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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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挿話1 侍女マリアンヌの思慕

侍女マリアンヌ視点のお話です。

そろそろ物語が動き始めます。お楽しみいただけると嬉しいです。

私はマリアンヌ・ケニス。ケニス辺境伯の末娘であり、今はクラーク公爵家でリリアナお嬢様の侍女をしている。

私がクラーク公爵家で働き始めたのは三年前。その時は既に、お嬢様はライリー王太子殿下の婚約者候補だった。

公爵家で働けることは、貴族の娘にとっても箔が付く名誉なことだ。家柄だけでなく本人の資質や能力も重視されるため、生半可なことでは務まらない。女性の就業が制限されている中で、侍女は女性にとって出世の手段の一つだ。自立するためにも、積んでおいて損はない仕事である。


そして必死に働くこと二年半――。

私は、リリアナお嬢様の身の回りの世話に専念することになった。未だ公爵様から指示は出ていないが、恐らく将来的にはお嬢様付きの侍女になるのだろう。リリアナお嬢様が婚約者候補から婚約者となった場合、お嬢様付きの侍女は私一人では足りない。その時に私が筆頭侍女として他の侍女たちを取りまとめられるよう、私は様々なことを学んでいた。

リリアナお嬢様はライリー殿下の婚約者候補筆頭。クラーク公爵家で働けるだけでも名誉なことだと思っていたのに、思わぬ好機が訪れたのだ。

そして噂で聞いた通り、リリアナお嬢様は他の婚約者候補と比べても、王太子妃教育だけでなく一般教養を習得する能力に秀でている様子だった。

大きな間違いさえなければ、お嬢様は必ず殿下の婚約者となられる、未来の王妃だ。お嬢様の未来は確約された、


――――はずだった。


「お嬢様! 早く、誰かお医者様を――!!」


ばたばたと屋敷内が俄かに騒がしくなる。

お嬢様が流行り病に倒れられたのは、六歳のお誕生日をお迎えになられた翌日。晩春のことだった。

昨日までは、遠くお住いのご家族から贈られて来た誕生日プレゼントを嬉しそうにご覧になっていらっしゃったのに、鈴蘭の鉢植えや美しい刺繍のショールは部屋の端に追いやられたまま。

高熱が一週間続き、生死の境をさまよう。回復されたのは朗報だったが、代わりにお嬢様は声を失われた。


――小鳥がさえずるように、可愛らしいお声だったのに。


私は衝撃を受けた。声のない王妃など、聞いたこともない。このままお嬢様の声が戻らなければ、王太子妃候補からも外されるのだろうと、使用人たちとの会話で気が付いた。だが、お嬢様はそれを気にされたご様子もない。もしかしたら、その可能性にお気づきではないのかもしれない。


――異変は、それだけではなかった。

お嬢様は寡黙で神経質で我が儘や無茶を言うこともあるが、()()()()()()()()だった。その我が儘も、恐らく寂しいのだろうと思えるだけだったし、無茶な物言いはこちらを試している様子が窺えた。見方によれば、理想が高く、規範や貴族としての義務に厳格なお人柄と受け取れなくもない。ただ、将来の王太子妃としてはこれ以上助長してはならないのではないかと気にかかりはした。


「お嬢様、今日も図書館にいらっしゃる予定でございますか?」


ええ、とお嬢様は頷いて答えられる。声を失ったお嬢様は、寡黙であることは変わりないものの、神経質さも我が儘もどこかへ消え去った。それどころか、これまでは壁際に飾られた花瓶のように存在を無視していた使用人たちにも、目を向けるようになられた。


〈馬番のミカルに子どもが生まれそうなのでしょう。ククサの手配をお願いできるかしら〉


お嬢様が回復されてから三日目、朝食の皿を片付けている私に、お嬢様が紙を差し出された。


――お嬢様が、馬番の名をご存知だなんて。


私は驚いたが、それ以上にお嬢様のご提案の方が驚愕だった。

ククサは地方で流行っている、子供が生まれた時にプレゼントとして渡す木のコップだ。赤ん坊の時は離乳食に、そして大人になってからは酒や茶を飲むために使える。王侯貴族の間ではそれほど有名でもないが、庶民の間では手軽で心のこもった贈り物として人気を博していた。

思わず目を瞠る。確かに馬番のミカルには、もうそろそろ子どもが生まれる予定だった。確か、来月の初旬だったと記憶している。だが、お嬢様がご存知だとは全く思っていなかった。それに、ククサの存在をお嬢様がご存知であることも意外だ。


