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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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70. ローカッド公爵邸 5


あっさりと全ての要件を口にしたポールは言葉を切る。そして、その後を引き受けるようにローカッド公爵が言った。


「今回は一つ目と三つ目に該当すると判断されましたので、ローカッド公爵が動くことと相成ったわけです」


その通りだと、ベン・ドラコとポールが頷く。そして、監視の目は当然のようにドラコ一門であるベン・ドラコの仕事だった。

大公派がベン・ドラコを王太子派と見做している以上、王都に残れば身柄を拘束される。断崖の牢に移送されてしまえば、さすがのベン・ドラコも戻ることはできない。ベラスタが行方不明となっている以上、ドラコ一門の中で最も魔力量が多くあらゆる魔術と呪術に精通しているのがベン・ドラコだ。そのため、ローカッド公爵領に避難することは当然の措置だった。

公爵の言葉を引き継いだのは、ベン・ドラコだった。


「魔王の封印監視については、魔導省に必ず長男が入省するという盟約を交わし、ドラコ一族が担うことになりました。とはいっても実際にドラコ一族の者があの陣を視認したという記録は、僕たちの認識する範囲では存在してないんですけどね。まさか僕でも見れるか見れないかギリギリだとは思わなかった」


最後の一言は酷く苦々しい。それも当然だろうと、ライリーだけでなくオースティンも内心で納得した。

ドラコ一族の魔力量は、スリベグランディア王国建国以来、国内有数である。仮に国内で魔力を有する人物を高い順に並べれば、上位十人程度は間違いなくドラコ一族で占められるに違いない。

ライリーの婚約者であるリリアナ・アレクサンドラ・クラークは、ドラコ一族の中でも魔力量が最大であるというベラスタを凌ぐようだが、それは異例のことである。

しかし、ライリーとオースティンがベン・ドラコの心中を慮ったのも一瞬だった。すぐにベン・ドラコは面白がるような表情になって、わずかに身を乗り出す。


「ただ今回のことで一つの仮説を立てることが出来たのは幸いでした。一定程度以上の魔力量を持っている者であれば誰でも見れると思っていたんですが、逆なんですよ。一人か二人が辛うじて見れる程度に、呪術陣の方が調整していると考えれば辻褄があう。そうでなければ建国以来、人が持つ魔力量が減少しているという仮説を取るしかなくなるわけですが、魔力量が減少していると言う事実はありませんからね」


喜々として話すベン・ドラコに、ローカッド公爵とその息子ポールは呆れた目を向けていた。しかし、冷たい視線も全く気にすることなくベン・ドラコは言い募っている。そしてライリーとオースティンも、ベン・ドラコが魔術や呪術について話し出すと止まらなくなることを良く知っていた。

だから気にしていなかったのだが、ローカッド公爵とポールには耐えられないことだったらしい。


「ベン」


ローカッド公爵が低く名を呼ぶと、見事にベン・ドラコはぴたりと口を噤んだ。幼少時からローカッド公爵バルドゥルと親交があるからか、バルドゥルの機嫌を察知することはできるらしい。

ライリーとオースティンが表情には出さないまま苦笑していると、改めて二人に向き直ったポールがゆっくりともう一つの条件について話し出した。


「勇者の血を引いている可能性が最も高い殿下が捕えられる、となれば我々も黙っている訳には参りません。ただ今回の場合は、リリアナ嬢の手によって殿下と近衛騎士殿、ベラスタが転移させられたことが確認できていましたので、身の安全はある程度保障されているであろうという前提がありました」


勿論、その一部始終を確認したのはベン・ドラコだ。恐らく大公派が王宮を牛耳る切っ掛けとなった顧問会議の日、一部始終を目撃していたのはベン・ドラコだけだったのだろう。実際に、リリアナが転移の術を使ってライリーやオースティンだけでなく、ベラスタも転移させたことにその場で気が付いたのは、ベン・ドラコだけだった。


だが、ライリーとオースティンが聞き咎めたのはその部分ではなかった。ライリーが眉根を寄せてポールに問う。


「一つ訊きたいのだが、勇者の血を引いている可能性が最も高いというのは、先ほど言っていた“ある程度推測できる程度の資料”を元に判断した結果ということかな?」

「左様にございます」


重々しくローカッド公爵が頷いた。それを確認して、ライリーは更に詳細を問う。


「もし問題ないようであれば、その内容を訊いても構わないだろうか」


一瞬、ローカッド公爵とポールが視線を交わす。公爵を注視していたライリーとオースティンは当然気が付いたが、無言で回答を待った。

暫く考えていたローカッド公爵は重々しく頷く。


「口外が禁じられておりますが、その制約に差し障りのない範囲でお伝えいたしましょう。なにぶん、この制約のお陰でローカッド公爵家およびドラコ一門は現在の形を保てておりますので」

「勿論、それで構わない」


ライリーは鷹揚に頷く。しかし、内心では早く話を聞きたいと急く気持ちを辛うじて抑え込んでいた。何から話そうかと、しばらく黙り込んで考えていたローカッド公爵は、おもむろに口を開いた。


