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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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66. 仕掛けられた罠 1


リリアナ・アレクサンドラ・クラークは、王宮に呼び出されていた。目の前にはフランクリン・スリベグラード大公、メラーズ伯爵、そしてグリード伯爵がいる。だが、スコーン侯爵は居なかった。

メラーズ伯爵は難しい表情で考え込んでいたが、大公を待たせてはならないと気力を振り絞ったようだった。


「――スコーン侯爵率いる王立騎士団特別部隊は壊滅、侯爵は戦の怪我が元で領地療養なさるという連絡が入りました。この件は伏せておりますので、くれぐれも他言は無用に願います」

「そうですか」


答えたのはグリード伯爵だった。メラーズ伯爵とは打って変わって、グリード伯爵は全く表情が変わらない。スコーン侯爵が生きていようが死んでいようが、自分には全く関係ないと思っているかのようだった。

スコーン侯爵が欠けたことを残念だとも、療養が必要なほどの怪我を慮る言葉もないまま、グリード伯爵は淡々と事務的に言葉を続ける。


「それでしたら、王立騎士団の指揮は大公閣下自ら取るということになりますでしょうか。しかし有象無象の輩に対し閣下御自ら采配を揮うとなりますと、閣下の御威光が損なわれるやもしれませんな」


グリード伯爵はどうやらフランクリン・スリベグラード大公に実権を渡したくないと思っているらしい。

リリアナは僅かに目を細めて――しかし傍目から見たら退屈していると思われるような態度で、眼前に居る大公派三人の様子を観察していた。


「いずれにせよ、王立騎士団の戦力は大きく欠けたままです。早急に対策を取らねばなりません」


メラーズ伯爵は疲れたように呟く。大公派には能力のある人間が居ない。能力がなくとも、スコーン侯爵のように手駒が多く人脈があれば良いのだが、大公を支持している貴族たちは身内だけで固まりそれ以上影響を広げるような活動はしていないことが大半だった。

その上、歴史ある家門の多くは未だに王太子派か中立派のままで、事態を静観しようとしている向きがある。


顧問会議の日に国王ホレイシオと王太子ライリーを糾弾し、貴族の大半を味方に付けようとしていた大公派にとっては、現状は計画から大きく離れてしまっていた。

その中で、グリード伯爵と犬猿の仲と言えどスコーン侯爵の脱落は間違いなく痛手である。


「確かに欠けた三番隊と七番隊の補填ができなくなったことは痛手だが、そう悲観したものでもあるまい」


今にも頭を抱えたそうなメラーズ伯爵に向けて、冷たく聞こえるほどの声音で言い放ったのは大公だった。メラーズ伯爵は一体どういう意味かと大公を見つめる。グリード伯爵も、訝し気な視線を隠さずにいた。


「――一体、それは?」


それ以上説明しようとしない大公に向けて、メラーズ伯爵が尋ねる。大公はその程度の事も分からないのかと言いたげな表情で、淡々と言った。


「王立騎士団などに頼らずとも、ライリーを捕らえる策など幾らでもある。ホレイシオも、今はまだ隠れているが、ライリーを捕らえ罠を仕掛ければすぐに尻尾を出すだろう」


大公には確信があるらしい。しかし、詳細を語らない以上、メラーズ伯爵たちは簡単に頷くことも出来なかった。

無言の二人に焦れた様子で、大公は椅子の肘掛を苛立たし気に指先で叩く。


「いずれにせよライリーは王都に戻って来る。戻って来ない事には何もできんからな。それにエアルドレッド公爵家はホレイシオに対し疑念を抱いたままだ。これまでと同じように漫然と王太子派でいることはできん。だからこそ今はまだ中立派として事態を静観しているのだろう」


どのみちライリーは王都に戻って来るのだから、それより前に捕らえる必要はないと大公は言う。


「王太子派の戦力となり得る中で懸念は辺境伯だが、ケニスもカルヴァートも今は国境から動けん。クラーク公爵家は王太子派のままだろうが、他の所と比べると戦力的には劣る。それならばいっそ、王都自体を罠にすれば良い」


だが、そこまで説明されてもメラーズ伯爵とグリード伯爵は全てを理解できたとは言えなかった。王都自体を罠にすると言っても、今残っている王立騎士団を総動員したところでライリーたちを上手く捕らえられるとは限らない。何よりも、大公派が王太子を捕らえたという噂が出回ってしまえば、王族の求心力が下がってしまいかねない。

最善は、大きな騒動もなくライリーとホレイシオが表舞台から消え去ることだった。


「罠にすると仰いますが、武力を持って王太子殿下を捕らえたということが知れ渡ると、閣下への心証が悪くなりかねません」

「誰が武力でと言った?」


メラーズ伯爵の苦言に、しかし大公は眉間の皺を深くして反駁する。言葉に詰まったメラーズ伯爵から視線を逸らし、大公はグリード伯爵へと視線を向けた。


「お前の息子が魔導省に居ただろう。魔導省の倉庫を全て開けさせ、ありったけの魔道具と魔導士を掻き集めろ。いかに向こうにドラコ一門の息子がいようと、物量で攻めれば呆気ないものだ」


