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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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67. 破魔の剣 1



王太子一行はケニス辺境伯領を旅立ち途中スコーン侯爵軍と交戦する羽目になったものの、その後は特に問題もなく街道を進み、今は王都に随分と近い場所まで戻って来ていた。

街道沿いの宿屋で、ライリーは戻って来たオースティンと対面する。オースティンは黒いローブに身を包み、一見しただけでは身元だけでなく身分も分からないように誤魔化している。そのローブを脱ぎ捨て、彼はライリーの前に座った。


「お疲れ様。どうだった?」


寝る用意を整えたライリーだったが、オースティンの帰りを待っていたため全く寝るつもりはなかった。それを証明するように、彼の前には磨き抜かれた破魔の剣がある。ヴェルクを発ってから随分と様変わりした剣を一瞥したオースティンは笑みを深めたが、改めてライリーに向き直った。


「やっぱり普通には王都に入れなさそうだ」

「そうか。さすがに大公派も考えてはいるようだね」


大公派が王都に入ろうとする人間を監視していると聞いて、ライリーは難しい表情を浮かべる。オースティンは頷いて更に情報を付け加えた。


「王立騎士団だけじゃ片手落ちだと思ったんだろうな、大公派の貴族がそれぞれ騎士を差し出して、そいつらが治安部隊と称して動きまわってるらしい」

「治安部隊? 王立騎士団は動いていないということ?」

「動いちゃいるぜ。でも奴らもやる気はないらしい」


王立騎士団のうち、三番隊と七番隊は北方で壊滅したとされている。八番隊はまだ王都には戻っておらず、そして二番隊も行方を晦ました。

それが大公派の認識だ。三番隊と七番隊の不足を補うためにスコーン侯爵が私兵を連れて来たが、それもスコーン侯爵が病を理由に領地へと引っ込んだのを切っ掛けに、王都からは離れている。一番隊は王族の警護を担当するため王都を動き回ることは出来ないため、残る四つの隊が交互に王都の警邏を回しているらしい。


オースティンの説明を聞いたライリーは苦笑を浮かべて「そうだろうね」と理解を示した。


「彼らは大公派ではないからね。私を捕らえよという大公派の命令も苦々しく思っているんじゃないかな」

「俺もそう思う」


王立騎士団で見習い騎士をした経験のあるオースティンも、残された面々を思い出しながらライリーに同意する。何より彼らの殆どは王立騎士団長トーマス・ヘガティに傾倒しており、ヘガティが支持している王太子ライリーを仕える相手だと自ら決めていた。

しかし、大公派が命じている任務は王太子を捕らえよという、まるで逆の指示だ。その上大公派がヘガティや二番隊隊長ダンヒル・カルヴァートを騎士団から追放しようと企んだことも、事実として広まっている。大公派に良い印象を抱いているわけがなかった。


