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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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59. 帰還への道 9


ケニス辺境伯から政変当時の状況を大まかに聞いたユリシーズは、なるほどと頷いた。話を聞けば聞くほど、ホレイシオが政変の時に隣国と通じていた可能性は低いと確信が持てる。

ただ、それであれば尚更、一体何者がメラーズ伯爵にホレイシオが隣国と通じていたという疑惑を持たせたのか、という点が気に掛かった。

だが、ユリシーズがその疑問を口にする前にルシアンが辺境伯に尋ねる。


「しかしそれにしては妙ですね。何故、フランクリン・スリベグラード大公は生かされたのでしょうか」

「あれは虚けだったからな、母の実家(チェノウェス侯爵家)がなければ何もできんと思われていた」


先代国王はまだまだ自分の治世が続くと信じて疑っていなかった。最後は存外呆気なく病で死んだが、それがなければ十年でも二十年でも、玉座に居座り続けるつもりだっただろう。

実際に先代国王の存命中は、フランクリン・スリベグラード大公も肩身の狭い思いをして生きて来た。贅沢の限りを尽くしていたが、父親に睨まれるのは恐ろしかったに違いない。


端的に息子に答えたケニス辺境伯は、複雑な表情で口を噤んだ。

賢王と名高い先代国王を声高に批判することはできない。しかし、賢王と呼ばれた男も晩年は権力に固執し驕り高ぶった。自分の地位を脅かされることに怯え、最後まで王太子を指名しなかった。後継者としては国王ホレイシオ以外に選択肢はなく、国を想えばホレイシオの側に信頼のできる優秀な側近を置くべきだった。

だが、先代国王はそのどれもせぬまま帰らぬ人となったのだ。果たしてそのような王を賢王と呼べるのかと、ケニス辺境伯は誰に言ったこともないが思い続けてはいた。


無言になったルシアンをちらりと横目で見て、ユリシーズは話を元に戻す。


「メラーズ伯爵に何かしら入れ知恵をする者が居たと考える方が良さそうですね。伯爵はそれなりの期間、この件について調査を進めていたようですから――一番、可能性として考えられるのは」

「先代のクラーク公爵、でしょうね」


ユリシーズの言葉を、ルシアンが引き継ぐ。ユリシーズは視線をルシアンに向けて一つ頷いた。


「メラーズ伯爵はクラーク前公爵と懇意にしていたと記憶しています。どちらかと言うと伯爵の一方通行に見えましたが、もしかしたら前公爵も上手く伯爵を利用していたのかもしれません」


大胆な推測を言ってのけるユリシーズに、ルシアンは薄く笑みを浮かべる。面白がるような目でユリシーズを眺め、低く言った。


「疑問なのは、何故前公爵がそのようなことをなさったのか、ということですね。既に当時彼は宰相でしたし、病床の陛下の代わりに王宮の権力を握っていらした。大公派であるメラーズ伯爵を焚きつける理由がない」

「確かに。その点は疑問が残りますね。それに、政変の時にチェノウェス侯爵家を嵌めたという事実は公になれば糾弾されてしまいますから、先代公爵ともあろう方が、自らの弱味を他者に明け渡すはずがありません」


若者二人の疑問は尤もだった。ケニス辺境伯も、先代公爵エイブラム以外にメラーズ伯爵に知恵を与えた者はいないに違いないだろうと思う。しかし、その動機は全く不明だった。

メラーズ伯爵も国王ホレイシオの性質は知っているはずだから、ある程度確信を持てる情報を得ない限り、ホレイシオが隣国と密通したなどという話が本当だと信じて証人まで探し出すとは思えない。


「――謎は深まるばかりですが、少なくともメラーズ伯爵の証言が作られたものである可能性も大きいと分かりました。後はどのようにして大公派を制圧し、陛下と殿下に堂々と王宮へ戻って頂くかということを考えねばなりませんね」


難しい表情で考え込んでいたユリシーズだが、少しして首を振りながら溜息を吐き出した。ルシアンも渋い表情で同意する。妙に腹の座りは悪いが、ユリシーズの言う通り、いつまでも読めない腹の内を探るわけにもいかない。一番重要なことは、大公派を追い出してホレイシオを玉座へと戻し、そしてライリーを王太子として王宮に取り戻すことだった。


