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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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70. ローカッド公爵邸 4


扉から入って来たのは、背が高く筋骨逞しい体をぴっちりとしたスーツに包んでいる若者だった。物腰が柔らかく、執事であると言われても納得してしまいそうだ。

しかし確かにローカッド公爵の息子らしく、彼はライリーとオースティンを一瞥してすぐ、公爵に尋ねた。


「お呼びですか、父上」

「無論、呼んだとも。今王都で何が起こっているのか、殿下にお聞かせしろ」

「御意」


ポールという名の息子は素直に頷く。しかし、彼には思うところがあるようだった。


「お初御目にかかります。ポール・ドラッヘン・フェルヴァルトンと申します。恐れながら、主人を呼んでも?」


多少、慇懃無礼な雰囲気があるものの、ライリーが気にする程度ではない。早々に許可を求められたライリーが頷けば、ローカッド公爵は楽し気に笑みを浮かべた。彼もまた息子に許可すると言う様子で頷く。

ポールは先ほど閉じたばかりの扉を開いた。すると、すぐに一つの人影が入って来る。

目を瞬かせたライリーとオースティンは、三人目の人物が自分たちの予想した人物であることに気が付き、思わず破顔した。

そんな二人に気が付いたらしいローカッド公爵とポールは、含み笑いを漏らす。ライリーとオースティンが一体何を考えていたのか、既に二人は察していたらしい。そして新たな侵入者は、ライリーとオースティンを見ると僅かに口角を上げた。


「お久しぶりです」


三人目の人物は端的に挨拶をする。ローカッド公爵の口上やポールの挨拶と比べると非常に簡単で、王族に対するものとも思えない。しかし、ライリーもオースティンも、その人物が礼儀というものをそれほど重んじない人物であると良く知っていた。寧ろローカッド公爵の方が、物申したそうな視線をその人物に向ける。

だが、主君に準じる立場にあるライリーが何も言わないのに、公爵が口を挟むことなどできない。寧ろ公爵が窘めるよりも早く、ライリーが口を開いた。


「無事だったようで安心した、ベン・ドラコ殿」

「お心遣い、痛み入ります」


ベン・ドラコは頭を下げる。彼は普段とそれほど変わらない出で立ちで、ローブを羽織っていた。ただ、魔導省に勤めていた頃よりは顔色が良い。どうやら睡眠時間を削ってまでの研究を避けているらしいと、ライリーとオースティンは内心で判断した。

挨拶が一通り終わったのを確認したポールとベン・ドラコは、着席の許可を求める。ライリーが頷いたのを見届けて、二人は腰を下ろした。ポールはローカッド公爵の隣に、そしてベン・ドラコは残った一人掛けのソファーだ。

口火を切ったのは、ローカッド公爵だった。


「ポールはこちらのベン・ドラコに仕えておりますが、この屋敷では当主以外のローカッドとドラコに差異はないという扱いでしてな。ドラコの邸宅に居る時はポールも執事としての立場を守りますが、ここでは対等ということになっております。とはいえ、二人は元々乳兄弟でして、昔から遠慮も会釈もあったものではありませんが」

「父上」


悪戯っぽく息子の実態を暴露するローカッド公爵を、ポールは僅かに眉根を寄せて押しとどめる。


「今はそれは関係ないでしょう」

「そうか? お前たちの関係性をご覧になった殿下方が混乱するのではないかと憂慮した忠臣の、この上ない配慮だと思うが」

「心にもないことを」


ポールは苦々しく言う。ローカッド公爵は楽し気に一つ笑うと、すぐに笑みを収めた。そして、改めて本題に入る。


「二人はいつも、王都の屋敷におります。しかしながら、大公派が陛下と殿下を追い出し王宮を占拠した後、そのまま王都の屋敷を出て領地に戻って参りました。()()()()()()()()()()()()()()()()という事もありますが、それに加えて、それ以上王都に留まっていたら大公派の横暴に振り回される未来が目に見えておりましたのでな」


ローカッド公爵は意味深に告げる。彼が、以前王都近郊で魔物襲撃が起こった時、不当にベン・ドラコが拘束されたことを言っているのは明らかだった。

ライリーとオースティンがピクリと反応をしたのを見たポールが、口を挟む。


「父上、我々が順に話しても構いませんでしょうか」

「無論だ。そのために呼んだのだからな」


どうやらローカッド公爵はライリーたちを責める気はなかったらしい。あっさりとポールに会話の主導権を渡すことに同意した。

ポールは一つ頷くと、改めてライリーとオースティンに向き直る。


「――まずは、無事の御帰還、心よりお喜び申し上げます。今後の方策を話し合う前に、まずはお二方が王宮の執務室から転移なされた後のこと、そして王都の現状について申し上げたく」

