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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
473/563

74. 運命と宿命 9

※グロテスクな表現が含まれています。


フランクリン・スリベグラード大公はどうにか誤魔化そうと口を開いたり閉じたりするが、堪え切れずに応える。


「私――、俺、は――フラ、ンクリン・スリベグ、ラード」

「体はそうね。それでは、中身は如何かしら」


リリアナは焦らずに問いを重ねる。大公は悔しそうに顔を歪めながらも、這う這うの体で言葉を絞り出した。


「フランクリン、だ」


思っても見なかった言葉に、リリアナは瞬く。じっと大公を見るが、術はきちんと効いているようだ。つまり、以前リリアナが大公と対面した時に感じた違和感は勘違いだった、ということになるのか――そんなことを、リリアナは考える。

以前、大公に対峙した時、リリアナが抱いたのは、大公が亡父エイブラムに似ているという感想だった。しかし、禁術を使って真実を告げさせても、大公は己の名を口にする。術が不完全というわけではない。

違和感に目を細めながら、リリアナは質問を重ねた。


「この魔道具はどなたの作かしら」

「知、らん」


絞り出した声が震えている。脂汗に塗れた顔は苦渋に満ちていた。どうやら本当に誰が作ったものか、大公は知らないらしい。確かに貴族は自分の衣服や食料が、誰の手によるものなのか気にすることはない。魔道具であっても、使えればそれで良いと考える者が大半だ。尤も、魔道具の製造場所が魔導省かそうでないかによって価格も変わるため、そう言った意味で気にする人はいるだろう。しかし、どこの誰が作ったのかまで気にする人間は、それこそ魔道具に並々ならぬ興味を持った人物――例えばベン・ドラコやペトラ・ミューリュライネン、ベラスタ・ドラコ、そしてリリアナ本人くらいのものだった。


「どこで手に入れられたの?」

「……起きたら、枕元、に」


苦痛のせいか、大公は抗うことを諦め始めたようだ。先ほどよりも多少、言葉が滑らかになっている。そこまで考えて、リリアナは大公の目が虚ろになっていることに気がついた。諦めたというよりも、精神の汚染が予想外に早く、自我を失い始めているようだ。

やはり時間はないようだと、リリアナはさっさと聞き出したいことを全て確認することにした。


「心当たりは?」


緩慢な仕草で、大公は首を振る。

誰が作ったとも分からない魔道具が寝室に置いてあったからと言って、気軽に身に着けようと考えるその精神が分からない。もしその魔道具の効果に保持者を害する術式が含まれていれば、いつ命を落とすとも限らないのだ。

思わず、リリアナは素直な感想を口にしていた。


「誰が作ったかも分からない、用途も不明確な魔道具を良く持ち運んでいらっしゃいますわね」

「これは――害が、ない」

「害がない?」


大公が茫然と答える言葉を聞き咎めて、リリアナは同じ台詞を繰り返す。大公はのろのろと頷いた。


「害が、ない、と分、かる」

「害がないと――? どなたかに確認を依頼なさったの?」


もし知り合いの魔導士に頼んで安全性を確認して貰ったのであれば、身に着ける理由も分かる。しかし、大公は不思議そうな顔になって首を振った。どうやら誰に確認して貰うこともなく、そして全く危機感もなく、朝起きて枕元にあった魔道具を持ち運んでいたらしい。


「枕元に、あった。俺のもの、だ」


言葉少なに答える大公を見て、リリアナは僅かに小首を傾げる。

リリアナには全く理解できないが、大公が何の違和感もなく魔道具を自分のものだと認識したことは間違いがない。確かに大公は元々の性格が傲岸不遜であり、“物を買う”という概念さえないような人物だった。他人に傅かれ貢物を受け取り続けて来た彼にとって、自分の生活範囲に置かれた物は全て自分のものだという認識なのかもしれない。

しかし、本人にその意識がなかったとしても、大公も王族の一員だ。自分の身が危険に晒されている可能性は幼少時から教育されているはずである。


(もしくは、違和感を抱かないように精神干渉の禁術が掛けられていたということかしら)


大公の反応を観察しながら、リリアナは仮説を立てていく。


「誰からの贈り物か、心当たりはあって?」


再び大公は首を振る。ある程度予想はしていたことだが、それならば違う方面から切り崩した方が何かしらの足懸かりが掴めるかもしれない。そう考えたリリアナは、一旦魔道具のことは置いておくことにした。


「最近、メラーズ伯爵、グリード伯爵、スコーン侯爵以外で、貴方に色々と助言をした人物はいるかしら」

「助言……?」


きょとんと大公は首を傾げる。

大公は何も知らないらしいと、リリアナは内心で嘆息した。見事なお飾りである。たいてい、お飾りとなった国王であっても、ある程度物事は承知しているはずだ。少なくとも、自分に接触した人間のことは把握しているはずである。そうでなければ日常生活自体が儘ならない。