「それが間違いなく重要事項です。大公派が幅を利かせているせいで王宮の仕事も滞りが出始めていると、文官から話を聞きましたよ」


ユリシーズの言葉に、ルシアンが嘲弄に似た表情を浮かべて同意を示す。

国王と王太子が姿を消してから、大公派の主だった貴族たちは王宮で我が物顔を晒すようになったという。メラーズ伯爵は以前と変わらず淡々と宰相業務を行っているようだが、一番の問題は大公派の中でも身分の高いスコーン侯爵だった。

気まぐれに文官の元を訪れては命令という名の文句をつけ、そして息子が王立騎士団団長となったこともあり武官に対しても横柄な態度を取る。使用人たちの中には、自分が王族にでもなった気分でいるのではないかと囁く者もいた。

メラーズ伯爵もスコーン侯爵を諫めているようだが、宰相とはいえ伯爵という立場では侯爵を完全に止めきれない。フランクリン・スリベグラード大公もこれまでとは違い既に国王の気分で采配を振るい出しているらしく、メラーズ伯爵が宰相の権限で彼らの暴走を止め続けられるのも限界がある。隣国が好機と見て攻めて来るのも時間の問題だろうというのが、大方の見方だった。

実際に、ケニス辺境伯領やカルヴァート辺境伯領では戦の準備も整えられ始めている。


「ああ、そういえば、少し妙な話を耳にしましたね」


ふとルシアンは、懇意にしている使用人の一人がぽろっと漏らした話を思い出した。大した内容ではないと思い父辺境伯にも告げていなかったが、聞いた時は確かに引っかかったのだ。


「妙な話?」


ケニス辺境伯が僅かに眉根を寄せる。ユリシーズの視線も受け止めながら、ルシアンは「大したことではないのですが」と前置きをして使用人から聞いた話を説明した。


「大公が色々と無理難題を命じ、それをメラーズ伯爵が上手く裁いて大きな被害が出ないようにしているそうですが――その中でも幾つか、大公派にとって都合の良い法整備も徐々に進められているようで」

「だが、それはこちら側である程度止めているんだろう」

「当然です、文官には我々の手の者もいますからね」


ケニス辺境伯に指摘されて、ルシアンはあっさりと肯定する。

顧問会議は大公派の独壇場となっているが、未だにルシアンやユリシーズ、プレイステッド卿は参加している。彼らによって大きな問題を引き起こしそうな法案は全て却下しているが、些末な法案は顧問会議すら通さない。しかし軽微な法であっても積み重なれば国王ホレイシオや王太子ライリーにとって不利になるものや、全国に散らばる国王派や王太子派の貴族たちが弾圧される切っ掛けとなりかねないものも含まれていた。

そういった法案を見つけ出し止めるのが、ケニス辺境伯やエアルドレッド公爵に連なる派閥の文官たちだった。


「最近、そのような法案があまり提出されなくなったというのです」

「なに?」


さすがにケニス辺境伯も胡乱な目を息子に向けた。確かに大公派は烏合の衆で、統一された意志や使命感などは存在していない。いずれは瓦解するだろう集団だったが、それを見事にまとめ上げていたのがメラーズ伯爵だった。


「もう奴らが打てる手は全て打った、ということか?」

「いえ、それはないと思いますよ。実際に顧問会議でも、我々のせいで大公派が煮え湯を飲まされていることも良くありますからね」


しれっとケニス辺境伯の懸念に答えるルシアンの表情は楽しそうだが、同時に意地が悪そうでもあった。顧問会議で大公派と丁々発止にやり合うのが楽しいとでも言わんばかりの息子に、辺境伯は苦笑する。

