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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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74. 運命と宿命 6


偵察に出た騎士の言う通り、ヘガティたちが居る場所に近づいて来ていたのは、カルヴァート辺境伯領から派遣された一小隊と、それに便乗して来た文官二人、そしてリリアナ・アレクサンドラ・クラークの護衛を務めていたオルガだった。

廃屋ではさすがに手狭になるため、一旦近場に身を寄せようということになり選ばれたのが、王都近郊にあるクラーク公爵家の屋敷である。本来彼らを出迎えるはずだった主のリリアナは留守にしているが、オルガの独断と屋敷を取り仕切っているマリアンヌの計らいにより、屋敷の一部が無償提供されたのだ。


場慣れしている王立騎士団長ヘガティや、たいていの事は平然と受け入れる二番隊隊長ダンヒルでさえ戸惑いを隠せなかったが、オルガは「その主の危機ですので」とあっさりしたものだ。マリアンヌは控え目な笑みを浮かべながら、小首を傾げて恐縮するヘガティたちに言ってのけた。


「本館でしたらさすがにご遠慮いただいておりましたが、別館ですので。寧ろ、十数年に渡り使われておりませんでしたから、皆さまには行き届かないところもあるかと思いますわ」


一般騎士たちは案内された別館の客間で一息つき、王立騎士団長ヘガティと二番隊、三番隊、七番隊の隊長はマリアンヌの案内で広めの部屋に向かう。別館の中でも一番間取りが大きいというその部屋は、この屋敷を訪れた一番の貴賓が歓待される場所だった。


「こちらでお待ちください。じきに、オルガが参りますでしょう」

「有難い」


何度目になるか分からない礼を、ヘガティが代表して口にする。マリアンヌはそのまま部屋を一旦辞そうとしたが、呼び止める人がいた。


「マリアンヌ嬢」

「――ケアリー様」


ヘガティはその様子を視界の端に入れていたはずだが、反応はしない。ダンヒルだけが、おやと片眉を上げた。注意はブレンドン・ケアリーとリリアナの侍女マリアンヌに向けられているが、素知らぬ顔でダンヒルと共に部屋の中央に置かれているソファーへ腰かける。

ブレンドンはマリアンヌと共に戸口付近に立ったまま、自分よりも背の低い侍女を見下ろした。


「様付けなど辞めてくれ。身分的には君の方が上だ」

「まあ」


眉根を寄せたブレンドンに、マリアンヌは楽し気な笑みをこぼす。いたずらっぽく笑うと、マリアンヌはブレンドン・ケアリーに反論した。


「今では立派な騎士様ではないですか。それも栄えある王立騎士団七番隊隊長を務めておられる。それに敬意を払っているだけですわ」

「――分かった。正直に言おう。君に様付けされると、何というかその――非常に居心地が悪い」


心の底から嫌だ、とでも言いたげに眉根を寄せるブレンドンを見て、今度こそマリアンヌは笑い声を立てる。客人が居るから控えてはいるものの、その表情は公爵家に勤める厳格な侍女ではなく、気安い間柄の相手に見せる年相応のものに変わっていた。

そんなマリアンヌを見て、ブレンドンは表情を緩める。


「久しぶりだな。息災にしていたか」

「はい、お陰様で。貴方もお元気そうで安心いたしました」


マリアンヌの返答に一つ頷いたブレンドンは、少し離れたソファーに腰掛けている上司と同僚を一瞬窺い、わずかに身をかがめた。そしてマリアンヌの耳元に囁く。


「もし良ければ――今日の夜、会いたい。時間を空けてくれるか?」

「――承知致しました」


ブレンドンの言葉に、マリアンヌも小さく頷く。ホッとしたように口角を上げたブレンドンは一つ頷くと、「引き留めて悪かった」と告げる。マリアンヌは腰を折って礼をとると、そのまま部屋を辞した。

扉をきっちりと閉めたブレンドンは、仲間たちが座っているソファーに近づく。しかし、自分をまじまじと見つめる同僚に、ブレンドンは胡乱な目を向けた。

視線があったダンヒルが、しみじみと言う。


「お前、ああいう娘が好みだったのか? まさか堅物なお前が侍女を口説くとはな」

「違う」


ダンヒルの問いに、ブレンドンは憮然とした。苦り切った表情でソファーに腰を下ろし、ブレンドンは釈明した。


「マリアンヌ――彼女は俺の血縁だ。血縁といってもだいぶ遠いが、実家では随分と世話になったんだよ」

「血縁?」


首を傾げたダンヒルに、短く注釈を入れたのはずっと無言を貫いていたヘガティだった。


「ケアリーの実家はケニス辺境伯領だ」

「あ――ああ! そういうことか」


納得したダンヒルは膝を打つ。

ブレンドン・ケアリーは実家の身分こそ平民だが、元を辿ればケニス辺境伯家に辿り着く。そして辺境伯家の飾らない性質故に、幼い頃は普通の幼馴染として交流があった。

ケアリーがケニス辺境伯の遠縁であることは、隠してこそいないが公にしているわけでもない。王立騎士団の中でもその事実を知る者は隊長格以上で、隊長であってもブレンドンが信用した相手でなければ打ち明けることもない。今この場に居る二番隊と三番隊の隊長は、ブレンドンが信用しヘガティが許可を出した数少ない人物だった。


