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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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62. 奪還の序章 5


黙ってライリーの話に耳を傾けていたケニス辺境伯は、「なるほど」と頷いた。そして視線をクライドとエミリアに向ける。


「確かに魔王復活の可能性があるなど、公に出来ることではありませんな。間違いなく国は混乱するでしょう。それを防ぐために、クライド殿に託したのだと理解はしました。そこにエミリア嬢が加わったのは、王宮に広がっていた例の噂が原因ですかな?」

「その通り。あのままエミリア嬢が王宮に居たら、大公派の餌食になっていただろうからね。それに、破魔の剣を持っていたのは武勇で名高いコンラート・ヘルツベルク大公だ。クライド一人だと、戦力が少々不安だった。それに、女性同伴だと敵の目も眩ませられる」


その点は事前に、エミリアにも説明していたことだった。ケニス辺境伯と目があったエミリアは、はっきりと頷いて、無言ながらも自分も了承の上だと示す。すると、ケニス辺境伯は口角を上げた。


「確かに、そこまで聞いて動かねばビヴァリー殿に叱責されるだろうな」

「――ビヴァリー様を、ご存知なのですか」


意外だったのか、エミリアは目を瞬かせる。ケニス辺境伯は一つ頷き、懐かしむように目を細めた。


「先代辺境伯とは既知でな。奴が一人の女を追いかけて隣国まで単身乗り込んだ頃からの知り合いだ。――あの時はとうとう気がふれたかと思ったわ」

「隣国に……? 気が……?」


言葉の意味を理解できず、エミリアは首を傾げる。しかし、先代のカルヴァート辺境伯が一人の女丈夫に惚れ込み、何度袖にされても挫けず口説きまくったという話を聞いたことのあるライリーとオースティン、そしてクライドはなんとも言えない複雑な表情で賢明にも口を噤んだ。

そしてケニス辺境伯もその点については詳しく話すつもりはなかったらしく、表情を切り替える。そして再びライリーに視線を戻すと、話を元に戻した。


「殿下とエミリア嬢の仲が噂されるようになった時期と、大公派の勢いが増した時期は重なっておりますな」

「大公派が動いたのは、陛下の密通について証拠が集まったからではないのでしょうか」


ケニス辺境伯の言葉を受けて疑問を挟み込んだのはクライドだった。ケニス辺境伯は視線を一旦クライドにやり重く頷く。

エアルドレッド公爵ユリシーズの話を聞く限り、大公派――メラーズ伯爵は慎重を期していたようだ。証言を集めたとしても、信憑性が低ければ後から証言の不備を指摘される可能性がある。そうなれば、メラーズ伯爵を筆頭とした大公派は王家を貶めようと企んだ謀反人として厳罰を免れない。それは、王家の血筋を引いているフランクリン・スリベグラード大公も同じことだった。


「それもありますな。ただ一点、何故長年その証言を探していたメラーズ伯爵でも見つけられなかった証人が、ここ最近になって姿を現したのかということも気にかかる」

「確かに。誰かが用意したようにも思えますね」


クライドもまた真剣な表情で頷く。

メラーズ伯爵は元外交官だ。貴族だけでなく、ある程度は裏社会にも伝手があるはずだった。先代国王の命で秘匿されていたとはいえ、長年かけても集められなかった証言を今更得られるなど、あまりにも幸運だとしか思えなかった。

難しい表情の一同をライリーは見回す。


「それと、やはりエミリア嬢のことは一つの要因だったと思うよ」


エミリアが弾かれたように顔を上げた。オースティンも目を瞠るが、次いで苦々しい表情になる。


「私たちは、噂は噂に過ぎないと知っている。だけど、一般的に王太子が婚約者の公爵家の令嬢を蔑ろにし、男爵家の令嬢と恋仲になったと知れてしまえば、当然その求心力は落ちるだろう」

「いかにも、その点は忘れてはなりませんな」


ケニス辺境伯はあっさりとライリーの言葉を肯定した。

事実は違うものの、本当にライリーがエミリアと恋に落ちたのだとすれば、リリアナ本人だけでなくクラーク公爵家も敵に回す行為だ。クライドはライリーの側近であるものの、やはり王妃の実兄という肩書きの方が影響力は大きい。大公派が、王太子派の結束が弱まると睨んだとしても無理なからぬことだった。

実際はそのような事実はなく、クラーク公爵家と王家の間に溝はできなかった。もしかしたら、大公派も動かない情勢に焦っていたのかもしれない。


「証言を得たとて、メラーズ伯爵も愚かではない。仮にまだ時期でないと見れば、その証言も寝かせ、ここぞという時に表へと出すはずです」

「私もそう思う。そこで問題は、一体誰がエミリア嬢と私が恋仲だという噂を流したのか、ということだ」


噂の出所については、クライドやオースティンも色々と調査してくれていた。だが、どうやら使用人たちの間で噂されるようになったらしいという事以外、何も分からなかった。恐らく大公派の仕業だろうという結論に収まりはしたものの、これまでの大公派が取って来た手段を考えれば異色の方法である。


