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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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78. 王太子の威厳 2


謁見の間に姿を現した王太子ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードを見て、控えていた臣下たちがざわつく。先に壇上に立ったクライドが、厳かな声で告げた。


「静粛に」


魔術を使って謁見の間全体に声が響く。途端に、集った貴族たちは口を噤んだ。

ライリーを見て目を輝かせる者、安堵したように表情を緩める者、そして蒼白になる者――様々だ。ライリーはつい数刻前まで襤褸のような服装だったが、今は立派な身なりをしている。多少、顔色は悪いものの、堂々とした態度はまさに王太子に相応しい振る舞いである。


ライリーが玉座横にある少し控え目な椅子に腰かけたところで、クライドが玉座とは対面にある大きな扉の傍に控えた騎士に目で合図をした。すると、騎士たちは無言で扉を開く。その向こうには、明らかに激しい戦闘を経て慌ただしく帰還したと思しき騎士たちの姿があった。


「王立騎士団長トーマス・ヘガティ殿、入場」


一般騎士は名を読み上げられることはないが、主だった面々の名は告げられる。

死んだと思われていたヘガティ、七番隊隊長ブレンドン・ケアリー、三番隊隊長の名に、貴族たちの騒めきは再び大きくなった。

耐え切れなかったらしい貴族が、互いに「死んだのではなかったのか?」と囁き合っているのも、ライリーの耳には届いている。本来であれば聞こえない程度の音量だが、身体強化の術を使えば容易く拾えてしまう。

しかしそんなことはおくびにも出さず、ライリーは騎士の礼を取ったヘガティたちに一つ頷いて見せた。


「長きに渡る遠征、ご苦労だった」


普段であれば柔らかな物言いをするライリーだが、時と場合によっては王族として威厳のある言動を見せる。今はまさに、その時だった。


「有難きお言葉」


ヘガティもまた、更に深く頭を下げた。ライリーは目を細めて、何も知らぬ様子で尋ねる。実際にはケニス辺境伯領で詳しい話を聞いてはいるものの、事前に会っていることを他の貴族に悟らせるつもりは毛頭なかった。


「北の反乱軍はどうであったか。無事制圧したか?」

「謀反人どもは全て捕らえ、ないしは処断致しました。しかしながら、それまでに情報の錯綜が見られました」

「情報の錯綜?」

「は」


貴族たちは固唾を飲んでライリーとヘガティの会話を見守っている。王太子派の貴族は純粋な興味関心から、中立派の貴族は今後の成り行きと情勢の変化が気になるといったところだろう。そして大公派は、今後の身の振り方をどうすべきか、考える一助にしたいに違いない。


「此度、北の謀反に関しては八番隊ブルーノ・スコーンが収集した情報を元に調査を進めました。しかしながら、その情報自体に嘘が含まれており、危うく我が隊は壊滅の憂き目に遭うところにございました」


ヘガティの告発に、貴族たちが動揺を見せる。特に動揺が激しいのは、グリード伯爵やスコーン侯爵と親しくしていた貴族たちだった。その様子を視界の端に収めながら、ライリーはヘガティに続きを促す。ヘガティは首を垂れたまま、報告を続けた。


「幸運にもハインドマン伯爵にご支援いただき、無事殿下の御下命を遂行することが可能となった次第にございます」

「そうか、ハインドマン伯爵が……」


既に聞いた話ではあるものの、ライリーはこの場で初めて聞いたというように伯爵の名を繰り返す。そして口角を上げて、「さればハインドマン伯爵にも褒賞を渡さねばならないな」と言った。

当然、誰も否やはない。謀反の制圧に力を貸したのだから、評価されて当然だった。

しかし、事はそう単純ではない。ライリーはこの場で、大公派の息の根を止めるまではいかずとも、再起不能となるまでに叩きのめしておきたかった。


「先ほど、齎された情報に錯綜があったということだったが、それは収集された情報が不十分ないしは誤っていたということか? 仮に故意であったとすれば重大な背信行為だ」


ライリーの冷ややかな声音に、貴族たちの間に緊張が走る。しかし、騎士たちは動じなかった。団長ヘガティに変わり、二番隊の隊長ダンヒルが一歩分前に出て、再び騎士の礼を取った。


「それに関しては私、二番隊隊長ダンヒル・カルヴァートよりご報告申し上げます」

「述べよ」


端的にライリーが許可すれば、ダンヒルは深く首を垂れた後、一切の躊躇なく話し始める。


「王立騎士団長ヘガティ始め、北の謀反鎮圧に向かった同士の帰還が絶望的であり、恐らくは死亡したものとの報告を上げたのは八番隊隊長ブルーノ・スコーンにございます」


それは事実だった。ブルーノ・スコーンの報告を元に、スコーン侯爵が顧問会議で新たな王立騎士団長を定めなければならないと提議し、そしてブルーノ・スコーンが王立騎士団長の座に着いた。そのことを、顧問会議に出席していた貴族は勿論のこと、出席していなかった貴族たちも把握している。

