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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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63. 崩落 5


ある程度の情報を共有し終えた後で、ライリーたちは大きな地図を囲み今後の方策を練る。重要なことは、大公派に勘付かれる前にどれだけの貴族を味方に引き入れられるか、という点だった。


「エアルドレッド公爵に関しては私の方でも連絡を取っております。問題はないでしょう」


スリベグランディア王国西方、エアルドレッド公爵を筆頭としたアルカシア派が支配している地域を示しながら、ケニス辺境伯が力強く断言する。

エアルドレッド公爵とプレイステッド卿は、当初メラーズ伯爵から国王の密通に関する情報を齎され、その証言も覆すだけの証拠を探し出せなかった。そのため大公派が国王ホレイシオと王太子ライリーにとって致命的な証言を公にしてしまう可能性を危惧し、事態を静観していた。

大公派も愚かではない。叩き潰すのであれば、抵抗する暇も与えないほど素早く確実に叩き潰すべきというのが、エアルドレッド公爵たちの見解だった。


「カルヴァート辺境伯に関しても、問題はないだろうか」


ライリーがヘガティに尋ねる。ヘガティは頷いた。


「はい、問題はありません。バジョット伯爵が一度、カルヴァート辺境伯に連絡を取ってくださいました」

「こちらからも念のため連絡を入れておきましょう。ただ隣国が不穏であることに変わりはありませんから、ビヴァリー殿の方も私の方も、殿下の軍勢に加えて頂くことは難しいかもしれませんな」

「それは問題ないよ、ありがとう」


ヘガティの言葉を、ケニス辺境伯も肯定する。二人の話に、ライリーはにこりと笑みを浮かべた。

ケニス辺境伯やカルヴァート辺境伯が手勢を貸してくれるのであれば、ライリーたちの勝利は確約されたようなものだろう。だが、王都にいる大公派にばかり気を取られて国境の防衛が疎かになってしまえば元も子もない。

そしてケニス辺境伯は、視線をヘガティに向けた。


「ヘガティ殿、くれぐれも殿下の御身をお護りするよう頼むぞ」

「は、勿論のことにございます」


ケニス辺境伯の言葉にヘガティは真剣な表情で深く頷く。

ヘガティが率いている集団は実力主義と名高い七番隊、そして三番隊だ。各人の能力だけで言えば、今王都に残っている王立騎士団に引けを取るものではない。実際に戦って双方に甚大な被害が出る相手といえば、魔導騎士で固められた二番隊程度だろう。だが二番隊は隊長同士仲が良いこともあり、騎士たちも親しく交流している。そのため、ヘガティ率いる七番隊と三番隊と敵対したところで、二番隊が本気でこちらを殺そうと掛かって来る可能性はそれほど高くない。

ただ問題は、七番隊と三番隊の不足をスコーン侯爵の私兵が埋めたという情報だった。スコーン侯爵の私兵が強いという噂を聞いたことはないが、一人一人の能力がそれほど高くなくとも、人数が多ければその分彼らが有利になる。


「できれば、敵を分断して引き付けたいところですね」


皆の話を黙って聞いていたクライドが、そこでようやく言葉を発した。全員の視線を受けたクライドは、動じることなく淡々と自分の考えを説明する。


「極力王都に近づきたいところではありますが、王都を戦場にするわけにはいきません。王都の近郊も、農村や商人街など避けるべき場所が幾つもあります。しかし敵がそれらの場所を避けるかどうかは分かりません。庶民を蹂躙しても構わぬと彼らを巻き込んでしまえば、今後の殿下の治世にも影響がでます。それならば、いっそ大公派を都合の良い場所まで別々におびき寄せるのは如何でしょうか」

「なるほど」


クライドの言葉に皆頷いた。大公派の貴族は、殆どが自分本位であまり大局の事を考えない。例外はメラーズ伯爵くらいだが、彼も外交官としての能力はあれど、治世者として必要な資質に溢れているかと言えば疑問が残った。

