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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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68. 光と闇の騎士 5


リリアナが体内に宿る闇の力によって魔王の器となり、そして遠からず命を落とすかもしれない。

オブシディアンと名乗る青年によってもたらされたその情報は、ライリーが以前ベラスタから示唆された可能性を裏付けるものだった。もし一切心当たりがなければ、ライリーの動揺を誘い隙を作らせようという大公派の企みだと疑ったかもしれない。しかし、ライリーには不思議とオブシディアンが嘘を吐いていないという確信があった。


(サーシャの体内に増えた闇の力と、魔王の封印が解け始めた時期――その二つを結び付けることはあまりにも短絡的ではないかと、そう思っていたが――)


どうやらそれは己の希望的観測に過ぎなかったらしいと、過去の自分自身に殺意に似た怒りを覚える。同時にリリアナを失うかもしれないという恐怖、更にリリアナが自分に打ち明けてくれなかったのだという悲哀が瞬時に膨れ上がり、制御できないほどの魔力が奔流となって体から漏れ出た。

頭の片隅に残った冷静な部分で魔力暴走を起こし掛けている事実を認識しながらも、荒れ狂う感情を抑えることができない。遠くでオースティンの声が聞こえる気がするが、それよりもライリーの五感は別のものに捉われていた。


(手が、熱い)


一体何の熱だろうかと一瞬思い、ちらりと目を左手に落とす。その手は腰に提げた破魔の剣に触れており、熱いと感じたのは自身の手ではなく剣であることが分かった。

単なる鉄の塊に過ぎない破魔の剣が、脈動を持って熱を発している。どうやら剣はライリーの魔力に呼応するようにして、その力を高めているようだった。


なるほどと、ライリーは一気に冷静になる。それと同時に魔力暴走も収まりそうになるが、敢えて状態を維持するように魔力を調整した。

まるで剣が自分の魔力を食べているようだと思いながらも、身の内から迸るように流れ出る魔力は無尽蔵のようにも感じ、枯渇の恐怖すらない。寧ろこれまでになく魔力が体内に漲っているような心地さえした。


次の瞬間、視界を占めていた自分の魔力の渦が綺麗に晴れる。その向こうには、息を切らしたオースティンが鋭い眼光で立っていた。


「無事か?」

「――ああ、問題ないよ。魔力枯渇にもなっていないようだ」


いつの間にか剣の熱も収まっている。あっさりと魔力の暴走も収まり、先ほどまでの高揚感が嘘のように感情も魔力も全てが凪いでいる。そんなライリーを見たオースティンは、ほっとしたように息を吐いた。そして呆れ顔でライリーを見やる。


「全く――お前がリリアナ嬢のことを大切に想ってるのは理解してるけどな、あんまり簡単に動揺を表に出すなよ。そんなんじゃあ、簡単に大公派に足をすくわれるぜ」


まぁ今の魔力暴走に対峙できるような奴が大公派(むこう)に居るとも思えないけど、とぼやくオースティンを見てライリーは苦笑する。確かにオースティンの指摘は一々尤もだが、ライリーはそれよりも気に掛かることがあった。

先ほどまでの魔力暴走は、単なる魔力暴走ではない。確証はないが、ライリーの感情が不安定になった瞬間、半ば無理矢理、破魔の剣に魔力を引き出された感覚がある。そして一気にあれほどの魔力を暴走させた割には、魔力枯渇の欠片も見当たらない。つまり、剣によって引き出されたライリーの魔力は剣に一旦吸収されたものの、何らかの形でライリーに還元されたと見て良いだろう。それによって、どのような影響があるのかはライリーには分からない。しかし、剣を手に入れてから夢を見るようになったことを踏まえても、剣がライリーと同調しようとしている可能性が高い気がしてならなかった。


