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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
438/563

68. 光と闇の騎士 1


全身が重たい。けだるい体に鞭を打つようにして、()は無理矢理目を開けた。


「――――痛っ……てぇ……。あんの、クソッ――が――」


呪詛を吐きながら、彼は身じろぐ。この感覚も久しぶりだと、彼は小さく息を吐いた。幸いにも土の下ではないらしい。それどころか、()()()()()()()()()()()()()()どの場所よりも快適だと内心で呟いた。

体は直ぐには動かない。全身が岩のように硬直しているのが分かる。少しずつ指先と足先を動かしながら、体をほぐしていく。そうしながらも、彼は現状を把握しようと周囲に視線を向けた。


「――――?」


見覚えがあるような気がするが、すぐには思い出せない場所である。そうこうしている内に、少年の体はだいぶ動くようになった。慎重に体を起こせば、節々が軋むが動けないことはない。以前は目覚めた途端に激しく戦う羽目になることもしばしばだったから、それを考えれば随分と都合の良い場所に放置されたものだ。

だが、体を起こした彼は自分の背後にあるそれを認めた瞬間目を見開いた。しばらく絶句していたが、やがて堪え切れない笑いを零し始める。


「なるほどな。なるほど、そういうことかよ」


一人納得して呟いた彼は、ゆっくりと立ち上がる。眩暈がして軽くふらついたが、動いていれば多少は元に戻るだろう。そう考えた彼は今し方見つけたばかりの印に近づいた。


「まさか、隠し小屋に俺を放り込むとはなあ。お嬢も考えたもんだぜ」


感心したように呟くが、その声には僅かに苛立ちも含まれていた。

お嬢――即ち、リリアナ・アレクサンドラ・クラークに彼オブシディアンが放り込まれたのは、リリアナが以前クラーク公爵領内で見つけた隠し小屋だった。複数あるらしい隠し部屋のうち、オブシディアンが存在を知っているのは一ヵ所だけだ。それが、今オブシディアンの居るこの場所だった。

彼が放り込まれた部屋は作業部屋らしく周囲には書物や書類が保管されているだけだが、印が施された壁の向こう側には皇国の紋章が刻まれた兵器が大量に保管されているはずである。


「この悪戯書きが扉の印なんだっけか?」


最初にこの隠し小屋を訪れた時は、作業部屋の存在には気が付かなかった。だが、リリアナがいない時に数度訪れた際、作業部屋に気が付いたのだ。


「とりあえず術は温存しとくか」


呟いたオブシディアンは、腕を振りぬく。彼の強さは特殊な術によるところが大きいが、術を使わずとも、鍛えぬいた体は存分な強さを発揮する。目覚めたばかりで本調子ではないせいもあるのか、数度同じ場所を殴りようやく壁に穴が開いた。

本来であれば印に魔力を流すことで扉が開くのだが、そんなことに構っているつもりはなかった。


「入る時だけ反応する結界で助かったっつーか」


ぼやきながら、オブシディアンは兵器の間を縫うように歩いて外へと出る。どれほど眠らされていたのか分からないが、季節が変わるほどでないことは確かだった。


「――いや、一年経ってねえこと前提だけど。まぁさすがに一年ってことはねえだろ」


清涼な森の空気を吸い、オブシディアンは大きく体を動かして強張った節々をほぐす。少しばかりの間そうしていると、いつしか体は温まり始めた。

一年近く眠ったままであれば、回復にはもっと時間がかかる。動き始めるにも更に苦痛が伴うことを、オブシディアンは経験としてよく知っていた。


よく体をほぐしたオブシディアンは、空を見て口笛を吹く。しばらくその場で立ち尽くしていたが、やがて苦々しく顔を顰めて舌打ちを漏らした。


「まだ本格的な復活からは程遠いみてぇだな」


いつもならば口笛を吹くと直ぐに姿を現す烏が、気配一つ見せない。

あの烏が居なければ、オブシディアンは本来の姿と力を取り戻すことは出来ない。だからこそ、苦い顔を隠しきれなかった。仮に烏が小さいながらも姿を現わせるほど力を取り戻していれば、オブシディアンはすぐにでも目的の場所へと走れた。だが、烏はいない。つまり今のオブシディアンは一般人と同じように、馬や馬車を使って目的地に向かわなければならないということだった。