ただ、今は息子の性質に思いを馳せる場面ではなかった。


「となると、誰かが止めているということか――いや、それは違うな。提出さえされていないというのは、つまりどういうことだ?」

「どうやら大公派の中での争いが激化しているようですよ。特にグリード伯爵とスコーン侯爵の派閥の足の引っ張り合いが凄まじいらしい」


ルシアンが使用人から聞いたのは、大公派の貴族たちの間で争いが激しくなり、それに伴いどちらの派閥がより有益な法案を数多く輩出するかで争いが始まったらしい。大部分の文官や武官、使用人は傍観の姿勢を貫いているらしいが、少数とはいえその競争はなかなか熾烈だった。しかも彼らは自分たちがどれほど優れた案を出せるかではなく、相手が法案を出さないように妨害策を取ることにしたそうだ。その結果、作成されたはずの書類が紛失することが多発し、もはや王宮は散々な有様になりつつあるようだ。

ルシアンの話を聞いたケニス辺境伯とユリシーズはげんなりとした表情を隠し切れなかった。


「なんとまあ、愚かなことを――」

「こちらとしては願ったりかなったりですが、今のうちからその者たちの名前を控え、殿下がお戻りになった暁には適正な処罰をした方が宜しいのでは?」


額を片手で抑えた辺境伯に続き、ユリシーズまでもが苦言を呈する。ルシアンは面白がるような光を双眸に浮かべながらも、ユリシーズの発言には心底同意していた。


「ある意味で試金石になったようで、良かったようですね」

「ああ、だが――さすがに決裂が早すぎはしないか」


ルシアンの言葉に頷きながらも、うんざりした様子のケニス辺境伯は疑問を口にする。

いつかは大公派も分裂するだろうと予想はしていたが、さすがに国王ホレイシオと王太子ライリーを確実に放逐してフランクリン・スリベグラード大公を玉座に据えてからのことだと踏んでいた。メラーズ伯爵もその点は以前から警戒していたはずだ。

しかし、実際には既に内部分裂が始まっているという。そしてケニス辺境伯の疑問は、ユリシーズとルシアンも薄っすらと感じていたところではあった。とはいえ、逆を言えばこれまで大公派の中で内部分裂が起きていなかったこと自体が奇跡だったのかもしれない。

静かにそう説明したユリシーズに向けて曖昧に頷きながらも、ケニス辺境伯はふと何かを思ったように片眉を上げた。


「――いや、待てよ。大公派は何故、分裂した? 切っ掛けはなんだったのだ」

「切っ掛け、ですか?」


思いも寄らないことを言われたと言わんばかりにルシアンが目を瞬かせる。普段から如才なく全ての物事を片付けていく彼には珍しい表情だった。ユリシーズも、何故ケニス辺境伯がそのようなことを口にしたのか理解できず、不思議そうに首を傾げている。

しかし辺境伯が真剣に考えていることは明白で、ルシアンは使用人たちの話をじっくりと思い出した。


「ああ、そういえば――噂が切っ掛けといえば切っ掛けかもしれません」


最初は本当に他愛もない話だったらしい。どこぞの誰々が、お前の悪口を言っていたぞ――という、その程度だ。そして徐々にそのような類の噂が増えて行った。当然、その程度の噂話が大きな問題となるはずもない。それでも、言われた側は気持ちの良いものではない。不思議と悪口を言っていた人間が、大公派の別貴族に縁故のある者だったことが災いした。


――またあの派閥の奴らが、俺たちの悪口を言っていたらしい。


――――またあの派閥の奴らが、良い仕事を奪ってあたしたちに雑用ばかりを押し付けた。上に媚びるのが上手いんだって。


そして大公派の内部分裂は、使用人たちから始まった。使用人の中には、家族が文官や武官として勤めている者もいる。そうして広がっていった噂話は決定的な亀裂となり、今の騒動にまで拡大したのだ。


ルシアンの説明を聞いたケニス辺境伯は暫く考え込んでいたが、やがて低い笑い声を立てた。段々とその笑い声は大きくなり、耐え切れないというように豪快なものへと変わる。

突然の変わりように、ルシアンとユリシーズは驚いてケニス辺境伯を凝視した。


「ち、父上――?」


一体今の話にどんな面白いことがあったのかと、ルシアンは戸惑う。ユリシーズも笑ってばかりで何も言わないケニス辺境伯からルシアンへと視線を移し、どうしたことかと目で問うた。だが、ルシアンも分かるはずはない。

