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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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9. 絡む糸 4


ペトラとリリアナは、魔導省副長官室の地下に向かう螺旋状の石段をゆっくりと降りて行った。足元も暗く良く見えないが、歩くに従い壁の蝋燭が自動で灯る。背後を振り返れば、少し離れた場所の蝋燭は自動的に消えていた。便利なものだとリリアナは感心する。

前世では感知センサー付きの照明器具があったと記憶しているが、この世界でも似たようなものを見るとは思わなかった。


『蝋燭が自動で消えるのは、便利ですわね』

「これは魔道具使ってるんだよ。ただ高価だし魔力がある人間相手じゃないと反応しないからね、一般には普及しないと思うよ」

『そうなのですね』


リリアナは納得する。確かに魔力がなければ反応しないのであれば、庶民への普及はまず無理だろう。もし本格的に広めたいのであれば、魔力ではなく赤外線や超音波などを使う必要がある。それに、“高価”だというペトラの台詞も気になった。


「蝋燭自体に術式書き込まきゃいけないからね。蝋燭って燃えたら短くなるでしょ」

『――そうですわね。それでしたら、蝋燭立てに術を組み込むことはできませんの?』

「うーん、それも試してみたけどなかなか上手く行かなかったんだよね。蝋か芯のどっちかに術式組み込まなきゃいけなかった」


なるほど、とリリアナは納得する。

蝋か芯に書き込まなければならない上に、燃えて短くなっても術が続くよう術式を組み込む範囲にも神経を使う必要があったのだろう。


しばらく階段を下りると、ようやく地下室に到着する。地下室は薬草の独特な臭いに満ちていた。ペトラが手を振ると地下室に光が灯る。ペトラはリリアナに椅子を勧めた。どうやら準備に多少、時間がかかるらしい。壁の棚から薬草を取り出し煎じる。そして、魔道具を床に置き、不可思議な文様を描き始める。その作業を眺めながら、リリアナはペトラに気になっていたことを尋ねた。


『副長官様とは親しゅうございますの?』


護衛を担ってくれていた間に聞いた話でも、ペトラは魔導省を心底嫌っている様子が窺えた。彼女の性格からしても、多少良いところがある程度で魔導省に居続ける意味がないように思えたのだ。その矢先に現れたのが副長官である。他の魔導士たちとは一線を画して、ペトラは副長官に心を許しているように見えた――もしかしたらペトラが魔導省に居る理由が、副長官にあるのかもしれないと穿って考えるほどに。

しかし、はぐらかされるかもしれない。そんなリリアナの推測を裏切って、ペトラはあっさりと頷く。


「ああ、あたしを魔導省に連れて来たの、ベンだから」

『それは、後見になったということですか?』

「うん、後見になったのはあいつの親だけど、実際に色々やってくれたのはあいつ。あたし、孤児だったんだよ。戦争孤児ってやつ」


テキパキと準備を進めるペトラはあっさりと何でもないことのように告げる。瞠目するリリアナに、ペトラは更に言葉を続けた。


「十六年前にさ、この国で戦あったでしょ。元々、親も移民でこの国に流れて来たし、行く場所もなくてさ。その時に、アレが拾ってくれたの」


アレ、とは恐らくベン・ドラコ副長官のことだろう。そして十六年前にあった戦――この国であった政変のことだ。結局前国王が平定したが、全くの無傷という訳にはいかなかった。その時に前国王が“鬼神”と呼ばれたことを考えると、戦火の激しさも想像できるというものだ。勿論、戦地となった領地の被害は悲惨だったはずだ。ペトラとその家族は、その内のどこかで被害にあったに違いない。

黙って聞いていると、苦笑混じりにペトラは言う。


「あたしが呪術に興味があって、そこそこ適性があるって分かった時点で、魔導省に入るための勉強も手続きも全部やってくれた。あいつが居なかったら、あたしはここには居ない。居てやる義理もない」


ふっと一瞬表情が消えたペトラの顔は冴え冴えとしている。

しかし、すぐに穏やかな表情に戻り、ペトラは「魔術バカで生活も破綻してるけど、良いヤツだよ」と珍しく褒める。ぶっきら棒な言いざまだったが、そこに宿る感情は特別なもののようにも聞こえて、リリアナは一瞬言葉を失う。