オブシディアンは魔族と人の混血児(ヴェルミッシュ)だ。肉体の潜在能力は人間を凌駕する。それだけでなく、長年鍛え上げた肉体は標準的な人間の体力を遥かに上回るが、術を使えないのであれば本来の実力の半分も発揮できない。それが、術を行使するための力をその身に宿す魔族と、依り代を必要とする魔族と人の混血児(ヴェルミッシュ)の決定的な違いだった。


「ぐずぐず言ってても仕方ねえし、行くか。つーかよ、そもそも()()()は何処にいるんだ?」


首を傾げながら、オブシディアンは歩き出す。強制的な眠りにつかされてからそれほど時間は経っていないだろうが、やはりオブシディアンが会いに行きたい人物がどこに居るのか分からない以上、道を選ぶ際に困る。

これまでは、このような時には烏が良く働いてくれていた。実体を持たない依り代の烏は、姿を消して偵察をしてくれる。本来の使い方ではないし滅多に使うことはないものの、オブシディアンは意識だけを烏に乗せて動くことも出来ていた。

だが、今はその烏がいない。地道に足を使って調べるしかないが、あいにくと時間に猶予はなかった。


脳裏に蘇るのは、最後に自分を見つめていた銀髪の少女の姿だ。彼女の美しい銀髪は半分弱が漆黒に染まり、そして薄緑の穏やかな瞳には緋色が混じり込んでいた。

邪魔をされることが嫌なのだと冷たく毅然と告げる少女は、本人も気付くことのないまま、小さく震えていた。


――少女の意識が随分と闇に浸食されているのだと、オブシディアンには分かった。


理性的な判断が、出来ていない。元から人に頼らない傾向が強い少女ではあったが、一層孤立を望んでいるようにすら見えた。その身に宿る闇の力に怯え死にたくないと思いながら、闇の力を己の内に抑え込んでみせると決意し、そして王太子たちには封印の方法を探させる。

オブシディアンには、少女の行動が徐々に支離滅裂なものになっているようにしか見えなかった。


闇の力は破壊と破滅の象徴だ。破壊も破滅も、衝動から為されるものである。自ら先のない崖に進もうとしているリリアナを止めようとしても、自分の歩む先にある道が崖に繋がっていることにさえ気が付かない。気が付いていたとしても、まるで実感がない。他人事のように、自らの滅亡を見据える。

全てが、滅茶苦茶だった。


「くっそ、柄でもねえ」


最初リリアナの側に居ようと決めたのは、本気を出したリリアナと戦いたいと思ったからだった。それがいつしか、他の人間に殺されるようならば自分がリリアナを殺したいと思った。リリアナを殺すのが人間ではなくとも、闇の力であったとしても、その気持ちに変わりはない。

ただ問題は、リリアナを殺す相手が人間であればオブシディアンでも対処できたが、闇の力となるとそうはいかないということだった。

オブシディアンが魔族と人の混血児(ヴェルミッシュ)である以上、支配者たる魔王の力には反抗できない。リリアナが完全に魔王ではない以上オブシディアンの支配者には当たらないが、それでも上位の存在であるには違いない。だから、リリアナを闇の力から護ることは、オブシディアンにはできなかった。


「この俺が、他人に頼るなんてな。一族の奴らが知れば良い笑い者だ」


オブシディアンが他と徒党を組まない一匹狼であることは、大禍の一族であれば周知の事実だ。

だが、時間がないことも事実である。元よりオブシディアンには矜持もない。笑いものになるだろうとは思いながらも、それを嫌だとは思わなかった。


「とりあえず情報収集だ。あいつがどこに居るのか、多分ジーニーなら知ってんだろ」


年若き女を思い出し、オブシディアンは近場にある一族の根城に向かうことにする。

新しく分家の長となったジーニーは、以前オブシディアンに協力を持ちかけたことがあった。それが、ゼンフの神官長殺害だ。

その時にオブシディアンはジーニーの頼みを断ったが、結果的にオブシディアンは神官長を殺している。ジーニーを助けるつもりだったわけではなく、自分を殺そうとやってきた連中を返り討ちにしただけだ。だが、最終的にはジーニーの希望通りになったのだから、借りを返して貰っても問題はないだろうと、オブシディアンは一人納得した。