特に王立騎士団の実質支配を目論んでいるに違いないスコーン侯爵は、平民を人間だとは考えていない。寧ろ下位貴族でさえ、彼の中では家畜と同じような立場――即ち自分に利益を齎すべき存在と思っている節がある。そのスコーン侯爵が、己の私兵を動かす時に民草の存在を思い出すかと問えば、答えは否だった。


地図を睨みつけていたオースティンが、やおら口を開く。彼が質問を向けたのは、己の上司だったトーマス・ヘガティだった。


「団長、もし可能であるならば、まずはダンヒル隊長だけをおびき寄せることはできませんか」

「二番隊を、ということか?」

「はい。二番隊と大公派の軍勢が入り乱れてしまえば、こちらとしても存分に力を発揮できません。ですから、二番隊とそれ以外の――特にスコーン侯爵の私兵と八番隊を別行動させることができればと考えたのですが」


それは良い考えだと、ヘガティ団長もケニス辺境伯も頷く。しかし問題は、どのようにして王立騎士団をこちらの思惑通りに分断させるか、ということだった。

大公派も、確信はないまでもある程度二番隊の動向には注意を払っている可能性がある。二番隊が王太子に敵対することなく、大公の命令通りその身柄を捕縛して連れ帰る確証を得られるまでは、二番隊を単独でライリー捕縛に向かわせるはずはない。


「それなら、殿下の捕縛にはスコーン侯爵の私兵が向かうように差し向ければどうでしょうか。二番隊には――そうですね、アルカシア派地方もしくはクラーク公爵領に来て頂くのは如何でしょう」


暫く地図と睨み合っていた面々の中で、最初に口を開いたのはクライドだった。クライドは全員の注意が集まったことを確認して、綺麗に整えられた指先で地図の上に駒を置く。

ケニス辺境伯領から王都に向かう道に白の王冠(キング)を配置し、騎士(ナイト)はアルカシア地方に据えた。もう一つの騎士(ナイト)はクラーク公爵領に置く。戦車(ルーク)は二つとも国境沿いに、兵士(ポーン)は王都に並べた。とはいえ、兵士(ポーン)の色は黒と白が入り混じっている。白が王太子派、黒が大公派であることは他の駒を見れば明らかだった。


「この状況を見れば、最も戦力が欠けていて、かつ重要人物がいない場所はクラーク公爵領となります。ケニス辺境伯領には殿下が、エアルドレッド公爵領には陛下がいらっしゃいますから。大公派は未だ陛下の居場所も殿下がご帰国なされたことも把握していないということですが、それでもある程度調査は進んでいるでしょう。そう考えると、地理的にも戦力的にも、陛下や殿下のような重要人物がクラーク公爵領に居るとは思わないはずです」


クラーク公爵家は三大公爵の一つを標榜しているものの、実際に有している軍勢はそれほど大規模ではない。地理的には内陸にあたり国境にも接せず、そして歴史は他の公爵家と比べると浅い。クライドの父エイブラムの時代にようやくその影響力を広げたものの、その程度の年月ではエアルドレッド公爵家や二つの辺境伯のように軍備を拡大することも出来なかった。

それに何よりも、エイブラム自身はクラーク公爵領の軍備を拡充しようとはしていなかった。クライドもまた、その必要性をそれほど強くは感じていない。

そのため、大公派もクラーク公爵家を警戒はしているだろうが、それほど重要視しているわけではなかった。


「しかし、仮に警戒対象ではなかったクラーク公爵領に陛下が居る可能性があるとすれば、大公派はどうするでしょうか」


最初までは、皆も既に考えた通りの内容だ。だが、続けられた言葉に誰もが目を眇める。ライリーが静かに補足した。


「真偽のほどを確かめに行くだろうね」

「はい。その上、殿下がケニス辺境伯領から軍勢を従え王都に向かっている。エアルドレッド公爵家率いるアルカシア派も、どうやら王太子の帰還を知り自分たちに刃を向けようと考えているらしい。それぞれが別に起これば警戒し万全の対策を取ることも出来るでしょうが、同時に情報が入ればどのような対応を取るか、ある程度予測はつきます」


