぐには全て体内に収まり切らないだろうが、それでも時間を掛ければ問題なく、失った全てを取り戻すことが出来るだろう。

その様子を隣で眺めるベルゼビュートは感極まった様子だ。


『陛下が復活なさる折に、お傍に控えて居られることは、私のこの上のない喜びにございます』


ベルゼビュートの熱い言葉に、陛下と呼ばれ続けている男は口角を皮肉に上げた。そして視線は前方に据えたまま、ベルゼビュートに尋ねる。


『壊れた器は何という名だった』

『たかが人間の名など、陛下の御心に留めることもありますまい』


何を言っておられるのかと、ベルゼビュートは胡乱に眉を寄せた。しかし、相手の男は怯まない。寧ろ苛とした様子で、再度尋ねた。


『私が尋ねているのだ』


その短い言葉に含まれていたのは、明確な脅しだった。自分の言葉に逆らうのかという、絶対上位の存在の意志だ。ベルゼビュートは顔色を蒼褪めさせた。


『――フランクリン・スリベグラードという男にございます』

『なるほど。確か王族だったな』


納得した様子で男は頷く。そして、周囲に漂っている力を吸収し続けながら、小首を傾げた。


『器はもう一つか。その者は?』


ベルゼビュートは一瞬言葉に詰まる。何故かは分からないが、答えに窮した。しかし、ベルゼビュートの代わりに違う声がその場に響いた。


『リリアナ・アレクサンドラ・クラーク』


ぶっきら棒にも聞こえる言い方だったが、尋ねた男が気分を害する様子はない。陛下と呼ばれ、その名に相応しい尊大さを見せていた男は、楽し気に口元を綻ばせて肩越しに声の主を振り返った。


『アスタロスか。久しいな。息災のようで何よりだ』

『レピドライト陛下もご健勝のご様子、謹んでお悦び申し上げます』


アスタロスは()()()()()()()()を慇懃に下げて礼を取る。両腕と手の甲、首筋に蛇と竜の鱗が浮かんでいた。普段は獅子の姿を取っているアスタロスが人の形を取ることは珍しい。力がほぼ完全に戻ったからだが、ベルゼビュートはそんなアスタロスを苦々しく睨みつけた。


『アスタロス、貴様、この期に及んでよくも陛下の御前に姿を現わせたな!』


普通の人間や魔族、魔獣であればそれだけで恐怖に慄くほどの迫力と魔力だった。しかし、アスタロスは平然としたものだ。そもそも、戦闘に特化しているのはアスタロスであって、ベルゼビュートではない。ベルゼビュートはどちらかと言えば情報戦や知能戦に向いている。

だが、実力差というわけでもなく、アスタロスは一切申し訳なさや恥ずかしさといった感情がなかった。


『今の陛下はまだ万全の状態ではない。ならばお前より俺が適任だろう』

『なんだと――っ』


ベルゼビュートは怒り狂うが、その二人の様子を無言で聞いていたレピドライトは、喉の奥で低く笑い始めた。そんな主君の様子に、ぴたりとベルゼビュートは口を噤む。そして恐る恐るといった様子で首を巡らし、レピドライトに向けた謝罪を口にした。


『へ――陛下、御前で騒がしくしてしまい誠に――』

『構わん。久方振りのことでな、其方らがそういう関係性であったことをうっかり失念していた』

『思い出されたのですか――!』


レピドライトの言葉に、ベルゼビュートは目を輝かせて喜ぶ。これまでにもレピドライトは少しずつ記憶を取り戻していたが、なかなかベルゼビュートやアスタロスたち側近のことを思い出せなかった。存在、つまり知識としては認識していても、どのような時を過ごして来たのか、そういった記憶がすっかり失せていたのだ。

しかし、今のレピドライトの言葉を聞く限り、そういったことも思い出しているように思える。レピドライトは直ぐには答えなかったが、力を吸収していない方の手で、おもむろに噴水を指し示した。


『あそこに、レピドライトとしての記憶が全て封じられていたようだ。ついでに、不思議と私が嘗て抱いていた感情もこの辺りに漂っている。闇の力だけは、不完全なようだが』

『ああ、それならば』


ベルゼビュートは喜色を滲ませたまま、わずかに上ずった声で身を乗り出した。


『闇の力ならば、もう一つの器に一部吸収されております。それを取り戻せば、完全なる復活として元の姿を取り戻せましょう』


もう一つの器は、すぐ傍にある。王宮内の部屋、そこに寝かされているリリアナ・アレクサンドラ・クラークだ。だが、その器から闇の力を奪えば、器は消滅することになる。

当然、ベルゼビュートにとってはそれがあるべき姿だった。

彼にとっては、レピドライト以上に優先すべきものなどない。人間が一人消えることなど、彼にとっては蟻一匹を踏み潰したようなものだ。一瞬後には忘れるし、そもそも気が付かないことも多い。


だが、アスタロスにとっては違う。アスタロスは酷く冷たい目で、ベルゼビュートを見下ろした。

彼にとってのリリアナは、意識を取り戻してから初めて得た友だった。永久の主と定めたレピドライトと同じように、アスタロスの瞳が美しいと褒めてくれた。藍銅鉱(アジュライト)という名をくれたのも、彼女(リリアナ)だった。


そして、ベルゼビュートはそんなアスタロスの本心を知っている。魔王の側近としてレピドライトの完全なる復活に全力を尽くさねばならないのに、たった一人の人間に愚かにも心を奪われた――それが、ベルゼビュートから見たアスタロスだった。