大公の命令を聞いたグリード伯爵は、小さく「なるほど」と呟いた。わずかに視線を落として何事か考えていたが、やおら口を開く。


「殿下方に気が付かれぬよう魔術で罠を仕掛ける。当然、向こうに悟られぬようにするには、王都に住まう者たちにも仕掛けを知られてはならぬということですな」

「その通りだ」


グリード伯爵の言葉に、大公は鷹揚な仕草で頷いた。同意を得たグリード伯爵は顔を大公に向け、更に詳細を確認すべく言葉を続けた。


「詳細については魔導省に任せますかな? それとも、閣下に何かお考えがあるのでしょうか」


ここ最近、大公はこれまでの彼ではないかのような態度を取っている。会議でも積極的に発言し、更にその内容も以前では考えられないほど説得力のあるものだった。大公が王宮に滞在するようになるまでであれば、グリード伯爵も大公の意見を訊こうとはしなかっただろう。だが、さすがに大公の様子を見続けていれば、グリード伯爵も大公の見解を一度は訊いておきたいという気持ちになっていた。

何より、魔導省に勤めている魔導士たちはグリード伯爵の息子ソーンも含めて、研究熱心な人間ばかりだ。そうでなければ、ただ権力と富をむさぼることにしか興味のない者たちである。彼らに向けて人知れず王都に罠を張れと命じたところで、碌でもない計画が提案されるに違いない。


ただ、問題はグリード伯爵も魔導省にどのような魔道具が保管されているのか、全く分からないことだった。保管されている魔道具の種類や効能、そして魔導省に所属している魔導士たちが一体何を出来るのかも把握していない。そのため、王都に罠を張ると言ったところで、すぐには妙案は思いつかなかった。


そんなグリード伯爵の心境を知ってか知らずか、大公は足を組み替える。そして膝の上で両手を組み、小さく「ふむ」と呟いた。どうやら大公もそこまで詳細には考えていなかったようだ。

やはり以前とそういう所は変わらないのかとグリード伯爵が内心で呆れかけた時、大公がようやく口を開いた。


「魔導省には大量の魔導石があるはずだ。それも一級品ばかりが集められている。そこに存分に魔力を吸わせて王都中にばらまくのだ」

「魔力を?」


さすがに、この提案にはグリード伯爵だけでなくメラーズ伯爵も、そして傍観を決め込んでいたリリアナも反応した。

魔導石がどの程度保管されているのかは分からないが、一級品の魔導石であれば魔導士一人が数日かけてようやく一つ分の魔力を満たせるという代物である。魔導士が持っている魔力量にもよるが、基本的に掛かる時間は変わらない。魔力量だけを考えれば一級品の魔導石一つに込められる魔力量は魔導士一人分の魔力にも満たないが、それでも普通に術を使うよりは魔力を吸われてしまう。そのため、魔導士の身を護るためにも、魔導石に魔力を込める速度は厳格に定められていた。


「魔導省の魔導士全員にさせるとしても、時間が足りますまい」


グリード伯爵は渋い表情で苦言を呈する。魔導士の地位を認めていないグリード伯爵は、多少魔導士が体調を崩したとしても、魔導石に魔力を補充する期間を短縮させて構わないとは考えていた。だが、簡単に請け負って出来なかった場合、大公の心証は間違いなく悪くなる。それならば、最初は渋っておいた方が後から恩を売れる分、利点が多かった。


だが、大公はグリード伯爵の苦言に呆れ顔を浮かべた。


「誰が魔導士に魔力を補充させろと言った?」

「――は?」


不敬と言われるに違いない言葉が口から洩れかけ、慌ててグリード伯爵は唇を引き結ぶ。掠れた声は幸いにも大公には届かなかったらしく、大公は気にする様子もなく淡々と言葉を続けた。

だが、その発言はその場にいる全員にとって予想外のものだった。


「王宮の地下に、魔王が封印されているという噂は知っているか?」


部屋に沈黙が落ちる。メラーズ伯爵とグリード伯爵は、王宮の地下に魔王が封印されているという噂は確かに聞いたことがあった。だが、それが本当だと思ったことはない。スリベグランディア王国を作ったという三人の英雄の話は、神話のような扱いを受けている。だから、魔王が封印された地下というのもまた夢物語の類だと無意識に信じていた。

一方、リリアナは二人の伯爵とは全く違う反応を示した。平然とした様子を取り繕ってはいるものの、一瞬その双眸に動揺が走る。


王宮の地下迷宮(ダンジョン)に、魔王が封印されている――それは、間違いのない事実だ。だが、その事実はあくまでも噂として取り扱われていて、国王と王太子程度にしか確実な情報としては伝えられない。国王と王太子は側近には話すかもしれないが、話す相手は慎重に選ばれる。確実に信頼できる忠臣でなければ、告げることはない。

そしてもう一人、魔王の封印について知っているのはドラコ一門の当主と次期当主だけだった。ドラコ家は代々長男が魔導省に入ることになっている。それは王家から爵位を授けると言われた先祖が、爵位を跳ねのける代わりに王家への忠誠を示す形として交わした盟約だったと言われて来た。だが、その真の理由が魔王の封印だと知る者はいない。


だからこそ、何故フランクリン・スリベグラード大公が、地下迷宮(ダンジョン)に魔王が封印されていると知っているのかが問題だった。

大公の過去を紐解いてみても、彼が魔王の封印の存在を知る機会はないはずだ。先代国王は王太子を指名する前に逝去した。つまり歴代の国王が秘密裏に言い伝えていただろう情報も、ホレイシオが国王になった時点で喪われている可能性が高い。

ライリーが封印されている魔王の存在を知ったのも、リリアナに言われて調査を進め、そして魔導省のベン・ドラコが魔王の封印について奏上したからだった。


愕然とした気持ちを辛うじて抑え込んだリリアナだが、鼓動は速くなっている。彼女が見つめる先で、メラーズ伯爵とグリード伯爵は胡乱な視線を大公に向けていた。



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