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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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62. 奪還の序章 2


ライリーの後にクライドたちも到着し、彼らはどのようにして本館に移動するか検討した。室内を探しても、当然のことながら使用人用の服などない。


「暗くなってからの方が良いのかな。国境警備隊も直ぐに戻って来るかは聞いてないし」


失敗したと、ライリーは溜息を吐く。ジルドかイェオリがライリーたちの来訪をケニス辺境伯に伝えてくれたら良いが、そうでなければライリーたちは衛兵たちに気付かれないよう細心の注意を払いながら、ケニス辺境伯の居る本館に辿り着かなければならない。

頭を悩ませるライリーたちを見ていたベラスタは、はっとしたように声を上げた。ライリーたちの視線がベラスタに向けられる。すると、ベラスタは酷く言い辛そうに、しかしはっきりとした口調で言った。


「ごめん、さっきの――イェオリって人の能力に気を取られてたけど、そういえばジルドって奴から『移動した後はその場で待っとけ』って言われてた」


あまりのことに、その場の全員が言葉を失う。つまりジルドはライリーたちがケニス辺境伯の元に行くのに苦労するだろうと踏んで、何らかの対策を考えてくれていたらしい。その場に待機するように告げたのは、迎えに来るつもりがあるからだろう。


「――ベラスタ」


思わずといった様子で、頭痛を堪えるような表情でクライドがベラスタの名を呼んだ。ベラスタは怒られると思ったらしいが、悪びれた様子なくぺろりと舌を出す。


「前々から魔術の事となると熱中するとは知っていたが、時と場合を考えろ!」


堪え切れずに怒鳴りつけたのは、オースティンの隣で苦虫を噛み潰した表情のクライドだった。普段から怒鳴り慣れていない上に声を抑えていたせいで一切の迫力はなかったが、滅多に声を荒げることのないクライドの様子に、エミリアは固まり、ライリーとオースティンは呆気にとられた。

だが、ベラスタは一切堪えた様子がない。「悪かったって」と殊勝に謝るものの、イェオリの異能力に未練があるようだ。


「確かに他のことを疎かにするのはオレの悪い癖だけどさ。でも、異能力なんて間近で見る機会、滅多にないし。魔力を使ってるわけでもないし既存の術式に当てはめてるわけでもないのに、あんな風に物質が変化するなんて前代未聞だよ。異能力をもっときちんと研究したら、既存の魔術の枠を破れそうなんだ」


じっとりと室内に出来た影を見つめるベラスタに、オースティンとクライドはやれやれと首を振る。しかし、黙ってベラスタの主張を聞いていたライリーはそこで口を挟んだ。


「ベラスタ、それは駄目だ」

「えー?」


何故駄目なのかと、ベラスタは首を傾げる。ライリーは何時になく厳しい表情だった。


「彼らにとって異能力は他人に知られてはならない、酷く繊細なものなんだよ。家族や将来結婚する相手にさえ、告げることを躊躇う者もいる。だから君の発言は、彼らのことを蔑ろにすることになるんだ」

「――オレ、別にそういうつもりじゃ」

「そうだね。ベラスタは知的好奇心に忠実なだけだ。でも、その意識を向けられた相手がそれを好意的に受け止めるとは限らない。彼らにとっては、君のその熱意はまさに、体を切り裂こうと迫って来る凶刃と似たようなものだと受け止められるかもしれないよ」


ライリーの具体的な説明を聞いたベラスタは顔色を悪くする。自分の興味関心が他者にとっては凶器になり得るものだと諭されたのだ。そんなことはないと反論したい気持ちと、本当にそうだったらどうしようという焦燥が、ベラスタの中でごちゃまぜになっていた。

そんなベラスタの様子を見たライリーは、ふっと微笑を浮かべる。途端に、緊迫した空気が柔らかく緩んだ。


「幸いなことに、まだベラスタは何もしていないからね。彼らも何も知らないはずだ。今後は相手を尊重するということも覚えると良い」


ベラスタは魔術に興味を持ちすぎるあまり、周囲が見えなくなりがちだ。決して相手を蔑ろにしているわけではなく、面白いと思った瞬間他のすべてが頭から零れ落ちるらしい。本人もその自覚がある様子だったが、年齢のせいもあるのか、しばしば熱中して我を忘れる。