「ああ、頼む」


ライリーはポールの申し出に快く頷いた。ベラスタからある程度話は聞いているものの、ベラスタが執務室(あの場)に居た時間はそれほど長くない。彼から得られた情報は、ライリーとオースティンが把握していた内容と似たり寄ったりだった。

だが、ベン・ドラコは明らかにライリーやベラスタより多くのことを把握しているはずだ。期待するのも当然の話だった。

ポールの視線を受けて、それまで殊勝に黙り込んでいたベン・ドラコが顔をライリーとオースティンに向ける。もしかしたらずっと話したくてうずうずしていたのかもしれないと思うほど、彼は颯爽と口を開いた。


「あの執務室でのことです。多分、お二人は転移するまでのことは把握されていると思いますので、それ以降のことを簡単にお伝えします」


そうしてベン・ドラコから告げられたのは、凡そライリーたちが予想していた通りのことだった。新たな情報としては、大公派がベラスタの幻覚を幻覚と気が付かず捕縛したことだった。


「ベラスタを?」

「ベン・ドラコ殿ではなく?」


思わず、といったようにオースティンとライリーが口を挟む。ベン・ドラコは、重々しく頷いてみせた。だがそれは素振りだけで、その口角は笑みの形に歪んでいる。


「まさか幻覚だってことに気が付かないなんて、王立騎士団も大したことないなぁなんて思ったんですが――まあ、そこはリリアナ嬢が一枚上手だったということでしょうかね。ベラスタの幻覚、殿下とオースティン殿の強制転移、あそこまで高度な術を無詠唱で連発するなんて、さすがにそこまで能力が高いとは思っていなかった。しかも平然としていたからね、どれほどの体力があるのかって驚きましたよ」


しみじみとベン・ドラコは首を振る。

あれほど緊迫した状況の中で気に掛ける部分はそこだったのかと、ライリーは脱力したい気分だった。しかし、同時にそれほどの術を連発した場合の魔力消費が気になって仕方がない。とはいえ、ベン・ドラコ曰く“平然としていた”らしいから、たとえ不調があったとしても隠し通せる程度のものだったのだろう。

もしかしたら、その時には既に、リリアナの体内には随分な量の闇の力が蓄えられていたのかもしれないと思い至り、ライリーはぞっと背筋が泡立つのを感じた。しかし、今はその懸念に付き合っている暇はない。後から考えようと一旦は思考の隅に追いやり、ライリーはベン・ドラコとポールの話に向き合うことにした。


「その後、ベラスタの幻覚は捕縛されたということですね。ベン・ドラコ殿は捕縛されたのですか?」

「投獄されかけましたけれどね、ソーン・グリードの機転でペトラが魔導省から出ることができまして。その後、ポールと共に助けに来てくれました」


ベン・ドラコの答えに、ライリーとオースティンは意外だと言うように目を瞬かせた。具体的な内容は口にしないものの、ソーン・グリードやペトラ・ミューリュライネン、そしてポールは随分と危険な橋を渡ったらしい。

そんなライリーとオースティンの想いに気が付いたのか、ベン・ドラコは楽し気に笑った。


「ソーン・グリードは確かに危険な橋だったかもしれませんがね、僕たちはある程度の備えがありましたから、大公派にすぐ気が付かれるようなヘマはしません。それよりも物見の塔の地下牢、あそこは随分と環境が悪いですね。囚人でなくとも、看守としているだけでも随分と精神を病みそうだと思いましたよ」

「――よりによって、物見の塔の地下牢か」


ライリーとオースティンは苦々しく告げる。物見の塔の地下牢は凶悪な犯罪に手を染めた罪人が収容される牢である。その後、たいていの罪人は断崖の牢に移送される。断崖の牢は終身刑を待つものばかりが収容され、脱獄も不可能とされていた。

二人の反応を見たベン・ドラコとポールは一瞬目を交わす。無言のうちに交わされる会話があったが、それは一瞬で誰も気が付かなかった。


「まぁ特に問題もありませんでしたから、この話はこれで終わりです。その後のことなんですが、大公派の様子が少々変わりましてね」

「大公派の様子が? 大公が妙に張り切り出したり、愛人の元に通っていないらしいという話は聞いたが」


ベン・ドラコの言葉にライリーは自分の認識を告げる。すると、ベン・ドラコは頷いた。


「それはその通りです。僕たちも物見の塔の地下牢を出たその足で、ローカッド公爵領に戻りましたから直接は見ていません。でも今は、ローカッド公爵家が動かざるを得ない状況が揃い切ってるので、監視の目を王都に残して来たんですよ」