クライドの言葉に、ケニス辺境伯もヘガティも喉奥で唸った。鋭い視線をクライドに向ける。百戦錬磨の男二人から睨まれても、クライドは平然としていた。


「それは、殿下を囮にするというようにも聞こえますぞ」


苦言を呈したのはヘガティだ。ある意味、ヘガティの指摘も間違ってはいない。

クライドの作戦では、大公派の主戦力はほぼ間違いなく、ケニス辺境伯領から王都に向かうライリーへと向けられる。だが、それこそクライドの狙うところだった。


「その通りです。この場合、王立騎士団は三つに分かれてそれぞれに対処することになるでしょう。戦力から考えて二番隊は王都に残り、八番隊がクラーク公爵領、そしてスコーン侯爵の私兵がケニス辺境伯領に向かうことになるはずです」


クラーク公爵領にはそれほど大規模な軍備はない。そのため、真偽を確かめ、かつ本当に国王が居れば捕らえ王都に連れ帰るつもりで間諜の技術を持つ八番隊を派遣する。二番隊は王都で監視をつけたまま、アルカシア派からの攻撃に備える。そしてスコーン侯爵の私兵は、恐らくそれほどの戦力を引き連れていないだろう王太子ライリーの元へと差し向け、王太子を捕らえる。

大公派の動きはおよそその通りになるのではないかと、クライドは告げた。


「殿下がケニス騎士団を連れることはできず、護衛として傭兵を雇ったという話を大公派の耳に入れてしまえば良いわけです。それに、ケニス辺境伯領から王都に向かう間には大公派と思われる貴族の領地もある。簡単に王都に辿り着くとは、大公派の誰も考えないでしょう」


クライドの説明を聞いたケニス辺境伯は、合点がいった様子でにやりと笑みを深める。ヘガティやオースティンは勿論、ライリーもクライドの作戦を理解した。


「だが実際には、傭兵だと思われていた男たちは北の地で死んだと思われていた王立騎士団の者たちであった、ということですな。彼らは身を呈して殿下の御身を護り、悪しき大公派の手から逃れた。その後国と民の未来を憂えた殿下は伝説の剣を持ち帰り、悪を成敗するという――見事な筋書きですぞ、クライド殿」


妙な形で褒め称えられたクライドは、居心地が悪そうに身じろぐ。しかし他は誰もクライドの様子を気にすることなく、素晴らしい案だとクライドを賞賛した。

だが、問題はスコーン侯爵の手勢がかなりの人数居ることだった。対するライリーが王都に率いるのは王立騎士団七番隊と三番隊の面々だ。少数精鋭とはいえ、物量で押される可能性もある。

地図を睨んでいたオースティンが、手を伸ばして王都の白い兵士(ポーン)を、ケニス辺境伯領に向かう黒い(敵の)戦車(ルーク)に向けて進めた。


「それなら、幸いにも二番隊は魔導騎士ですから――こちらから連絡を取ればうまく敵の目を掻い潜り、王都から出ることもできるでしょう」


ヘガティが満足気な笑みを浮かべる。オースティンがライリー専属の近衛騎士となってからは直接指導する機会はないものの、オースティンが見習い騎士として王立騎士団に入団した時から、ヘガティはオースティンに目をかけていた。自分の知らないうちに教え子が成長したというのは、彼にとって嬉しい以外のなにものでもない。


「スコーン侯爵の私兵を挟み撃ちにするというわけか」

「そういうことです。距離としてはクラーク公爵領の方が近いでしょうし、大公派は味方の領主が殿下の進軍を足止めすると考え迅速な対応を取らない可能性も考えられます。ですから、そちらに向かった八番隊を制圧してからでも間に合うと思います」


