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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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77. 閉ざされた部屋 4


リリアナの部屋からベン・ドラコとベラスタ、クライドが戻って来た時、オースティンの体力は多少、回復していた。振り返ると、ベン・ドラコたちに「どうだった?」と尋ねる。しかし、部屋に入って来た三人の顔色を見る限り、良い結果でないことは明らかだった。


ベラスタとベン・ドラコ、そしてクライドは疲れた様子でソファーに腰掛ける。オースティンとエミリアは顔を見合わせ、ゆっくりとした動作でソファーに移動した。近衛騎士として鍛錬を欠かさず、普段から機敏に動くオースティンにしては珍しい状態だ。しかしそれもライリーに掛かった術を解いたためと分かっているから、誰も何も言わない。


「何が分かった?」


難しい表情のクライドを一瞥し、オースティンはベン・ドラコとベラスタに顔を向けた。ベラスタは普段と同じ飄々とした表情ながらも疲れた様子だし、ベン・ドラコは感情が読めない。

オースティンの質問を受けて、最初に答えたのはベラスタだった。


「とりあえず結論から言うと、殿下と同じ方法は使えそうにないってことは分かった。ただ、じゃあどうすれば良いんだって訊かれても、さっぱり」


あっさりと言ってのけたベラスタは肩を竦めてみせる。

それでクライドの表情が暗いのかと納得し、オースティンは更に問うた。


「つまり、自然と術が解けるのを待つしかないということか?」

「普通に考えたらそう、なんだけどさ」


難しい表情でベラスタは言い澱む。普段から滑らかに喋り続けるベラスタにしては珍しい態度だ。目を瞬かせるオースティンに向かって、ベラスタの代わりに口を開いたのはベン・ドラコだった。


「この後のことは殿下が目覚めてから相談した方が良いだろう。破魔の剣を使ったのは殿下自身だ。このことも考慮に入れてのことだったかもしれない」

「このこと?」


首を傾げたのは、オースティンだけではなかった。エミリアも不思議そうな表情で目を瞬かせている。更に説明しようかと口を開きかけたベン・ドラコだが、ふと何かに気が付いたように言葉を止めた。そのままソファーの上で身をよじり、自分の背後へと視線をやる。ベン・ドラコが見やったのは、ライリーの居る寝台だった。自然と、全員の視線がライリーへと引き寄せられる。

五人が見つめる先で、それまで微動だにしなかったライリーが僅かに身じろいだ。はっとした表情で、オースティンが立ち上がる。足に力が入らないのか一瞬よろけたが、エミリアに肩を支えられた。


「悪い」


短く告げたオースティンは体勢を立て直し、エミリアと共に寝台へと近づいて行く。クライドやベラスタ、そしてベン・ドラコもソファーから立ち上がり、ライリーの元へと急いだ。

寝台の上では僅かに顔を顰めたライリーが、ゆっくりと瞼を持ち上げるところだった。目を瞬かせて暫く視線を彷徨わせていたが、やがてライリーを覗き込む面々に焦点が合う。そして、ライリーは掠れた声を出した。


「――サーシャは?」


思わず、といった具合にオースティンたちは苦笑した。目覚めた第一声が婚約者の名前だとは、少し前までならば誰も予想しなかっただろう。しかし、ヴェルクを目指す事になった頃から、ライリーが彼の婚約者に抱く特別な感情はオースティンたちにとって明白なものとなっていた。

だから、ある意味では予想通りである。


クライドは、寝台に手を着いてライリーが起き上がろうとするのに手を貸しながら答えた。


「一応は無事です。ただ、その事に関してはベン・ドラコからお話があります。それから、殿下が意識を失われた後のこともご報告申し上げねばなりません。ただその前に、その(まりょく)を削って貴方を目覚めさせたオースティンに労いの御言葉を」