「実際に誰が噂を流したのかは分からない。ただ、その前段階となると話は変わるんだよ」


淡々とライリーは説明を続けた。一体どういうことかと、ライリー以外の全員が疑問を浮かべている。ライリーは一瞬目を伏せかけたが辛うじてそれを耐えた。

顧問会議の日から、リリアナには会えていない。今何をして何を考えているのか、最近はそればかりが気になっていた。


「エミリア嬢が王宮に滞在する切っ掛けとなったのは、王立騎士団の演習場で刺客の攻撃があったからだ。当初は王族(わたし)を狙ったものだと思ったが、賊の証言からエミリア嬢を狙ったのだということが判明した」

「妙ですな」


すかさずケニス辺境伯が口を挟む。伯は顎を片手でこすりながら、「いやはや、何を考えても妙だ」と呟いた。鋭くライリーを見据え、一つ尋ねる。


「何故、一介の男爵家の令嬢を狙うのかも分かりませんが――現場が王立騎士団の演習場だったというのも、はたまたおかしな話でしょう。男爵家の令嬢を狙うのであれば、わざわざ警備の強い王立騎士団の敷地内に居る時より、町中を出歩いている時の方が遥かに効率的だ。それに――確か、王都に居る間はカルヴァート辺境伯邸に滞在されていたのか? それならば使用人として手の者を屋敷に紛れ込ませた方が手っ取り早い」

「その通りなんだ。それに、刺客に狙われる直前のエミリア嬢はサーシャに声を掛けられて私たちの近くに来ていた。それがなければエミリア嬢は私たちの近くに寄ろうともしなかっただろうね」


ライリーの言葉に、オースティンとクライドの顔色が悪くなる。二人とも、王立騎士団演習場での一件がリリアナの計略ではないかと思い至った様子だ。その様子を横目で確認したライリーは、溜息を堪えた。

元々オースティンもクライドも、ライリーを案じるあまりリリアナの行動を否定的に見ている。それでは本来見えるはずのものも見えなくなってしまうと、ライリーは内心で呟いた。


「更に妙なのは、王立騎士団演習場の警備を易々と突破できるだけの力量を持ちながら、呆気なく騎士団に捕縛されたんだ。そしてその後、自死した。内部に手引きした者がいたと考えた方が納得はしやすい。サーシャがエミリア嬢を暗殺するために刺客を手引きしたとも考えられるけれど、本当にサーシャが暗殺を考えたのだとすれば、エミリア嬢を自分たちの近くに呼び寄せる必要はなかったんだ」


エミリアの身柄が直ぐに保護されたのは、事件が王太子と婚約者の近くで起こったからだった。仮にエミリアが二人から離れた場所で襲われた場合、騎士団は刺客を捕らえるために即座に動き、ライリーとリリアナは安全な場所まで直ぐに撤退していたに違いない。そうなると、エミリアを王宮で保護すると言う話にはならない。それはライリーが言い出さなければ叶わないことだった。騎士団が取る手段は保護者でもあるカルヴァート辺境伯邸に連絡を取り、エミリアの身柄を引き渡すこと以外にない。


「尤も、当時のサーシャにエミリア嬢を暗殺しようと考える動機も存在していないのだけど」


独り言のように漏らしたライリーは、更にもう一つの情報を付け加えた。


「そして、エミリア嬢を護るために王宮に滞在させてはどうかと提案したのは、サーシャだった」


エミリアの暗殺を本当に企んでいるのであれば、王宮に滞在させる提案などしないはずだ。そう言外に匂わせたライリーに、誰もが口を噤んだ。部屋の中に沈黙が落ちる。

その沈黙を破ったのは、ケニス辺境伯だった。


「――なるほど、暗殺騒ぎもエミリア嬢を王宮に入れるための布石ですか。となると、エミリア嬢と殿下の噂を立てて大公派を焚きつけたのも彼女かもしれませんな。しかし結局、大公派(連中)は陛下も殿下も捕らえることはできず、それどころか殿下は渦中の剣を入手してご帰国なされている。それを知れば、連中もさぞかし慌てふためくことでしょうな」


そう告げたケニス辺境伯は、酷く楽し気だ。そして、ケニス辺境伯の言葉を聞いたオースティンとクライドは一瞬息を飲んでいた。思わず互いに目を見交わす。

リリアナが裏切りを働いたという発言があまりにも衝撃的だったとはいえ、視野狭窄に陥っていたのではないかと、疑念が浮かび上がる。そして一つの疑念は少しずつ、しかし確実に二人の考えを動かし始めていた。