しかし、その二つの事実が並べられた時、人は妙な関連性をその間に感じられずにはいられなかった。


そんな貴族たちの気配を感じ取りながらも、ダンヒルは淡々と言葉を紡いでいく。


「しかしながら我ら王立騎士団の主は王家にございます。真にその忠義を知る騎士であれば、偽の命令に惑わされず真にお仕えすべきお方をお護りすることこそが騎士の道なりと弁えております」


スリベグランディア王国の貴族たちは、多かれ少なかれ武芸を嗜んでいる。尤も中には野蛮だと言って、剣技の鍛錬を必要最小限の手習い程度にしか行わない者もいる。しかしながら、ダンヒルの台詞は確実に、国王ホレイシオに一度は忠義を誓った身でありながら、大公派へと鞍替えし国王や王太子を追いやろうと企んだ者たちへの痛烈な皮肉となっていた。


故に、とダンヒルは真っ直ぐな目をライリーに向けた。


「我が二番隊はブルーノ・スコーンに対し謀反の咎ありと判断し、その上で“裁きの炎”にて処断を終えました」


ダンヒルが“裁きの炎”と言った瞬間、貴族たちの間にどよめきが走る。

“裁きの炎”を知らない貴族の当主など居ない。それは、裁判を経ずに相手を処刑することができる術だった。本来であれば禁術であるものの、ごく限られた人物に限られた場面で使用が許可されている。その制約に少しでも反してしまえば、術者が炎に巻かれ死亡してしまうが、その分、何のごまかしも効かない術だった。即ち、“裁きの炎”が成功したのであれば、有罪が証明されたと判断できる、ということでもある。

そして“裁きの炎”に関しては偽証も許されていない。その術を使わずに相手を殺害したにも関わらず、“裁きの炎”を使ったという証言は不可能だ。そのようなことをした瞬間、使い手は未来永劫“裁きの炎”を使えなくなってしまう。


だからこそ、八番隊隊長、そして騎士団長ヘガティが亡くなったとしてその後釜に着いたブルーノ・スコーンは、謀反人として確定したのだ。


当然、そのブルーノ・スコーンの後ろにスコーン侯爵が居たことは間違いがない。まさかブルーノの独断だとは誰も考えすらしなかった。


「承知した。報告ご苦労」


ライリーはヘガティたち王立騎士団を労い、改めて宣言する。それは、大公派に対する事実上の牽制と投降の呼びかけに他ならなかった。


「以上の報告を持って、北部で反乱を起こした諸侯並びにその縁戚に対し、当主一族は連座にて死刑、その他縁戚に対しては爵位ならびに領地一切の貨財の没収を命ずる。なお」


そこで一旦、ライリーは言葉を区切った。

北方の領主たちは実際に武器を持って立ち上がったため、情状酌量の余地なく刑を決定できる。しかし、問題は大公派の中心たるスコーン侯爵、グリード伯爵、そしてメラーズ伯爵だった。彼らに関しては、直接指示したという具体的な証拠はない。しかし、ここで追及の手を弱めては後々に禍根を残す。

何より、ライリーたちが王宮を去る切っ掛けとなった顧問会議では、明らかにメラーズ伯爵たち大公派は謀反を企んでいた。


「スコーン侯爵、メラーズ伯爵、ならびにグリード伯爵。この三名に関しては我が父を隣国に通じた反逆者と断じ、王家を愚弄したばかりか、明白に謀反を企み、我が父である国王陛下と私を弑逆せんと企んでいたことは明白である」


これまでのライリーは、顧問会議であっても柔らかで穏やかな雰囲気を崩しては来なかった。王族らしくはあるものの、丁寧な口調と決して立腹することなどあり得そうな人柄で、その分ライリーのことを見縊っていた貴族たちも居る。

しかし、今大公派の貴族たちを断罪するライリーが纏う覇気はまさに王者のそれで、これまでライリーのことを毒にも薬にもならぬと軽んじていた貴族たちは、その迫力に呑まれていた。


一方で、そんなライリーを次期国王に相応しいと支持して来た王太子派の貴族たちは、満足気な笑みを唇に浮かべている。


「メラーズ伯爵に関しては、実際に私へ剣を向けたためその場で斬り捨てた。しかしながら、それで罪を償えたとは到底言えぬ」


当然、主犯格とも言える三人とその一門に対しては重刑が科される。ライリーが告げる量刑は反逆を企てた者に対しては相応なものだ。メラーズ伯爵もスコーン侯爵も、王国ではそれなりに影響力を持つ人物だった。しかし、ライリーの怒りを目の当たりにしたせいか、それとも自分も巻き込まれて処罰されることを恐れているせいか、反論の声は一切上がらなかった。

