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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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66. 仕掛けられた罠 4


ソーン・グリードは、室内に入って来た父親をソファーに座らせた。リリアナ用に淹れたお茶はあるものの、グリード伯爵は冷たい一瞥をくれて「下げろ」と言う。リリアナは茶に手を付けていないものの、さすがに父親とはいえ伯爵にそのまま飲ませる訳にもいかない。大人しく新しく茶を淹れて出せば、グリード伯爵は一口茶を飲みながら鼻でソーンを笑った。


「まさか、この私の息子が手ずから茶を淹れるようになるとはな。魔導省長官になったというのに、未だ使用人一人付けられんままか」


元々魔導省では各魔導士に使用人をつけたりする文化はない。そもそも魔導省に勤める魔導士は、分類すれば文官に当たる。文官が身の回りを世話する者を持つなど、ソーンは聞いたことも見たこともなかった。

だが、グリード伯爵は理解できないだろう。彼は根っからの貴族であり、それ以外の生き方には全く興味を示さない人物でもあった。


「それで、私に御用ですか」


ソーンから見ればまだ少女でしかない令嬢が、魔力封じの枷をつけられて連行されるという衝撃的な場面を目撃してからそれほど時間も経っていない。ソーンは内心では動揺していたが、だからこそ、父親との面会を長引かせたくはなかった。

しかしグリード伯爵は直ぐに用件に入るつもりはない様子で、ゆったりと茶を飲んでいる。ようやく口を開いたかと思えば、グリード伯爵が口にしたのはリリアナのことだった。


「さっきの令嬢とは、交流があるのか」

「いえ――ええ、王太子殿下の御婚約者としては面識がありますが、個人的にお会いするのは今回が初めてです」

「ふん、そうか」


グリード伯爵は、自分で聞いておきながらも大して興味はない様子で頷いた。だが、全く無意味に尋ねたわけでもないらしい。ソーンが対面に座ると、グリード伯爵は僅かにぶっきら棒に告げた。


「あの娘は愚かにも大公閣下(おうぞく)に歯向かおうとしたのだ。王宮からの命令を適当に誤魔化して済まそうなど、安直にして暗愚な謀に過ぎん。お前もその点は良く分かっていると思うが」


父親の言葉に、ソーンの眉がピクリと動く。ソーンは一瞬言葉に詰まったが、父親に勘付かれるより早く頷いた。


「勿論、承知しております。――父上は、先ほどの話を聞いてらしたのですね」


それは問いかけではあったものの、確信に満ちたものだった。グリード伯爵の台詞は、リリアナとソーンの会話を聞いていない限りは決して発せられるはずのないものだった。

盗み聞きを指摘されたにも関わらず、グリード伯爵は堂々とした態度で全く悪びれた様子もない。それどころか、自らの先見の明を誇るような態度で口を開いた。


「当然だろう。元々、私はあの小娘を疑っていた。王太子との婚約を破棄して大公閣下に阿るなど、あの年頃の女であれば同じ年ごろの見目麗しい男を手放すとは思えん。父親が居れば命じられるがまま動いたのだろうと考えるところだが、アレには父親もおらんからな。いつかは尻尾を出すだろうと思って見張らせていたが、ここまで掛かるとは正直予想外だったわ」


グリード伯爵は、忌々し気に鼻を鳴らす。

彼は元々リリアナに薄々違和感を覚えていたため、監視をつけていたのだと明らかにした。今回は、リリアナが動くという確信があったのだろう。実際に、グリード伯爵は何を思い出したのか楽し気に笑みを深めた。


「今回は魔導省の門番に、あの娘が来れば私のところへ一報入れるよう金を握らせて(言い聞かせて)おいた。滞りなく仕事をしてくれたわ」


つまりリリアナはグリード伯爵が仕掛けた罠に引っかかったということだろう。そしてグリード伯爵は、王宮が魔導省に命じる任務をリリアナが阻止しようと動くことを予想して、捕縛の準備を整えていた。捕らえることとなった理由は転移陣の不正利用だが、そもそもその転移陣は利用されていないことはソーンも良く知ってる。


「捕らえる理由として転移陣の不正利用を上げていらっしゃいましたが、私が解析をした結果では、彼女の魔力は検知出来ておりません」


念のため、ソーンは事実を指摘した。そもそも転移陣が使われていないことを今ここで明らかにしても構わなかったが、まだソーンは全貌を把握できていない。父親に伝える情報は最小限の方が良いだろうと判断してのことだったが、案の定グリード伯爵は頓着しなかった。