「それにしてもオースティン、さっきはどうやったの? 私の魔力の渦をその剣で斬ったように見えたけれど」


首を傾げたライリーが尋ねると、オースティンは未だ抜いたままの剣に目を落した。そして「ああ」と気のない様子で頷く。


「斬った。他に方法も思いつかなかったんだよ」

「魔導騎士ともなれば、魔力の渦も斬って消滅させられるものなのかな?」


これまで幾度となくライリーは魔導騎士同士の戦いを見ているが、そのような技を繰り出した者を目にしたことはない。たいていは結界でその身を護るか、もしくは相手以上の魔力を叩きつけて力業で押し切る。それを考えれば、その二つを組み合わせることで魔力の渦を断ち切ることができるのかもしれない。しかし、それはオースティンの魔力量がライリーのそれを遥かに上回っていることが前提となる。そしてライリーの知る限り、オースティンの魔力量はライリーと同等程度か、わずかに下回る程度だったはずだ。

質問を口にしながらも、ライリーの声には疑念が残る。そしてオースティンもまた、説明が難しいと言った表情で首をかしげていた。


「いやあ――? 俺も今回初めてしてみたしな。それに、またやってみろって言われても出来る気がしねえ」

「つまり、咄嗟にやってみたら出来た、ということかな」

「まあ、そうなる」


オースティンの返答に、ライリーは考え込む。周囲を見回して気配を探り、オブシディアンと名乗った青年が居ないことを確認した。そしておもむろに腰に提げた破魔の剣を外すと、オースティンに差し出す。


「なんだ?」


一体どうしたのかと首を傾げるオースティンだが、抜きっ放しだった自身の剣を腰に戻して差し出された宝剣を受け取った。その手つきはどこか警戒したように慎重だったが、それも当然だ。

オースティンもまた、破魔の剣がヴェルクを出て以降、見るも明らかに変貌を遂げた姿をその目で見ている。全く常識にとらわれない力を持つ宝剣に、何の恐れも躊躇もなく触れられるライリーの方が普通ではなかった。


しかし、慎重な顔つきのオースティンには構わず、ライリーは幼馴染が剣を持ったのを確認するとあっさりともう一つの要求を突き付けた。


「魔力を込めてみてくれ」

「――は?」


オースティンが胡乱な顔を上げる。何の冗談だと責めるような視線になったが、ライリーは何かしらの確信を持った表情で静かにオースティンを見つめ返した。


「本気か?」

「冗談を言っているつもりはないよ」


疑わし気な問いに、ライリーは肩を竦める。掛け値なしの本音だった。そしてその事を理解したのか、オースティンは嫌そうな表情になる。


「それこそ冗談であって欲しかったぞ、俺は」


唸るように言うが、オースティンは腹を括った。昔からライリーとオースティンは良く二人で冒険をしていた。普段はオースティンが無茶をしてライリーが諫めることもあったが、ここぞという時に常識を度外視した行動を取るのはライリーだ。そしてそういう時のライリーはあまりオースティンの忠告に耳を貸さず、オースティンは肝を冷やしながらも付き合うことがあった。

今回もそれと同じだと思えば、仕方がないかと開き直ることも出来なくはない。


オースティンは慎重に、破魔の剣に魔力を込める。すると、体から魔力が引きずり出されるような感覚に陥った。


「――っ!」


ぎょっとするが、何故か剣は掌に吸い付いたように離れない。自分で制御できないほどの勢いで、まさに魔力暴走のような状態だ。だが、不思議なことに、魔力が引きずり出されている感覚があるにも関わらず、魔力が枯渇していく感覚もなかった。寧ろ、体内の魔力が更に純度高く、強くなっている節さえある。

愕然としたオースティンだったが、しばらくすると魔力が引きずり出されて行く感覚が収まった。


「なんだったんだ――?」


呆然とオースティンがライリーに尋ねる。差し出された剣を受け取ったライリーは、小さく首をかしげた。


「うーん。全て私の推測に過ぎないのだけれどね」


そんなことを言いながら、ライリーは今度は自身の魔力を再び剣に込めてみた。すると、先ほどほどではないが魔力が吸い取られて行く感覚がある。そして同時に、剣が自身の手のような錯覚に陥った。


「恐らく、この剣は使い手を選ぶ。ヴェルクを出てから意匠が変わったということは私が使い手に選ばれたということだと思ったんだけれど、どうやらオースティンも認められたということじゃないかな」

