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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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75. 闇に堕ちた少女 1


ライリーとオースティンは、別行動していたクライドとベラスタ、そしてエミリアと直ぐに合流した。どうやらクライドたちも大公派の騎士や、どうにかしてクライドたちを止めようと躍起になっていた大公派の文官を制圧しながらも、ライリーの向かった宰相室に向かっていたらしい。

クライドとエミリアは、ライリーとオースティンに怪我がないと見て取って安心したように表情を緩めた。しかし、クライドは直ぐに表情を引き締める。ライリーがメラーズ伯爵の所に行ったことは、別行動する時に話してあった。


「ご無事でしたか、殿下。伯爵は?」

王太子(わたし)に斬り掛かろうとしたからね。いずれにせよ死刑には変わりない。その場で斬り捨てたよ」


あっさりとしたライリーの言葉に、エミリアは息を飲む。予想していたらしいクライドは平然と頷いた。


「それが最善の策でしたでしょう。逃走されて再度大公派の武力を集結させられてしまえば面倒です」


王立騎士団長ヘガティを筆頭とした王太子派の騎士たちは、王都近郊でライリーたちの合図を待っているはずである。彼らと大公派が王都内で武力衝突するのを避けるためにも、避けては通れない道だった。


「それで、これからのご予定は?」

「制圧はどの程度終わったのかな?」

「王宮の中心部はほぼ完了しています。執務棟にいる文官と、王立騎士団の兵舎にいる騎士は手付かずです。そもそも、どの程度が大公派の手先として動いているか分かりません」


クライドの答えに、ライリーは一つ頷いた。文官や騎士の中には大公派に連なる者も居るだろうが、一度ライリーが人事に手を入れたことを考えれば、それほど人数としては多くないだろう。大公派の中心人物であるスコーン侯爵、グリード伯爵、そしてメラーズ伯爵が居なくなった今、もはや大公派は王太子派の相手ではない。大公派に与した方が有利だと思っていた貴族たちも、すぐに王太子(ライリー)にすり寄ろうとして来るだろう。


「私はこれからサーシャを探しに行くよ。グリード伯爵の手で捕えられたと聞いてはいる。ただ、自ら脱獄した可能性も否定できないからね。それに、普通は貴人用の牢に入れられるところだけれど、グリード伯爵の考えは分からないから」


ライリーが言えば、クライドだけでなくオースティンも顔色をなくした。クライドは震える唇で「まさか」とライリーを凝視する。


「リリアナが、物見の塔の地下牢に放り込まれたとでも?」

「可能性としては否定できないよ。大公派は、ベン・ドラコ殿のことも物見の塔の地下牢に放り込んだくらいだ」


決してライリーは冗談を言ったのではなかった。大公派の中心人物は非常に権力志向だ。メラーズ伯爵も十分に権力に魅せられていたが、スコーン侯爵やグリード伯爵はその中でも群を抜いて差別意識が強い。

たとえ自分たちより格上の公爵家に生まれた人物であろうと、その人物が嫡男でない限り、彼らにとっては尊敬に値しない存在だ。そのことを、ライリーは顧問会議での二人の様子を観察しながら、薄々感じ取っていた。


「それでは物見の塔に?」

「一応、そこも探してはみる。でも――直感だけれど」


ライリーは一瞬言い澱む。しかし、すぐにはっきりと自分の推測を口にした。


「私たちが王宮を出た時と比べても、随分と瘴気が濃くなっているようだ。その瘴気が一番濃くなっているところに、サーシャは居るんじゃないかと思うんだよ」

「瘴気、ですか」


クライドは難しい表情で黙り込む。既に瘴気は色濃い。更に色濃い所となると、間違いなく近くに向かうライリーたちの体調に影響が出る。リリアナのことは心配だが、王太子を危険に晒すわけにはいかない。とはいえ、魔王を封じるための破魔の剣はライリーしか扱えない。

