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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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73. 王都への道 1


クライド・クラークとベラスタ・ドラコ、そしてエミリア・ネイビーは、二番隊と共に王都に戻る道すがら、突然目の前に現れた人物を見て、目を白黒させた。その人物はクライドたちが今どこにいるか知らないはずなのだから、驚愕するのも当然だ。

しかし、突如姿を見せた人物はクライドたちの驚愕など知らぬ顔で、やれやれと肩を竦めてみせた。


「久々に転移すると疲れるね」

「やっぱり腕が鈍ってるんじゃないの?」

「失礼だね、ミューリュライネン」


呆れ顔でペトラ・ミューリュライネンに指摘されたベン・ドラコは、不服そうに唇を歪める。二人の会話を聞きながら、すわ敵襲かと身構えた二番隊の騎士たちは剣から手を離した。

ペトラはそんな周囲には頓着せず、固まったままのクライドたちに視線を向け、最後にベラスタに目を止める。


「元気そうだね」

「え、あ、うん。元気だよ、元気だけど――えっと、こんなところでどうしたの?」


どうにか動揺から立ち直ったベラスタがペトラに尋ねる。ペトラはそれには答えず、意味深な視線をベンに向けた。ベン・ドラコは「あー」と曖昧な声を発する。困ったように頭を掻きながら、面倒臭そうに唇を尖らせた。


「全部説明すると長くなるんだよ。面倒臭いなあ、やっぱり面倒がらずにオースティンでも殿下でも連れて来るべきだった」

「それは無理だって話だったんでしょ? そもそもあたしは会談には入ってないんだから、説明できるわけないじゃない」


ここに来て魔術や呪術以外のことを全て面倒がるベン・ドラコの悪癖が出て来たようだが、ペトラは容赦ない。戸惑うクライドたちだったが、二人の言葉に最初に反応したのはクライドだった。困惑を見事に無表情に変えて、一歩足を踏み出す。


「殿下とオースティンに、お会いになったのですか」

「うん、そうみたいよ」


腕を組んで難しい表情を浮かべたまま黙り込むベンに代わって、ペトラが答える。クライドは疑問を浮かべた瞳をペトラに向けた。


「貴方は殿下にもオースティンにも、お会いしていないと?」

「そう。会ったのはコッチ」


コッチ、と言ってペトラが指さしたのはベンだ。その時、ローブの裾から覗いた腕には独特な編み目の腕輪(ブレスレット)が覗く。それは、魔導士が婚姻した時に結ぶ誓いの魔道具だった。婚姻した二人の内、片方だけが魔導士だった場合は、その魔導士の魔力だけが込められる。しかし、婚姻した二人が共に魔導士だった場合は二人分の魔力が込められる。一般人や大半の魔導士は、魔道具を一瞥しただけでそこに込められた魔力の質を読み取ることは出来ない。そのため、婚姻した二人の内、一人だけが魔導士なのか、それとも二人共が魔導士なのかで、使われる素材や色合い、文様が異なっていた。


その魔道具に目敏く気が付いたのはベラスタだった。彼は他人の魔力を読み取る能力に長けている。そのため、普通では分かるはずのない、魔道具に込められた魔力の質に気が付いたらしい。目をまん丸に見開いて、愕然とした様子でペトラを凝視した。