「俺も――?」


ライリーの言葉に、オースティンは首を傾げた。俄かには信じ難いという表情だ。無論、ライリーも確信があるわけではない。


「そう。ただそれだと、矛盾してしまうんだけれどね」


思い出すのは、以前王宮で見つけた魔王封印に関する記述だった。


『英雄ノ道具ヲ使フベキハ、英雄ノ血ヲ継グ者ノミ。タトヘ長キニ渡リ血分カレムトモ、ソノ血筋ニ当代一人血ヲ継グ者ウチイヅ』


その記述をその通り解釈すれば、本来の意味で剣を使える者は一人しかいないはずだ。意匠に変化が見られたことを考えればライリーがその“血を継ぐ者”なのだと思っていたが、もしかしたらオースティンもそうなのかもしれない。

だが、いずれにしても、コンラート・ヘルツベルク大公が破魔の剣を普通に使っていたことを考えれば、オースティンがこの剣を使えないわけではないことは確かだ。本来的な意味で使えるのがライリーなのかオースティンなのかは分からないし、もし“血を継ぐ者”ではない方が剣を持った場合にきちんと魔王を封印できるのかも定かではない。

更に問題なのは、リリアナの体に魔王が復活する可能性があるということだった。


(私が真に認められた使い手であれば、サーシャの身を保護することを念頭に置いて魔王と対峙することもできる。けれど、オースティンが真の使い手で在った場合は――)


ライリーの気持ちを斟酌して、極力リリアナを護ろうとしてくれるかもしれない。しかし、オースティンにとってのリリアナはライリーにとっての彼女と大きく違う。国とリリアナどちらも護りたいライリーとは異なり、オースティンは迷わずリリアナを切り捨てる可能性が高かった。

その判断も、間違ってはいない。だが、ライリーはリリアナを切り捨てたくはなかった。


「とりあえずは私が持っておくよ。でも、もしかしたら直前で貴方に託すかもしれない。その時はオースティンが使ってくれ」

「――分かった」


オースティンは渋い表情になったが、しっかりと頷いた。ライリーは“何の直前”なのかは言わなかったが、魔王の再封印のことだと分かっているのだろう。

ライリーは小さく息を吐くと、再び周囲を見渡す。どれほど気配を探っても、オブシディアンの姿はない。できればもっと尋ねたいことがあったが、時機(タイミング)悪く魔力暴走のような状態になったことで、身の危険を感じたオブシディアンは逃げたのだろう。仕方がないかと、ライリーは自身に言い聞かせる。

少なくとも、リリアナの状態をより具体的に知れたことを良しとするべきだった。そして同時に、やはり一刻の猶予もないのだと自覚する。


「オースティン、時間があまり残されていない。先を急ごう」

「ああ。明日の早朝に出る。それで良いな?」

「構わない」


頷いたライリーは、オースティンと共にその場を立ち去り宿へと向かう。しかし、その脳内は目まぐるしく動いていた。

リリアナの体に、闇の力が宿っている。その力が更に増えてしまえばリリアナの自我は喪われ、魔王の器となり、最後にはリリアナの命も失うことになる。それはライリーにとっても最悪の事態だった。そのような事態は何が何でも避けなければならない。しかし、方法が分からない。

夢で見た魔王封印の方法は、破魔の剣で魔王の魔力、記憶、そして感情を分離させ、それぞれの封印具を使って封印するというものだった。実際にその現場を見たわけではなく、“北の魔女”と名乗る女性の説明を耳にしただけだが、その方法では魔王の肉体は消滅する。つまり、リリアナの体が魔王の器となってしまえば、リリアナの体は嘗ての魔王の肉体と同様、消滅してしまうことになる。

それを防ぎたいが、その方法は未だ分からない。


(――どうにかして、サーシャを護りたい)


だが、完全に今のライリーは暗中模索の状態だ。決して見通しが明るいとは言えない。焦燥に体が震えそうになり、ライリーは必死で己を抑えた。焦っても良いことはないと、分かっている。冷静に状況を見定め最善の道を見つけなければならないと理性は理解していても、リリアナの危機という言葉にライリーの感情は簡単に搔き乱されそうになる。

オースティンに気が付かれないよう握りしめたライリーの拳からは、一筋の血が流れ落ちていた。



45-1

54-9

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