「そんなもの、後で証拠などどうとでもなる。我々には大公閣下が付いておいでだ。恐れることはない」


やはり冤罪だったのかと、ソーンは溜息を堪える。グリード伯爵はそんな息子の様子には気が付かず、さっさと言葉を続けた。


「あの小娘のことは忘れて、お前は為すべきことをしろ。ここで我が伯爵家の為に働くのだ」

「――と言われましても、具体的には何を?」


ソーンはリリアナから事前にあらましだけを聞いてはいるが、詳細は知らない。問うてみれば、グリード伯爵は眉根を寄せてじろりと息子を見た。その双眸には聞き分けの悪い息子に苛立つような光があり、ソーンの体は反射的に震える。どうにか体の震えを抑えて静かに父親を見れば、グリード伯爵は「あの娘に聞いたのではなかったのか?」と言いながらも、それ以上の文句や暴言は口にはしなかった。


「魔導省には大量の魔導石が残っているのだろう。それを全て、王宮の地下迷宮(ダンジョン)入り口に一晩放置し、翌朝回収するというだけの仕事だ。回収した魔導石はこの地図に記した通りにばら撒け」


グリード伯爵が背後に立つ魔導士に指示を出すと、魔導士は無言でローブの懐から地図を取り出す。その魔導士は、伯爵たっての願いで、魔導省から特別にグリード伯爵家へ無料で出向させている男だった。本来貴族が個人的に魔導士を雇うとなればかなりの大金が掛かるが、そこは吝嗇(りんしょく)家のグリード伯爵がソーンに無理強いをした結果である。

ソーンは受け取った地図に目を落していたが、ちらりと上目遣いに伯爵を見る。父親の発言で、気になることは多々あったが、その筆頭は魔導石の存在を伯爵が知っていることだった。


「魔導石、ですか」

「そうだ。魔力の入っていない、空の魔導石があるだろう」

「ああ、鉱石のことですね」


敢えてソーンは父親の発言を訂正する。一般人にとっては、魔力を込められていないただの石ころも、将来的に魔導石になるのであれば魔導石なのだろう。だが、魔導士であるソーンにとってその二つは明確に違う。

しかし、息子に訂正されたグリード伯爵は不機嫌に眉間に皺を寄せた。


「どっちでも同じだろうが」

「失礼しました。しかし、その情報をどこで手に入れられたのですか?」


魔導省に大量の鉱石があることは、魔導省の中でも限られた人間だけが知っていることだった。本来であれば、魔導省が購入する鉱石の数は決まっている。しかし、四年ほど前に時の魔導省長官ニコラス・バーグソンが“お得意様”から頼まれた極秘の仕事によって、以来魔導省で購入する鉱石の数はかなりの量に上っている。

王太子ライリーが魔導省の人事に手を入れた時に人手不足のため納品量と納品時期に余裕を持たせるように変更したものの、それまでは要求される魔導石の量も増えるばかりだった。

それが、ある日を境にぱたりと納品の要求が止まったのである。それもここ最近のことだったが、次に要請された時のためにと、ソーンはある程度の鉱石を備蓄していた。


「誰でも良いだろうが」

「いえ、残念ながらこれは由々しき事態です、父上」


不機嫌にソーンの問いを一蹴した父親に、ソーンは敢えて強く言い募った。内心では冷や汗を掻いていたが、ここは父親に対してはったりを見せる時である。


「魔導省の備蓄は我が国の戦力そのもの。その備蓄内容が外部へ漏出しているということは、隣国に隙を見せていることに他なりません」


そもそも、ソーンはニコラス・バーグソンから指示を受けた時からこの方、例の“お得意様”の正体を知らない。連絡を取る相手は身元も年齢も不詳の人物で、辛うじて分かるのは相手が男だという程度のことだった。

これまでは保身も考えて踏み込まなかったものの、今こそ知るべき時ではないかと思えた。もしかしたら四年前から大公派に与する貴族がライリーを王太子の座から引きずり降ろそうと企んでいたのではないかという疑念が沸き起こる。もしソーンの直感が正しいのであれば、これまで見て見ぬふりをして来た己に唾棄したい気分だった。


だからといって、正直に全てを話したところでグリード伯爵が正直に全てを打ち明けるとは思えない。それならばと国防の観点から攻めてみることにした。

グリード伯爵は、苛立ったように舌打ちを漏らしたが、ここで誤魔化しては息子が鉱石を出さないと思ったのかもしれない。明らかに腹立たし気な口調で、伯爵は答えた。


「大公閣下がご存知だった。あの方も王族なのだ、魔導省内部のことを知っていようが別におかしなことではないだろう」


しかし、ソーンは素直には頷けない。とはいえここで反論しても意味がないことは、ソーン自身が良く知っていた。


「――なるほど、大公閣下なら安心です」


全く本心ではない言葉を、しれっとソーンは告げた。

ソーンがニコラス・バーグソンから引き継いだ“お得意様”の仕事は、今ではソーンともう一人若手の魔導士しか知らない。その若手の魔導士も、ソーンの指示を受けて断片的な仕事をこなしているだけで、全貌は把握していない。つまり、外部の者であっても“お得意様”の関係者でなければ鉱石が大量に魔導省に保管されている可能性には思い至らないはずだった。

