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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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66. 仕掛けられた罠 3


最初にすべきことは、魔導石――厳密には魔導石の元となる鉱石だが、それを王宮の地下迷宮(ダンジョン)入り口に放置させないことだ。そう決めたリリアナは、まずソーン・グリードに接触することにした。

グリード伯爵は自分の息子にいつでも連絡を取ることができる。グリード伯爵(ちちおや)からソーン・グリード(むすこ)へと出される命令自体を阻止しても良いが、それだとグリード伯爵に勘付かれる可能性があった。万が一、リリアナの妨害行為が失敗する時のことを考えると、ソーン・グリードが王太子(ライリー)に協力していると気が付かれてはならない。そのため、リリアナはグリード伯爵には気が付かれないように、ソーンの元へ行く計画を立てた。


時間があるのあれば手紙を送ることも考えたが、生憎と猶予はない。それならば直接向かうべきだが、残念ながら魔導省にはベン・ドラコが張った結界がある。転移の術で無理矢理ソーン・グリードの元に行くことが出来ないわけではないが、それをすると魔導省を護る結界に不具合が出る可能性があった。


「致し方ありませんわね」


小さく呟いたリリアナは、屋敷から魔導省へ馬車で向かうことにした。魔導省の近くまで転移の術で移動し、その後徒歩で魔導省に入っても構わないのだが、それだとリリアナが徒歩で屋敷から魔導省に行ったことになってしまう。公爵家の令嬢である以上、あってはならないことだ。

馬車を転移させることも不可能ではないが、それをすれば御者と護衛に、リリアナが転移の術を使えることが知られてしまう。ジルドであれば既に知っているから良いものの、今リリアナが抱えている御者と護衛は誰一人としてリリアナの能力を知らなかった。


リリアナは鈴を鳴らして、マリアンヌを呼ぶ。魔導省に出かけると伝えれば、マリアンヌは一礼して準備を整えるために部屋を出て行った。

扉が閉まった後、リリアナは溜息を吐く。手早く指示を終えたマリアンヌが部屋に戻って来たところでリリアナも外出用の服に着替え、屋敷を発った。



*****



魔導省に到着したリリアナは、門番に来訪を告げ、馬車から降りた。お忍びのため馬車は黒い幌馬車で、公爵家の紋章もない。門番に告げた名前もリリアナ・アレクサンドラ・クラークではなく、偽名だった。

御者は馬車に待機させ、護衛のオルガだけを引き連れ魔導省の正面玄関を潜る。扉を閉めたリリアナは、受付に居る鷲へと用件を告げた。


「ソーン・グリード殿にお会いしたいのだけれど」

『承知イタシマシタ』


鷲は答えると、机の上から飛び立ち何処かへ向かう。恐らくソーンに来客を伝えに行っているのだろう。受付の机には一羽の鳥もいなくなったが、すぐに別の鷲が姿を現し何食わぬ顔で机の上に止まった。そして暫く、新たに机の上で寛いでいた鷲がもぞりと動いたかと思うと、リリアナに告げる。


『面会ノ準備ガデキマシタ。ゴ案内シマス』

「ありがとう」


恐らく初めて魔導省を訪れた人は驚くだろうと他人事のように思いながら、リリアナは飛び始めた鷲の後ろを付いていく。オルガはその後ろに平然と付き従っているが、鷲が話しているのを見て僅かに動揺している気配があった。リリアナはそんなオルガを一瞥し、久々にくすりと微笑を零す。