沈黙が落ちる――少し考えて、リリアナは首を傾げた。


『――そのお話は、わたくしが伺っても宜しいものでしたの?』


リリアナの質問にペトラは作業の手を止め、肩越しにリリアナを振り返って目を丸くした。そして、わずかに頬を緩める。魔導省で会ってから、初めて見る柔らかな笑みだった。


「あんた、年の割に大人びてるし、こういう話を無闇に広める性質じゃないでしょ。声が出ないとか、そういう話じゃなくてさ」


だから大丈夫なのだと言うペトラは、リリアナを信頼しているのだろう。妙な居心地の悪さを覚えて、リリアナは椅子の上でわずかに身じろぐ。

ペトラは「よし」と言うと、リリアナに立つよう言った。


「準備が出来た。さっそくだけど、あんたのその喉に掛けられた術の解析を始めようか。あんたの力は強すぎるから、自分から受け入れてくれないと上手くいかない」

『ええ。分かりましたわ』


リリアナはペトラが指し示す場所に立った。


「目を閉じて、リラックスして――()()()()()()()イメージを持って」


言われた通りに目を閉じる。すると、体全体を温かい膜のようなものが包む感覚がした。極力体から力を抜いて、膜を受け入れる。喉が熱い。じりじりと焼ける感覚に、しかしリリアナは耐えた。

感覚が徐々に鈍くなっていく。

水中にいる時のように、漂う流れに身を任せる。


「――ゆっくり目を開けて」


ペトラの声が妙にはっきりと聞こえた。リリアナは瞼を持ち上げる。

視界は一面の淡い金に染まっていた。


「上手くいったね」


目の前に立っているペトラが満足気に笑みを浮かべる。

金に染まっていると思った視界は、よく見れば不可思議な文様だった。幾何学模様の中に埋め込まれるようにして描かれた文字は蔦を思わせる装飾の美しさで、飽きることのない変化を見せている。


『これは――?』

「あんたの喉に掛けられた呪術の概要を、目に見える形で術式として顕現させた。この術だと大まかなところしか分からないけど、使えたみたいだね。一般的な呪術で良かったよ」


リリアナは少し考えて質問を口にする。


『それは、以前教えていただいた“呪術に決まった術式はない”ことと関係していますの?』

「ご名答」


ペトラはにやりと笑った。指先で魔法陣を空中に描きながら、術式を展開していく。指の動きに従って、金色の文様は姿かたちを変えていく。


「呪術の解析は、だから難しいし手間がかかる。最初に系統を分析しなきゃいけない。今のところは“西方式”と“東方式”、どちらにも分類されない“未系統”の三つに分類することになってる。あんたの喉に掛けられた術は“西方式”だね」


それなら解呪は比較的簡単だとペトラは呟いた。


『東方式は解呪が難しいのですか?』


未系統に分類される呪術の解呪が難しいことは想像がつく。系統が統一されていないからこそ、解析には時間も手間もかかるだろう。一方、“東方式”の解呪が難しいというのは予想外だった。“東方式”と名称があるということは、ある程度歴史も種類も豊富だと想像がつく。

ペトラは真剣な表情で頷いた。


「そう。西方式はあたしたちの使う魔術と基本概念が似ているんだよね。だから術式も作りやすいし、逆算して解呪もしやすい。でも東方式は全く違う。歴史も基本理念も違うんだよ」


西方式はスリベグランディア王国も含めた地域で発達した呪術であり、東方式はユナティアン皇国よりも更に東方で発達した呪術のことだ。東方の国では魔術よりも呪術が中心となって発達したこともあり、今でも東方式の呪術は詳細が分からないという。


「大雑把に言うと、西方式は事象を分類して系統立てて理解することで真実に近づこうとする。東方式は世界の理を定義した上で、世界を分類する。立ち位置と見ている方向が真逆だね」

『――それは禁術の類では?』


ペトラの言い分を素直に受け止めれば、東方式の呪術は“無”から“有”を生み出すことに聞こえる。しかし、ペトラは「だからこそ、西方式ではできない呪術も東方式の理論に則ればできてしまうんだよ」と笑って返した。その目は笑っていない。


「それに、だからこそ“東方式”の呪術は魔導省で厳重に管理されてるし、関わって良い人間も限定されてる。理解することすら難しいっていうのも理由の一つだけど。関わっている人間は、他の魔導省の人間よりも更に厳しい管理下におかれる」

『貴女も関わっていらっしゃるの?』

「うん、関わってるよ。むしろ東方式に関わってるのは、非管理職ではあたしだけ」


どうやらペトラはかなり優秀な魔導士らしい。リリアナが感心している内に、ペトラは呪術の解析を終えたようだ。


「じゃあ一旦終了するね。あんまり続けると体にも負担だし、これ以上はまだ分からないみたいだ」

『何か、わかりまして?』

「うん。とりあえず疲れたでしょ? 座りなよ、お茶飲みながら話そう」


リリアナは促されるがまま椅子に座る。ペトラは部屋の隅の簡易キッチンでお茶を淹れると、コップを二つ持ってリリアナの対面に座った。差し出されたカップを受け取ったリリアナは一口飲む。爽やかな味は独特だ。