「ペトラ、兄さんと結婚したの!?」


何時の間に、とでも言いたげである。その場にいる全員に聞こえる大音量に、ペトラだけでなくベンもぎょっとした。

クライドや二番隊の面々も驚いた様子だ。だが、個人の結婚という私事(プライベート)な内容に、エミリア一人だけが慌てふためいていた。


「ちょ、ちょっと、ベラスタさん――っ! それは流石に不味いんじゃないでしょうかっ」


エミリアが必死にベラスタを止めようとするが、時すでに遅しである。全員の視線に晒され、ペトラは気まずそうに顔を顰めたが、ベンは頓着せず端的に答えた。


「した」

「えー、オレ、聞いてない……」

「言ってないからな」


何故かショックを受けた様子にベラスタに、ベンは追い打ちをかけるように言う。ベラスタは情けなく眉を八の字にして、ベンに尋ねた。


「いつ結婚したんだよ」

「お前が王都から居なくなった直後くらい?」


隠すことではないと思っているのか、躊躇なくベンは答える。ベラスタはそれでも困惑を隠しきれていなかった。

確かにベンとペトラは親しかった。魔術や呪術という共通の趣味があるからと言えばそれまでだが、異性どころか他人に興味がないらしいベンが唯一、家族以外で気にかけていた相手がペトラだ。そしてペトラも、ベンのことは何かと気にしていた。だから何時かはペトラを義姉と呼ぶ日が来るのではないかと、ベラスタも双子のタニアも事あるごとに話していたのだが、まさか自分たちも知らないうちに結婚しているとは思わなかったのである。

じとっと恨めし気に見つめるベラスタに珍しく気が付いたのか、ベンは多少、言い訳がましくも事情を掻い摘んで説明した。


「お前が王宮から消えた後、大公派が俺に目を付けるのは分かってたからな。七年前の二の舞はご免だし、それなら()()に逃げ込んだ方が良いだろ。ペトラも大公派に狙われるのは分かり切ってたから、連れて行くかって思ったんだが――」


七年前と言えば、王都近郊で大規模な魔物襲撃があった時だ。その時、ベンは転移陣に細工を仕掛けた咎で長くに渡り謹慎処分を受けていた。魔導省で働かずに済んだことはベンにとって幸運だったようだが、魔力封じの枷を付けられ続けたことはベンにとって良い思い出ではなかった。

所々、曖昧に言葉を濁しながらではあったが、ベンの説明にベラスタは納得した様子で頷いた。


「ああ、そっか。それなら結婚するしかないね」


理解できていないのは当事者ではない者たちばかりだ。

ベンが“本家”と言えば、普通であればドラコ一族の本家だと考えるに違いない。しかし、彼らにとっての“本家”とはローカッド公爵邸のことだった。


三大公爵家の中でも王国の盾を担うローカッド公爵家と、魔導士の名門であるドラコ一族の繋がりは隠されている。どれほど親しかろうと、口外はできない。その“本家”にペトラを連れ帰ろうとベンが考えたというのなら、当然ペトラとの結婚を視野に入れたはずである。そして、ペトラが婚姻の魔道具を腕に着けているところを見ると、ベンは思惑通りペトラと婚姻を結び、ローカッド公爵邸にペトラを連れて行ったのだろう。


ベラスタが納得したことで説明は終わったと判断したのか、ベンは僅かに声音を変えた。


「まぁ俺たちのことは良い。取り敢えず、殿下からの伝言だ。ベラスタ含めたそこの三人は、俺と一緒に来ること。残りの二番隊はペトラの指示に従ってくれ。七番隊と三番隊に合流して貰う。時間がないから異論は聞かない」


七番隊と三番隊、という言葉に反応したのは二番隊の面々だった。騒めく部下たちを片手で制して、二番隊隊長ダンヒル・カルヴァートが射貫くような視線をベン・ドラコに向ける。


「七番隊と三番隊? ということは、団長もいらっしゃるのか。というより、殿下とオースティンは団長たちと別行動なのか?」

「それは知らん。が、少なくとも殿下とオースティンは別行動だ」


ダンヒルの問いに、ベンはけんもほろろに答えた。しかし、それで意気消沈するようなダンヒルではない。「まぁ行けば分かるか」とあっさり納得した。

元々聞いていた計画は、ダンヒル率いる二番隊が八番隊を殲滅し、王立騎士団長トーマス・ヘガティと七番隊、三番隊はスコーン侯爵軍を撃破した上で合流する、というものだった。その先はどのような計画になっているか分からないが、王都に向かい大公派と対決することは間違いないだろう。