「一番の方法は、封印具である破魔の剣を暫くお持ちいただくことです。さすれば自ずと剣は本来の輝きを取り戻し、そして英雄の血を引き継ぎたる者もその能力を飛躍的に伸ばすと言われています」


公爵の言葉に、ライリーは心当たりがあった。ヴェルクで破魔の剣を得てから、剣はその意匠をがらりと変えている。そしてライリー自身も身体能力と魔力が徐々に上がっている自覚があった。

だが、ローカッド公爵たちがライリーを正式に“英雄の血を継ぐ者”として判断した時、破魔の剣は未だ国外にあった。つまり、破魔の剣を持つ以外にも判定する方法があるはずである。


「次に、破魔の剣がない場合ですが、これは少々、困難を伴います」


英雄の血を継ぐと一言にいっても、途中でその血を喪うこともあるという。更に言えば、髪や目の色、剣技や魔術の能力には全く関係がない。


「一言で申せば、スリベグランディア王国の国王たる資格があると、封印具が認めた時――と申しますか」


これまでずっと歯切れよく話していたローカッド公爵の口調が淀むのは、制約に反しないよう、しかしライリーたちも理解できるよう気遣った結果だった。

ライリーもオースティンも公爵の苦悩を薄々察しはしたが、それよりも話の内容が引っかかった。


「“英雄の血を継いでいる者”だから封印具が反応するのではなく、封印具が認めて初めて“英雄の血を継いでいる”と判断できる、ということなのか」

「そのようにも判断できましょう。しかしながら、この点に関しては我々も結論を出せておりません。卵が先か鶏が先か、とも似た理論ではありますな」

「なるほど」


納得したようなしていないような、という曖昧な態度でライリーは頷く。ローカッド公爵もまた曖昧に言葉を続けた。だが、公爵の台詞はライリーが全く予想しなかったものだった。


「その、封印具が認める場合というのも、記録によって差がありましてな。恐らくその時代によって、スリベグランディア王国国王に求められる素養というものが異なるからでありましょう。今回は魔王の封印が解けかけております故、再度魔王を封印できる可能性のある者たちに“三傑の血”が見出されたと考えられるかと思います」

「――再度、魔王を封印できる可能性のある者?」

「左様にございます」


思わずライリーとオースティンは顔を見合わせる。少し考えた二人だったが、やがて視線を再度ローカッド公爵に戻すと、躊躇いながら口を開いた。


「公爵。実は、この破魔の剣なのだが――私が持ち続けることで意匠が大きく変化している。その他の変化に関しても、今し方貴殿が告げた通りではある。それを考えると“勇者の血を継ぐ者”は私なのだろうと推察できるが、オースティンが持ってもこの剣は反応したんだ」

「近衛騎士殿が、ですか」


ライリーの言葉に、公爵は驚いたようだった。ローカッド公爵だけでなく、ポールやベン・ドラコも目を丸くしている。どうやら、ライリーだけでなくオースティンにも破魔の剣が反応したという事実は、彼らにとっては全く予期しないものだったらしい。


「つまりこの場合は例外的に、“勇者の血を継ぐ者”が二人存在しているという解釈になるのだろうか?」


率直な疑問を、ライリーは口にした。しかし驚いた公爵たちは直ぐには答えられない。部屋に沈黙が落ちるが、ライリーとオースティンは辛抱強く公爵たちの答えを待った。


「それは……非常に、珍しい事象ではありますが」

「そうですね、父上も申しております通り、記録には一つの時世に二人、同じ血を継ぐ者が現れた事などありませんでした」


公爵の歯切れの悪い言葉に、ポールもまた頷く。

破魔の剣に認められた“勇者の血を継ぐ者”、情調の珠に認められた“魔導士の血を継ぐ者”、そして追憶の聖鏡に認められた“賢者の血を継ぐ者”の合計三人が、一つの時代に現れるのだという。途中でその内の一人が亡くなれば、また別の者が封印具に認められる。どの時代も、常に三人の“血を継ぐ者”が存在するというわけだ。だが“血を継ぐ者”は自分を認めた封印具にしか影響を及ぼさないし、影響されない。つまり、破魔の剣に認められていない“魔導士”と“賢者”の血を継ぐ者が破魔の剣を手にしたとしても、剣が反応するはずはないのだ。


ライリーやローカッド公爵たちの会話を黙って聞いていたベン・ドラコだったが、再び落ちた沈黙を破る。彼は口を開きながらも何かを考えているようで、その双眸は深い光を湛えている。


「――これまでと今で違う点が、一つありますね」


ローカッド公爵やポール、ライリー、そしてオースティンの視線がベン・ドラコに向けられた。四人の注目を浴びても、ベン・ドラコが動じる様子はない。


「魔王の復活」


低い声で、ベン・ドラコは断定する。確かに、史実と比較した場合の大きな違いは、魔王の封印が解けかかっているという一点に尽きた。


「これまでの国難は三人いれば十分対応可能だったのでしょうが、魔王の封印が解けかけている今、“勇者の血を継ぐ者(王太子殿下)”に助力できる存在が必要だと、破魔の剣が判断したのでは?」


ベン・ドラコの説を採るのであれば、オースティンはライリーの補助をするということになる。思わずライリーとオースティンは顔を見合わせた。


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