「とまあ、そういうことで、王都自体が厳重警戒態勢だったからな、王宮には近づけなかった」


つまり大公派の動きも詳しいところまでは掴めなかったと言うことだ。だが、ライリーは予想していたように一つ頷いた。


「問題ないよ。寧ろ君のことだから、無茶をしているんじゃないかと気がかりだったんだ」


ライリーの言い様に、オースティンは心外だと片眉を上げる。腕を組んで、オースティンは文句を口にした。


「俺がそこまで向う見ずにみえるか?」

「昔からそうだったじゃないか」

「いつもお前の無茶を窘めるのは俺だっただろ」


オースティンが言い返すものの、ライリーは「そうだったかな?」と取り合わない。オースティンは呆れ顔になった。


「都合の悪いことは直ぐ忘れるんだな、お前」

「そんなことはないよ。私がオースティンを引き留めることもあったからね、お互い様だ」


肩を竦めて悪戯っぽく言うライリーに、オースティンは更に呆れた様子になる。しかしそれ以上過去のことは蒸し返そうとはせずに、ライリーは話を元に戻した。


「その治安部隊が狙っているのは私だけかな?」

「一応、そうらしいぜ」

「君とかクライドとか――そうだね、あとはベラスタもどのような扱いになっているのか気になるところだけど」


エミリアは最悪、カルヴァート辺境伯領に戻って貰えば大公派の監視からは逃れられるだろう。だが、三大公爵の血縁でありライリーの側近でもあるオースティンと、クラーク公爵家当主となったクライドはエミリアのようにはいかない。そしてベラスタも、ドラコ一門というだけで大公派が捕えようと躍起になっている可能性はあった。


「王都の連中が指示されているのは王太子派を捕まえろってことだったからな。俺やクライドも王都に入って連中に見つかれば問答無用で攻撃されるだろうぜ」

「となると、別々に入るよりもいっそ集団で押し入った方が良いかな」


ふむ、とライリーは顎に手を当てて考える。しかし、オースティンはライリーの言葉を聞いて僅かに顔色を変えた。


「お前、まさかとは思うが王都を戦場にするつもりか?」

「そんなわけないだろう」


心外だと言いたげにライリーは片眉を上げる。しかし、ライリーの独り言はオースティンが勘違いしても仕方のないものだった。改めてライリーの言葉を脳内で反芻したオースティンは、わずかに身を乗り出す。


「こっちの人員が大公派に捕まらないように、ある程度戦力を纏めて王都に入るってことだろう? でもそれをしたら、大公派の治安部隊と正面衝突するだろうが」

()()()突入したらそうなるね」


ライリーは意味深に頷く。更に言い募ろうとしたオースティンは、引っかかりを覚えて口を噤んだ。少し考えて疑わし気な視線をライリーに向ける。


「普通……?」

「そう。でも王都を戦場にする気はないし、それにやる気がないという王立騎士団を傷つけるようなことになるのも無意味だしね。それなら、向こうから扉を開けて貰うだけの話だよ」


だから私たちは正々堂々と、大手を振って凱旋すれば良いんだよと、ライリーは悪戯っぽく微笑む。しかし、オースティンにはライリーの言っていることの半分ほどしか理解できなかった。


「大公派の戦力を無効化するってことか?」

「そういう見方も出来るだろうね。でも、武力を使うわけじゃないよ」


ライリーは意味深に笑う。オースティンはまだ完全には理解できず、不可解な表情を崩さない。

敵の戦力を無効化するには幾つか方法がある。当然、幼少時から教育を受ける中で兵法を学んでいるオースティンも、ある程度の知識はあった。今回は敢えていうならば、籠城した敵をどのように少人数で攻め落とすかと言ったところだろうか、と考えていたところの、ライリーの発言である。

だが、ライリーは確信めいた笑みを浮かべるだけだった。


「ここから先は、ヘガティ団長たちの力も借りないといけないからね。それにまだ、待っている情報もある。明日の朝、皆を集めて話そう」


オースティンもライリーとは長い付き合いだ。ライリーがこのような態度を取る時は、頑として口を割らないことも承知している。それに、オースティンも一足先に王都へと向かって情報収集してきたため、疲労が溜まっている。

あっさりと気分を切り替えたオースティンは頷いた。


「分かった。それなら俺はもう寝ることにするよ」

「うん、強行軍だっただろうから、ゆっくり眠ってくれ」

「ああ」


ライリーに労われたオースティンは椅子から立ち上がると、隣室に向かう。ライリーの護衛も兼ねているオースティンの部屋は、常にライリーの隣にあった。

扉の向こうに消えていくオースティンを見送ったライリーは、おもむろに視線を眼前の剣にやる。


ヴェルクを発って徐々に姿を変える破魔の剣は、不思議とライリーの手に馴染んだ。これまでも、ライリーは剣を持って戦う時に周囲が遅くなるような、自分だけが普通の時間で動いているような、そんな不可思議な感覚に陥ることが良くあった。

