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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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61. 王太子の帰還 5


王太子ライリー一行と対峙したジルドは、仲間たちの元に戻りながら口角を上げた。ケニス辺境伯の考えが的を射ていたことも勿論だが、ジルドの耳には後方に置き去りにしたライリーたちの会話が聞こえている。

同胞たちと共に行動しているジルドの身体能力は、リリアナの護衛をしていた時よりも格段に上がっていた。これが以前、ケニス辺境伯の応援に来た折、トシュテンたちと交わした誓いの影響であることは理解している。


『彼らがこの国に留まっているのは、完全に彼らの好意だ。見限ろうと思えばいつでも国を出て行ける。そして、彼らを尊重しない大公派に彼らが付き従うとは到底思えない』


ジルドに対して懐疑的な周囲とは対照的に、ライリーは全幅の信頼をジルドに寄せている。その様子がケニス辺境伯の態度と似ていて、小気味が良かった。何より、ジルドが主と定めたリリアナの婚約者であるという事実が更に痛快だ。


当初リリアナに解雇を言い渡された時、ジルドはリリアナに対して怒りを覚えた。だが、ケニス辺境伯の話を聞けば必要に迫られての判断だったのだと分かる。細かいことは分からないが、リリアナ本人と王太子ライリー、そしてスリベグランディア王国を護るための計画だったと理解すれば、ジルドは最早リリアナに対して抱いた怒りなどあっという間に消え去った。

どうでも良い相手に裏切られても全く堪えないが、リリアナが本当にジルドを切り捨てたのであれば腸が煮えくり返る。だから、ケニス辺境伯の話を聞けば寧ろジルドは安堵に包まれていた。


王太子(あいつ)の周りは見る目がねえが、王太子あいつだけは見どころがあるぜ」


オースティンやクライドが聞けば額に青筋を浮かべそうな台詞を呟きつつ、ジルドは歩きにくい森の中をさっさと進む。

ライリーたちは、自分たちの会話がジルドの耳に届いているとは気が付いていないはずだ。だからこそ一層、ライリーの発言は彼の本心だということが分かる。

どのような場所に居ても、全てが自分にとって心地良いということはあり得ない。一人が良くとも他の人間とは全く馬が合わない可能性もある。特に迫害されがちな“北の移民”にとって、次の場所が過ごしやすいかどうかは全くの賭けだ。

ケニス辺境伯やライリー、そして何よりリリアナの存在を考えれば、スリベグランディア王国に腰を据えるのも良い選択肢だと思えた。


だが、そう考えているのはジルドだけだ。イェオリやインニェボリ、そしてトシュテンと言った仲間たちは、ケニス辺境伯を主と考えケニス騎士団に入団しているだけで、王太子ライリーに対しては何の感情も持っていない。ジルドはたまたまリリアナと出会い、リリアナの婚約者となるライリーもまた付き合うに値する相手だと知っただけであって、全く同じことをイェオリたちが考えるとは限らなかった。


さっさと森を抜けたジルドは、休憩している仲間たちの元へと戻る。顔を上げた他の仲間たちとは違い、インニェボリは頑なに顔を背けたままジルドの方を見ようとはしなかった。しかし、一瞬見えた目が赤くなっている。もしかしたら泣いていたのかもしれないが、ジルドは一切構わなかった。

インニェボリの近くに立っていたイェオリが複雑そうな視線をジルドに向ける。ジルドはトシュテンに目配せすると、イェオリを呼んだ。


「イェオリ、ちょっと来い」

「――はい」


イェオリは一体何事かと首を傾げたが、ジルドの言葉に従って素直に歩いて近づいて来た。イェオリも成長したが、ジルドと比べると体格は華奢だ。それでも一般の騎士を倒せるのだから、血の滲むような努力をしているのは間違いない。

ジルドはイェオリを伴って歩き出した。仲間たちの視線が背中に突き刺さるが、ジルドは全く気にしない。突然呼ばれるとは思っていなかったらしいイェオリは、緊張した様子だった。


仲間たちから十分離れたところで、ジルドは立ち止まる。自分の後ろを歩いていたイェオリを振り返り、ジルドは単刀直入に尋ねた。


「お前、自分の異能力を他人に知られても構わねえか?」


唐突な質問に、イェオリは目を瞠る。すぐにイェオリが答えられないのも、ジルドは予想していた。

“アルヴァルディの子孫”にとって、自分が持つ異能力を他人に知られることは極力避けるべきものだった。自分の強みは弱点にもなり得る。実際にイェオリの異能力を知る者はトシュテンとジルドの二人だけだったし、そして逆にジルドの異能力をイェオリは知らない。

何度か戦う場面を見たことはあるから、何となく想像はつくものの、はっきりとは聞いていなかった。


「あの――それは、どういうことですか?」


イェオリから見れば、今日のジルドは普段通り休憩中にふらりと姿を消しただけだ。途中でインニェボリが泣きながら一人で戻って来たものの、それもいつも通りだ。だから、姿が見えない間にジルドが一体何をして来たのか、全く分からなかった。