板挟み状態のクライドに気が付いたのか、ライリーは薄く笑った。


「結界を張って行けば問題ないよ」


あっさりと言った途端、ライリーたちの周囲に結界が張られる。途端に、これまでも僅かにクライドたちを不調に陥らせていた瘴気の影響が消え、体が軽くなる。目を瞠ったクライドたちに歩くよう促したライリーは、視線を前に据えて足早に廊下を進みながら、ベラスタに問うた。


「それから、ベラスタ。最後の封印具の特定はできそうかな?」

「うん。中庭にあるみたいだ」


ベラスタは慌てて魔道具をローブの下から取り出す。稼働させて確認したベラスタの答えを聞いたクライドたちは、思わず顔を見合わせた。


「中庭に鏡なんてありましたか?」


最後の一つ、見つかっていない鏡は追憶の聖鏡だけである。しかし、ライリーには一つ心当たりがあった。


「とある筋からの話だと、実は、追憶の聖鏡は“太陽と月を映し出すもの”だという記述が残されているらしくてね。鏡と言うからてっきり宝物庫にあるものだと思っていたけれど、中庭にあるのだとしたら、太陽と月を映しだすことはできる」

「確かに。しかし、中庭に太陽と月を映しだすものなど――」


言いかけたクライドは、はっと息を飲んだ。エミリアとベラスタ、そしてオースティンも目を瞠る。


「まさか、噴水ですか」


四人の反応を確認したライリーは「あくまでも仮説だけれど」と前置きした上で、クライドの導き出した答えに同意を示した。


「追憶の聖鏡とは即ち、中庭にある噴水のことなんじゃないかと思うんだ。水鏡という言葉もあるくらいだし」


そして何より重要なことは――と、ライリーは心の中で告げる。

今、ライリーの足は中庭に向かっていた。これまでも瘴気を見ることは出来ていたが、破魔の剣に触れていると、瘴気の濃淡がより詳細に見える。更に、中庭に行けと剣に囁かれているような気がしてならなかった。

実際、中庭に近づけば近づくほど、瘴気は色濃くなっている。もしかしたら、もうじき魔王が復活するのかもしれない。そう思っても仕方のないほど、今や破魔の剣から感じられる熱量は大きくなっていた。尤も、本当に剣が熱くなっているわけではない。そう感じられると言うだけの話だが、ライリーには無視できない感覚だった。


そして、中庭に辿り着いた時――眼前に広がる光景に、ライリーは血の気が引く。他の事は何も目に入らない。


真っ黒い瘴気の中、一人佇む少女がいる。全ての瘴気が、彼女の近くにある噴水から流れ出ている闇色の何かが、少女を取り巻いている。

美しい銀色だったはずの長髪は黒く染まり、一瞬垣間見えた瞳は深紅に染まっている。色合いが全く異なった姿になっていても、ライリーには一目でそれが誰か分かった。


「サーシャ!!」


背後から、自分を引き留めるように名を呼ぶ友の声が聞こえる。しかしそれすらも耳に入らず、ライリーは駆けだしていた。



*****



自分の名を呼ぶ声が聞こえた瞬間、リリアナは目を瞬かせた。殆どが暗闇に塗りつぶされていた視界が、白く染まる。どうにか周囲の状況を認識できる程度にまで意識と五感が回復した。だが、体を襲う気だるさは変わらない。

緩慢な動作で振り返ると、あと数歩で触れ合えるほどの距離に、見覚えのある青年が立っていた。


「――?」


一体誰だったかと、リリアナは一瞬自分の記憶を探る。全てのことが、曖昧になっていた。


(ああ、そう()()()――奴は()()()()()()()()()()()()()()――いえ、そうではないわ、何故憎いなど――)


混乱した頭を抱えたまま、リリアナは一定の距離から近づこうとしない青年を凝視する。そしてようやく、近付こうとしないのではなく、それ以上リリアナの傍に来られないのだということに気が付いた。

