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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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73. 王都への道 4


大まかではあるが、計画を皆に共有した後、ライリーはクライドとオースティン、ベラスタの四人で狭い隠し通路を歩いていた。案の定というべきか、エミリアにその通路は見えなかったらしい。突然四人が消えて驚いた、という彼女は困ったような顔で、ベン・ドラコと共にローカッド公爵邸に滞在し、ライリーからの連絡を待つことになった。


「それにしても、よくこんな道知ってたな」


埃と砂、雑草に覆われた暗く狭い道は、長年放置されて来たことが良く分かるような有様だった。先頭で安全を確かめながら進むオースティンが背後のベラスタに声を掛ける。

皆の足元が見えるように魔道具で周囲を照らし出していたベラスタは、弾んだ声で答えた。


「ちっさい頃にさあ、よくタニアと遊んでたんだけどな。隠れん坊してる時に、この通路見つけたんだよ。隠れん坊してない時も、ポールが勉強しろって五月蠅い時とかに隠れるのに都合が良かったんだ。絶対誰も見つけられないからさ、オレだけの秘密基地だったんだぜ」

「――それは見つけられないだろうね」


ベラスタの話を黙って聞いていたライリーは苦笑する。

王族と英傑の血を継ぐ者しか見ることが出来ない隠し通路なのだから、ベラスタにとっては最高の隠れ家だっただろう。


「まぁ、あんまり逃げてたらおやつ抜きにされるから、結局出ていくしかなかったんだけどさ」


なんとも情けない結末に、ベラスタ以外の三人が微妙な表情で黙り込んだのも仕方がないだろう。常人には気付くことすら出来ない通路に隠れたベラスタを菓子で誘き出すとは、確かに上手く考えたものである。しかし、その思惑に見事釣られるベラスタのことを、微笑ましく見守るべきか呆れるべきか、三人共が一瞬悩んだ。

しかし、ライリーは気にしないことにしたらしい。にこやかに、ベラスタに礼を言った。


「お陰で思った以上に早く隠し通路を見つけることができたよ」


礼を言われて嬉しかったのか、ベラスタがにこにこと満面の笑みになる。ベラスタにとっては、幼少時の遊び場が特殊な隠し通路であったこと自体も楽しく、そして国難とも言われる有事を前にして役に立てたことも嬉しいのだろう。

全く素直なベラスタの反応を一行はどことなく微笑ましく眺めていたが、ふとクライドが思い出したように声を上げた。


「殿下」

「どうかした?」


クライドに呼びかけられたライリーが視線をクライドにやる。クライドはずっと気に掛かっていたことを口にした。


「“三傑の血を継ぐ者”は当代に一人であると言う話でしたが、今ここには四人おります。“勇者の血を継ぐ者”、つまり破魔の剣の正当な後継者は殿下だろうと仰っておられましたが、それでは人数があいません」

「確かに。オレもそれ、気になってたんだよな」


ご機嫌だったベラスタも、クライドの言葉を聞いてはたと同意を示す。

もしオースティンが“勇者の血を継ぐ者”で、クライドとベラスタが“賢者の血を継ぐ者”と“魔導士の血を継ぐ者”ならば、何らおかしな点はない。ライリーは王族であり、今彼らがいる隠し通路を通る資格を有しているからだ。

だが、ライリーが“三傑の血を継ぐ者”の一角を為してしまえば、辻褄が合わなくなる。


そして、その疑問はオースティンも抱えていたらしい。クライドとベラスタに次いで「俺もだ」とライリーに言う。オースティンは既に、ライリーと共にローカッド公爵から一つの可能性を示唆されている。しかし、どこか釈然としない気持ちが残っていた。

ライリーは僅かに眉根を寄せて考える素振りを見せた。視線を、腰に提げた剣に落とす。


「私も、正確な理由は分からないよ。オースティンとも話したけれど、気持ちよく納得できたわけではない。ただ、二つの可能性があるとは思う」

「二つ?」


全く想像がついていないのか、ベラスタが首を傾げた。ライリーは一つ頷いて、肯定する。


「一つは、オースティンが王家の血を継いでいるということが理由だね。この隠し通路は確かに見える人物が限られている。でも、現時点で王家に属していなくとも、何世代前かに王族出身者が居ても資格を満たすのであれば、家系図を辿って王族に辿り着くエアルドレッド公爵家出身のオースティンがこの隠し通路を見れたとしてもおかしな話ではないんだよ」

「確かにそれは、一理ありますが――」


ある程度の納得を示しつつも、クライドは釈然としない様子で首を捻った。


「それであれば、エアルドレッド公爵家の人々は皆、この通路を見ることができる、ということになってしまいます」

「そうなんだよね。それはあまり、現実的ではないように思う」


ライリーもまた、クライドと同じ感想を抱いていたようだった。素直に同意を示す。

実際に、過去に遡って王族が居れば条件を満たすとするのであれば、わざわざ術を使って、隠し通路に足を踏み入れられる人物に制限を掛ける必要はない。時代が重なるにつれて、該当者は非常に増えてしまう。


「それを考えると、二つ目の可能性かな」

「二つ目、ですか」


クライドとベラスタは目を瞬かせた。


「“三傑の血を継ぐ者”は当代に一人ずつ、合計三人しか現れない、という文言を額面通り受け取ってはいけないのではないかと思う」


それは即ちどういうことだ、とベラスタは顔を顰める。オースティンは以前、破魔の剣と自分たちの関係についてライリーと軽く話したことがあるため、何となく想像はできたようだが、それでも腑に落ちてはいない様子だった。そしてクライドは一人、難しい顔で考え込む。