「実はな、俺たちには辺境伯から別の指示も来てたんだよ」


初めて聞く話に、イェオリは目を瞠る。実際にケニス辺境伯が指示を出した相手はトシュテンとジルドだけで、イェオリやインニェボリのような一般兵士は国境警備という任務だけを聞いている。


「その内容は他言無用だぜ。とある人物を、秘密裏に館まで運んで欲しいって依頼だ。そこでお前の異能力を使って、奴らを全員辺境伯の所まで運べねえかっていう話だ」

「普通に送るのでは駄目なのですか?」

「秘密裏にって言っただろ?」


不思議そうに問いかけたイェオリに、にやりとジルドは笑う。

イェオリの異能力を使えば、自分ともう一人だけならば影を伝って別の場所に移動できるというものだ。影がある場所であれば、どこでもその能力を発揮することができる。

今二人が居る場所は森だし、向かう先は館の中だ。影ならば幾らでもある。


元々、ジルドとトシュテンは、ライリーたちと遭遇した時はイェオリの異能力を使うつもりだった。しかし最初からイェオリに確認を取れば、具体的な話をしなければならなくなる。王太子を確保するという密命は、決して他に漏れてはならない。そのため、ライリーたちが見つかる時までイェオリには一切を伏せることに決まっていた。


「今、辺境伯の館は監視されてんだ。恐らく俺たちも監視されてる。だから普通に連れてったら、バレちまう」

「――ケニス辺境伯の御指示なんですね」

「方法は俺たちに一任されちゃいるがな。知ってんだろ、辺境伯は俺たちの異能力については何も知らねえ」


イェオリは考え込んだ。トシュテンやジルドは、イェオリたちにとって従うべき相手だ。だが、異能力に関しては本人の意思が尊重されるべきとされている。

これまで自分の異能力をひた隠しにして来たイェオリは、見たこともない相手に自分の能力を見せつけることに躊躇いがあった。勿論、以前ケニス辺境伯領へ隣国領主が攻め込んで来た時は、存分に自分の異能力を発揮して敵と戦った。しかしあの時は非常事態であり、今はそうではない。


しかし、しばらく考えた後でイェオリはしっかりと頷いた。

確かに今は非常事態ではないものの、ケニス辺境伯の意志がそこにあり、ジルドやトシュテンが考えた最善策というのであれば、それほど深く悩むようなことでもない。


「最小限で、かつ、他言を禁じて頂ければ」

「それは問題ねえよ」


ジルドはあっさりと請け負った。

ライリーは勿論、不用意に他言するような人間ではない。周囲の人間はジルドを疑っている様子だが、その背景にはライリーの安全を心配する心があることは間違いがなかった。ジルドから見ればいけ好かない人間ばかりだが、ライリーの指示であれば従うだろう。

得てして優秀な人間というものは主の命令に従わないこともあるが、言うなと命じられたことを他言するようなことはまずない。


そして、何よりジルドにはもう一つの心当たりがあった。


「言う奴らじゃねえとは思うが、辺境伯には念のため、その方法について他言無用の誓約魔術を結んでもらうように頼んでる」

「分かりました」


“誓約魔術”という単語に、イェオリの顔が明るくなる。滅多に使われる魔術ではない上、ジルドたち“アルヴァルディの子孫”にとっては何の効果もない魔術だ。だが、重要な契約や同盟が結ばれる際には良く用いられる契約魔術の一種だった。

その魔術を使って契約を結べば、契約の当事者は一方の事情のみで契約を破ることはできなくなる。


イェオリから承諾を得たジルドは、一つ頷くとイェオリを伴って森の中を歩き始めた。向かう先はライリーたちの待つ場所だ。全部で七人いたが、イェオリが影を使えばそれほど時間をかけずに全員を辺境伯邸に移動させることができるだろう。そして、ケニス辺境伯にはその後に誓約魔術を結んで貰えば良い。

いずれにせよ、ライリーたちを館に送り届けることができればジルドたちの仕事は完了する。さっさと終わらせようと、ジルドは足を速めた。



*****



ライリーたちは無言でジルドの帰りを待つ。悠然としているライリーとは裏腹に、オースティンやクライドは緊張を隠せずにいた。ジルドのことを信じられるわけではないが、今の彼らには他に頼るべき相手がいないのも事実だ。


しかし、ジルドはそれほど間を置かずして戻って来た。しかも側には一人の青年を連れている。魔導士かとも思ったが、身なりを見れば普通の騎士だと分かった。


「その者が?」


立ち上がったライリーが穏やかに尋ねる。緊張した面持ちの青年は答えなかったが、代わりにジルドが「ああ」と肯定した。ライリーはにこやかに笑みを浮かべて片手を青年に差し出す。オースティンや護衛の間に緊張が走るが、ジルドの隣に立つ青年は平然としたまま、ライリーの手を握り返した。