オースティンは半ば確信を持っていた。ある程度こちらで情報を操作する必要はあるものの、スコーン侯爵は騎士団を指揮する能力はない。詳細はどうでも良く、自分の望む通りの結果を持って来ればそれで良しとする人物だった。

そしてその性質は、スコーン侯爵の私兵にも引き継がれている。選民意識の強い彼らは、スコーン侯爵の私兵であるということを誇っているらしかった。王立騎士団にも、スコーン侯爵の私兵として一度雇われたものの、平民であるが故に肩身が狭く早々に退団した者が少なからずいる。彼らは口を揃えて、私兵の中心となっている爵位持ちの騎士たちは何もしないと言っていた。

しかも、爵位を持っている騎士たちは平民出身の者たちを馬鹿にしこき使うだけでなく、爵位を持つ者同士でも爵位の高さによって扱いを変えるらしい。


ケニス辺境伯領から王都に向かう街道の途中にある領地を治める領主は、それほど爵位が高くない。それを考えると、その領主がライリーたちの身柄を確保するものだと考えていてもおかしくはない。

最悪の事態は想定しておくべきだが、スコーン侯爵の私兵とライリーたちが衝突する時機はある程度調整できるはずだった。


「事前に魔導省から転移陣を譲り受けておいた方が良いでしょう。騎士団保管の転移陣は、大公派に管理されている可能性が高いかと思いますので、持ち出したとなると徒に警戒心を煽るだけでしょう」


オースティンの言葉を受けてヘガティが補足する。すると、今度はケニス辺境伯が口を開いた。


「ソーン・グリード殿となら連絡を取れるように準備を整えておりますぞ」

「王都を離れる時に王立騎士団二番隊の騎士を一人、連れて出ていますから、二番隊にはこちらから連絡を取ることができます」


ヘガティは王都を出る時、一つの提案としてライリーから二番隊の騎士を一人連れて行っても良いと許可を得ていた。実際に魔導騎士が一人居ればそれだけで戦力が大きく変わる。そのためヘガティは若い魔導騎士一人を随行させたのだが、彼が当初予定していた通り王都に残された副団長スペンサーや二番隊隊長ダンヒル・カルヴァートと直接連絡を取ったのは最初の一度だけであり、その後は死を偽装するためにも連絡を控えた。

だが、大公派は既にヘガティたちが北の地で死んだと疑っていない。それならば、もう一度直接接触を図っても早々に気が付かれることもないだろう。


「さすれば、残るは誰をどこに配するかという点だけですな」


今後の計画について目途をつけることができれば、あとは詳細を詰めていくだけだ。静かに口を開いたのは、ライリーだった。


「それなら、私に考えがある」


今、ライリーの指示を直接受けて動ける人員はそれほど多くない。しかし、ヘガティ率いる王立騎士団七番隊と三番隊は勿論のこと、オースティンやクライド、ベラスタ、エミリアはそれぞれの得意分野で際立った才能を見せている。経験不足は否めないが、それでも十分なほどの働きを見せて来た。

緋色の死神(ロータトード)”という異名を持つコンラート・ヘルツベルク大公とヴェルクで対決した時は、正体を知られず破魔の剣を持ち去ることを第一の目的としていた為、ただ逃げる他なかった。そのため苦戦したが、スリベグランディア王国の王太子とその近衛騎士であることを明らかにしても良いと腹を括れば、正面切って戦うこともできたし、そうすれば健闘できたという自負もある。実際に、ライリーは闇闘技場でヘルツベルク大公と一対一で戦った。ライリーを倒そうとだけしていた大公に対し、ライリーはヘルツベルク大公の持っていた剣を奪うための術を広げ、いつ奪い取るか計算していた。


それを差し引けば、ライリーは“緋色の死神(ロータトード)”と対戦できるだけの実力があるということになる。そのライリーと本気で稽古ができるオースティンもまた、引けを取らないはずだ。

であれば、手を間違えさえしなければ勝機は必ず存在している。

皆の視線を感じながら、ゆっくりとライリーは口を開いた。



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