リリアナの体内にあった闇の力と、周囲を取り巻く瘴気のような何かが、リリアナの周囲を渦巻いている。その勢いはすさまじく、近寄るものは何であれ全て切り裂いてしまいそうだった。


それを自覚したリリアナは、自分の視界が二つにぶれていることに気が付く。一つは見慣れている王宮の景色だが、もう一つは次々と変わるここではないどこかの風景だ。その風景の中にはリリアナが会ったことのないはずの人も居て、しかしリリアナは彼らの名前も、性格も、趣味や癖も、全てを知っていた。

何故そんなことになっているのか、鈍った思考では思い至らない。だが、ベラスタの悲鳴のような声が不思議と耳に入って来た。


「不味いって、噴水から出てるアレなに!? 全部リリアナちゃんに吸い込まれて行ってるんだけど!?」


噴水から出ているアレ、というのが、一体何なのかリリアナには分からない。しかし、瞬間脳裏に浮かんだのは“記憶”という単語だった。


魔王(レピドライト)の記憶が蘇りつつあるのね)


理解した瞬間、それが紛れもない事実なのだと腑に落ちる。そして同時に、最早自分の体が魔王復活の器として完成され、認識されたのだということも理解した。

だからこそ闇の力は止め処なく増幅し、リリアナのものではないはずの記憶も次から次へと蘇っているのだろう。二つに重なった不可思議な視界は、リリアナ本来のものと、魔王レピドライトのもの――そして、通常人間では処理できないほどの膨大な情報がその身に襲い掛かっているから、体と心が悲鳴を上げているのだ。

それゆえの、疲労と倦怠感、そして鈍く動かない思考だ。


「サーシャ、せめて結界を張ってくれ!」


ベラスタよりも普通の声に聞こえるが、この場で一番悲痛な感情の滲む声がリリアナを呼ぶ。しかし、最早リリアナは結界を張ろうともしなかった。


「何故――?」


素直な疑問を口に乗せ、ことりと小首を傾げる。


「何故――って、」


目の前にいる少年が、絶句しているように見えた。しかし、リリアナには何故彼が驚いているのかも理解できない。


(闇の力も、(わたくし)のものではない溢れ出るほどの記憶も、全てが自分(この体)のものですのに)


何故それらを全て遮断しなければならないのか、そう問うても納得できるだけの理由は返って来ないと、リリアナは理解していた。


(そうですわ、だからわたくしは――早く終わらせねばと、そう誓ったのではありませんか)


思考が錯綜する。目の前の存在は敵なのだから倒さねばならないという衝動と、完全に理性が失われる前に決着を付けねばならないという嘗ての決意がせめぎ合う。


(乙女ゲームの悪役令嬢(リリアナ)よりも、早く終わりを迎えそうですけれど)


それが自分の為したことの結果だというのならば、大人しく受け止めなければなるまいと、リリアナは唇を噛みしめる。

リリアナを基礎とした思考を意識していれば、どうやら自我は辛うじて保っていられるらしいと、リリアナは改めて気を引き締めた。だが、その理性もいつまで保てるか分からない。時間は最早、残されていない。


「ねえ、貴方がお持ちの(それ)


穏やかな声で問えば、ライリーがハッとした表情でリリアナを見つめて来る。その表情に胸が引き裂かれそうになりながら、何故か歪みそうになる視界を耐えながら、リリアナは露悪的に微笑んで見せた。


「わたくしが壊しても、宜しいかしら?」


その瞬間、無詠唱で放ったリリアナの魔術がライリーを襲う。ライリーの背後で険しい表情を浮かべたオースティンとエミリア、クライド、そしてベラスタが構えるが、リリアナはライリーの顔しか見ていなかった。ライリーもまた、自分に牙を剥く婚約者の瞳から目を逸らさない。


――――この命を終えるならば貴方の手で葬って欲しいと、それが最後に抱いた悪役令嬢(リリアナ)の希望だった。






70-6






※タグ通り、この物語はハッピーエンドです。

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