リリアナは気が付いていなかったが、それはライリーたちが王都を離れてから初めて浮かべた本当の笑みだった。


暫く歩いて、リリアナたちは副長官室に辿り着く。リリアナが来ることを悟っていたらしいソーン・グリード、リリアナが扉を叩くより早く扉を開けた。


「突然いらっしゃるとは思いませんでした」

「前触れもなく、悪かったわね」


リリアナは一言告げると、室内に足を踏み入れる。

初めてリリアナが魔導省を訪れた時に案内されたのも、副長官室だった。だが、あの時の部屋の主はベン・ドラコだった。扉を開ければ、当時とは全く室内の様子が違う。ベン・ドラコが主だった時の副長官室は物で溢れ返り、今にも書類が雪崩を起こしそうだった。今の副長官室は整理整頓されていて、足の踏み場もある。

左手に目を向ければ、そこにはきちんと来客用のソファーもあった。ベン・ドラコが副長官だった時は魔道具の置き場になっていて、ソファーがあるとは気が付かないほどだったと思い出す。

そんなリリアナの視線に気が付いたソーン・グリードは、リリアナとオルガにソファーを勧めた。リリアナは一言礼を述べてソファーに座るが、オルガは護衛であるためその後ろに立つ。

手早く茶を二人分淹れたソーンは、リリアナの前に茶を置くと、対面に座った。


「突然、如何なさいましたか」

「貴方にお話がありますの」


ソーン・グリードは率直だった。そのため、リリアナも直ぐに話に入る。


「貴方のお父様はいらした?」

「父、ですか? いえ、来てはいませんが――」


戸惑った様子でソーンは首を傾げた。リリアナは真っ直ぐにソーンを見つめたまま、更に質問を重ねた。


「近々お会いになるご予定は?」

「いえ、ありません」


どうやらまだグリード伯爵は息子に連絡を取っていないらしいと、リリアナは安堵する。だが、近々会うつもりでいることに間違いはない。やはり早い段階で手を打って正解だったと思いながら、リリアナは早速本題に入ることにした。


「貴方に忠告があるのです。この後、すぐに魔導省に対して王宮から任務が課せられることとなります。その依頼を受けてはなりません」

「――つまり、任務を拒絶せよと?」


ソーンはその表情を険しくして、リリアナの真意を探るように目を細めた。ソーンはリリアナが誰の側に立っているのか、把握はしていない。噂を信じているのであれば、大公派に寝返ったと信じている可能性はあった。だが、リリアナが取れる選択肢は限られている。


「拒絶せよとは言いません。あなた方の立場を悪くするようなことがあってはなりません。しかし、王宮からの任務を着実に遂行すれば、この国は破滅します」


リリアナの口調に、切迫したものを感じたのか、ソーンは口を噤む。しばらく考えていたが、ようやくソーンは顔を上げた。


「その任務の内容を今、ここでお聞かせいただくことはできますか」

「――そうですわね。詳細は変わるかもしれませんが」


ソーンの問いに、リリアナは少し首を傾げる。グリード伯爵の判断によって仔細は変わるかもしれないが、大まかな方向性はフランクリン・スリベグラード大公が告げたものと変わらないはずだ。


「魔導省が保管している魔導石全てを、王宮の地下迷宮(ダンジョン)入り口に置くこと。この指示は変わりないでしょう」

「王宮の地下迷宮(ダンジョン)?」

「ええ」


王宮に地下迷宮(ダンジョン)があるなど、誰も知らないことだった。それはソーンも同じことだ。初耳だったらしいソーンは、きょとんとして目を瞬かせた。リリアナはそんなソーンを見て、更に言葉を続けた。


「彼らは何も言わないでしょう。けれど、王宮の地下迷宮(ダンジョン)()()でさえ魔導士の方々の体に負担が掛かるはず。仮に()()()()行くこととなっても、ゆめゆめ警戒を怠らなきよう。そして、近辺の魔力を魔導石に吸わせてはなりません。彼らはその石を、王都中にばらまくつもりです」


どうやら重要な話らしいと理解しながらも、地下迷宮(ダンジョン)の存在を今初めて聞いたソーンにとっては、雲を掴むような話でしかない。神妙な表情で、しかしソーンは頷いた。