普段はそれほど問題もないが、第三者が絡んで来るとなると話は別だ。その上、ライリーは今後“北の移民”を自国民として認め取り込もうと画策している。ベラスタはライリーの側近ともなり得る立ち位置にいるため、彼が“北の移民”と軋轢を起こすのはライリーにとっても望ましいことではなかった。


ただ幸いなことは、どうやら幼少期はベラスタと同様我を忘れる性質だったベン・ドラコも、年を重ねるにつれて社交性を身に着けるようになっていたことだった。ライリーはベン・ドラコとは年が離れているため実際に自分の目で見たわけではない。ただ本人やその周辺から聞いただけだ。

恐らくベラスタもベンと同様、様々な経験を経て自分を律することができるようになるのだろう。


そうして暫くその場に待機していると、一刻ほど経った後、ライリーたちのいる部屋の扉が数度叩かれた。全員が警戒するが、ゆっくりと開けられた扉の向こうに立っている人物を見て全員が緊張を解く。そこに立っていたのは、ライリーたちと再会を果たした時と寸分違わぬ格好のジルドだった。ただ、肩に大きな袋を担いでいる。


「よし、動いてねえな」


ジルドはにやりと笑みを浮かべると、ずかずかと室内に入って乱暴に袋を床に置いた。


「着替えろ」

「これは?」

「見りゃ分かる」


一体何だとクライドが尋ねるが、ジルドは素っ気ない。しかしジルドの言う通りでもあった。動こうとしたライリーを制して、オースティンが袋に近づく。中を開けてみたオースティンは、ゆっくりと袋の中に手を突っ込んで、中に入っていたものを取り出した。


「服?」


誰ともなく呟く。ジルドが袋に入れて持って来たのは、騎士服だった。どうやらそれを着てケニス騎士団の兵士の振りをし、本館に行けというらしい。あっさりとジルドの魂胆を理解したライリーたちを見たジルドは、詰まらなさそうに鼻を鳴らした。


「どうせ服着るなら使用人の服で良いんじゃねえか、って俺は言ったんだけどな。トシュテンが反対しやがった」

「当然だ」


憮然とした表情でクライドがツッコミを入れた。

トシュテンという人物が一体誰なのか、クライドたちは知らない。さすがにケニス騎士団の団長や副団長が誰であるかは把握しているが、更にその下に連なる役職者たちとなると人数が多くなる。その上、騎士団によるが人の出入りも多い。当然、一部隊の隊長に過ぎないトシュテンを知るはずもなかった。


そのトシュテンは、王太子に使用人の服を着せる訳にはいかないと考えたのだろう。クライドやオースティンにとっては当然の判断だが、ジルドは詰まらなかったらしい。


「意外とそっちの格好も似あうと思うぜ」


揶揄(やゆ)するような声音にクライドの表情が険しくなる。しかし、ジルドがクライドを揶揄(からか)って楽しんでいるらしいと気が付いたライリーは、小さく嘆息してクライドを止めた。

三大公爵家の一角を担っているクライドは、その立場故に他人から揶揄われることに慣れていない。オースティンはたまにクライドの反応を楽しんでいる節があるが、クライドの性格を知っているせいか、多少の遠慮が見られる。しかし、ジルドは容赦など一切せずにクライド()遊んでいた。


「確かに使用人の服の方が、間諜の目は誤魔化せたかもしれないね。でも時間の方が今は貴重だ。全員着替えよう。エミリア嬢は、できれば別の部屋で着替えた方が良いと思うのだけれど」


ライリーが問う視線をジルドに向けると、ジルドはあっさりと肩を竦めた。


「他の部屋の鍵は借りて来てねえよ」

「そうか」


困ったというようにライリーは眉根を寄せる。しかし、それほど考える時間は必要としなかった。


「一旦、エミリア嬢はジルドと一緒に廊下に出てくれるかな。その間に私たちが着替えよう。その後、私たちが外に出るから、エミリア嬢は室内で着替えると良い」

「はい、有難うございます」


ライリーの申し出を聞いたエミリアはほっと安堵の表情になる。

スリベグランディア王国を出てからここに至るまで、旅の同行者に女性はいなかった。クライドはその点を気にしていたようで気遣ってくれたし、ライリーたちが合流してからはライリーやオースティンも過剰なほどにエミリアの身の回りのことは気にしてくれていた。