そうでなくとも、ライリーは十二分によく戦えたし、周囲からも優れた剣士だと評価されている。

だが、破魔の剣を持てば、不思議とこれまでになく体が動いた。本来であれば気が付かない、死角かつ遠方からの攻撃にもいち早く勘付く。身体強化の魔術も、これまで以上に質が上がり長時間保てるようになった。更に言えば、防御の結界を展開する速度も、以前より格段に速まっている。


その全てが、破魔の剣のお陰ではないかとライリーは考えていた。

だが、まだ確証はない。今の段階で誰かに言うことはないと、未だ心一つに秘めている。


「まぁ、それはそれとして――やはり大公派の動きがないことが気に掛かるね」


誰に言うともなく呟いたライリーは、剣を枕元の壁に立てかけ、自分は寝台に上がった。宿屋であるため、ライリーが普段暮らしていた王宮の私室にある寝台と比べると酷く狭いし、固い。しかし、ライリーは大して気にしていなかった。

幼少時には王宮の窮屈な暮らしにうんざりして、一人物置のような場所に潜り込んだまま寝入ったこともある。大きくなってからはあまり自由も効かなくなったが、大して寝所に拘る気質ではないためか、たいていの場所で寝ることができる。


目を閉じながらも、ライリーは脳内でこれまでに得た情報を整理していた。

スコーン侯爵軍は敗走し、王都には戻っていないらしい。侯爵共々戦線を離脱したと判断しても構わないはずだ。となると、王都に残っている主要な大公派はメラーズ伯爵とグリード伯爵の二人である。そのうちメラーズ伯爵の方が表立って来たため、大公派と言えばたいていの貴族がメラーズ伯爵を想起する。しかし、本当に警戒すべき相手はグリード伯爵ではないかと、ライリーは常々思っていた。


メラーズ伯爵も愚かではない。使える相手でなければ、大公派の中枢には置かないだろう。スコーン侯爵は、その点非常に理解しやすい相手だった。侯爵という地位があり、更には私兵も十分抱えている。息子は王立騎士団八番隊の隊長を務めているのだから、大公派として取り込んでおいて損はない。

だが、グリード伯爵はそうではなかった。伯爵という地位や経歴を見ても、元外交官として腕を鳴らしていたメラーズ伯爵本人に劣っている。それにも関わらず、グリード伯爵は初期から大公派として中枢に居座っていた。目だった功績もないにも関わらず、メラーズ伯爵には信頼されているようである。


「友人という建前にはなっているけれど――メラーズ伯爵と一番付き合いが深い人物がグリード伯爵というのが、腑に落ちない」


影に調べさせたこともあるが、グリード伯爵に関して目ぼしい情報は入手できなかった。あまりにも身綺麗で、どうやら証拠隠滅の才があるらしいと思ったものだ。


「その二人が王都に残っていて、王都の警戒を高めるだけとは到底思えない。ここまで私たちを放置していたのも、何か魂胆があるような気がするんだよね」


だがそれが一体何なのか、まだライリーには分からなかった。

考えても仕方がないかと思いながら、ライリーは一旦大公派の企みを脇に置く。そして次に思い浮かべたのは、クラーク公爵領に封印具を探しに行ったクライドたちのことだった。クライドにはエミリアとベラスタが随行している。国王がクラーク公爵領に入るという嘘の情報を大公派が信じていてくれたら、クライドたちの元には八番隊が向かったはずである。

尤も、エミリアとベラスタ、クライドだけでは八番隊の相手は重たい。だから、王都で大公派の監視下に置かれている二番隊が合流できるよう、手筈を整えた。その全てが順調に進んでいれば、王都に入るより前にクライドたちとも合流できるはずだ。


「あとは――()()()()()()()()()()()()()()()()()、だね」


その呟きを最後に、ライリーの意識は闇へと沈んだ。




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