「――分かりました。父から話がありましたら、確認します」

「伯爵はこの任務遂行に賭けていらっしゃいます。大公閣下の御発案ですから、万難を排して事に当たるようご指示なさることでしょう。ですが、事は国の存亡に関わります。賢明な判断を下されるよう、切にお願い致しますね」


毅然とした態度で、リリアナは確信を持って告げる。

未だリリアナを信じて良いのか惑いの残るソーンだが、それでもリリアナの態度は間違いなくソーンの心を打った。

今は確信がなくとも、疑念を植え付けることができたらそれで十分だ。リリアナは自分の訪問に意義があったと確認し、気が付かれないよう小さく息を吐く。

茶を一口も飲んでいないことに気が付いたが、さっさと退散した方が良いだろう。いつ何時、グリード伯爵がソーンを訪ねて来るかも分からない。


リリアナは優雅な仕草でソファーから立ち上がると、ソーンに礼を述べた。


「お忙しいところ、お時間を頂戴しありがとうございました。わたくしはこれでお暇致しますわ」

「――は、大しておもてなしもできず」


ソーンは慌てて立ち上がると、頭を下げる。リリアナは一つ頷くと、オルガを伴って部屋を出ようとした。だが、その時違和感を覚えたリリアナは足を止める。


「お嬢様」


オルガが、扉を開けようとしたリリアナを制して庇うように一歩前へ出た。その双眸は鋭く、眼前の扉を睨み据えている。オルガもリリアナとほぼ同時に、違和感を覚えたらしい。

二人が凝視する先にある扉が、ゆっくりと開く。そこには魔導省のローブを着た魔導士が一人と、王立騎士団の制服を着た騎士二人、そしてグリード伯爵が立っていた。


「父上? どうしてこちらに?」


リリアナの背後で、訝し気な声が上がる。

リリアナは、彼女には珍しく冷や汗が背筋を伝うのを感じていた。オルガはグリード伯爵と面識はないが、その出で立ちからそれなりの地位にいる人物だと悟ったらしい。殺気は抑えたが、それでもリリアナに害を為す可能性を考えてか、その場を動こうとはしなかった。


「リリアナ嬢、残念ですよ」


グリード伯爵が息子の発言を無視して、優しく囁く。


「ずっと貴方に対しては違和感がありましてね。それでもまさかご聡明な貴方が愚かなことはなさるまいと信じ、ずっと泳がして(様子をみて)いました――まさか大公派(われわれ)を妨害しようとなさっていたとは」


一歩、グリード伯爵が後ろに下がる。それと同時に、二人の騎士が一歩リリアナの方へと近づいた。オルガが腰に提げた剣に手をかける。


「貴方はもっと賢明な方だと思っておりましたよ」


態度だけは残念そうに首を振りながらも、グリード伯爵の言葉には愉悦が滲んでいた。

しかしオルガは臆さない。鋭く進路を塞ぐように建つ四人を睨み据えながら、口を開いた。


「何のつもりで行く手を妨害するか。こちらに御座(おわ)すはクラーク公爵家がご令嬢、リリアナ・アレクサンドラ嬢である。不敬が過ぎるぞ」


その台詞は、公爵家の護衛に相応しい堂々としたものだった。だが、グリード伯爵は動じない。寧ろ、その後ろに控えていた魔導士が動揺を露わにした。騎士二人はリリアナの事を知らないのか、我関せずと言った様子で立っている。

グリード伯爵は視線をオルガに一切向けることなく、リリアナをじっとりと注視したまま口を開いた。


「そうですね、貴方には――転移陣の不正利用についての疑惑がかかっているとでも、申し上げておきましょうか」

「――転移陣?」


何のことかしらと、リリアナは首を傾げる。冗談ではなく、一切の心当たりがない。それも当然で、リリアナは転移陣など使ったことがない。転移の術を使えるのだから当たり前のことだった。