さすがに予想外だったのか、上半身を起こしたライリーは目を瞬かせて、クライドとは反対側に立っているオースティンを見上げた。


「オースティン?」


一体何をしたのか、という言外の問いに、オースティンは気まずげに口を噤む。オースティンの性格からして、自分が為したことを声高に主張することは妙に気恥しかった。その上、今回は解術を使ったお陰で、魔力も体力も気力も限界を迎え、今もなおフラフラである。本来であればライリーが起き上がる手伝いをする気だったのに、自分のことで精一杯でクライドに任せるしかない始末だ。それが余計に、羞恥心に拍車をかけた。


しかし、オースティンが喋らずとも口が軽い人間は隣にいる。ライリーが目覚めたことに嬉し気な表情を浮かべていたベラスタが、見事にオースティンの()()を語ってくれた。


「殿下が倒れたの、オレが開発した“時間停止の術”で魔力循環が止まったせいだったんだけど、術に使った魔力が変質してて、オレだと解術できなかったんだよ。だから、破魔の剣を使えるっていうオースティンに解術の仕方教えて、試して貰ったんだ」


その説明だけで、ライリーは全てを悟ったらしい。更には、その方法がどれほどオースティンに負担を掛けるものだったのかも理解したようだ。印象的な目を丸くしたライリーは、まじまじとオースティンを見ると深く頭を下げた。


「オースティン、有難う。助かった」


短い言葉だが、ライリーの謝意はオースティンに深く伝わって来た。それが一層気恥ずかしくて、オースティンは鼻の下を擦った。


「いや、とはいっても俺もそんな大したことは出来なかったっていうか――結局はだいぶフラフラになっちまったし」

「それでも意識があるだけで十分なことだろう」


正確に状態を把握してしまったらしいライリーに、オースティンは返す言葉がない。口を噤んでしまったオースティンに再度「有難う」と言ったライリーは、クライドに頼んで上着を羽織る。そして寝台から立ち上がり、ソファーに向かった。クライドは嫌な顔をするが、ライリーに譲る気配はない。


魔力循環が停止していたところから回復したライリーの体力も、オースティンに負けず劣らず底をついている。回復する期間に関しては、解術に疲弊したオースティンよりも、魔力循環が一時とはいえ停止していたライリーの方が時間がかかる。それでも、ライリーは一見したところ平然としていた。

ソファーに全員が腰かけたところで、改めてライリーは皆の顔を見まわす。


「今回は皆に苦労を掛けた。改めて礼を言う――ありがとう」


途中までは王太子然としていたライリーだが、最後に告げられた礼はライリーとしてのものだった。

王太子として、ライリーの行動は確かに褒められたものではなかった。ライリーが倒れた場合、スリベグランディア王国は混乱する。王妃は既になく、国王はライリー以外に子も持たず、そして愛人も居ない。フランクリン・スリベグラード大公も居ない今、王位継承争いが勃発すれば、皇国に付け入る隙を与えることになる。


だが、ライリーは公人である前に私人としての己を捨てることは出来なかった。祖父が言う理想の国王とは全く異なっていても、国を護るために自分の愛しい相手を見殺しにすることなど、到底できはしなかった。


「それでは改めて、あの後の状況と――それから、サーシャについて教えて欲しい」


ライリーの言葉に、誰も否とは言わない。一つ頷くと、まずはクライドが口を開いた。


「魔力の暴走が収まった後、殿下とリリアナが倒れていたため、すぐさま救出活動を行いました。衛兵と騎士が騒ぎを聞きつけ中庭に集っておりましたので、大公閣下が禁術を用い殿下を弑さんとしたため、リリアナが身を呈して護ったものの、二人共意識不明となった、と説明しております」


クライドが堂々と説明する。その場に居合わせたオースティンとエミリア、そしてベラスタは平然としていたが、初めてその事実を知ったライリーは驚きに目を瞠った。同じく初耳のベン・ドラコは目を見開いたものの、楽し気な笑みを浮かべてクライドの顔を眺めている。