そんな私の心境を悟ったのか、お嬢様は微苦笑を浮かべながら、綺麗な文字でさらさらと言葉を並べた。


〈あまりに高価でも、ミカルは遠慮するでしょう? でも、ククサ(それ)なら邪魔にはならないんじゃないかしら、と思って〉

「はい、きっと喜ぶと思います」


私の返事に、お嬢様は笑みを深められた。嬉しそうだ。私は護衛に、お嬢様に付き添うよう命じ、図書館へと向かわれるお嬢様の背中を見送った後、手早く仕事を済ませた。ククサの注文に向かわなければならない。お嬢様から手渡された紙には、どのようなククサが良いのか詳細が書かれている。可愛らしく描かれたワンポイントの花はブルースターだろうか。幸福を願う花は、身分を問わず出産祝いに好まれる。端的で非常に分かりやすい指示書だ。これを職人に渡せば、寸分たがわずお嬢様のイメージしたククサが作られるだろう。


*****


お嬢様が回復されて一週間後、王都にお住いの公爵様からお嬢様宛ての手紙が届いた。

公爵様はお嬢様だけでなく、ご家族とほとんど交流をなされない。奥様は社交に忙しく、そして公爵様やお嬢様とお会いにならない。領地の屋敷か王都の別邸のどちらかで過ごされることがほとんどだ。大旦那様と大奥様――つまりリリアナお嬢様の祖父母にあたる先代公爵とその奥方様は、領地のお屋敷にお住いのまま、滅多に王都へと足を運ばれない。お嬢様には他に兄上がいらっしゃるが、領地で経営の何たるかを学んでいらっしゃる。最近では王都にも足を運ばれているようだが、ここ――王都近郊の屋敷にお立ち寄りにはなられない。


つまり、リリアナお嬢様は滅多にご家族と顔を合わせる機会がない。誕生日には毎年プレゼントを贈り合ってはいるが、その手配をしているのは執事や侍女長たちで、心のこもった交流にはならない。公爵様の指示らしいが、毎年私もリリアナ様の代わりに手配をしながら、何故こんなことをするのか不思議でならない。公爵様も含め、誰もご自分が何をお贈りになられたかも知らないのではないだろうか。

私たち使用人の方が、他のご家族のご様子を窺っているのではないかと思える。


一方で、お嬢様が日々を過ごしていらっしゃる屋敷の使用人たちは皆、この数日でお嬢様贔屓になり始めている。やはり、完全に無視をされるよりも目に掛けてもらえる方が嬉しい。高貴な身分の方々は使用人を人間ではないものと考えがちだが、やはり心を持った人間だ。相応の振る舞いをして貰えれば、どうしても贔屓はしたくなる。



公爵様からの手紙を受け取られたお嬢様は、表情こそそれほど変わらなかったものの、どこか呆れた雰囲気だった。無言でその場に控えていると、お嬢様が私に手紙を差し出す。


「――拝見しても、よろしいのですか」

『ええ、良ければあなたもご覧になって』


回復されてから一週間しか経っていないというのに、お嬢様の表情だけで仰りたいことをおおよそ理解できるようになった。これまで表情が豊かではなかったお嬢様は、顔つきや目線だけで簡単な内容なら私たちに伝えることができるようになっていた。


「これは――」


久しぶりの手紙だというのに、公爵様が書かれた手紙は簡潔だった。たった三文から成る素っ気ない手紙。しかしお嬢様は傷ついた様子の欠片もお見せにならない。

そして、それ以上に私を狼狽させたのは、手紙の内容だった。

私や使用人たちが危惧した通りの内容が、その手紙には書かれていた。


〈――四年後までに声が戻らなければ婚約者候補は白紙撤回〉


〈それまで王太子妃教育は継続する〉


そして更には――――


〈明日の昼、王宮にてライリー殿下と面会すること〉


お嬢様は声が出ないというのに、公爵様は一体何をお考えになっておられるのやら。

呆れながらも辛うじて表情を取り繕い、私はお嬢様に手紙を返した。もの言いたげな視線が私に向けられる。


「ええ、ええ、お嬢様――おっしゃりたいことは良く、このマリアンヌも存じております」


思わず、私はそんな言葉をお嬢様に掛けていた。

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2024年4月25日 第1巻発売(オーバーラップ文庫)
2024年8月25日 第2巻発売(オーバーラップ文庫)
2025年1月25日 第3巻発売(オーバーラップ文庫)

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