だが、フランクリン・スリベグラード大公が本当に“お得意様”だったのかも疑問が残る。当初ニコラス・バーグソンが仕事を持って来た時、大公は滅多に王都には寄り付いていなかった。尤もお忍びで来ていたらソーンが知る由もないのだが、ニコラス・バーグソンと大公の間に繋がりがあったとも思えない。

結局謎は残ったままだが、これ以上問い詰めてもグリード伯爵が何かを知っているとも思えず、ソーンは別の疑問を投げかけた。


「王宮の地下迷宮(ダンジョン)とは初めて聞きましたが、それはどこに?」

「地図に描いてあるだろう、そこだ」


グリード伯爵の返答は投げやりだ。もしかしたら伯爵も地下迷宮(ダンジョン)の存在を知らなかったのかもしれないと思いながら、ソーンは再度地図に目を落とす。王宮の裏手にある塔に、地下迷宮(ダンジョン)への道はあるらしい。だが、地図を見る限りその場所には入り口などないはずだった。


「確か、ここの塔に地下への通路はなかったように記憶していますが」

「私が知るものか。そこの管理は魔導省がしていると聞いたぞ。近づくには魔力が必要ということだからな、行けるのは魔導士だけということだ。それなのに入り口すら知らんということは、お前に長官としての責任感がないという事ではないか」


あからさまにソーンを馬鹿にしたグリード伯爵の言い方に、ソーンは一瞬むっとする。しかし、どうにか堪えた。ここで喧嘩になっても意味がない。


「――大変失礼いたしました。確認して仰せの通りに致します」

「くれぐれも失敗するなよ。お前が失敗すれば、お前もろとも我が伯爵家の権力は地に落ちるのだからな」


低い声音でグリード伯爵が念を押す。

既に、スコーン侯爵が王太子の捕縛に失敗している。まだ大公の機嫌は損ねられていないが、今回グリード伯爵がしくじれば、大公がどのような感情を抱くか分からない。

これから先の明るい未来のためにも、グリード伯爵は全ての期待をソーン(むすこ)に掛けるしかなかった。


「だがまあ、お前も落ちこぼれとはいえ魔導省長官の座につく程度には能力があるのだ。期待を裏切るなよ」


以前のソーンであれば、父親に認められようと一念発起したかもしれない。しかし、今のソーンはそんな気持ちにはなれなかった。

自分より遥かに年若い少女に魔力封じの枷をつけ、口汚く罵った印象が強い。昔から他人を馬鹿にして生きて来た父親が、大公の元で権力を伸ばせばどうなることか――それを考えただけで、ソーンは腸が煮えくり返るような気がした。


そんなグリードを顧みることなく、グリード伯爵は用件は終わったとばかりに立ち上がって部屋を出て行く。入り口まで見送ったソーンは扉を閉めると、頼りない足取りで執務机の前に置かれた椅子へと崩れ落ちるようにして座り込んだ。

くしゃりと、髪の毛を掴む。


「――どういう、ことだ?」


疑問と様々な感情が、脳内を渦巻いては消える様子もない。

今は行方を晦ましているベラスタ・ドラコも、そして憎きベン・ドラコも、大公の治世では冷遇され日陰の身のまま死んでゆくしかないのだろう。それが嬉しいとは、ソーンは到底思えなかった。

正統な手段でベン・ドラコを排するならばともかくも、姦計に等しい手段で追い落とすなど許し難い。冤罪で少女を牢獄に入れ、そして当然の顔でソーンたち魔導士に命令を下しただ働きさせる。


なにより、ソーンの頭にはリリアナの忠告が克明に残っていた。


一般の魔導士が知らない、王宮地下迷宮(ダンジョン)の入り口。

その入り口ですらなく、()()()()()()()()魔導士の体調が悪くなる可能性があるという、警告。

命じられる通りのことを為せば、国の存亡にかかわるという。


だが、グリード伯爵は一言もそんなことは口にしていなかった。ただ、我が家のために着実に任務を遂行せよという、それだけだ。


「きっと、父上は私が死んでも気に止めることはない」


昔のソーンであれば、認めることも辛かった。だが、今は最早諦めの方が強い。だからこそ、低く無感動の声は不気味なほど静かに部屋に響いた。


間違いなく、グリード伯爵はソーンの死を聞いたところで「そうか」と頷くだけだろう。葬儀を滞りなく済ませるように部下に任せ、人目を気にして喪に服すことはあっても、一切心は動かない。

グリード伯爵にとってソーンは出来損ないの、居ても居なくても変わらない、不肖の息子だ。その父親が、息子のためを思って何かをすることなどあり得ない。ただの駒としか思っていない父親の言葉を、信頼できるはずはなかった。




25-1

33-10

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