そして大公も、その例に漏れない人物だった。本来強欲な人物なのだから、何かしらの目的をもって近づいて来た人間は全て記憶している。そしてその人物から何かしらの利益を得ようと企むはずだが、そもそもそんな人物など覚えていないらしい。

覚えていないのか、そもそも本当に会っていないのかは分からないが、いずれにしても、異常なほど慎重な何者かが暗躍しているに違いなかった。


「最近、大公派の会議でした貴方の提言は貴方ご自身のお考えなの?」

「提言――?」


大公は更に首を傾げる。本気でリリアナの言葉を理解していない様子だった。

まさか正常な会話さえ出来ないほどに精神が壊れ始めているのかとリリアナは焦る。しかし、魔力の流れを確認した結果、まだ辛うじて正気を保っているらしいことが読み取れた。

代わりに、一つの真実にリリアナは行き着く。大公の体内には瘴気が溜まり、本来の魔力の流れを歪めていた。外から見ればすぐには分からないが、慎重に観察していれば薄っすら分かる程度だ。そして、その狭間に闇魔術の痕跡が読み取れる。


相手の体内にある魔力を読み取り術式を感知するなど、本来リリアナには出来ない所業だが、どうやら闇の力はリリアナの能力を飛躍的に伸ばすらしい。

リリアナは眩暈を覚えた。一度に闇の力を使わずとも、神経を張り詰めさせた中で僅かでも闇の力を使い続ければ、体内の魔力構成に影響があるようだった。この状態が続けば、リリアナが想定するよりも早くリリアナの自意識は喪われるだろう。


「それでは――」


リリアナは焦燥を覚えながら、どんな問いであれば核心に迫ることができるのか必死に考えた。


「魔王の封印があると、何故ご存知でしたの?」


それは、どうにかリリアナが絞り出した苦肉の策だった。他に効果的な質問が思いつかなかったが故の問いだが、リリアナの想像以上の効果が大公にはあったらしい。

それまで茫然としていた大公の体が、ピクリと緊張する。がらりと表情が変わり、どこか呆けた愚かな男から、強かに策略を張り巡らせる男の顔になる。それどころか、身にまとう魔力の流れも大きく変わる。瘴気が見る間に闇の力へと変わり、大公の体を巻き込むように動き出した。

その変化に、さすがのリリアナも身構える。


「魔王――そうだ、魔王だ」


口調も先ほどまでとは違う。大公ははっきりとした口調で、これ以上楽しいことはないと言わんばかりに口角を上げる。人間ではあり得ないほど高く上がった口角に、普通の貴婦人であれば恐怖を覚え卒倒しただろう。しかし、リリアナは身構えただけで、その場から動こうとはしなかった。


「あれはどこだ、破魔の剣は。あれがあれば私は英雄になれるのだ、剣だ、剣さえあれば――!」


破魔の剣が欲しいのかと問いかけそうになって、リリアナは口を噤む。先ほどまでの大公であれば、質問がなければ口を開こうとはしなかった。しかし今の大公は、リリアナが何かを尋ねなくとも勝手に話してくれそうである。


「破魔の剣を寄越せ、そして魔王を復活させるのだ。グリードはどこだ、あの愚か者は王都に瘴気をまき散らす予定だった。この王都が魔物に踏み荒らされそこに破魔の剣を持った私が降り立ち魔物を屠り、そして瘴気に呼び寄せられ復活した魔王を滅ぼすのだ。それこそが我が運命(さだめ)、この国の、否この世界の頂点に立ち傅かれることこそ崇高なる我が身に相応しい」


ぎょろりと目を瞠り、大公は視線をリリアナに向ける。そして彼は憎々しく吐き捨てた。


「そうとも、本来はお前だったのだ、お前が魔王になるはずだったのだ。それなのに何故まだ魔王になっていない? 全くもって忌々しい、私の崇高なる運命のためにその身を費やすのがせめてお前に為せる唯一のことだったというのに。そのために生まれて来たというのに、何故未だそのような姿で居る?」


リリアナは顔を強張らせる。大公の口から言い放たれた台詞は、リリアナの疑惑を決定的に裏付けていた。

魔王の復活と、それを倒して英雄となる――それはリリアナの亡父エイブラムの野望だった。勿論、その野望だけであればエイブラム以外にも心の内に抱えている者はいるかもしれない。しかし、魔王復活のために実の娘(リリアナ)を使おうと企んでいたのは、エイブラムただ一人だ。


