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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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70. ローカッド公爵邸 7


ローカッド公爵たちも、再度魔王を封印する方法については知らなかったらしい。そう判断したライリーは、時間を無駄にするようなことはしなかった。


「先ほど、ベラスタはクラーク公爵と共に情調の珠を取りに向かったと言った。そして、破魔の剣は私が持っている。残っている封印具は追憶の聖鏡だけだが、これは王宮にあることが分かっている」


ようやく衝撃から立ち直った公爵たちは、真剣な表情で一つ頷いた。

ライリーは順にローカッド公爵、ポール、そしてベン・ドラコの顔を見た。オースティンの視線がライリーの横顔に突き刺さるが、そちらに視線は向けない。


「だが、ここで問題がある。王宮は大公派が牛耳り、王都は大公派の手先である治安部隊が私の帰還を手ぐすね引いて待っている。更に、大公派はサーシャを――私の婚約者を、投獄したらしい」


最後、リリアナの名を出した瞬間、ライリーの声が僅かに震えた。しかしライリーは直ぐに平静を装う。リリアナの事を考えればすぐにでも感情が揺れるが、これからライリーは交渉をするつもりだった。交渉相手を前に、動揺を見せるわけにはいかない。

そして、リリアナが投獄されたという言葉に、ベン・ドラコとポールの眉がぴくりと動く。しかし、二人は口を開こうとしなかった。一旦ライリーの話を全て聞く心積もりらしい。そのことに内心で感謝しながら、ライリーは話し続けた。


「同時に、魔王の復活も何時になるか分からない。つまり、我が国は今、非常に切羽詰まった状況だ」


ライリーの指摘は全くその通りだった。淡々と事実を述べているだけだが、だからこそ一層説得力が増す。ローカッド公爵だけでなく、ポールやベン・ドラコも真剣な表情で王太子(ライリー)の話に耳を傾けた。


「そこで、だ。魔王の再度の封印を滞りなく行うために、大公派の目を掻い潜って二つの封印具を持ち王宮に侵入したい。魔王を封印し直すためには、三つの封印具が一堂に会している必要があるというから、そこは譲れない」


だが、魔王の封印をするだけでは不十分だ。真剣な表情で、ライリーはもう一つの課題を提示した。


「同時に、大公派も滞りなく鎮圧する必要がある。王都内で治安部隊と衝突するようなことがあってはならないんだ」

「それは当然ですな」


ローカッド公爵は重々しく頷いて同意した。

王都には多くの人間が集まっている。貴族は勿論のこと、平民や商人も居るのだから、そこで武力衝突が起きてしまえばスリベグランディア王国の経済にも大打撃だ。更に言えば、武力衝突が起きるような場所からは逃げるが吉と言って立ち去る者も出て来るだろう。そうなってしまえば、たとえ大公派を制圧してライリーが権力を取り返したとしても、どうしても治世に翳りが出る。

それは全く望ましくなかった。


だが、実際に王都では大公派の配置した治安部隊が練り歩いている。そのため、普通に王都へ足を踏み入れてしまえば争いは避けられない。

王太子派の貴族や付き従う騎士たちは勿論、王都に住まう人々にも怪我はして欲しくないという気持ちは、ライリーは勿論、ローカッド公爵たちにもあった。


「そこで考えているのが、内側から扉を開けるということだ」

「――内側から?」


ローカッド公爵だけでなく、ポールやベン・ドラコも眉根を寄せる。ライリーが一体何を考えているのか、その言葉だけでは分からなかった。ベン・ドラコがオースティンに視線をやるが、オースティンも詳細は聞いていないと首を振る。

四人の問いかけるような視線を受けたライリーは、改めてローカッド公爵に問いかけた。


「王宮には幾つもの隠し通路がある。その通路は三大公爵家がそれぞれ管理していて、ローカッド公爵家も例外ではない。だが、大公派はエアルドレッド公爵家とクラーク公爵家には監視を付けている。彼らが王太子派だと知っているからだ」


大公派のメラーズ伯爵は、王太子派の一画を為すエアルドレッド公爵家を取り込もうとして失敗した。最初こそエアルドレッド公爵家を筆頭としたアルカシア派が大公派になったと信じたかもしれないが、彼らが傍観するにつれ、裏では国王や王太子を保護している可能性を考えているだろう。そうすると、当然ながら監視を付けるに決まっている。

国王がクラーク公爵領に居るという偽の情報を流した後、八番隊が派遣されたものの、メラーズ伯爵の性格を考えれば、エアルドレッド公爵家に対する疑いを解くはずはなかった。


ライリーの話を聞いたローカッド公爵たちは、すぐに合点がいった様子だった。公爵本人は表情を崩さないものの、その双眸には面白がるような光が浮かんでいる。


「なるほど。即ち、我が公爵家が管理している隠し通路を通って王宮に戻りたいということですな。それも殿下お一人ではなく、数名を引き連れて」

「その通りだよ」


本来であれば隠し通路を利用できる人間は限られている。クラーク公爵家やエアルドレッド公爵家が管轄している隠し通路はごく普通の隠し通路であるため、当然国王や王太子だけでなく、彼らの身を護るための騎士たちも緊急時には通れるだろう。だが、ローカッド公爵家は三大公爵家の中では“盾”の役割を担い、更に魔導士一門であるドラコ一族とも関わりが深い。彼らが管理している隠し通路が、普通の通路である道理はなかった。