「――確かに、」


掠れた声でオースティンが言う。まさかここでオースティンが発言するとは思っていなかったライリーは一瞬驚きに目を瞠った。

オースティンは真っ直ぐにライリーへと視線を注いでいる。


「顧問会議の日、あの状況で俺と殿下を他へ転移させたのはベン・ドラコ殿かリリアナ嬢しかいないでしょう。ベラスタを転移させたのも同様です。可能性が高いのはベン・ドラコ殿だと思っていましたが、ベラスタによるとリリアナ嬢の手だったようです。それに、彼女は八番隊が突入するより前に、八番隊が来ることを示唆していました。だから俺は、戦いに備えることが出来た」


顧問会議の日に強制転移させられてから、オースティンがリリアナに対し好意的な発言をするのはこれが初めてだった。

そしてケニス辺境伯がオースティンの発言を引き取る。


「つまり、彼女は大公派にとって、獅子身中の虫ということですな」

「その通り。でも私は、王都奪還のためにサーシャにばかり頼る気はない。下手を打てば彼女を危険に晒す可能性があるからね。ただ、彼女の存在はこちらの利になることは間違いがない。その点を考慮して、貴殿には是非協力を願いたい」


ライリーは真っ直ぐに辺境伯を見つめる。辺境伯は、それまでの楽し気な笑みを隠してライリーに視線を返した。全てを見通すような力強さに晒されながらも、ライリーは平然としていた。

何も隠すことなどない。全てを詳らかにしても胸を張ることは出来る。

そうして暫く、緊迫した空気が流れた後で、ケニス辺境伯は「左様」と言った。


「協力は致しましょう、殿下。しかしながら、隣国からも不穏な噂が流れており我が騎士団を動かすことは致しかねます」


協力はするが戦力は貸せない。それは、事実上ライリーたちに力を貸せないということでもあった。

クライドとオースティンが僅かに顔色を変えるが、ライリーは動じない。穏やかな微笑を浮かべたまま、ケニス辺境伯が何を続けるつもりなのかと待っている。

ケニス辺境伯は泰然自若としたライリーを見て、片眉を上げた。


「この程度ではさすがに動じられませんか」

「貴殿の人柄は良く知って居るつもりだよ」

「なるほど、これは一本取られましたな」


にやりとケニス辺境伯は笑みを深める。獰猛な獣にも見える表情だったが、ライリーは自分の態度が正解だったと確信した。案の定、ケニス辺境伯は改めて口を開く。


「実は先日、北のバジョット伯爵から早馬がありましてな。どうやら弟君のところに客人を招いているようで、その客人がそのまま滞在し続けても良いものかどうか、悩んでいるらしいと」


バジョット伯爵という言葉に、ライリーの眉がピクリと動いた。


バジョット伯爵は七番隊の副隊長エイドリアンの父だ。バジョット騎士団は勇猛果敢で不撓不屈と名高く、王国においてその戦力はケニス騎士団やカルヴァート騎士団ほどでないにしろ、有数だった。そのため本来であればエイドリアンもバジョット騎士団に所属するところだが、何故か伯爵は息子を王立騎士団に入団させた。

そこには何か理由があるとライリーは踏んでいるが、どれほど調べても結局何も分からなかった。表立って政治闘争には関わらないものの、底の知れぬ人物である。そのため、ライリーは多少なりともバジョット伯爵を警戒していた。


だが、その弟となると話は別である。弟はハインドマン伯爵であり、その妻はカルヴァート辺境伯の娘ヴァージニアだ。基本的に妻は夫に付き従うものであるとされるが、相手は他ならぬヴァージニアである。弟ダンヒルもまた、騎士団では優秀であり大勢に慕われていながら、姉ヴァージニアには頭が上がらない。ハインドマン伯爵もヴァージニアには惚れた弱味があるという噂も耳にしたことがある。

つまり、ハインドマン伯爵は中立派にはなれど大公派にはなる可能性が少ない人物だった。


ライリーたちの反応を見たケニス辺境伯は、意味深に言葉を続ける。


「殿下方もいらしたことですから、その客人を我が屋敷にお招き致しましょう。そして、その客人と殿下方が憂いなくこの屋敷で今後の方策を話し合えるよう、露払いはこの老骨にお任せください」


ようやく、ライリーは得心した。

ハインドマン伯爵の元に身を寄せている、客人――それは確かに、ライリーの味方に違いなかった。



29-5:バジョット伯爵初出

30-3:ハインドマン伯爵、ヴァージニア初出

45-4

45-5

53-4

54-5

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