「――お父様、」


喘ぐようにリリアナが掠れた声を漏らす。しかし大公は憎々しくリリアナを睨み、忌々しそうに吐き捨てた。


「誰が貴様の父だ。そもそも私はお前を娘などと思ったことは一度もない。意志を持たぬ傀儡であれば御しやすかったものを、中途半端に意志など持って生まれてきおって」


リリアナの胸がつきんと痛む。平静を装っていても、扇を持つ手が小刻みに震えていた。

父のことも母のことも、家族と思えたことはなかった。リリアナにとっては家族という存在ではなく、ただ血の繋がりがあるだけの存在だった。それに、父を自らの手に掛けてからというもの、エイブラムの怖気立つ自分本位な企ても知った。


――だから、今更何を言われても平気なはずだった。

自らの手で殺した父が目の前に現れて罵って来ても、笑い飛ばせるはずだった。


顔色を失ったリリアナを前に、大公は更に言い募る。


「それに私は、世界を統べる英雄となる男だ。父と呼ぶなど不敬にも程がある、この無礼者め」


その言葉と共に、大公の周囲に纏わりつく闇の力が一つの意志を持った風のように動き出す。しかし、何時まで経っても攻撃する様子はない。無意識に自分の周囲に結界を張ったリリアナは、訝し気な視線を大公に向けた。どうやら術を使おうとしているものの、上手く行かず四苦八苦しているらしい。


その様子を見て、リリアナはどうにか冷静さを取り戻した。顔色はまだ青白いままだが、小刻みな震えは止まっている。


「――そういうこと」


理屈は分からない。そもそも他人の体に別人の魂を移すことなど禁術中の禁術だし、不可能な術だともされている。だから、仮にその術に成功したとして、どのような結果や影響があるかは未知数だ。

しかし、眼前の大公の様子を見る限り、一つの仮説が成り立つ。


「魔術の能力は、体の持ち主に依存するということですのね」


亡父エイブラムは青炎の宰相と呼ばれ、優れた火の魔術の使い手だった。その能力が今も活きたままなら、今頃王宮の中庭は悲惨な状態になっていただろう。しかし、眼前の男はいかなる魔術も使えないらしい。


リリアナの指摘が聞こえたのか、大公が顔を上げる。苦々しく歪めるその表情は、既に人のものではなかった。真っ黒な文様が頬に現れ、虹彩は白く、白目は黒く濁り始める。闇の力に侵食され適応できず、()()()()()()()()()()()()()()()()()


一つ深呼吸をして自分を落ち着けたリリアナは、静かに大公だったものを見据えた。


「何か言い残したいことは、ありまして?」


大公は口を開く。苛立ったように怒鳴ろうとしたが、既に体が脆くなっているのか、口を開いた瞬間に口からどす黒い血が流れ出た。

真っ赤に染めた口を動かしながら、大公はリリアナを睨みつける。濁り淀んだ双眸から視線を逸らさずに、リリアナは静かに囁いた。


亡父しか知らないことを知っていたから、エイブラムだと思った。しかし、今目の前にいるのはリリアナの父ではない。フランクリン・スリベグラード大公の体と、その体を乗っ取ろうとした()()だ。


――コレヲ消サナケレバ、そんな声がリリアナの脳裏に囁く。


「【祓魔(エクソルツィスムス)の理の元に我は命じる、聖なる力の導きに依り不浄よ永久に滅せ】」


膨大な魔力と光の魔術に対する耐性、そしてその術に対抗し得る精神――その三つが揃っていなければ完全な形で効果を発現できないとされる、最高位の光魔術。魔物襲撃を鎮圧する時に、聖魔導士と呼ばれる特別な存在が複数、集まって使う術だった。

光と闇は表裏一体だ。その理論に則れば、リリアナの体内にある闇の力を使っても発動できるはずだった。

リリアナの予想通り、周囲が圧倒的な魔力に包まれる。光とも闇ともつかない不可思議な空間の中、人間の聴力ではとらえきれない断末魔が()()()()()()()()()()()

霞むリリアナの視界の中で、大公の体が文字通り崩壊していく。体積を失った衣服がその場に小さくなって落ちる。


その景色を眺めるとはなしに眺めながら、リリアナは自身の体内で闇の力がこれまでになく膨れ上がるのを感じていた。最早、抑えきることなど出来ない。

意識が遠のきそうになる。このまま闇に呑まれてしまえば、二度と戻れない。


そんな確信があるのに、リリアナは身動き一つ取れない。


ただ完全に意識が飲み込まれそうになる直前、懐かしい声が聞こえた。その声は「サーシャ」と、彼女の名を叫んでいた。



8-2:祓魔の術 初出

45-3:光と闇の魔術は表裏一体

63-1

66-2

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