どうにも気になる言葉ばかりが詰め込まれた台詞だ。


「他に何か、目新しい情報はあるのかな?」


取り敢えず、ライリーは状況を確認しようと質問を口にする。一瞬無言になった公爵たちだが、あっさりと口を割ったのはベン・ドラコだった。


「どこまで殿下方がお聞き及びかは分かりませんが、大きなことと言えばスコーン侯爵が病気療養と称して領地に戻ったこと、リリアナ様が大公派に捕らわれたらしいこと、グリード伯爵が消息不明になったこと――ですかね」


“リリアナが大公派に捕らわれたらしい”と口にした時、ベン・ドラコの目は鋭くライリーを観察した。しかし、ライリーは全く動揺を表に見せない。もしかしたら既に掴んだ情報だったかとベン・ドラコは内心で思ったが、一瞬ライリーの目を過った暗い光に、決してライリーが平静でないことを悟る。

一方、黙って続きを聞くべきかリリアナについて詳細を訊くべきかと考えたライリーは、すぐに思い直した。重要事項は複数あるものの、前提条件として知っておかなければならないことがある。


「話の腰を折るようで申し訳ないが、ローカッド公爵家が動かざるを得ない状況、というのが具体的に何を示すのか訊いても構わないだろうか」

「ああ、そっか。そこら辺の情報が断絶してるんですね」


ライリーの問いを聞いたベン・ドラコは直ぐに納得する。ローカッド公爵自身も、楽し気に笑った。


「おおよそどこで情報が断絶したか、予測がつくというのも虚しいものですな」


言葉と表情が正反対だ。明言はしていないが、原因が先代国王にあるとその顔が物語っている。その上、先代国王が国王たる器ではなかったのだとでも言いたげに、双眸が不穏な光を浮かべていた。ライリーは苦笑する他ない。

ベン・ドラコとポールは毒を吐くローカッド公爵を慣れた様子で無視した。さすがにローカッド公爵家の身内ではない者が口にしては不味いと思ったのか、ドラコの代わりにポールが口を開く。


「幾つかの要因があります。一つは、三傑の内、“今代の勇者の血”が喪われる可能性がある場合。破魔の剣が国外にあったため、先代国王の時世にあった政変以降は“勇者の血”を誰が持つのか判断が付きかねました。しかしながら、破魔の剣がなくともある程度推測はできる程度の資料があります」


ただしその資料はローカッド公爵家の中でも最高機密に該当するため、王族といえど閲覧はできないと言う。更に、ポールは続けた。


「もう一つは、外的要因により国が滅びる可能性がある場合。ただしこれは状況によります。“今代の勇者の血”が国を統べるに値しないと判断されてしまえば、我が公爵家は動くことができません」


尤も、その際は“今代の勇者の血”の資格をその者が失った場合でもあるわけですが、とポールは注釈を入れた。


「そして最後に、魔王の復活が予想される場合」


その言葉に、ライリーとオースティンは息を飲む。間違いなく、今回は最後の条件に該当する。

更に、オースティンは魔導省とドラコ家の関係を再度思い出した。普段は当たり前すぎて意識すらしていないことだったが、ドラコ家がローカッド公爵家に関係していると考えれば全て辻褄が合う。思わずライリーを横目で見たオースティンは、ライリーがローカッド公爵邸に到着するより以前に、同じ考えに至っていたのだと悟った。


ドラコ家は爵位は持たない。だが、魔の三百年でスリベグランディア王国を打ち立てた魔導士の血を引き、その後も近年に至るまで王家と国に多大な貢献をして来た。その功績を称え、爵位を持たない唯一の貴族として公爵家と同等の権力を与えられている。だが、その代わりにドラコ家は代々長男が魔導省に入ることになった。

そして、魔王の封印が解けた場合に表れるという魔導省の呪術陣は一定以上の魔力量がなければ見えないものであり、更に王宮の地下迷宮(ダンジョン)に入れる者は膨大な魔力量が要求される古代魔術を操れる者に限定されている。そのような古代魔術を操れる者は、現在ではドラコ家くらいのものだ。

つまり、ローカッド公爵家は常に、魔王の復活を直ぐ知れる立場に居たということだった。



9-3

10-1

15-14

35-9

53-10

53-11

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