事情を理解したらしいダンヒルはそれ以上追及することはなかったが、その双眸は“後で詳しく話を聞かせろ”と雄弁に物語っている。ブレンドンが肩を竦めると、ダンヒルは視線を逸らした。

その時、扉が二度、軽く叩かれる。外から声をかけてきたのは、先ほど出て行ったばかりのマリアンヌだった。


「失礼致します。皆さま、お出でになりました」


マリアンヌが声をかけて扉を開くと、思い思いの出で立ちをした四人が入って来る。マリアンヌはその後ろから、人数分の茶菓子を持って入室した。

ヘガティたちは立ち上がり、皆と軽く握手を交わす。


「時間が惜しいですからな、手短にご挨拶をさせて頂きたく」


最初に名乗ったのは、王立騎士団長ヘガティだった。次いで隊長三人が名乗る。カルヴァート辺境伯領から来た面々も順に挨拶をするが、一小隊を束ねている男はダンヒルが良く知る相手だった。


「デリック・カルヴァートと申します。カルヴァート騎士団で隊長を務めております」


カルヴァート、と言う名前にブレンドンと三番隊隊長が目を瞬かせる。同僚たちの反応を目の端に捉えながら、ダンヒルはニヤリと笑った。


「まさかお前が来るとは思ってなかったよ、デリック。随分と背が伸びたんじゃないか?」


茶化すような台詞を口にしたダンヒルに、思わずデリックは唇を尖らせる。


「一体いつの話をしているんだよ、兄さん」


デリックはダンヒルの一つ下の弟で、小さい頃は良く揶揄って泣かせたものだった。上二人が適当な性格をしているせいか、真面目なデリックは苦労性である。長男アンガスはカルヴァート騎士団長だが、昔から放浪癖があるため、時折姿を晦ませる。そのアンガスの穴を埋めるのがデリックであり、また書類仕事にも他の兄弟以上に適性があるため、母辺境伯の手伝いもしていると言う。

そんなデリックはアンガスやダンヒルに可愛がられていると同時に、要領の悪さを心配されてもいた。尤もデリックに言わせれば、アンガスやダンヒルの要領が異常に良いだけだ。


もしこの場に居るのがダンヒルとデリックだけであれば、ダンヒルも更に弟との旧交を温めようとしただろう。だが、幸か不幸かこの場には初対面の相手もいる。そのため、ダンヒルは笑うだけでそれ以上口を開こうとはしなかった。


デリックの挨拶が終われば、次はオルガが口を開く。尤も、オルガのことは騎士団長ヘガティをはじめ全員が知っていた。特にダンヒルは、オルガとの一戦で辛酸をなめさせられている。

オルガもまた詳しく自己紹介する気はないようで、あっさりと見知らぬ顔の二人を紹介した。


「こちらはユナティアン皇国第二皇子ローランド殿下の側近であらせられます、ドルミル・バトラー殿。そしてこちらは、遥々北連合国からいらした外交官のオルヴァー・オーケセン殿です」


全くもって予想外の人物に、ヘガティ以下王立騎士団側の纏う雰囲気が固くなる。しかし、バトラーもオルヴァーも飄々とした態度のまま、一切気にした様子がなかった。

簡単な自己紹介が終わり、全員がソファーに腰掛けた後も、どこか緊迫した空気が流れている。マリアンヌは茶を提供した後早々に部屋を出たため一層、緊張感は顕著だった。


「それで、何故隣国の――ローランド殿下の御側近と、北連合国の外交官がこちらに?」


最初に口を開いたのはヘガティだ。探るような視線を向けているが、バトラーとオルヴァーは気分を害した様子もない。まずヘガティの問いに答えたのはバトラーだった。


「私はオーケセン殿の案内人としての役割を殿下から賜りました。一度こちらの国には訪問した経験がありますし、王太子殿下と面識もございますから」


だが、今は王都で王太子(ライリー)に会えるような状況ではない。状況も状況なだけに、その説明であっさりと納得することはできなかった。

特に今、国境では厳戒態勢が敷かれている。隣国ユナティアン皇国がスリベグランディア王国への侵攻を狙っているという噂も現実的なものとして受け止められているからこそ、ケニス辺境伯もカルヴァート辺境伯も、精鋭を王都に派遣することができなかった。


探るような、どこか警戒心の残るヘガティたちを見て、オルヴァーが後を引き継ぐ。


「実は、王太子殿下とは先日ヴェルクでお会いしました。殿下もお急ぎでしたし、私も別件がありましたのであまり詳しくお話することは叶いませんでしたが、我が北連合国との今後の関係性も踏まえ、更にお話をさせていただければと参上した次第です」


勿論、王太子と外交官の会話なのだから、詳細は明かされないのが普通だ。その点については誰もが納得していたものの、だからと言って直ぐに納得できるかと言われたら話は別だ。