だから、ベルゼビュートはアスタロスに警告する。


『アスタロス。良いか、貴様は決して、邪魔をするな』


もし邪魔をすればその場で敵とみなし、たとえ相討ちになったとしても消滅させる――そんな決意が滲んだ、強い瞳だった。

まさに一触即発の気配だが、二人の主であるレピドライトは一切動じない。寧ろ楽し気に喉の奥で笑うと、前に突き出していた手を下ろした。

中庭に充満していた瘴気はいつの間にか消え去っている。空に広がっていた雲のような瘴気も消え、そのうち青空が見えるだろう光景に変わっていた。


『ベルゼビュート』

『――は』


主に名を呼ばれ、ベルゼビュートは殺気を収める。苦々し気にアスタロスを睨みつけたが、すぐに視線をレピドライトに向けた。恭しく恭順の礼を取るベルゼビュートに、レピドライトは変わらぬ楽し気な様子で尋ねた。


『其方は私の意に反することをするか?』

『滅相もございません。陛下の喜びが私の喜びにございますれば』

『そうか。お前はどうだ、アスタロス』


試すような目を、レピドライトはアスタロスに向ける。アスタロスは一瞬言い澱んだが、視線をレピドライトの足元に向けて低く答えた。


『――陛下の御心のままに』

『なるほど。だが、お前は』


レピドライトは満足したように頷くが、その双眸は鋭くアスタロスを見据えていた。視線に魔力が籠っていれば、アスタロスはただでは済まなかっただろう。


『どうやら、そのリリアナという者の扱いについてはベルゼビュートと相容れぬようだ』


アスタロスは答えない。表情も変わらなかったが、体の横で握られた拳に力が入る。それを視界の端で捉えたレピドライトは嗤い、そしてベルゼビュートは口を歪めた。決して喜んでいるわけではない。ベルゼビュートの表情は僅かに苦々しいものが含まれていた。


しかし、そんな二人の様子には構わず、レピドライトは踵を返す。


『まあ良い。今ここで吸収できる分は吸収し終えた。各地に散った私の力はそのうち自ずと戻るだろう。残るはその器とやらに入り込んだ力だ』

『御意』


ベルゼビュートは低く答える。アスタロスは言葉にこそしなかったが、レピドライトの背後に立ち、付き従う姿勢を見せた。

レピドライトは、肩越しにアスタロスを振り返る。そして、冷え冷えとした雰囲気を纏ったまま命じた。


『その器のところに、案内しろ』

『――――御意』


アスタロスは頷くと、レピドライトの前に出る。そして、アスタロスは歩き出した。

向かう先は王族たちが住まう区画だ。その一室に、リリアナは眠っている。意識を取り戻さないが、どうにかして無事目覚めさせようと、ベン・ドラコが奮闘しているという情報を、既にアスタロスとベルゼビュートは得ていた。


魔王レピドライトとアスタロスの背中を見つめて歩きながら、ベルゼビュートは今にも舌打ちしそうだった。辛うじて表層は取り繕っていても、苦々しい気持ちは隠せない。

ベルゼビュートにとって、アスタロスは昔から付き合いのある親しい相手だった。共に苦難を乗り越えたこともある。性格が合うとは到底言えなかったが、それでも長い付き合いの中で、それなりに親しみを覚えるようにはなっていた。


だからこそ、アスタロスが人間の少女に思い入れを持っていると知った時、自分がアスタロスの考えを変えなければならないと思ったのだ。

もしレピドライトの意に反したことをしてしまえば、側近だったとは言え簡単にその命は奪われる。レピドライトが完全に復活していなくとも、主従の契約を結んだ以上、アスタロスもベルゼビュートもレピドライトを害することはできない。


レピドライトは、非常に魔王らしい魔王だった。彼の最愛(フィオンディ)の前でだけは酷く情に脆い一面を見せたが、それ以外の場所では冷酷だった。特に最愛(フィオンディ)が殺されてからは、冷酷さに磨きが掛かった。

たとえ側近であろうが、容赦なくその命を奪うだろう。そしてアスタロスの命が奪われようと、ベルゼビュートに止める術はない。


もしアスタロスの願いが叶うとするならば、と、ベルゼビュートは思考を巡らす。あり得ない仮定ではあるが、リリアナが最愛(フィオンディ)の生まれ変わりであるならば、レピドライトは完全に復活できない危険を冒しても、リリアナを生かそうとするだろう。

しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アスタロスやベルゼビュートが最愛(フィオンディ)の生まれ変わりに会っても気が付くことはないが、レピドライトならば気がつくはずだ。


即ち、リリアナは最愛(フィオンディ)ではない。


最愛(フィオンディ)でない存在に、レピドライトは冷たい。敢えて言うならば、例外は最愛(フィオンディ)が大切に想う相手くらいだ。尤も、レピドライトは当初、最愛(フィオンディ)以外の者であれば彼女の大切な存在であろうと、冷たく接していた。それに激昂した最愛(フィオンディ)と喧嘩になって以来、レピドライトは居心地悪そうに、彼女が大切に想う友人や家族には丁寧に接するようになった。


しかし、今の世界に魔王の最愛(フィオンディ)は居ないはずだ。もし居れば、レピドライトは一も二もなくその相手の元に飛んでいくに違いない。


つまり、間違いなくリリアナは魔王の力を奪われ、命を落とす。その体は塵になって消え去り、一欠けらも残らない。もしアスタロスがそれを止めようとすれば、アスタロスはレピドライトの手によって葬り去られる。


「私であれば、消えはしなかったものを」


ベルゼビュートは、苦く唸った。

レピドライトに知られることなく、アスタロスとベルゼビュートが対立するだけであれば、アスタロスは死ななかった。長くの眠りにつくだけだった。次に目覚めた時、既にリリアナはおらず、アスタロスは以前と変わらぬ様子でレピドライトに仕えることになっただろう。


そう遠くない未来に知己を失う確信に、ベルゼビュートはそっと視線を落とした。



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