「――叔父上が?」

「そうです。あの場に閣下の姿はありませんでしたが、閣下がお持ちだった剣が落ちておりました。故に、騎士たちには閣下の捜索を言いつけております」

「そうか。いや、何というか――クライドも、そういう搦め手を使うようになったんだな」


感慨深いとでも言いたげにライリーが呟く。クライドは心外だと言うように片眉を上げたが、反論はしなかった。

確かに以前のクライドであれば、そのような手段を思いついても、実際に使うことはなかっただろう。しかし、ライリーが変わったように、クライドもまた変わらざるを得なかったのだ。良くも悪くも、ヴェルクや大公派と対峙した経験は、クライドの価値観や思考を変えた。


「その後、殿下とリリアナを王宮に運びました。王太子派の主要貴族に連絡を取り、また同時にヘガティ団長にも合図を送っております。じきに合流できるでしょう。恐らくは、陛下も遅かれ早かれ御帰還なされると思います。問題は顧問会議を取り仕切る宰相が不在となる点ですが、殿下がお目覚めになられましたので、早急に代理を立てる必要もございませんでしょう。殿下の意識が戻られたということは、ヘガティ団長が戻られてから公にすべく手筈は済ませております」

「分かった」


ライリーの“後を頼む”というただ一言で、クライドは見事に事後処理の初動を完了させている。そのことが嬉しくて、ライリーは満足気な笑みを浮かべた。

他にすべきことはないだろうと、ようやくライリーは目覚めてからずっと気になっていたことを尋ねる。それは他ならぬ、リリアナのことだった。


「それで、サーシャは?」


良い知らせがないことは、ライリーも薄々察してはいるようだった。普段と変わらないように見える表情ではあるものの、双眸には不安がちらついている。ベラスタとベン・ドラコが一瞬視線を交わし、どうやらベン・ドラコが話すことに決めたらしい。改めてベン・ドラコはライリーに向き直り、口を開いた。


「状態は殿下と大きくは変わりません。体内の魔力循環が“時間停止の術”によって止まっている状態です。ただ、問題は二つ。一つは、解術に殿下と同じ方法は使えないという点です」


ライリーの体内にある魔術を解術するために必要な要素は二つだった。一つは解術の方法を知っていること、そしてもう一つはライリーの体内にある魔力と同質の魔力を有する者が解術の術者であることだ。

一つ目の条件はベラスタが居れば問題なく解決できることだったし、二つ目の条件も、多少無茶をすることにはなったものの、破魔の剣とそれを扱えるオースティンが居たから辛うじて満たすことが出来た。


しかし、リリアナに関しては二つ目の条件を満たすことが出来ないと、ベン・ドラコは説明する。


「リリアナ嬢の体内にある魔力は二種類。一つは風の魔力ですが、もう一つは闇の力です。風の魔力に関しては適合者は多数いますが、闇の力に関しては居ない。闇の魔力と性質は非常に似ていますが、闇の力は闇の魔力を更に強力にしたものですから」


黙ってベン・ドラコの説明を聞いていたライリーが眉間に皺を寄せたまま、念を押すように言った。


「つまり、破魔の剣のように、魔力を闇の力に相応するよう変質させる媒介物が必要ということかな?」

「その通りです。勿論、そのような魔道具を簡単に作れるわけがない」


いかに天才と呼ばれるベン・ドラコやベラスタが力を合わせたとしても、破魔の剣は伝説級の代物なのだ。同じような魔道具を創り出そうとすれば、かなりの年月が必要となるだろう。一生をかけても成し遂げられないかもしれない。