「あの女も姿を晦ましたみたいだが――まあ、どうにかなるだろ。姿を晦ましたのがテンレックなら見つけられなかっただろうけど」


情報屋のテンレックがユナティアン皇国に行ったことは、随分と前に聞き知った。それにもリリアナが絡んでいたらしいが、特に興味のなかったオブシディアンは詳細は調べていない。しかし、テンレックには連れが居たということだけは知っている。

一方、ジーニーは姿を晦ましているとはいってもスリベグランディア王国内に居ることは間違いがない。それならばジーニーと接触した方が早いはずだった。



*****



ライリーは、オースティンと共に道を進んでいた。馬に揺られながら考え込んでいたライリーは、やがて腹を決めたように顔を上げるとオースティンに声を掛ける。


「オースティン、目的地に到着するまでに話しておきたいことがあるんだ」

「なんだ?」


不思議そうな顔になったオースティンは、馬をライリーに寄せて来た。ライリーは防音の結界を二人の周囲に何気なく張る。馬上での会話を盗み聞いている人物がいるとは思えないが、念のためだ。


「実は、破魔()の剣を持つようになってから不思議な夢を見るようになってね」


ちらりと視線を腰に差した剣に向ける。オースティンは目を瞬かせた。まさかライリーが夢の話をして来るとは思ってもいなかったのだろう。ライリーはそんな幼馴染の様子を面白そうに見やったが、すぐに真剣な顔になった。

オースティンはライリーが冗談を言っているわけではないらしいと改めて認識し、表情を引き締める。


「その剣のせいか?」

「そうだと思うよ。時期的にも内容的にも、そう考えた方が自然だ」


ライリーが静かに答えると、オースティンは一つ頷いて続きを促す。ライリーは静かに説明のため口を開いた。


「私が見た夢は、全てが三傑に関するものだった。夢に現れる時期と場所は様々で、三傑がまだ少年だった頃もあれば、封印を終えてスリベグランディア王国を建国する時代の話もあった」


但し、今回オースティンに伝えたい夢の内容は直近に見たものだった。即ち、三傑が魔王を倒すための武器を作って欲しいと魔女を訪れた時の話だ。二度続けて同じ時代、同じ場所の夢を見るのは今回が初めてだったが、お陰で重要なことが判明した。

もしかしたら破魔の剣は、必要な時に必要な夢を見せることができるのではないかと、ライリーは半ば本気で思ったほどだ。


「大して今の段階では重要ではないと思えるものもあったのだけど、とても重大なことが分かったんだ」

「重大なこと? 三傑の話ってことは、魔王の封印の話か」


それは確かに他人に聞かれては不味いだろうと、オースティンは自然と声を落とす。ライリーもまた声を低めて、オースティンの問いに「そうだよ」と頷いた。


「封印具は三つ。剣、宝玉、そして鏡だ。それぞれに呼び名が付いていて、破魔の剣、情調の珠、追憶の聖鏡。ここまでは我が国の子供でも知っていることだね」

「ああ。確か、その呼び名は手に入れるために受けなければならない試練に関わるものだって話だったよな」

「そうだね。伝承ではそうなっている」


封印具を封印具たらしめたのは、その道具を持って英傑たちがそれぞれの試練を乗り越えたからだと言われている。


剣を持った勇者は多くの魔物を操る魔族と戦い、その全てを倒さなければならなかった。

宝玉を持った魔導士は幻術を操る魔族と戦い、心を惑わし感情を乱す幻覚を乗り越えて敵を倒さなければならなかった。

鏡を持った賢者は過去に愛した人物に成りすました魔族を相手に戦い、自らの過去を乗り越えなければならなかった。


その全てが今では物語として語り継がれ、スリベグランディア王国の子供も良く知る御伽噺となっている。実際に、ライリーやオースティンも幼い頃から寝物語に乳母からその話を聞かされていた。今では諳んじることも出来るほどだ。


だが、ライリーは破魔の剣によって見せられた夢で、伝承は伝承にしかすぎぬのだと思い知らされた――否。もしかしたら、伝承として語り継がれている話も、本当にあったことなのかもしれない。だが、それぞれの封印具に付けられた呼び名は全く違う事実を示していた。

“伝承ではそうなっている”というライリーの意味深な言葉に、オースティンは眉根を寄せた。


「違うのか?」

「私の見た夢では、全く違うようだったよ」


ライリーは、真っ直ぐにオースティンを見やる。穏やかな景色とは裏腹に、二人の間には緊迫した空気が流れていた。



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