ただし、一点だけ注意すべき点がある。滔々と刑を裁断したライリーは、「ただし」と付け加えた。


「グリード伯爵家三男ソーン・グリードは、魔導省に勤め父伯爵の執拗な命令を受けながらも、王家への忠誠を誓い、陛下と私のため奔走してくれた。故に、彼に関しては特例を認め、刑の対象外とし、その功績を称えるものとする」


緊張に硬くなっていた貴族たちは、ライリーの言葉に目を瞬かせた。誰もソーン・グリードの献身など知らなかったに違いない。当然、知られていればグリード伯爵も息子に様々な無茶を頼むことはなかったはずだから、知られていない方が良い話ではあった。


ライリーから少し離れたところに控え、騎士や文官たちに素早く的確な指示を出していたクライドは、貴族たちの様子を窺っていた。

ライリーが刑罰を決定し述べるのと同時に、具体的な方法を書き起こして騎士や文官たちに指示を出し、動かしていく。それは、本来であれば宰相が行う仕事ではあった。しかし、宰相職を務めていたメラーズ伯爵は居ない。そのため誰かがしなければならないが、適任者は現時点でクライドしかいなかった。


そのクライドは、ライリーがソーン・グリードの話を出した時、貴族たちの様子が変わったことに気が付き会心の笑みを浮かべた。

それまでのライリーは、これまでの印象を裏切り、厳格で苛烈な――それこそ先代国王を思わせるような口調で、裏切り者に厳罰を下していた。しかし、ソーン・グリードに関しては寧ろ温情とも言えることを口にしたのである。

仮にこれが先代国王であれば、ソーン・グリードは一命を取り留めこそしたものの、決してその功績を褒め称えられることはない。父伯爵が犯した罪と彼自身の功績が相殺され、褒賞を与えると言う話にはならなかったはずだ。


だからこそ、貴族たちはライリーに心を揺さぶられる。徹頭徹尾、冷徹で厳格であるよりも、多少は人情があった方が人は追従しやすい。何よりも、先代国王の時代にあった政変の時から国内の人材はそれほど潤沢にはいない。大公派だった貴族たちが逆心を抱かず働くようにするためにも、人心掌握は非常に重要だった。


「さらに、我が叔父であるフランクリン・スリベグラード大公は、禁術を使用し私を害そうとした。王族と言えど、禁術を用いては極刑に処せられることは法典にも明記されている。そのため、スリベグラード大公の身柄は発見次第確保することとする」


フランクリン・スリベグラード大公が禁術を使ったかどうか、ライリーもクライドも知らない。しかし、ライリーとリリアナが魔術を使い争ったという事実は徹底的に隠ぺいしなければならなかった。それが、ライリーの望みだ。そして同時に、クライドの希望でもあった。

いずれにせよ、メラーズ伯爵たちのように大公を担ぎ上げて権力を握ろうと考える人間が出て来ないよう、フランクリン・スリベグラード大公に関しては何らかの対処をしなければならない。たとえ冤罪であろうが、必要な処置だった。


ライリーは貴族たちの様子をゆっくりと観察する。

王太子派だった者たちは信頼を浮かべてライリーに敬意を表していた。そして中立派だった貴族だけでなく、大公派だった貴族たちも、最早ライリーに対して逆心は抱いていないようだ。しかし、人間は時が過ぎれば都合の悪い記憶を消し去るものである。


そろそろ仕上げを講じるかと、ライリーは目を細めた。そうすると、美麗な顔立ちが酷く怜悧な印象になる。

その上で、ライリーは立ち上がると腰に提げた破魔の剣を抜いた。一体何事かと、貴族たちの視線が集まる。全員の視線を集めた上で、ライリーは厳かに告げた。


「最後に、私はここに宣言する。私は我が国の宝剣、破魔の剣をこの手に得た。この剣を真に扱える者は英雄の血を継ぐ者のみ。故に我はここに、破魔の剣の元、正式なる王太子として我が国一層の繁栄を約束する」


謁見の間に集った貴族たちは、誰もが耳を疑った。年長の者であれば、破魔の剣の()()をチェノウェス侯爵家が持っていたことを知っている。本物の剣に関しては、様々な噂があった。表立っては囁かれなかったものの、金策に走ったチェノウェス侯爵家が隣国に売り渡したらしいという話もあった。


しかし、破魔の剣をチェノウェス侯爵家が持っていないのであれば、国内のどこにもないという事は間違いがない。そのため、隣国に流れたことは間違いがないだろうというのが大方の見方だった。それを信じない者は、そもそも破魔の剣などないのだと考えていた。


その伝説の宝剣が、まさに今目の前にある。

ライリーの言葉を証明するように、ライリーの持つ剣から厳かな光が放たれる。その光はライリーの体を取り巻き、神々しい力強さを貴族たちに見せつけた。


それはまさしく、建国の英雄の再来と人々に印象付ける瞬間だった。



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