「――このことは、他言無用でお願いします」


どうやら青年はライリーを前にして緊張しているわけではなく、これから行うことをライリーたちに知られること自体に緊張している様子だった。


「勿論だ。こちらとしても、どのようにして伯と合流したのか他に知られることは避けたい」


ライリーの言葉に、オースティンやクライドも頷く。大公派に渡る情報は必要最小限にしたいという理由だが、その言葉を聞いた青年はどこかほっとしたように表情を緩めた。


「世話になるのに名乗らないのは不味いかな。私はライリーだ」

「イェオリ、です」

「そうか。宜しく頼むよ」


ライリーは敢えて姓を名乗らなかった。幼い頃から共に行動していたオースティンは想像がついていたようで、全く表情を変えていない。一方クライドは呆れた目でライリーを一瞥したが、声に出して咎めることはしなかった。

そしてライリーが名乗ったにも関わらず、部下に当たるオースティンたちが名乗らないわけにもいかない。ライリーの台詞を踏襲するように、オースティンたちは一言ずつ自分の名前だけを口にした。

イェオリは驚いたように目を瞬かせている。ライリーたちは見るからに貴族だ。ケニス辺境伯に対しては尊敬の念と感謝を持っているイェオリだが、ケニス辺境伯以外の貴族は自分たちを虐げる存在だと認識していた。だからこそ、姓を告げなかったとはいえ、名を教えてくれたことに驚きを隠せない。

その隣で、ジルドは楽し気にそんなイェオリの様子を眺めていた。だが、一通り名乗り終わると口を挟む。


「時間がねえ、とっとと済ませるぞ」


頷いたのはイェオリだ。顔をジルドの方に向け、指示を仰ぐ。


「わかりました。誰からにしますか?」

「そうだなぁ――やっぱ、王太子(あんた)か?」


不遜にそう言いながら向けた目の先にはライリーが居る。全員の注目を浴びたライリーは、小首を傾げた。


「一人ずつしか無理なのかな?」

「おうよ、一人ずつだ」


その返答に顔色を変えたのはオースティンだった。慌てて口を挟む。


「それなら最初は俺が行きます。移動した先が安全である保障など、どこにもありません」


近衛騎士としては当然の懸念だ。一人だけ先に移動して、大公派が待ち構えていたら悲惨である。ジルドは面白がるような顔になったが、イェオリは不満そうな表情になった。敬愛するケニス辺境伯が非難されたようで、面白くないと思っているのは傍目にも明らかだった。


「安全という意味では、誰が行っても同じだろう。それに、先方も見知らぬ顔が突然現れるより、顔の知れた私が行った方が不安にならないはずだ」

「それを言うなら、俺だって同じ条件だ。辺境伯は俺の顔も知ってるし、俺がお前と一緒に居るってことは分かってるはずだからな」


ライリーの言葉に、しかしオースティンは譲らない。にらみ合いが始まるかと思われたが、先に折れたのはライリーだった。肩を竦めて微かに苦笑しながら「分かった」と頷く。


「それなら最初にオースティン。それから私、そしてエミリア、ベラスタ、クライドと続く。それでどうかな?」

「異議はありません」


仲間を振り返ったライリーが尋ねると、クライドが代表して頷いた。エミリアやベラスタも異論はないらしく、無言で頷いている。

それを全て確認したライリーは、顔をイェオリに向けた。


「ということで、最初はオースティンだ。貴方がなにをどうするのかは分からないけれど、七人だからね。申し訳ないけれど、宜しくお願いするよ」

「はい」


イェオリは頷くと、さっさとオースティンに近づき彼の片手を掴んだ。ぎょっとするオースティンには構わず、そのまま能力を使う。すると、オースティンとイェオリは足元の影に沈み込んで行った。

それほど時間はかけないが、一瞬というほどの時間でもない。驚きに目を瞠る面々の前で、とうとうオースティンとイェオリは影の中へと姿を消した。


「これは――彼の能力?」


半ば呆然としながら、ライリーがジルドに尋ねる。一人平然としていたジルドは、ライリーに是と返した。


「ああ、他言無用だぜ」

「勿論、言わない。いや、言えるわけがないだろう」


影を使って移動できる能力など、誰もが欲しがる能力だ。自分ともう一人しか移動できないようだが、それでも十分だ。間諜としても刺客としても有用だし、戦でも十二分な戦力となる。戦術を立てる時に、イェオリの能力を加味すればその幅も確実に広がる。

だが、だからこそ他言してしまえばイェオリは四方八方から狙われる事になってしまう。仮に隣国へと連れ去られてしまえばスリベグランディア王国の脅威となるし、国防の要であるケニス辺境伯の戦力も大幅に減ることになるだろう。

そして何より、幼少時から刺客の影が付きまとっていたライリーにとって、四六時中身辺を警戒しなければならない辛さは骨身にしみて知っていた。だからこそ、イェオリにそのような苦労はさせたくない。


本心から出た言葉は、すんなりとジルドの心に届いたようだった。ジルドは満足気にライリーを見やり、口角を引き上げる。


「あんたならそう言うと、思ってたぜ」


だから、ジルドは王国を出ない。そして、王太子を安全に確保するというケニス辺境伯の提案にも乗ったのだ。




26-13:イェオリの異能力=影移動、ただし連れて行けるのは一人のみ。

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