だが、グリード伯爵は「左様」と頷く。その態度は堂々としていて、確信めいていた。


「王太子殿下が王宮より姿を消された折、どうやら転移陣を使ったのではないかという疑いがありまして。その転移陣は本来、殿下の執務室には存在しないものだった。しかし、現実に転移陣は殿下の執務室にあった。従来転移陣はその利用に際して利用目的や利用者を魔導省に申請するよう定められておりますが、この転移陣に関しては一切の申請がありませんでした」


そのため、不正利用者を見つけて処断しなければならない。捜査を続けた結果、容疑者としてリリアナの名が挙がったと、グリード伯爵は告げた。


リリアナは転移陣を使っていない。転移陣を使わずに持ち出すだけならば、申請がなくとも厳密には問題にならない。だが、実際は転移陣を持ち出す時は使う時だけだ。そのため、転移陣を無断で持ち出した場合に罰せられるという誤解は生まれやすい。

そして、顧問会議の日にライリーたちが行方を晦ました方法は転移の術であって、転移陣ではない。

つまり、真実を知れば罰せられる人間はいないということになる。


だが、その事を詳らかにしてしまえばリリアナの魂胆も、ライリーたちがどのようにして大公派から逃げ果せたのかも全て手の内が明らかになってしまう。


答えられないリリアナに向け、グリード伯爵は自信満々に告げた。


「捜査にご協力願えますな」


それは、確認に似た命令だった。騎士が一歩ずつ、ゆっくりとリリアナに近づいて来る。オルガが対峙しようとするが、それをリリアナが制した。


「規定に則り、魔力封じの枷をつけさせていただきます」


騎士が一切感情の見えない声で告げる。反抗を見せないリリアナの細い両手首に、枷が着けられた。通常であれば、公爵家の人間に枷など付けることはない。だが、転移陣を含め魔術や呪術関連の犯罪容疑が掛けられた時は例外だった。

魔術や呪術関連の罪を犯したものは、大なり小なり魔術を使えるということを意味する。そのため、操作を円滑に進める必要があり、場合によっては魔力封じの枷をつけることが許可されていた。

今回の件も恐らく、魔力封じの枷をつけるための条件を満たしたと判断されたに違いない。苦言を呈したくとも、その条件が明確にされていない以上大人しくするしかなかった。


まさしく罪人の風体に、オルガが歯噛みする。ソーンも、自分より遥かに年下の少女の有様を見て動揺を隠せない。しかしリリアナは堂々と胸を張っていた。

そんなリリアナを見たグリード伯爵は、詰まらなさそうに鼻を鳴らす。


「連れて行け」


冷たく騎士に命じると、グリード伯爵はリリアナの存在など忘れたかのように、息子へと向き直った。


「ソーン、話がある。王宮から魔導省への命令だ。そこの娘に何を言われたかは知らんが、それは全て忘れろ。無駄なことを考えるんじゃないぞ」


グリード伯爵のそんな台詞を背後に聞きながら、リリアナは副長官室を出る。そして前を見据えたまま、リリアナはオルガに声をかけた。


「貴方は屋敷へ戻りなさい」

「お嬢さ、」


動揺したオルガがリリアナに声を掛けようとするが、それを遮るように騎士が二人の間へと立つ。それも気にすることなく、リリアナは更に言葉を続けた。


「わたくしは大丈夫です。貴方は為すべきことをなさい」


オルガは最早言葉もない。リリアナは凛とした横顔を、魔導士たちの好奇の視線に晒しながら堂々と歩く。

身柄を拘束されるという、普通の人間であれば恐怖と絶望に喘ぐ場面でも、リリアナ・アレクサンドラ・クラークの精神は不屈だった。この程度で折れるような精神では、父エイブラムが自身に仕掛けた術の内容を知った時、耐え切れずに壊れていただろう。

だが、リリアナにはまだ勝算があった。それは、誰も知らない一つの可能性だった。



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