気難しい表情で唇を引き結んだライリーは、わずかに掠れた声でベン・ドラコに尋ねた。


「もう一つの問題は?」


ベン・ドラコは、二つの問題があると言った。一つは、解術の方法が現時点ではない、ということ。しかし、もう一つの問題を聞いていない。

そして、二つ目の問題は一つ目のものよりも更に大きいものだと、ライリーはベン・ドラコの顔色から悟った。ベン・ドラコは僅かに表情を硬くして、静かに答える。


「リリアナ嬢はこのままいけば、闇の力に体を乗っ取られ魂を失ってしまう。今は辛うじて残滓が残っているような状態――だと思います。他の例を知らないので、あくまで推測ですが」


幸いなことに、現状は“乗っ取り”が進んでいない。魔術循環が止められているため、リリアナの体と魂は維持されている。しかし、仮に解術が成功したとすれば、どうなるか――その答えは容易に導き出せた。

ライリーは苦々しい声で唸るように、ベン・ドラコが言い澱んだ結論を口にした。


「つまり、解術が成功した場合は再び――サーシャの体を闇の力が支配し始め、今度こそ魔王が復活すると?」

「その可能性が大きい。ただ、魔王の封印に関しては破魔の剣、そして残り二つの封印具が関係していて、我々は具体的な方法にまで感知出来ていません」


ですから、とベン・ドラコは静かに告げた。


「解術の方法は私とベラスタが模索します。ですので、その方法が見つかるまでに、闇の力を――そして魔王をどのように封印ないしは処理するか、その方法を見つけ出して頂きたい」


そうすれば、解術する前に何らかの対処が必要となるのか、同時に何かを為さねばならないのか、それとも解術した直後に行動を起こすべきなのか、自ずと明らかになるはずだ。


ライリーだけでなく、オースティンやクライド、ベラスタ、そしてエミリアも息を飲む。

最悪の事態を逃れられただけで、まだ事態は好転していないのだ――そう自覚した時、扉を叩く音がする。一瞬緊張がその場を走るが、クライドが片手を挙げて皆を制すると、自ら立ち上がり扉に向かった。室内が見えないよう僅かに扉を開けて、侍従と会話する。二、三言交わした後で、扉を閉めたクライドが皆の元に戻って来た。

そして、彼は侍従の言葉を告げる。


「ヘガティ団長たちが到着したようです。どうやら、カルヴァート辺境伯領の騎士も一緒だとか」


思わずライリーたちは目を瞠る。予想外の速さだ。自分たちが連絡する前に、既に団長たちは王都に入っていたとしか思えない。


「その話は、他の貴族たちには伝わっているかな?」

「まだでしょうが、時間の問題かと」

「分かった。それならば謁見の間にしよう。余計な手を回すような隙を与えたくはない」


いずれにせよ今は再会して情報を共有すべきだが、下手に時間を掛ければ大公派を盛り返そうと企む輩が出て来ないとも限らない。そうと決まれば、後は行動するだけである。


「ベン・ドラコ殿、サーシャを頼む」

「分かりました」


ライリーの言葉に、ベン・ドラコは直ぐに頷いた。魔術に造詣が深く研究熱心な性質だし、元々リリアナとも親交がある。早く解術の方法を見つけたいに違いない。

どこかそわそわとしているベン・ドラコに微苦笑を浮かべた後、ライリーはエミリアに顔を向けた。


「エミリア嬢、男手一つでは何かと不便だろうから――良ければ貴方も残って貰えないだろうか」

「勿論です」


ライリーの言葉に、エミリアは驚いたように目を瞠る。しかし、すぐに破顔一笑した。頼られたことが嬉しいらしい。そんなエミリアに一つ頷き、ライリーは立ち上がる。


まだ体は辛いはずだが、全くそんな様子は見えない。クライドだけを連れて衣装部屋に入り、王太子として相応しくなるよう身支度を整える。破魔の剣を腰に差したところで、ライリーの準備は整った。部屋を出れば、オースティンもまた、近衛騎士として気力を振り絞り、身なりを整えた上でライリーの斜め後ろに控える。


王宮に返り咲いた王太子たちは威風堂々と、謁見の間へと向かった。




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