エミリアが幾ら貴族の令嬢には珍しく、戦場での身の振り方に慣れているとはいえ、やはり身支度を異性に勘付かれるのは気恥ずかしいものがある。


エミリアは袋の中から女性用の衣服を取り出すと、それを抱えて廊下に出た。ジルドが扉を閉めた瞬間、ライリーたちはさっさと自分たちの服を着替える。

ライリーやオースティン、そしてクライドは質の良い服を着ていたものの、長旅で随分と擦り切れていた。元の生活に戻れば、普通には着られない。恐らく使用人に下げ渡されることになるだろう。そのため、誰も彼もが一切気にせず脱いだ服を袋に詰め込む。

騎士としても十分な働きを見せるライリーやオースティンは、素早く着替えを終えた。護衛騎士たちも遜色のない速さで身なりを整える。クライドもまた手早かったが、ベラスタはあまり使用人の服に慣れていないのか、多少四苦八苦していた。

それでも、本来高位貴族である彼らは使用人に衣服の着脱を手伝って貰う。一般の騎士と同じように着替えられるという事自体、普通に考えればあり得ないことだった。


しかしユナティアン皇国ヴェルクへの旅の間に、互いの事はある程度理解している。そのため、誰も何も言わなかった。

ようやくベラスタも着替え終えると、オースティンが扉を開ける。そこでは、ジルドとエミリアが何かしら楽し気に話し込んでいた。オースティンは鼻白むが、振り返ったエミリアと目が合って頬を緩める。


「悪い、待たせた」

「いいえ、お気になさらないでください」


にこりと微笑むエミリアは可愛らしい。わずかに耳を赤くするオースティンを見たジルドは片眉を上げてニヤリと笑んだ。


「おう、もっと時間かけても良かったんだぜ。今、この嬢ちゃんを口説こうとしてたところだ」

「なっ!?」


ジルドの台詞に、オースティンがぎょっとする。エミリアとジルドでは年齢が随分と離れている。貴族や有力商人であれば年の差が大きな夫婦も良くいるが、政略的な意味合いを含まない平民では滅多にない。

一瞬ジルドの言葉を本気に仕掛けたオースティンだが、エミリアの楽し気な笑い声に我に返った。


「冗談言わないでください、普通にお話してただけじゃないですか」

「そうか? 惚れた女の一人、口説く気概のねぇ男と俺は違うぜ。女と見りゃあ口説くのが俺の流儀だ」


女たらしのような台詞に、オースティンは憮然とする。背後から何事かとライリーやクライドが顔を覗かせるが、そちらに構う余裕はなかった。そしてエミリアは楽し気に笑って取り合わない。


「え、今私口説かれてたんですか?」

「気が付かなかったか?」

「まさか、魔物の話で口説かれてるとは思いませんよ」


エミリアの言葉は本当だったようで、ジルドは肩を震わせている。どうやら色気など皆無の会話だったらしい。ほっと安堵の息を吐くオースティンの肩を軽く叩き、ライリーは穏やかな表情でエミリアに「待たせたね」と言った。


「全員着替え終わったから、着替えて来てくれるかな」

「はい、承知いたしました」


素直に頷いたエミリアは、入れ替わるようにして室内に入る。

ぱたんと扉が閉められた後で、ライリーはジルドの隣に何気なく立つ。そして、ジルドの耳にだけ聞こえる声で囁いた。


「――あまり、私の側近たちをいじめないでくれるかな?」


だが、ジルドは悪びれる様子がない。


「少しは冗談も受け止められるような度量がなきゃあ、王太子の側近なんざやっていけないんじゃねぇか?」


まだまだ青くてこちとら楽しいけどよ、とジルドは笑う。それに苦笑で返して、ライリーは壁に背を預けた。



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