「それは、オースティンが覚醒しきっていない“血を受け継ぐ者”だということでしょうか」

「誤解を恐れずに言えば、その通りだよ」


ライリーはあっさりと頷いた。

破魔の剣をライリーが持ち続けることで、その意匠が変わったことは紛れもない事実だ。しかし、オースティンが持っても破魔の剣は反応した。

そのことをローカッド公爵に相談した時、公爵は理解できないと言う顔をした。しかし、その中でも導き出された可能性は“魔王の復活”だ。史実と大きく異なる点は、長らく魔王を封じて来た封印が解けかけているという一点である。


「だから、魔王の封印が解けかけている今、“勇者の血を継ぐ者(わたし)”に助力できる存在が必要だと、破魔の剣が判断したのではないか――それが、ベン・ドラコ殿たちの導き出した答えだった」

「確かに、筋が通っているような気はしますが。その可能性が一切伝えられていない、と言う点が気に掛かるところですね」

「そうなんだよね。過去の出来事は正確に伝わらないことも多いけれど、それでも違和感は拭えない」


クライドの指摘を聞いたライリーも同意するように頷く。

当代に一人ずつ、合計三人の“英傑の血を継ぐ者”が現れるという。ただ“血を継ぐ者”として認められるためには、血筋だけではなく、種々の要素が満たされる必要があるというのが、ライリーの見立てだった。そしてその要素が一つでも欠ければ、その者は“血を継ぐ者”としての資格を失い、封印具を使うことができなくなる。

“血を継ぐ者”が資格を失った時、もしくは死亡した時、他の相応しい人物が“血を継ぐ者”として認められる。


「当代に一人ということは、勿論新しい“三傑の血を継ぐ者”が赤ん坊である可能性もある。でも、いつ魔王の封印が解けるか分からないのであれば、新たに現れる“血を継ぐ者”はある程度成長していなければならないはずだ」


そうでなければ、赤ん坊に封印具を持たせ、魔王と対決させることになってしまう――そう言って苦笑したライリーに、クライドやベラスタ、そしてオースティンも「確かに」と頷いた。

つまり、ある程度は“血を継ぐ者”の候補者が居るということだろう。

その結論に至った彼らを代表して、ベラスタがライリーに顔を向けた。


「てことは、オースティンもその“候補者”かもしれないってこと?」

「そう考えた方が、私は納得しやすかった。“助力する存在”ではないかという意見もあったけれど、魔王を封印する時ですらそんな存在はいなかったんだ。復活する魔王を再度封印する時にだけ現れるとは思えないよね」


ライリーの仮説を聞いたオースティンが低く唸る。難しい表情だったが、ローカッド公爵たちが立てた仮説よりも納得できると思っているのは傍から見ても明らかだった。


「確かに、その可能性の方が高い気がするな。お前の仮説が正しければ、封印具は異常に高度な術式がしつこいくらい組み込まれた、唯一無二の魔道具だ。それでも魔道具に出来ることはそんなに多くない」

「そうですね」


オースティンに、クライドも同意する。クライドはベラスタを横目で見て「もし違ったら訂正をお願いしたいのですが」と前置きをして、自論を述べた。


「その前提で考えると、魔道具である封印具が自発的に“英傑の血を継ぐ者”を選定できるとは思えません。一つの時代にごく僅かな人数が該当するよう、非常に細かな、かつ高い水準の要求を設定しておく方が理に適っています。“三傑の血を継ぐ者”としておけば、更にその枠は限られてきます。当然、後世の人間は英傑たちを祖に持つ一部の貴族が該当するに違いないと考えるはずですし、当代に一人としておけば、一人目が見つかった時点でそれ以上の捜索は打ち切られますから」


たとえ平民の中に、封印具を扱える条件を満たす人物がいたとしても、“英傑の血を継ぐ者”と思い込んでいる者たちは、まず王族や高位貴族の中に該当者が居ないか探し出す。

もしその要件に魔力量の多さや素養の高さを含めておけば、必然的に幼少時から教育が施されている貴族が該当しやすくなるという絡繰りだ。


クライドは意味深な目をオースティンに向けた。


「今回は偶然、王族と高位貴族に該当者が複数いた、ということではないでしょうか」


言われてみれば、クライドの説明が一番尤もらしい気がしてくるから不思議だった。

ただ一つ言えることは、封印具を扱える人間が複数いるのであれば、遥かにその方が良いということだった。

ライリーは穏やかな表情で微笑む。しかし、その目は鋭かった。


「それを考えると心強いのは間違いないね。とはいえ、今一番問題なのは、魔王が本当に復活したらどのように対処すべきか、ということだ」


生憎と、ローカッド公爵家でも封印具の正確な扱い方は分からなかった。ライリーも破魔の剣に繰り返し夢は見させて貰っているものの、実際に三人の英雄達がどのように封印具を使って魔王を封印したのか、その場面は夢に見ていない。ただ、封印具を造ることになった魔女が、魔王の魔力と記憶、感情を別々に封印するよう話していたところに居合わせただけだ。

ライリーの言葉に、オースティンだけでなくクライドやベラスタも苦虫を嚙み潰したような顔になった。常に飄々としているベラスタには珍しい表情だ。


「ぶっつけ本番ってことか。気が重いぜ」


オースティンが不平を漏らす。しかし、ライリーは楽し気に口角を上げた。


「オースティン、君の得意分野だって知っているよ」


期待しているからね、と言外に滲ませたライリーに、オースティンは苦々しい顔を苦笑に変えた。

君たちもね、と、クライドやベラスタもライリーの視線を受けて苦笑と共に頷く。自分たちの主から向けられる信頼は擽ったくも嬉しいものだった。



68-2

70-5

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