だからこそ、王族以外の人間が通れないよう魔術陣が施されたりしているのではないかとライリーは疑っていた。仮にその推測が正しければ、ライリーは通れるがベラスタやクライドは通れないということになる。オースティンについては、家系図を遡れば王族に行き当たる。それでも通れる確率は精々半分だ。


ローカッド公爵は、ライリーの懸念に一瞬後、気が付いた様子だった。わずかに片眉を上げて、口角を上げる。それは、ライリーがローカッド公爵と会って初めて見た笑みに似た表情だった。


「お考えは、良く理解致しました」


低い返答に、しかしライリーは表情を崩さない。その言葉だけを聞けば同意を得たと早合点して喜ぶ者も居るだろうが、ローカッド公爵のような人物の場合、最後まで話を聞かなければぬか喜びすることになる。そのことを、ライリーは良く知っていた。

即ち、「よろしゅうございますな」という返答が必ずしも快諾や賛成という意味合いではないのと同じことだ。

そんなライリーを見て、ローカッド公爵の瞳に僅かながら満足の笑みが浮かぶ。ライリーが早とちりしなかったことが、公爵には愉快らしかった。


「我らが管理しております隠し通路は、魔術陣が施してあります故。原則、王族以外の者が踏み入れることは叶いません」


やはりと、ライリーは内心で嘆息する。ローカッド公爵の答えは予想通りだった。

だが、公爵の言葉は少々遠回しだ。ライリーは一点、気に掛かった単語を口にする。


「原則?」

「左様にございます」


ローカッド公爵は僅かに笑みを深めた。これまでの会話を踏まえて、ライリーが気が付かないはずがないと確信していた様子だ。

ライリーは公爵の反応を見て確信する。公爵は最初から徹頭徹尾、ライリーを試すような言い回ししかしていない。やはり今回の台詞にも裏の意味があったのだと、ライリーは確信した。


「例外も居る、ということだね」


念を押すようにライリーが口にした問いに、公爵は静かに頷く。そして、彼はおもむろに口を開いた。


「先ほども申しました通り、我が公爵家が動かざるを得ない条件の一つに、魔王の復活というものがございます」


ライリーだけでなく、オースティンも頷く。先ほどポールたちも加わって説明された内容は、特にオースティンにとっては驚愕のものだった。忘れられるはずもない。

二人の反応を見た公爵は更に、意味深な笑みと共に言葉を続けた。


「魔王の復活は王宮にて。これは我が公爵家に長く語り継がれていること。そして魔王の完全なる復活を阻止するためには、三傑の血を継ぐ者が必要不可欠。故に、我が公爵家はその者たちが魔王の封印場所に駆け付けられるよう、万難を排する使命がございます」


そこまで言われると、ライリーやオースティンも理解する。

ローカッド公爵家はその使命として、三傑の血を継ぐ者を王宮に誘わなければならない。そのために考えられるあらゆる方法を、彼らは備えているはずだ。そして、王宮に繋がる隠し通路を公爵家は管理している――即ち。


「我が公爵家が管理しております隠し通路は、王族の他、三傑の血を継ぐ者であれば通ることが可能とされております」


つまり、ライリーだけではなくオースティンも通れる可能性があるということだ。そして、もしベラスタやクライドが三傑の血を継ぐ者と認められたならば、彼らも共に王宮に行ける可能性がある。問題はライリー以外誰も“三傑の血を継ぐ者”だと認められない場合だった。


「その隠し通路は、許された者以外が足を踏み入れてしまった場合、何らかの被害があるのだろうか」


封印具が全て入手できていない以上、誰が“三傑の血を継ぐ者”なのか確認することは難しい。ライリーだけは“勇者の血を継ぐ者”だと確認できている状態だが、元々王族であるライリーは隠し通路を使える。

それならば、いっそオースティンやクライド、ベラスタ、エミリアを隠し通路に連れ出し、通ることができるかどうか確認することで、彼らが三傑の血を継いでいるかどうか確認することも一つの方法だった。だが、仮に王族ではない、三傑の血を継いでいない者が隠し通路を通ろうとした時に、その身に害が及ぶのであれば、むざむざと仲間を危険に晒す真似はできなかった。


ライリーの懸念に気が付いているのかいないのか、全く読めない表情で、ローカッド公爵の代わりにベン・ドラコが答えた。


「いや――被害があるというより、そもそも通路を通れない者に通路は見えない」

「――と言うことは、まさか」


ベン・ドラコの言葉に、ライリーだけでなくオースティンも息をのむ。

王族でない者、そして三傑の血を継いでいない者は隠し通路を通ることはできない。そして今この場に居る者の中で、三傑の血を確実に継いでいる者はライリーだけだ。オースティンは破魔の剣に認められている気配はあるものの、恐らく正式に血を継いでいる者として認められているわけではない様子だから、隠し通路を通れるかどうかは微妙な線である。

当然、ライリーとオースティン以外の三人――ローカッド公爵、息子のポール、そしてベン・ドラコは王族ではない。“三傑の血を継いでいる”かどうかは定かではないが、仮に継いでいる者がいたとしても、三人全員ではないだろう。


ライリーが思わず漏らした言葉に、ベン・ドラコは全く気に止めて居ない様子で頷いた。


「そう。つまり今ここに居る僕も、ローカッド公爵もポールも、誰一人として隠し通路の場所は知らない」


そもそも見えないんだから当然だよね、とベン・ドラコは肩を竦める。ここに来てまさかの事態に、ライリーとオースティンは言葉を失った。





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