一頻り笑ったケニス辺境伯は、目尻に滲んだ涙を親指で拭って「いや、なに」と未だ隠し切れない笑みを誤魔化すように咳払いした。


「噂から始まるとは、まさにあの時のようだと思ってな」

「あの時?」

「ああ、そうだ」


ケニス辺境伯が思い出していたのは、王太子ライリーの周囲で囁かれるようになった噂だ。そしてその噂は、王太子ライリーと婚約者リリアナの亀裂を決定づけたものだと、実しやかに囁かれていた。


「殿下に想い人が出来たと、一時期王宮で噂になっていたではないか」

「ああ、あの――確かネイビー男爵家のご令嬢でしたか」


直ぐに思い出したルシアンは頷く。ユリシーズもまた記憶に新しかったらしく、納得したように頷いていた。


「これは私の勘だが、両方とも同じ人間が流した噂だろう。手口が見事に似ておるわ」

「同じ?」


理解できない様子で、ルシアンは眉根を寄せる。ユリシーズも。ケニス辺境伯が一体何を言っているのか理解しきれず、戸惑った様子でケニス辺境伯を注視していた。

だがケニス辺境伯は直ぐに答える気はないのか、ただただ感心したように腕を組んで頷いている。


「いやはや、どこまで読んでいたかは存じ上げんが、全て計画した上でのことならば末恐ろしいことだ。大公派も見事に騙されおって、これほど愉快なことはない」

「父上、どういうことなのですか」


焦らされてわずかに苛立った様子で、ルシアンは辺境伯に迫る。辺境伯は「分からんか、分からんだろうなあ」と面白がりながらも、ゆっくりと口を開いた。


「最初の噂は、王太子に愛想をつかしたと言って大公派に疑われず懐へ潜り込むための嘘に信憑性を持たせるため、そして二つ目は大公派の結束力を弱めて戦力を削ぐ狙いでもあるのだろうよ」


酷く簡潔に、辺境伯は自身の推論を述べる。そう考えれば、何故ジルドがケニス辺境伯領まで来たのかも分かる気がした。

だが、納得したケニス辺境伯の様子とは裏腹に、ルシアンとユリシーズは更に混乱の渦に叩きこまれたような顔をしている。若人二人を楽し気に見やり、ケニス辺境伯は「どうだ、分かるか」と尋ねた。だが二人は首を振るばかりだ。


「分からんか」


辺境伯は呆れに似た感情を滲ませるが、それでもルシアンとユリシーズには見当もつかない。

だが、それも当然だった。件の人物と直接会話をし、その人物が策を弄する場面を多少でも目にしなければ、到底信じられるものではないだろう。ケニス辺境伯も偶然が重なったからこそその人物の能力を信じられるが、そうでなければ相手の頭でも狂ったかと一笑に付したに違いない。


「リリアナ・アレクサンドラ・クラーク、王太子殿下の婚約者殿しかおるまいて」


社交界に出られる年齢になったばかりの彼女は、未だに社交界デビューしていない。そのため、人前に顔を出すこともほぼなく、直接面識のある貴族もほとんど居ない。王太子が行方不明になった後、王宮に滞在するようになったことから、彼女は大公派になったのだと噂にはなっていた。

だが、所詮は少女だ。時の権力に敏感で媚を売ることが上手いと悪しざまに陰口を叩く者もいたが、クラーク公爵の威光が欲しい大公派に取り込まれたのだろうと憐れむ者もいた。

ただ、いずれの噂にしても彼女自身が何かしら策を弄しているは考えていない。ユリシーズやルシアンもリリアナのことを認識はしていたが、大して重要視していなかった。彼女の存在一つだけで戦局が大きく変わるとも思えなかったのだから、その判断は決して間違っていない。


だが、ケニス辺境伯は間違いなく彼女の名を口にした。それも確信があるのだと、すぐに分かる。

ケニス辺境伯がその名を口にした瞬間、ルシアンとユリシーズの顔からは驚愕のあまり表情が抜け落ちた。



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