「それにしても、連れて行くとはどういうことだ。転移陣でも使うのか? 二番隊はそれなりに人数もいるぞ」


流石に厳しいのではないかと言外に滲ませて、ダンヒルは尋ねる。

ドラコ一門が魔導士の名門であり、ベン・ドラコもまた魔導省長官を務めるほど優れた魔導士であるという話は知っていたが、実力を目の当たりにしたことはない。

その上、二番隊を連れて行くのは名門ドラコ家のベンではなく、一介の魔導士に過ぎないペトラだ。確かにペトラ・ミューリュライネンも才女だとの噂だが、研究者としての資質と、魔導士としての資質は全く異なる。魔導省には研究者肌の人間も実地肌の人間も居るから、ペトラがそのどちらであるかは分からなかった。


だが、ダンヒルの質問はそれこそペトラにとってもベンにとっても愚問だった。ペトラは不敵に笑う。


「安心しなよ、あたしは転移には慣れてるんだ」


眉根を寄せたダンヒルだが、ドラコ家の血筋であるベンとベラスタが何も言わないのを見て、腹を括ったらしい。一つ嘆息すると「わかった」と頷いた。


「宜しく頼む」


ダンヒルの言葉に、ペトラはにやりと口角を上げる。

魔導省では、女だから、異国の血を引いているからと言って差別する人間が大半だった。王太子ライリーが人事に手を入れてからは多少マシになったものの、今でもその傾向はある。魔導省の外でも、やはり女で異国の血を引いているペトラは純粋にその実力だけを見られることはない。

しかし、ダンヒルが純粋に、ペトラの魔導士としての能力だけを考えているのは明らかだった。


「それじゃあ、とっとと行こう」


ダンヒルが納得したのを見たベンが言う。勿論その提案に否やはない。二番隊の騎士の中には不安そうな顔をした者もいたが、ダンヒルの手前、何も言えなさそうだった。


「二番隊はこっち来て。ベンの方に巻き込まれたら厄介だからね」


ペトラの誘導に従って、二番隊の面々とクライドたちは離れた場所に陣取る。その様子を眺めながら、ダンヒルはおもむろにペトラを見やった。


「貴方を軽んじるつもりはないが、人数的にはベン・ドラコ殿と貴方は逆の方が負担が少ないのでは?」


普段、女と見れば口説きにかかるダンヒルも、ベン・ドラコと婚姻を結んだ女性に軽々しい口は叩かない。寧ろ、気遣いともとれる台詞を口にした。

たとえ転移陣を使ったとしても、大人数を転移させるには非常に膨大な魔力と微細な魔力操作が要求される。それには魔力だけでなく体力や精神力も必要とされ、一般的に体力のある男性の方が大規模な術には長けているとされていた。

更に、ベン・ドラコはドラコ一門の出であり、魔導省の長官も勤めていた。普通に考えれば、ペトラよりもベンの方が大人数の転移には向いていると言える。


一方で、ダンヒルの質問はペトラの実力を軽んじているとも受け取られかねなかった。しかし、ペトラは気にする様子もなく肩を竦めた。


「別に、あいつとあたしじゃあそんなに実力は変わらないさ。寧ろ、あっちの方はあたしが関わらない方が良いことみたいだからね。不安かもしれないけど、そこはあたしで我慢して貰うしかないよ」

「不安に思うことはないが、女性に負担が掛かると思うと、どうもね」


ダンヒルは苦笑しながら肩を竦める。しかしペトラにも譲る気がないのだと分かると、それ以上は何も言わなかった。


「準備は良い?」


ペトラが尋ねると、騎士たちは皆一様に頷く。転移陣を展開したペトラが、詠唱を唱える。次の瞬間、その場から二番隊の騎士たちの姿が消えた。

少し離れた場所からそれを見守っていたベン・ドラコは、自分のすぐ傍に立っているベラスタとクライド、エミリアに視線を向ける。そして自分も転移陣を広げると、「さて」と口を開いた。


「俺たちも行こうか。それで、今から行く場所だけど――」


意味深に、ベンはそこで言葉を切る。首を傾げるクライドとエミリアに、ベンは何気なく告げた。


「行けば分かるけど、他言無用でね」


宜しく頼むね、とベンは言う。クライドとエミリアには何のことか分からなかったが、ベラスタには通じたらしい。遠い目をするベラスタを見たクライドとエミリアは首を傾げたが、ベンの「行くよ」というどこか気の抜けた言葉に遮られ、疑問を口にすることは出来なかった。




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