「この国に入られた時、最初に向かわれたのがカルヴァート辺境伯領だったと?」

「いかにも」


ヘガティの問いに頷いたのはバトラーだった。

ユナティアン皇国からスリベグランディア王国の王都ヒュドールに行こうと思えば、一般的にはケニス辺境伯領北側を通過する街道を使う。それが一番の近道だ。そしてオルヴァーの言う通り、彼らがスリベグランディア王国訪問前に居た場所がヴェルクだったのであれば、一層、その道を使う方が無駄足にならない。


しかし、バトラーとオルヴァーはわざわざ王国東南に位置するカルヴァート辺境伯領を通る街道を選んで来た。皇国内でもヴェルクから南方の街道に出るのは手間だし、カルヴァート辺境伯領から王都ヒュドールに向かうのも少々、遠回りになる。何らかの理由がなければ、そのような道は選ばないはずだった。

更に疑惑の色を濃くした面々を前に、バトラーは僅かに目を細める。


「こちらにも色々と事情がありましてね。我々がスリベグランディア王国に入ったと皇国に知れると、色々と面倒なのですよ。しかしながら、王都に直接向かう街道を通れば皇国に知られる可能性が非常に高い。一方でカルヴァート辺境伯領に向かえば、皇国の監視の目は薄まっているというわけです」


ケニス辺境伯の遠縁ではあるものの、平民出身のブレンドンや、三番隊の隊長は政治にそれほど関わりがないため、バトラーの説明は良く分からない。しかし、騎士団長ヘガティや二番隊隊長ダンヒルはバトラーが言う“面倒”が、皇国の後継者争いに深く関係しているのだろうと直ぐに理解した。


特にヘガティは、リリアナの護衛ジルドに対して、王太子ライリーが“北の移民”誘拐に関し協力を依頼した場に居合わせている。ヘガティ自身も長らく調査に関わっていたし、関係していた国内貴族の粛清の時には自ら現場に赴くこともあった。

調査の中で、身体能力が異様に高い“北の移民”が居ること、誘拐された移民たちはユナティアン皇国に売られて行ったことも分かっている。


今得られている情報はあまりにも少ないため、ここで結論を出すのは短絡的に過ぎる。だが、全く無関係でないとは思えず、ヘガティは視線をバトラーからオルヴァーに移した。


「なるほど。御都合は理解致しました。しかしながら、薄々勘付いていらっしゃるとは思いますが――現状では、殿下にお会い頂くことは難しいでしょう。一旦、安全な場所でお待ち頂くべきかと。尤も王都近郊はどこも安全とは言い難い状況ですが」


はっきりと明言はしないものの、ヘガティは言外に“何故カルヴァート辺境伯領に留まっていなかったのか”と問うている。

バトラーとオルヴァーは、しかしその程度のことで怯みはしない。特にバトラーは楽し気な笑みを口角に浮かべた。


「ご安心ください。王都に居る間は、カルヴァート辺境伯のお宅をお借りして良いと許可を頂いております。それから、私は自由に使える転移陣を複数持っておりますので。オルガ嬢がお急ぎだったこともあり、折角ならばと同行を申し出た次第ですよ」


そう言いながらオルガに視線を向けたバトラーの視線は、どこか甘く優しい。それまでの飄々として腹の底を読ませない雰囲気とは一転した様子に、思わずヘガティたちだけでなく、オルガも目を瞬かせた。

バトラーは再度視線をヘガティに戻す。そして、再び感情の読めない仮面をかぶり直すと、あっさりと言った。


「ここに同席したのは、私共の正体と目的をお知りになりたいのではないかと思ったからです。いわば身の潔白を証明しようというわけですね。ただ、今し方申しました通り、私とオーケセン殿の目的は王都で王太子殿下に拝謁の機会を賜ることですから、事態が落ち着くまでは辺境伯邸に厄介になろうと思っております。これが終われば、早々に屋敷(こちら)を発とうかと」


あっさりとした言い分に、嘘は見えない。当然、何の問題も起こしていない他国の有力者と外交官に対してヘガティたちが何かを出来る訳もなく、ただ「左様ですか」と頷くしかなかった。

ヘガティたちが納得したと見たバトラーたちは、茶を飲み終えると立ち上がる。どうやら、早速屋敷を出てカルヴァート辺境伯邸に向かうらしい。

しかし、立ち去ろうとしたバトラーたちを引き留める声があった。


「王都はそれなりに込み入っております。もしよろしければ、辺境伯邸までご案内しましょう」


立ち上がって声を掛けたのはダンヒルだ。まだオルガたちが来ていない時に見せていた表情とは打って変わって厳しい表情だ。それはまさに王立騎士団二番隊隊長の貫禄だった。

バトラーは目を瞠る。そして、彼はにこりと人好きのする笑みを()()()()()()


「それは頼もしい。是非ともお願いします」


彼の口から出たのは、そんな言葉だ。ダンヒルは頷くと、デリックに目配せする。心得たとばかりに、デリックは自分の部下から一人、随行者を選別することにした。



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