「それ、東方から輸入した茶葉」

『なるほど、それでこのように独特なお味なのですね』


風味もそうだが、味も中国茶に似ている。リリアナの好きな味だった。


「それで」


お茶を飲んで一息ついたペトラは口火を切る。


「思い出して欲しいんだけど。あんたの声が出なくなった時、身近に毒にまつわるものなかった?」

『毒、ですか?』


唐突な質問にリリアナは首を傾げる。毒、と言われても思い至らない。


『父がもしかしたら、屋敷に何かしら置いていたかもしれませんが――』

「――あんたの父親って本当、何考えてんだろね」


リリアナの口調から、その“毒”が恐らくリリアナに害意を持って置かれたものなのだろうと受け取ったペトラは半眼になる。リリアナは苦笑を漏らしつつ、『確証はございませんから』と小さく首を振った。ペトラも気を取り直して笑う。


「そうじゃなくて。もっと身近な――例えば、そうだね。あんたの部屋の中、とか」

『部屋の、中』

「うん。声が出なくなる前、長くても一週間以内に身近に新しく来たものとか、置かれたもの」


思いつかない様子のリリアナを励ますように、ペトラが言葉を重ねる。リリアナは手に持ったコップの茶を何とはなしに眺めながら、記憶を辿った。


(わたくしの声が出なくなったのは、流行り病で高熱が出たから――ちょうど六歳の誕生日を迎えた翌日のことだったわね)


そこから一週間寝込んだリリアナは、目覚めて声を失ったことを知ったのだ。


『熱を出して一週間ほど寝込んでしまい、目覚めたら声が出なくなっておりましたわ。その期間に室内に新たに置かれたもの――と言いましても、わたくし意識がなかったものですから』

「――それなら、熱を出した日を起点としたら?」


ペトラが探るような目つきでリリアナに尋ねる。リリアナは頷いた。


『熱を出したのはわたくしの誕生日の翌日でございました。誕生日でございましたので、家族から例年通りプレゼントが――』


リリアナは、息を飲む。


誕生日プレゼント――父からは、万年筆。兄からは、刺繍の入ったショール。そして母からは――()()()()()()が送られて来た。


――――鈴蘭は、毒花だ。


コンバラトキシンやコンバロシドが花や根に含まれており、触れると皮膚が炎症を起こすこともある。体に取り込むと眩暈や嘔吐、酷ければ心臓麻痺を起こし死に至る――毒性は青酸カリの十五倍。鈴蘭を生けた花瓶の水を飲んで中毒症状を起こしたケースもあり、花粉にも微量ではあるが毒素が含まれていると言う。

美しい花に含まれた毒の存在を、この世界の人間が知っているかは分からない――だが。


『――――鈴蘭。鈴蘭の鉢植えが、送られてきましたわ』

「鈴蘭?」

『ええ』


ペトラが目を瞬かせる。リリアナは真っ直ぐに目を見返して頷いた。


『鈴蘭には、毒が含まれていますわね』


リリアナは口角を上げる。

――尻尾を捕まえたのだ。己に害をなす、その存在の尻尾を。


ペトラは頷く。


「それなら、多分それだろうね。今度、持って来れる? 呪術に使った道具があるなら、解呪も直ぐに終わる」

『承知いたしましたわ。次、こちらにお持ち致します。いつが宜しいかしら?』

「そうだね」


リリアナの質問に、ペトラは少し考えた。


「話を聞いてると、ここにあんたが来ていることは伏せた方が良いだろうし――次、王宮で王太子に会う時で良いんじゃないかな。今回みたいに準備に時間も掛からないし」

『ええ、分かりました』


リリアナは頷く。ペトラの申し出は有難かった。

鈴蘭の鉢植えは母親から送られて来たものだが、手配したのは執事のフィリップだ。母親が策を弄したのか、それとも母親は知らずにフィリップの独断だったのか、判断はできない。父親がフィリップに指示した可能性もある。

自分の動きが下手に知れてはペトラに害が及ぶ可能性も否定できない。

それは避けねばならない事柄だった。


「それじゃあ、今後の方針が決まったところで」


ペトラはニッと笑った。


「お菓子、食べて帰りな」


どうやら、この地下室にはペトラ好みのお菓子があるようだ。ペトラはいそいそと簡易キッチンの隣に備え付けられた棚に向かい、両手いっぱいの菓子を持って戻って来た。




S-1

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